空からの贈り物

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Kenkunさんから寄稿のToHeart SSです。

はじめに

 クリスマスまでに発表しようと思い、特に何かの記念というわけではないですが、SSを贈らせていただきます。いつもゆ~いちさんの新作を楽しみに読ませていただいています。

 今回は来栖川芹香のSSです。クリスマスを意識して、時期を冬に設定したSSをと思い書きました。少し悲しい恋物語ですが、読んでいただければ嬉しい限りです。たまにはこういうSSもいいですよね。

空からの贈り物

 堅く冴え冴えとした青空だった。

 それでいて、地上は「真冬日」の寒さで、歩く度に、きしきしと雪鳴りがする。

「真冬日」の鋭く引き締まった寒気は、雪を、それが降ったときのままの状態に保つ。

 雪の積もった道を一人で進んでいくうちに、芹香は独り言のようにつぶやく。

「雪の上に出来る影は、黒じゃなくて、青い色なんだ……」

 芹香は気が重かった。

 

 おとといの金曜日の夜、北海道にいる浩之から電話がかかってきた。明日の最終便で東京に着く。是非会いたいといわれた時から、気持ちは沈んでいた。

 一日延ばしにしていた手紙のことが、今になって悔やまれる。

 手紙には、この五年間の交際を終わりにしたい、そう書くつもりだった。

 芹香が浩之との別れを心に決めたのは、秋頃で、桂木修二から結婚をほのめかされてからである。

 結婚相手として二人を比べるのなら、その条件は、桂木の方がはるかに勝っていた。

 桂木は資産家の次男で、商社でも異例の昇進をしている。父親にも可愛がられていて、いずれは父親の経営する会社の一つを受け継ぐ予定だった。

 浩之にはこうしたものが全くない。

 財力の面ばかりではない。桂木と結婚したら、実家のある、この住み慣れた東京に居続けることが出来るだろう。

 だが浩之は、転勤の多い保険会社に勤めている。大学を卒業してから二年だが、すでに大阪本社から北海道支社に移っている。

 

 カラン

 

 約束の喫茶店に入る。そこには浩之が一人でコーヒーをすすっていた。

 芹香はその前の席に腰を下ろす。

「結構、東京も寒いな」

 暖房の効いた喫茶店だったが、外の白さが中まで寒くしているようだった。

 芹香はウィンナ・コーヒーを注文した。

 彼の白っぽいトレンチコートは、雪の町にあって、いかにも寒そうだった。会社業務を終えて、そのまま最終便に駆けつけたという事情があるにしろ、全くT・P・Oを無視している。

「サラリーマンでも相変わらず、貧乏暮らしは変わってねーからな。学生時代よりはましだけど、叔父達に借金があるから、いつも金におわれてるよ」

 21世紀に入ってからの世界中に巻き起こった大不況で、浩之は両親の借金を一緒に負うことになった。何とか叔父さんがお世話してくれているらしいが、芹香は借金の総額がどれくらいの額かは聞いていない。

 数年前、浩之にそれとなく聞いてみた事もあったが、そのたびに浩之は笑顔を浮かべながら、冗談めかしてごまかした。

 浩之のそんな前向きな姿勢が、芹香に尊敬とも同情ともつかない感情をもたらせた。

 一方、浩之は、恵まれた環境の中ゆったりと暮らしている芹香の、世間知らずの性格に、ある種の安らぎを見いだしている様だった。

 この五年間、いや正確に言うとこの秋まで、芹香には迷いがなかった。

 いずれ浩之と結婚する、そう思い決めていた。

 浩之の大阪勤務が決まった時、浩之に電話をして、そちらで就職したいという気持ちを伝えた。それは当然、結婚を前提とした言葉で、共働きをし、浩之の借金の手助けをするつもりだった。

 家のみんなは大反対をしたが、その時の芹香は、何としてでも大阪に行こうと意気込んでいた。

 だが、そんな芹香の心の勢いとは裏腹に、浩之の返事はそっけなかった。少なくとも弾みきっていた芹香の心にはそう感じられた。

「芹香には、苦労させたくないんだ。綺麗にかたがついてから、俺の所に来て欲しい。その方がお互い幸せだ」

 浩之は借金返済が一体いつの頃つくのか、具体的な期限には触れなかった。彼にとって借金のことは、単なる金銭的な問題以上のことがあるらしかった。

 大学を卒業した芹香は、東京で就職した。その時出会ったのが桂木だった。

 ウィンナ・コーヒーがテーブルに置かれる。それを見て、浩之が口を開いた。

「実は、芹香にお詫びしないといけないことがあるだ。ほら、借金の件だけど、なかなか返済終了のめどが立たなくて」

 一瞬、芹香は身構えた。

 自分の家の力で借金を片づけることは、浩之を傷つけることはわかっている。かといって、浩之の借金を共有しようという気持ちは、とっくに失せていた。

 借金を共有することは、芹香にとってその事実以上に辛いものとなっていた。

 浩之は穏やかに続ける。

「どうだろう? さんざん待たせたあげくにこんな事を言うのはあまりに無責任だけど、俺達の事、白紙に戻すというのは」

 両肩の力みがふっと緩む。

「ずいぶん身勝手な言い分だけど、芹香も二十五になって、その、結婚への焦りとかあるだろうし、俺の方で引き止めておくのも、何だか申し訳ないし」

 芹香はとっさの返答に窮した。

 はい、と即答するのも、彼を傷つけつけそうだし、ここで曖昧な態度をとったら、変な期待を抱かせてしまうかもしれない。

 だが別の考えもひらめく。

 浩之には誰か好きな人でも出来たのではないか。その考えはむしろ、芹香の気持ちを軽くした。

「ちょっと、トイレに……」

 そう言って芹香は席を立った。

 芹香はトイレの鏡と向き合う。安堵感がゆっくりとこみ上げてくる。

 これでようやく、この長い髪を桂木好みのショートヘアーに変えられる。

 その癖のない背中の半分まで来ている長い黒髪を、浩之はお気に入りだった。会うたびに、彼は繰り返し念を押していた。

「その髪型だけは、そのままにしておいて欲しい」

 桂木は、秋頃からしきりと、芹香にショートヘアーを勧めてきた。

「君の可愛い顔にはきっと短い髪が似合うよ」

 芹香は口紅を塗り直す。

 浩之は今夜の最終便で北海道に帰るといっていた。それまでの後数時間、お互い心地よく過ごしたい。この五年間の最後に一日を、楽しい思い出で締めくくりたくもあった。

 テーブルに戻った芹香は、浩之に微笑む。

「…………」

「そうか、わかってくれたんだ。ありがとう。ようやく芹香らしくなった。その笑顔、今日俺と会ってから、一度も笑顔を見せてなかったから」

 

 喫茶店を出た二人は、川の土手沿いをゆっくりと歩く。

 寒さにふるえながらも、雪に包まれた東京の町並みは、二人の心を新鮮にする。

 だが、気温も下がってきたらしく、芹香の、ストレートパンツをはいた足にも、寒気の鋭さが刺さってくる。歩く度に響く雪鳴りの音が、さっきよりもいっそう堅いきしみを響かせた。

「そう言えば、綾香は元気かい?」

「………」

「そっか、相変わらずか」

 浩之は少し遠い目をする。綾香は芹香の妹である。いまだに、時折浩之の名前を懐かしそうに口にする。

「浩之みたいな人、兄さんに欲しかったな」

 芹香が浩之と別れたと知ったら、綾香以外はほっと胸をなで下ろすだろう。

 日差しが次第にかげってきた。

「………」

「うん? そこのビルにいいお店があるんだって? じゃ、案内してくれるか」

 芹香は中央公園のビルの二階にある、パーラーに浩之を案内した。そこは大通りに面した壁が一面の透明ガラスになっている所だ。

「東京が雪の日に、来られたことはラッキーだったなあ」

「………」

「どうしてか、だって? そぅだなあ、おふくろとおやじが知り合ったのは、こんな雪の降る東京だって聞いてたからさ」

 それから浩之は両親のなれそめについて少し話をした。出会いは雪の降る日だったこと、学生結婚だったこと、どちらの両親からも反対されたが、二人は押し切って結婚したこと。

 その時、浩之は思いだしたようにコートのポケットから、白い小箱を取り出した。

「芹香、これ、もらってくれないか」

 ふたを開けてみると、直径三センチほどのブローチが入っていた。

 雪の結晶をかたどった銀の台、その真ん中には小粒のダイヤが、六角形の先には、いくつかの赤い石が乗っている愛らしいデザインだった。

「おふくろとおやじの思い出の品で、俺にくれた物なんだ」

 裕福とは言えない新婚生活の中で、浩之の父が、どう工面したのか母親にプレゼントしたのだという。雪の結晶は、二人の出会いの記念のつもりらしい。

 ブローチを売って借金のたしに、とは両親も浩之も全く考えなかった。

「雪の結晶を初めて作った日本人が、言った言葉にこういうのがあるんだ。”雪の結晶は天から送られたプレゼントである”」

 芹香はブローチをそっと箱に戻す。

「もらえない……こんな大切なもの」

「男の俺が持っていたってしょうがない」

「でも……いずれの結婚相手に……」

 浩之は苦笑いする。

「そう言う見込みはまるで無しだ。なにしろ借金返済がある」

「でも……」

「こう考えてくれ。これは、この五年間のお礼だ。五年間、俺は芹香にブローチどころか、何にもしてあげられなかった。ホントにビンボーな恋人だったんだ。しかも今日は君の誕生日だ」

 それを不満に思ったことは、一回もなかった。

 芹香は、ひたむきに生きてゆこうとする浩之の姿勢と、そこから実感を持ってこぼれ落ちてくる言葉の一つ一つが、自分の心を豊かにしてくれる「プレゼント」のように受け止めていた。

「とにかく黙って受け取って欲しい。さっきの言葉じゃないけれど、天から送られた贈り物だと思って……」

 その時、浩之は声をとぎらせて、ガラス窓の外へ目を向ける。

 大通りのイルミネーションが一斉に輝きはじめたのだ。

「綺麗だよな……今、世界に渦巻いている不安や恐怖も、忘れてしまうくらい」

 独り言のように、しかし浩之は真顔でつぶやいた。

 食べかけのスパゲッティは、すっかり冷たくなってしまっている。

 やがて、しばらくたってから、二人はパーラーを出て、空港行きのバス停へ歩き始めた。

 JRで行ったなら三十分で着く、と芹香はそうするように勧めたが、浩之は、東京の風景を、たとえ夜の闇に包まれて薄ぼんやりとしか目に出来なくとも、ゆっくりと楽しみたいからバスにするといったのだ。

 停留所に着く。

 程なくバスがやってきた。

「じゃあ元気で」

 言いながら、浩之はすばやくコートのポケットから小箱を抜き去り、芹香の手におしつけた。

「あ……」

 芹香がそれを返そうとしたとき、すでに浩之はバスに乗ってしまっていた。

 

 それから四日が過ぎようとしている。

 今日はクリスマスイブだ。桂木からデートの誘いがあったけれど、風邪気味の偽りを言って断った。誕生日の夜も、私は桂木の誘いを断っていた。

 髪を短くしようと考えた気持ちも、今ひとつ実行に移せないでいる。

 自室の机の隅に置いた、ブローチの小箱が、常に頭から離れない。

 このブローチを自分にプレゼントするぐらいなのだから、浩之に新しい恋人が出来たとは考えられなかった。

 芹香は自分の感情がわからなくなってきていた。桂木を本当に心から好きなのかどうか。浩之と別れたいと思ったのは、桂木さんの財力に目がいっただけではないのか。

 桂木と一緒にいるときは、いつも明るく、豪華で、きらびやかな雰囲気にただ浸れる。

 浩之にはそう言うものはない。そこにあるのは、語らい、だけであるけれど、桂木からは味わえない、何か細やかで、心がぬくもるものがある。

 東京の雪が消えた。

 芹香は、とにかくこのブローチだけは浩之に返そうと決めた。

 

 その夜、包装用具をそろえ、最後別れを告げるように、ブローチを手のひらにのせて眺めていると、自室のドアがノックされた。

「姉さん、ちょっといい?」

 芹香の返事を待たずに綾香はドアを開けて入ってきた。

「あれ、そのブローチ綺麗じゃない。それ、どうしたの?」

「頂物……、でも……」

「そっか、返すんだ。でもどうして?」

 言うなり、綾香はブローチをつまみ上げて、芹香の胸元に持っていく。

「うん、なかなかいいわ。似合うよ、姉さんに。でも、これ桂木さんからのプレゼントじゃないよね」

「………」

「だって、桂木さんが買ってくれたスカーフとかイヤリングとか、はっきり言って、姉さんのイメージじゃないから。派手なデザインばっかり」

 そういって綾香はベットの端に腰を下ろす。

「私、スキーに行ってたから知らないけれど、東京に浩之、きたでしょう?」

 芹香は一瞬、返答に迷う。浩之を気に入っていた綾香だけには、ありのままを伝えておこうか。

 芹香の迷いを綾香はすぐ見抜いた。

「あ、やっぱり来たみたみたいね」

「………」

「あっ、しまった。浩之から口止めされてるんだった」

 だけど、綾香のしまったという顔はどこか芝居じみていた。

 綾香はこれまでにも月に一、二回は、浩之と連絡を取っていたそうだ。浩之を慕う綾香には、芹香と桂木の交際は、不愉快の一言につき、何回か会った桂木の印象は、さらにその気持ちを強くした。

 浩之に、電話で桂木の存在を告げた。

 浩之はしばらく無言でいたが、そのうち短く言った。「芹香は、その方が幸せだと思うよ」

 芹香の心の負担を考えて、浩之は自分から別れを切り出す。東京に会いに行く。こうしたやりとりは十月から進められていたのだという。

「でもさ、姉さん。浩之、相当頑張ったらしくて、ほら借金のことだけど、来年いっぱいで終わるらしいよ。貯金は一円もないって笑っていたけれど。」

 綾香の言葉が心に染みわたる。

 知らなかった、浩之がそんな風に考えていたなんて、そして、こんなに大切なことを忘れていたなんて。

 辛かった。だけどその苦しみは、幸せから来る苦しみだということを。

 外に目をやると、雪がしんしんと降ってきている。

 ふと、この雪はクリスマスが私に贈ってくれたプレゼントのような気がした。この真っ白な雪の下で、自分の心も昔のように純粋になれるだろうか。

 

 浩之と、話が、したい……。

 

 綾香はすっと携帯電話を差し出した。

「はい」

 綾香は軽くウィンクをする。その仕草に背中を押される。

 芹香は頷いて携帯電話を受け取る。

 手が自然に動く。二回の呼び出し音の後、声が聞こえる。

 芹香は手にしていたブローチを握りしめる。

 この電話の後、必ず浩之に会いに行こうと、ためらい無く決めた。

 

 雪が降り積もる。

 

 一番大切な物が天から贈られてくる

 

 奇跡は確かにある、そう感じた。

-fin-
あとがき

 サンタが来ることを心から信じられなくなったのはいつ頃ですか?

 私も信じられなくなってから随分になります。でも今は、クリスマスには、サンタの贈り物の代わりに、天からの奇跡が起こると信じています。

 年に一度だけ奇跡を信じられる日があってもいいと思います。

 最後に、皆さんにメッセージを送ります。

「メリークリスマス」

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