Silent Powder Snow

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Silent Powder Snow

「浩之ちゃん、そっちはどう?」
あかりがオレに訊いた。
「ん? ああ、もうちょっと……」
「じゃあ、浩之ちゃんが終わったら、休憩しよっか?」
「そうだな」
一つ頷くオレを見て、あかりは何が嬉しいのかにっこりと笑った。
今年も残すところあと一月足らず。待望の冬休みを目前に、最後の難関、期末試験に向けてオレはあかりと試験勉強に励んでいた。
シャープペンシルをノートに走らせ勉強に打ち込むあかりとは対照的に、なかなか身の入らないオレ。
相変わらず不精をして普段の授業をまじめにノートにとっていないオレにとって、あかりから手渡されたあかりのノートのコピーが最後の望みだ。
何とかこれでテストを乗り切らないとな……。
「――よし、こんなもんかな?」
言ってシャーペンをノートの上に放る。
「あ、終わったの?」
「う~ん、まぁ、なんとかな」
「ふふふ、お疲れ様」
「あかりの方は大丈夫か?」
「私もなんとか……」
オレと同じことを言いながら、あかりが苦笑した。
「毎回悪ぃな、ノート見せてもらって。感謝してるぜ、あかり」
「もう、浩之ちゃんたら……。試験勉強するたびにおんなじこと言ってるね」
苦笑を浮かべたまま、あかりが言った。
「来年は私たち受験生なんだからね? 浩之ちゃんももうちょっと一生懸命に勉強しないとダメだよ?」
――う……。
「そ、そうか?」
少しだけ咎めるような口調のあかりに、なぜか下手に出てしまう。
おとなしくなったオレを見てあかりが可笑しそうに笑いながら、
「それじゃ、休憩にしよ?」
話題を切り換えて腰を上げた。
さっきまでの緊張感もどこへやら。あかりもオレもいつもの調子に戻っている。静まり返っていたオレの部屋に、少しだけ活気が戻ってきたような気がした。
「そうだな」
言ってオレも立ち上がる。
暖かな空気を送り出していたヒーターのスイッチを切り、オレたちは部屋を出る。廊下はひんやりとした空気。冬の訪れを、そして一年の終わりを嫌でも感じさせるような冷たさだ。
オレたちはその寒さから逃げるように急いでリビングへ向かって階段を下りて行った。
「う……、やっぱりこっちも寒いな」
「うん。今、お茶入れるね」
「ああ、悪ぃな」
言ってあかりがキッチンへと向かう。
オレはリビングのエアコンのスイッチを入れ、部屋に温風を流し込む。独特の低い音を発しながらエアコンが動きだす。冷たかった空気が、段々と暖かみを帯びてくる。
リモコンで適当な温度を設定してから、オレはソファに腰を降ろし、身を預けた。
キッチンにはお湯を沸かすあかりの姿。
相変わらず楽しそうに準備をしてるな……。
何気なくテレビのリモコンを手に取りスイッチを入れる。
時間が時間なだけにどのチャンネルもニュースばかりだな。ブラウン管に映し出されるオレにとってはどうでもいいようなニュースを聞き流す。
「浩之ちゃん、お待たせ~」
明るく透き通るようなあかりの声が耳に届く。
「お、待ちかねたぜ」
「ふふふ、どうぞ」
コースターにコーヒーカップを乗せ、あかりがリビングに戻ってくる。
「はい、浩之ちゃん」
言ってオレの前のテーブルにかちゃりと置く。カップに注がれたコーヒーがゆらゆらと揺れている。
「さんきゅ、あかり」
「どういたしまして」
毎回同じように礼を言うオレに、これまた同じように答えるあかり。数え切れないほど繰り返した、こんな何気ないやり取りでも、あかりはすごく嬉しそうにしてくれる。
「浩之ちゃん?」
熱いコーヒーを一口すするオレを、楽しそうに見つめながらあかりがオレを呼ぶ。
「ん?」
「お勉強の方は進んでる? さっきは何だか集中してなかったみたいだけど……」
「それなりにやってるさ。せっかくの冬休みだってのに、赤点で補習なんて泣くに泣けないからな」
軽い口調でおどけて言うオレを見て、あかりはくすりと笑う。
「そうだね。でも、雅史ちゃんや志保も誘った方が良かったんじゃない? 浩之ちゃん、雅史ちゃん誘ったの?」
「ああ、一応声は掛けたんだけどな、一人で大丈夫だってさ」
「そうなんだ……。雅史ちゃん頭いいもんね」
「そういうお前は志保に訊いてみたのか? オレはあいつが一番危ないと思うんだけどな」
「うん、志保も誘ってみたんだけど……」
途中まで言って口ごもるあかり。
「? どうした?」
何気なく訊いたオレに、あかりは少しだけ頬を染め、
「『ふたりのお邪魔しちゃ悪いでしょ?』って……」
「……」
赤い顔をして小さくそう呟いたあかりと、それを聞いて言葉を失うオレ。
耳に届くのは暖かな空気の流れの音。
「――ア、アイツはンなことばかり言いやがって。自分は大丈夫だとでも思ってんのか?」
いきなり降りた沈黙を打ち破るようにオレが言い放つ。
あかりも照れ臭そうに、
「あ、でも、ちゃんとやってるって言ってたよ?」
そう言葉を続けた。
「志保の言うことなんて当てにならないぜ? 試験が終わって泣きを見なけりゃいいけどな……」
まぁ、志保も一緒に勉強するのは別に構わないが。ただアイツがおとなしく勉強に励むかどうかは別問題だからな。
「それに志保が仮にOKしたってオレたちの勉強の邪魔をするのがオチな気がするけどな……」
「――そ、そうかもね」
頬に朱を浮かべたままあかりも苦笑する。
「でも、私は……」
「ん?」
ぽつりと呟いたあかりを見やる。
「浩之ちゃんとこうやって一緒に勉強できればそれでいいから」
オレは幸せそうに微笑むあかりを見ながら、
「あかりには迷惑掛けてばっかりだけどな」
苦笑がちにあかりに言う。
「もう、それだったらもうちょっと真面目にがんばってよ~」
話をはぐらかされ、あかりは少し憮然としながらも、オレに合わせて苦笑を返す。
「やっぱり、そうか?」
「そうだよ~」
繰り返されるふざけあい。そんな中、気兼ねなくお互いの気持ちを素直に言葉にできる。
――こんな関係でいつまでもいたい。
「えへへ……」
あかりの微笑みを見ながら、そう思った。
窓の外広がる夕闇の世界。
自らを彩っていた緑の葉を失い、ただ寂しげに細い枝を揺らす庭の木々。
地面に落ちた乾いた枯れ葉を空に舞わせながら、窓を叩く風の音がやけに冷たく聞こえる。
そんな外の様子とは裏腹に、心安らぐこんな何気ない時間。
ブラックで入れたコーヒーに口を付け喉に流す。
飲み慣れた苦みあるブラックの味が、オレにはなぜか少しだけ甘く感じられる。
「美味いな~」
ほうっとため息を付きながら一人ごちるオレを見て、
「ありがとう」
嬉しそうに微笑んだあかりがそう言った。
「よ~し、それじゃあ、あと一息がんばるとするか!」
思ったより長めの休憩を終えたオレたち。
あかりが後片付けを終えるのを待ってから、再びオレの自室に戻ってきた。
「うん、もうテストまであと少ししかないからね、がんばらなくっちゃ!」
やけに張り切るあかり。
確かにオレ一人で勉強するよりは、あかりと一緒に教えあった方が効率もいいしな。
それに何よりこんな時間まで一緒にいられるのも『試験勉強』の名目があるからだし。
――でも、考えてみれば、それ以外にも夕飯作ってもらったりしてちょくちょく家に来てもらってるよな……。
テストが終わればクリスマスだし、そん時はあかりとふたりでパーティやるのも悪くないな。
カーペットの上に敷いたクッションに腰を降ろし、ノートに向かったあかりを見ながらあれこれ思う。
「や、やだ……どうしたの、浩之ちゃん? そんなにじっと見ないでよぉ」
ぼんやりとあかりを見ていたオレの視線に気付いて、あかりが恥ずかしそうに言う。
「ああ、ちょっと考え事してた……」
「なあに?」
興味津々といった様子であかりが訊いてくる。
「いや、テスト終わったら後は冬休みだけだろ?」
「うん」
オレの言葉にあかりが頷く。
「そしたらクリスマスだろ? 今年はあかりと一緒に過ごせるんじゃねーかなって思ってさ」
「あっ……」
短く驚いたようにあかりが声を上げる。
「どうした?」
「ううん、嬉しくて……。私も浩之ちゃんと一緒に過ごせたらいいなって思ってたから……」
かすかに揺れる瞳と声。それでも、あかりは幸せそうな笑顔を浮かべてオレに笑いかけた。
「そうだな……。ふたりだけでクリスマスパーティなんてのも楽しそうだよな」
「うん。去年までと違って、ゆっくりと過ごせそうだね」
「確かにな。みんなで騒ぐのも面白いけど、たまには静かに過ごしたいよな……って志保が聞いたらうるさそうだな」
オレは苦笑を浮かべながら言う。
思わず脳裏に浮かぶ志保ががなりたてる光景。
毎年のように繰り返したオレたち四人のバカ騒ぎの思い出が頭をよぎった。
「志保、きっと怒るよ?」
「いいのいいの、アイツはンなことで堪えたりしないから」
「浩之ちゃん、志保にはキツいんだね……」
「いや、アイツがオレにした仕打ちの方がキツいぜ」
真面目な顔でオレが言う。
「そ、そうかなぁ?」
「そうなの」
オレの勢いに気圧されながらあかりが呟いた疑問の言葉。オレは自信たっぷりに、こくりと頷く。
「志保の噂話でオレたちがどんなに迷惑な思いしたか、お前だって分かるだろ?」
「う~ん……」
まくしたてられたあかりが思わず唸る。
「どっちかって言うと、志保と浩之ちゃんの口喧嘩を見た回数の方が多いと思うんだけど」
ちらりとオレの顔色を伺いながら恐る恐る口を開いて言ったあかりの言葉に、オレはすかさず突っ込みを入れる。
「そうか……、あかりまで志保の肩を持つんだな……」
ため息をつくフリをしながらあかりにそう言うと、
「あっ、ゴメン、浩之ちゃん」
「せっかくふたりで静かなクリスマスを過ごそうと思ったのに……」
「ひ、浩之ちゃん……?」
視線を落とし、ぶつぶつ一人で呟くオレを心配そうに見つめるあかり。
「あ、あのね……」
おろおろと言葉を探すあかりを見て、可笑しくなったオレは堪えきれずに笑い出してしまった。
「えっ!? あ、ひ、浩之ちゃん……?」
突然笑い出したオレに驚き、目を丸くしながら言葉に詰まるあかり。
「ははは」
ようやく事態が飲み込めたあかりがちょっと拗ねた表情浮かべてオレに言う。
「もう、浩之ちゃん、また私のことからかったんだね?」
「いやぁ、こんなに上手くひっかかるとは思わなかったぜ。素直過ぎるのも問題じゃねーか、あかり?」
いまだ収まらない笑いを何とか抑え、言葉を絞り出す。声が多少裏返ってしまうのはこの際しょうがないよな。
「浩之ちゃん、いつもそうなんだから……。私をからかって楽しまないでよぉ」
困った顔で、あかりが言う。それでも嬉しそうに弾むあかりの声。
「まぁまぁ、そんなに怒んなよ。オレが悪かったよ」
ようやく笑いから開放され落ち着きを取り戻したオレは、あかりをなだめようと口を開く。
「もう……」
あかりの顔に浮かんだ困惑の表情が苦笑に変わる。
オレの耳に届く、柔らかで優しげなあかりの声を聞きながら、
「でも、あかりは素直なのが一番だぜ」
ぱちりと片目をつぶり、笑顔を作りながら言葉を続ける。
「そんなあかりがオレは好きなんだしな」
あかりの苦笑がみるみるうちに赤く染まる。
「――もう……」
赤い顔で小さく呟く、この日何度目かの『もう』がオレの耳に届く。
恥ずかしそうにオレを見つめながら微笑むあかりに、オレももう一度、返事代わりの笑顔を返した。
そんなこんなで……。
結局オレたちはそのまま駄弁りモードに突入してしまい、勉強らしい勉強をすることができなかった。
オレとしては小難しい数式やら英単語やら年表やらとにらめっこするよりは、こっちの方が気が楽だし、多分あかりも同じ思いでいることに間違いはないと思う。
問題なのは差し迫ったテスト日程と、残された今日終わらす予定だった範囲のテキストの山。
――どうしたものか……。
「結局、勉強進まなかったね」
あかりが言う。と言っても言葉だけで、その顔は少しもオレを咎める様子は見られない。
ま、あかりも一緒になってあれこれ盛り上がってたからな。
「テストまではまだしばらくあるし、今日くらいはいいだろ?」
懲りずに言うオレを、あかりは毎度のごとく注意する。
「そんなこと言ってるとすぐにテストになっちゃうよ。明日は真面目に勉強しようね?」
「ああ、お前に迷惑掛けないようにオレもがんばるさ」
「ふふふ、浩之ちゃんは理解が早いから大丈夫だよ。私なんて授業で聞いてても分かんないところが多いもん」
謙遜気味に言うあかり。
何言ってんだか。あかりに教えてもらわなかったら、それこそとっくに志保と補習に直行だぜ。
「あかりぃ……。それってオレがいっつも授業を聞いてないみたいな言い方だよな?」
「え? そ、そうかな?」
「事実だから別にいいけど。おかげでこうしてこんな時間まで一緒にいても文句言われないんしな。オレが真面目に勉強始めたら、お前だってオレん家に来る口実が一つ減るんだぜ?」
口元を弛め、にっと意地悪げにあかりに言うオレ。
「…………」
案の定、白い頬にほんのりと朱を浮かべながら言葉を失うあかりを見てオレは満足そうに頷いた。
ホントからかい甲斐のあるヤツだな……。
――ま、そこが可愛いんだけどな。
「今日終わらせる予定だったとこは後でやっとくよ。お前も固まってないでそろそろ帰り支度した方がいいんじゃねーか? もうこんな時間だしな」
「そ、そうだね。私もそろそろ帰らないといけないし……」
オレの言葉で我に帰ったあかりがようやく言葉を絞り出した。
使っていたノートを閉じ、筆記用具をペンケースに片付け、教科書や参考書とまとめて鞄に詰め込むあかりを見ながらオレは腰を上げる。
さすがに長時間座っていただけあって、肩や腰の辺りに疲れを感じる。オレはひとつ背伸びをして深呼吸した後、首をぐるりと回して肩の凝りをほぐした。「それじゃ、送ってってやるよ」
言って、ハンガーに掛けられた通学に使っている黒いコートを着込み、次いであかりが来てきたコートを手に取りあかりに差し出す。
「ありがとう」
コートを受け取り、素早く身に纏う。
襟や袖口に暖かそうな白いふわふわの付いた赤い生地のコートを着たあかり。
そんなあかりの姿は味気ないオレの部屋の中で、ぱっと花が咲いたように見える。
「何かそのコート着てるとサンタみたいだよな~」
言うオレに、
「えへへ……、そうかなぁ?」
何が嬉しいのかあかりはその場でくるりと身を躍らせ一回転してみせた。
「あかりらしくていいと思うぜ」
「浩之ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな」
目を細め破顔するあかりを見て、オレもつられて柔らかな笑みを浮かべる。
「ついでに何かプレゼントくれると、オレはもっと嬉しいんだけど」
「気が早いなぁ、浩之ちゃん。クリスマスはもうちょっと先だよ」
「言ってみただけ」
くすりと苦笑をこぼしながら答えるあかりにそう言うオレ。
「それじゃ、行くか」
「うん」
ちらりと見た時計の針は九時をとうに過ぎていた。
「おじゃましました」
階段を下り、靴を履いたあかりは丁寧にそう言った。
あかりにとっては第二の我が家同然のオレの家でも、『おじゃまします』、『おじゃましました』の挨拶は欠かしたことがない。
どこか抜けてると思えば妙にマメな所もあるんだよな……。
オレもあかりに続いて靴を履き、玄関のドア開け外へと足を踏み出した。
一層冷たさを増した風がオレたちの頬を叩く。家の中も寒い寒いと思っていたが、こんなに寒かったとは。
拭き抜ける風の泣き声を耳にしながらオレたちはあかりの家に向かって歩き出した。
空は厚く重い色の雲に覆われ、足元を照らしてくれる月も静かに煌めく星の姿も目にすることができない。
ただ電柱に取りつけられた街灯の淡い光がオレたちの行く先を照らし出している。
丸い月のように明るく光を放つものや、真夏の蛍の光のように淡く弱々しげな揺れる光を放つものも。千差万別な光が薄暗い足元に重なりあったオレたちの姿を縫い止めようと降り注ぐ。
オレは隣を歩くあかりの小さな手を握りながら歩を進めた。
「今日はすごく冷えるね」
吐いた息の白さを見つめながら、オレの手を握ったあかりが言った。
「ああ、あったかくして寝ないと風邪引いちまうな」
「浩之ちゃん、夜更かししちゃダメだよ? テスト前に風邪引いたりしたら大変だよ」
「オレは大丈夫だぜ。むしろお前の方がオレは心配だな」
「え?」
訝しげにオレの表情を伺い次の言葉を待つ。
「いつだったか誰かさんは風邪引いて寝込んじまって、オレに見舞いまでさせたからなぁ……」
「うぅ……」
あの日の出来事を思い出し言葉もないあかり。
追い打ちとばかりにオレはさらに口を開き、
「それに……」
「あっ、も、もういいよ、浩之ちゃん」
慌ててオレの言葉を遮りあかりが言う。
「わ、私も気を付けるから……。でも、浩之ちゃんも気を付けてね? 風邪は油断大敵なんだから」
焦りのためか一気に早口で言ってから、あかりは大きく息を吸い込んだ。
はぁ、と息を吐くあかり。その小さな唇から漏れた白い霞が冷たい空気と夜の空に舞って消える。
「そうだな。ま、もしまた風邪引いたらオレが看病してやるよ」
「浩之ちゃん……。嬉しいけど浩之ちゃんまで風邪引いちゃうよ」
「風邪引くようなことしなければいいだろ?」
恥ずかしそうに目を伏せ、オレの手を握る手にきゅっと力を込める。
手から伝わる温もりが少し熱くなったように感じるのはオレの気のせいだろうか?
「――浩之ちゃんの意地悪」
ぽつりと漏らしたあかりの言葉に、オレは頬を弛め笑みをこぼし再び歩き出す。
人気のない街路に揺れるオレたちふたりの影。
黒く染まった空に身を躍らせる北風の寒さにかすかに身をふるわせながらも、あかりの手をしっかりと握り、その手の暖かさを確かめる。
「あっ……」
短くあかりが声を上げる。
「どうした?」
「見て、浩之ちゃん」
静かに空を見上げるあかりに倣い、オレも視線を宙に泳がせる。
見上げた暗い夜空からは……
「雪か……」
「うんっ!」
白い息を弾ませ嬉しそうにしたあかりが、掌を広げ小さな粉雪を受け止めようとする。
黒に染まった夜空を次第にその色で染めて行く、静かに舞い降りる小さな小さな白い冬のかけら。
見上げた頬に冷たい感触。ひやりとした冷たさを微かに残して溶け消える。
「初雪だね」
「ああ」
視線を落とし見た掌に降っては溶ける白い雪。
「きれいだね」
「ああ」
無邪気にはしゃぐあかりを見つめながら、オレの心も少しだけ踊る。
雪が降るのを待ち望んでいた子ども心。そんなたわいもない期待感を感じなくなったのはいつの頃からだったか。
雪が降った事を喜べるあかりの姿を見て、年甲斐もないようで可笑しくもあり、それでいてそんな純粋さがとてもあかりらしいと思った。
音もなく降り積もる粉雪に見慣れた街並が白で埋められて行く。
「きっと私たちだけだね。この初雪を見ているの」
オレに身を寄せながら静かに言うあかり。
「そうかもな」
この寒さがふたりを凍えさせてしまわないように、オレはあかりの肩を抱く。 オレたちのコートに積もった雪を手で払い、もう一度空に舞わせる。
「ほら、頭にも積もってるぞ……。いくら嬉しいからって、ホントに風邪引いちまうぞ?」
そう言ってあかりの髪の降った雪を軽く払う。
「えへへ……」
そんなオレの行為にも、あかりは嬉しそうな笑顔のまま冬模様に衣替えを始めた街並を眺める。
「雪、積もるといいね……」
目を細めながらオレを見つめ微笑むあかり。
オレはその瞳を見つめ返しながら、
「そうだな」
オレも微笑みながらあかりに答えた。
――舞い降りる粉雪。
――降り積もる粉雪。
白く染まる街並の中、静かに佇むオレとあかり。オレたちだけの初雪を、言葉少なに空を見上げる。
肩を回した掌から伝わるあかりの温もりを感じながら見上げた白い空。
オレは肩を抱く手に力を込めてあかりを抱き寄せる。
優しく降りてくる粉雪が、目に止まる景色を白く包んでいく様子をそっと見守りながら……。

――了――

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