伝えたい想い、叶えたい願い

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『こんにちはなの』

「お、やっと来たか……」

『お待たせしてゴメンなの』

「待たせすぎだって。――ったく」

言いながら腰を上げ、目に入るのはにこにこと相変わらずの笑顔――能天気というか無邪気というか――とにかくこんな笑顔で来られたら俺の方も何にも言えないっての。

「――で? 今日の遅れた言い訳はどうするって?」

やれやれとワザとらしく肩をすくめながら、ほとんど習慣にもなっている質問。

少しは反省って言葉の意味を察してくれよな……。ホント手間のかかるヤツだぜ。

俺の言葉に無意味に笑顔を浮かべたまま、手にした黒のサインペンで小脇に抱えていたお気に入りらしい淡い緑色のスケッチブックに彼女の言葉を記す。

『あのね』

「ああ」

『寝坊しちゃったの』

…………

「だぁぁぁぁぁっ! だから早く寝ろって言っただろーが」

――うん。

こくりと首を縦に振り返事をひとつ。

「――で、夜遅くまで何をしてたんだ? 今日のデートが楽しみで眠れなかった、ってのじゃないのは分かってるけどな」

ちょっと意地悪な口調でからかう半分で訊く俺に、

『ないしょなの』

えへへ、と照れ臭そうに微かに頬を赤らめ、白地に走らせた筆跡が答える。

「ま、どーでもいいけどな。お前が遅れるのなんていつものことだし……って、スケッチブックでぽかぽか叩くのはやめいっ! 角はもってのほかだって!!」

うーっ、と恨めしそうに俺を射る視線を気付かぬ振りでひらりとかわし、

「ほらっ、いつまでも漫才やってる場合じゃないだろ?」

はぅ~。

呆れたような諦めたよような妙な溜め息を吐く姿に苦笑しながら、

「一日なんてあっという間なんだから……」

ぽん、と頭に手を載せ言う。

「行くぞ、澪」

その言葉にぱっと顔をほころばせ、純真な心そのままの一片も曇りない元気な笑顔で頷いた。

うんっ!

ONE ShortStory

伝えたい想い、叶えたい願い

~your only ONE -Mio Kouduki-~

しっかし……。

「この辺りじゃ遊べる場所ってたいてい行ったんじゃないのか?」

にこにこ。

「う~ん、商店街で買い物ってのもなぁ……」

相変わらず寂しい、薄い財布をジーンズのポケットの上から確認し独り言。

にこにこ。

「映画とか……イヤ、あんまり面白いヤツって今やってないだろうしな~」

ぶつぶつ。

にこにこ。

「う~ん……」

にこにこ。

「あのなぁ……」

――ほえ?

「お前も少しは考えろよな」

にこにこ。

「イヤ、だからさ……」

――ほえ?

「俺が悪かった」

ぐぅ、さすがだぜ。

――くいくい。

「ん? どうした、澪?」

相変わらず、俺の腕にしがみついてる――って言うかぶらさがってるんだよな、ほとんど――澪が何やらスケッチブックに書き出した。

『あのね』

「おう、どっか行きたいとこでも思いついたのか?」

『楽しいの』

「ぐはっ……」

暑さも峠を越え、穏やかな季節に移り行く街並と、青く澄み切った空。

誰にでも優しく等しく降り注ぐ暖かな陽射しの下で、俺は澪の一言で不覚にも醜態をさらすところだった。

――ふぅ、間一髪ってとこだな。

「まぁ、楽しいならいいけどさ、毎回こんなんじゃ退屈しちまうよな?」

実際この頃はあちこちをぶらついたりするだけで、俺としては名ばかりのデートだな、なんて思っているのだが……。

ふるふる。

――どうやら澪の方はまんざらでもないらしい。

「あ~、止め止め! あれこれ考えても仕方ない。今日も適当にぶらつくけどいいよな?」

――うんっ!

俺の言葉に嬉しそうににっこり笑顔。

今日も世の中は平和だなぁ……。

澪のほえ~っとした笑い顔を見ながら、そんなことがふと頭に浮かんだ。

§

――青く澄み切った空が広がっていた。

緩やかな風に乗って流れゆく雲は透き通るように白く霞み、まばゆく輝く陽射しの中に溶けて見えた。

穏やかな時間、穏やかな季節。

だんだんと紅みを帯び始めた並木道をゆったりとした歩調で歩きながら、俺はそんな見慣れたはずの季節の移ろいが心に染み入って来るのを感じた。

今まで気付きもせず、気付こうともしなかった日常の風景。

目に映る景色の移ろいや、耳に届く風の囁きや木々のざわめき。頬を撫でる風の優しさや季節の匂い。

全身で感じるそんな当たり前の風景が、こんなにも色づいて思えるのは、きっと……。

「は~、それにしてもいい天気だな~」

うんっ。

「毎日こんな天気だったらいいのにな~」

うんっ。

能天気な笑顔で頷きながら俺の隣りをとことこ歩く澪。

『おさんぽ楽しいの』

歩きながら素早くスケッチブックを開いて慣れた手つきで文字を書く。

む~、なかなか器用なヤツ。

「そーだな。こうやってぶらつくだけでも結構いいもんだ」

『風が気持ちいいの』

吹き抜けるそよ風が澪の大きなリボンを揺らす。

「ああ。澪は秋って好きか?」

適当な話題も見つからないので、どーでもいいようなことを聞いてみる。

――なんとなく答えが分かるような気もするが、この際それは無視だ。

かきかき。

『好きなの』

――ホラ、やっぱりな。

「美味いものがたくさん食べられるからだろ?」

うんっ。

幸せなヤツ。

ま、俺も嫌いじゃないけどな。

『あのね』

「ん?」

『ぜんぶ、好きなの』

「春夏秋冬、全部か?」

『そうなの』

それからちょっとだけ思案顔。立ち止まって俺に背を向け何やらか書いている。

「澪?」

俺の言葉に振り返った澪が、恥ずかしそうにもじもじと何やら言いたげな様子で佇んでいる。

『あのね』

さっき書いたページをもう一度見せてから、

「おう」

口元をスケッチブックで隠しながらページをめくる。

『いつもいっしょだから』

暖かな陽光の中、夕日に照らされているかのように赤く染まった澪の頬。

――そうだな。

白く霞む寒さに閉ざされた雪の季節も、穏やかに過ぎ行く出逢いと別れの季節も、

澄み切った空を見あげ目を細める眩しくきらめく季節も、燃えるような紅を纏った木々の葉が散り行く季節も。

楽しかったこと、辛かったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと……。様々な想いを、色とりどりの景色と共に心に刻み込みながら移り行く季節が、こんなに大切に思えるのは……。

きっと、俺の隣りで澪がいつも笑っていてくれるから。

「俺も一緒だ」

照れ臭そうにはにかむ澪を見ながらそう答えた俺に、

――うんっ!

満面の笑顔で頷いた澪の姿が嬉しく、そして何よりも愛しく俺の目に映った。

§

「ふーっ、結構歩いたな」

『ちょっと疲れたの』

「一日中歩いて疲れなかったら、それはそれでスゴイぞ」

『でもまだまだ元気なの』

「ホント元気な、お前」

にこにこ。

言葉とは裏腹に澪はまだまだ元気だった。

「今日もいろいろ周ったな」

――うん。

地面に落ちたふたりの影が少しずつ長く尾を引き始めた。

澄み切っていた青空は燃えるような色を宿し、流れて来た雲は焦げついたような色を浮かべ、それでも変わらぬ穏やかさで茜色の海を流れて行った。

夕闇が訪れる直前の暖かなオレンジ色に彩られた街並の中、歩き疲れた俺たちは公園のベンチに腰を降ろし、言葉少なに今日という日の終わりを眺めていた。

「今度はどこ行きたいか考えといてくれよ?」

『いっしょにいれればいいの』

「そうは言ってもな~」

ほえ?

澪がそう答えるのは分かり切ってた。

これまでも繰返した禅問答のような受け答え。

「それでも澪にはずっと笑っててもらいたいからな、俺は」

我ながら恥ずかしいセリフだと思う。

それでも偽りのない本当の想いだと自信を持って言える。

澪は俺にかけがえのない絆をくれた大切なひとだから。

「……」

俺の姿を映した澪の瞳を見つめる。

恥ずかしそうに伏せた瞳と紅く染まった頬の色。

木々の梢を揺らしていた秋風が、ふっ、と静かな歌声を夕闇の中に潜めた。

俺は火照った澪の頬に優しく手を添え、ゆっくりと顔を上げさせる。

少しだけ熱を帯びた瞳に映る俺の姿と紅い空。

俺たちの距離が縮まる。

視界が俺の顔で埋まる頃、澪はぎこちなく瞳を閉じた。

続いて俺も目を閉じる。

「……」

澪の吐息が俺の鼻孔をくすぐる。

瞼の裏に透けて見える夕焼けの赤と脳裏に浮かんだ澪の微笑みを想い、

俺は澪の小さな桜色の唇にそっと自分の唇を重ねた。

触れた唇と、力なく俺の腕に添えられた手から伝わる温もりが暖かくて、澪をいつまでも感じていたくて、俺たちは静かに降り始めた夜闇の中で唇を重ね続けた。

『あのね』

『いっぱい伝えたいことあるの』

『みんなに』

『あなたに』

『いつもやさしく見守ってくれたみんなに』

『いつも笑顔でいさせてくれたあなたに』

『お話はできないけど』

『きっといつか伝わるの』

『この想い』

『だから、ずっといっしょにいたいの』

『ずっと』

――伝わるさ――

――いつも一生懸命なお前だからな――

――俺をこの世界に繋ぎ止めてくれたお前だからな――

――お前が笑顔でいられるならきっと俺も笑顔でいられる――

――お前がずっと笑顔でいられるように――

――俺はずっとお前の隣にいる――

――お前の願いを叶えること――

――それが、俺の願いだから――

うんっ!

~for “your only ONE”~

fin.


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