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同じ空の下で

  • 1999-09-27 (月) 9:00 | Visited 1700 times, 3 so far today
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 ――空が高いよ。

 目に染みるくらい綺麗な夕焼け空。

 あんまり綺麗で、涙が出ちゃいそうだよ。

 どうしてだろうね?

 こんな綺麗な夕焼けなんて、この季節にこの街じゃ、めったに見れないっていうのにね。

 キミも今のボクと同じ空を見ているのかな?

 そうだと嬉しいよ。

 だって、離れていても、キミと同じ空の下にいるんだって思えるから。

 ね、祐一君。

“Kanon”Short Story

同じ空の下で

 ねぇ、祐一君?

 ボク、すっごく永い夢を見ていたみたいなんだ。

 覚えてる?

 覚えてるよね?

 七年前のあの冬に、ボクたちの時間は、悲しい想い出と一緒に凍りついちゃったんだから。

 たったふたりだけの。

 ボクと、キミだけの学校でね。

 夕陽と雪と森の木々が作り出したボクたちだけの学校でね。

 ボクはキミが来るのを遠くの景色を眺めながら心待ちにしていたんだよ。

 ボク、木登り得意だったからね。

 祐一君は恐がって、結局いっしょにあの風景を見ることができなかったけれど……。

 残念だよ。

 いっしょに見たかったなぁ……。

 とっても綺麗なんだよ。

 もう、キミの恐がりも直ったのかな?

 祐一君、男の子なんだから、ボクに負けてちゃいけないよ?

 いっつもボクのことからかってたんだから、ボクにからかわれちゃ格好つかないよ?

 ほら、きっとこんな綺麗な夕焼け空で染まった街は、どんな風景よりも綺麗だと思うよ。

 そう思わない?

 祐一君。

 今度はキミと一緒にあの風景をもう一度見たいよ。

 ねぇ、祐一君?

 ボク、すっごく永い夢を見ていたみたいなんだ。

 ボクとキミはあれから七年後のこの街で、あの時と同じ雪の舞う季節に出逢うんだ。

 祐一君、ちっとも変わってなくて、やっぱりボクにはいじわるで、でもやっぱり優しくて、キミの口から懐かしい名前を聞いたときは涙が出そうなくらい嬉しかったんだよ。

 キミの方はボクのことなんてちっとも覚えていなかったみたいだけれど。

 しょうがないよね。

 ボクだってあの日、あの場所でキミにどうして出逢えたのかなんて全然分かんなかったもん。

 でも、今のボクならなんとなく分かる気がするよ。

 約束、したもんね。

 時間が、想い出が凍りつく直前の小さな小さな約束。

 その約束があったから、きっとボクとキミはもう一度逢うことができたんだと思うんだ。

 そして夢の中で、ボクとキミはいっぱい、いっぱい遊ぶんだ。

 七年前の、ちっちゃかった頃のボクたちみたいに。

 たい焼き屋さんも行ったね。

 おいしいお店にも行ったね。

 ゲームセンターで遊んだね。

 祐一君のいとこの娘……、名雪さんのお家でまるで本当の家族みたいに過ごすこともできたね。

 ボク、ずっとひとりだったから、すっごく幸せだったよ。

 あんな優しくて、あったかくて、楽しいお家に住んでいるなんて、祐一君がすごく羨ましかったよ。

 ほんの数日間だったけれど、ボクも家族の一員になれたんだよね?

 ありがとう、祐一君。名雪さん、秋子さん……。

 ボク、幸せだったよ。

 本当に、ありがとう。

 それから。

 祐一君。

 ボクを選んでくれてありがとう。

 嘘みたいだね。ボクと祐一君が……。

 『ホントにいいの?』って何度も訊いたね?

 きっと嬉しくて、そんな幸せの中にいるボクが、ボクじゃないような気がして、不安で、恐くて、それであんな風になっちゃったんだよ。

 それに、名雪さんみたいな綺麗なひとがあんな近くにいるんだよ?

 ボクを選んじゃったら名雪さんきっと悲しむから。

 祐一君のこと、大好きだけど……、名雪さんもおんなじくらい大好きになっちゃったから。

 だからボク、恐くなって何度も訊いちゃったんだよ、『ホントにいいの?』って……。

 でも、キミは……。

 『俺は、あゆがいい』って……。

 『……俺は、あゆのことが好きだから』って……。

 ボクのことを抱きしめながら、ボクが苦しくなるくらい強く強く抱きしめながら言ってくれたキミの言葉が、嘘じゃないっていうのが言葉だけじゃなくて心からも、身体からも伝わってきたから。

 ボクはキミに応えられたんだと思う。

 でも、ゴメンね、ムードのないボクで。

 ボクも初めてだったから。

 覚悟はできてたけれど、やっぱり恥ずかしくて、ちょっぴり恐くて。

 キミの目から見たボクはどう映ったんだろう。

 変じゃなかったよね……?

 それと、優しくしてくれてありがとう。

 祐一君の指も手も、唇も、全部が全部あったかくて優しくて……、嬉しかったよ。

 繋いだ指先も、触れ合う唇も、ボクの中にあるキミも、全部が全部ボクを満たしてくれて……、幸せだったよ。

 幸せな夢の最後に。

 本当に最高の想い出を貰ったよ。

 ありがとう。

 祐一君。

 そして、ボクの夢は……。

 幸せだったはずの夢は。

 いつまでも続くと思っていた夢は。

 現実だと信じて疑うことのなかった夢は。

 凍った時間がゆっくりと溶けだしたあの瞬間……。

 悪夢に変わったんだよ。

 ねぇ、祐一君。

 恐い夢から覚めるときってどんな感じ?

 あの時のボクはね。

 今までボクを支えてくれていた地面が一瞬にして消えちゃって、どこまでも落ちて行くような感じだったよ。

 それで夢から覚めることができれば良かったんだけれど。

 どこまでも、どこまでも落ちて行くのに目は覚めなくて。

 自分が今まで思っていたことも、想っていたことも、信じてきたことも、感じてきたことも全部が消えていって、残ったのは夕焼けの色と雪の色だけ。

 恐かったよ。

 どうしようもなく恐かったよ。

 やっぱりボクはボクじゃなかったんだって。

 少しずつ感じていた違和感が、決して思い過ごしじゃなかったんだって、いきなり告げられて……。

 キミから逃げだしちゃった……。

 ゴメン。

 ホントにゴメンね、祐一君。

 でも、恐かったんだ。

 目の前のキミも幻なんじゃないかって。

 全部ボクの身勝手な空想が生んでしまったキミだったんじゃないかって。

 ここにいるボクは一体なんなんだろうって。

 頭の中がぐるぐるまわっちゃって、混乱しちゃって。

 これ以上、ボクの姿をキミの優しい目で見てほしくなかったんだよ。

 キミがこれ以上ボクのことを必要とする前に、ボクがいなくなっちゃえば、キミはまだボクのことを忘れられるかと思ったから。

『お待たせしましたっ』

 キミにとってすごく残酷なお願いだと思ったけど。

『それでは、ボクの最後のお願いですっ』

 最後のお願いは……。

『……祐一君……』

 お願いすることのないはずだった三つめのお願いは……。

『……ボクのこと……』

 七年前にキミがくれた、そして今キミがまた見付けてくれた、ボクの探し物への最後のお願いは……。

『……ボクのこと、忘れてください……』

 ゴメンね、祐一君。

『ボクなんて、最初からいなかったんだって……』

 ホント身勝手だよね、ボク。

『そう……思ってください……』

 こんなお願いなんてしたくないのに。

『ボクのこと……うぐぅ……忘……れて……』

 こんな……お願いなんて……。

 もう、お願い……なんて……ないのに。

 キミを忘れるなんて出来るはずないのに。

 キミの中からボクが消えてしまうなんて、死んじゃうよりも辛いのに。

 キミの苦しそうな顔を見るのなんて、死んじゃうよりも辛いのに。

 ゴメン。

 ゴメンね。

 こんなヒドイこと言って、それでも……。

 キミのこと忘れるなんて出来るはずないのに。

 心が痛いよ。

 キミの苦しそうな顔が心に痛いよ。

 キミの痛みは、ボクの痛みだから。

『お前は子供だ』

 キミの胸に抱かれて。

『ひとりで先走って、周りに迷惑ばっかりかけてるだろ』

 キミの腕の中で強く強く抱きしめられて。

『そのくせ、自分で全部抱え込もうとする……』

 このままキミに抱かれながら、壊れるくらい強く抱きしめられて。

『その、小さな体に、全部……』

 キミの中に、少しでもボクが残るなら。

『お前は、ひとりぼっちなんかじゃないんだ』

 ホントに壊してほしかった。

 だから。

 だから、祐一君。

 ボク、ホントは……。

 ホントはね……。

 お別れなんてしたくないよ。

『もう一回…祐一君と、たい焼き食べたいよ……』

 たい焼きの味は涙の味なんて想い出よりも……。

『もっと、祐一君と一緒にいたいよ……』

 もっと祐一君を感じたいから……。

『こんなお願い……いじわる、かな?』

 いじわるだけど。

『ボク、いじわる、かな……』 

 でも、やっぱり、キミと……ずっと……いっしょに……。

 いたいよ……。

 だから……。

 今のキミの答え。

 ボクの都合のいいように取っちゃうからねっ。

 もう、訂正してもダメだからねっ。

 キミも、ボクと同じ想いなんだって思って。

 キミの、笑顔といっしょに、ボク、行くよ?

 ボクの夢は、これで終わるかもしれないけど。

 もし。

 もしだよ?

 夢から覚めたボクがボクだったら。

 必ずボクのところに来てねっ。

 ボク、ずっと、ずっと、キミのこと待ってるから。

 必ずだよっ!

 ――必ず。

 ボクも待ってるから……。

 ――キミの温もり。

 忘れないから。

 とりあえず、さよならだよ、祐一君。

 ――大丈夫。

 きっとまた逢えるよ。

 ――だから。

 さよなら、祐一君。

 さよなら、ボクの……。

 ふわふわするよ。

 ここ、どこかな?

 まだ、夢を見ているのかな?

 だったら。

 こんな夢、覚めちゃってよ。

 ボク。

 祐一君のいない世界にひとりぼっちなんて。

 絶対いやだよっ!

 だから。

 こんな夢、覚めちゃってよ。

 お願い……だから。 

 光……。

 雪よりも白い輝く光。

 なんだろう……。

 すごく綺麗。

 ボク。

 どうなるのかな……?

 やっぱり。

 もう、祐一君に、逢えないのかな。

 イヤだよ。

 逢いたい。

 逢いたいよっ!

 祐一君っ!

 ひとりぼっちはもうイヤだよっ!

 光……。

 雪よりも白い輝く光。

 なんだろう……。

 雪のように舞ってボクのところに降りてくるよ。

 ――え?

 羽……?

 真っ白な、雪よりも輝く光の羽。

 これって……。

 これって……、もしかして。

 羽が……。

 雪のように降ってくる真っ白な羽が……。

 ボクの手のひらに集まるよ。

 雪のように冷たくて、でも。

 とってもあったかいよ。

 まるで。

 キミみたいだね、祐一君。

 ボク。

 がんばるよ。

 きっと。

 この白い闇の降りた夜も。

 きっと明けるから。

 ボク、待つよ。

 この輝く羽は、キミとボクの約束の証だから。

 まだ、どれくらいかかるか分からないけど。

 待っててね、祐一君。

 ボク。

 がんばるから……。

 この真っ白な空も。

 君の待つあの街のあの空に続いていると信じているから……。

 だから、待っててね、祐一君。

 いつか、きっと。

 キミと同じ空の下にボクも辿り着くから。

―了―

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