『たい焼きはKissの味』

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「うぐぅ~」

遅れちゃうよっ。

きっと怒ってるよっ。

今日もいい天気。

青い空がどこまでも広がる……、そんな気持ちのいい初冬の午後。

息を切らせて駆けるボク。

弾む息が白く霞んで後ろに流れて行くよ。

流れる人波を器用に縫って、ボクは駆けて行く。

大好きな。

キミが待つあの場所へ。

『たい焼きはKissの味』

~Ayu Tsukimiya~

でも、間に合うかな?

たぶん、ダメかも。

また怒られちゃうっ。

ゴメンね、祐一君。

ボク、頑張ったんだよっ。

それだけは信じてねっ。

「遅い……」

「うぐぅ」

そうだけど……。

もうちょっと優しくしてもいいんじゃないかなぁ?

「ちょっと遅れただけだよ」

「ちょっと、ねぇ」

「うぐぅ」

駅前のベンチに憮然とした表情で腰を降ろしていた祐一君。

視線がボクに突き刺さるよ。

「頑張ったんだよっ」

「結果が伴わないのは変わってないけどな」

ふっ、と。

表情を柔らかくして困ったような苦笑を浮かべる祐一君。

良かったぁ、この笑顔なら許して貰えそうだよ。

「そんな言い方ないよ、祐一君。ボクだっていろいろと……」

言ってちょっと恥ずかしくなっちゃう。

うぐぅ、こんなこと言わせるなんて意地悪だよっ。

「いろいろと?」

「何でもないよっ」

気付かないなんて、祐一君の鈍感っ。

「たかが商店街歩くくらいで、そんな気合い入れておめかししなくてもいいって」

えっ?

「ったく、化粧なんてするガラかよ」

気付いてたのかな?

高鳴る鼓動を抑えるように、胸に手を当てて一呼吸。

「口紅なんて誰に貰ったんだよ」

そっと唇をなぞるボク。

気付いてくれてたんだね。

嬉しいよ。

「うぐぅ、名雪さんに……」

「あいつもほとほと世話好きだな」

「それと秋子さん」

「ぐぁ」

思わずのけぞる祐一君。

『ほらほら、あゆちゃんこんなのどうかな?』

『うぐぅ?』

『こっちも似合うと思うわよ?』

『うぐぅ~?』

『たまにはお化粧もしないとね』

『祐一さん、喜んでくれるといいわね』

『うぐぅ~~』

「あ、あの親子は……」

溜め息をつきながらも、

「オレを追い出すように急かしたのはそのせいかよ」

照れ臭そうに微笑んで。

そんな笑顔が。

ボクの大好きな祐一君の笑顔だったから。

ちょっとだけ勇気を出してみるよ。

ちょっとだけおめかししたボク。

「似合って、ないかな?」

祐一君にはどう見えるのかな?

「ああ」

「うぐぅ~~。ひどいっ! ひどいよ、祐一君!」

「う・そ」

「うぐぅ~~」

可笑しそうにボクを見て肩を震わせる祐一君。

なんだかひとりでバカみたいだよ。

情けなくて泣きたくなっちゃう。

「お、おい、あゆ……?」

「祐一君、意地悪だよっ」

嬉しかったのに。

せっかく喜んでくれてるかと思ったのに。

「ボクのこと、いつもいつもからかってばかりで……」

結局ひとりで喜んでばかりで、ボクって……。

「祐一君は楽しいかも知れないけど、ボクは楽しくないよ」

「まぁまぁ……」

ちょっと慌て気味にボクをなだめようと必死になる祐一君。

なんだか初めて出逢った時みたいだね、ボクたち。

「だって、いっつも祐一君ボクのことどう思ってるか言ってくれないんだもん」

「そんな事ないぞ」

「あるよ……」

「だって、いつも夜……」

「わーっ!」

ゆ、祐一君っ!

「な、何だよ……」

「な、何を言おうとしてるんだよっ、祐一君!?」

祐一君の声を遮って、思わず声を上げちゃったよ。

「何って……。あゆの~」

「うぐぅ~!」

顔がスゴく熱いよ。

恥ずかしさで顔から火が出そうだよ。

祐一君、そんなことここで言わないでよっ。

「ゆ、祐……」

「――寝顔、可愛いな、ってな」

――え?

ぽそりと言った祐一君の意外な言葉。

「はは、焦ったか?」

「うぐぅ……。やっぱり意地悪だよ」

祐一君から視線を逸らしてボクはぽつりと呟く。

やっぱりからかって楽しんでるんだよ。

「ボク、てっきり……」

「てっきり、何だよ?」

「うぐぅ」

真っ赤な顔のまま俯くボクに、

「何を考えてたんだろうなぁ?」

追い打ちをかけて来る祐一君。

もう寒さで震えそうな時期なのに、ボクの顔は赤く染まって、頬が熱くて、胸がドキドキして……。

「何でもないよっ」

ぷいっ、とボクは祐一君に背を向けて拗ねたフリ。

「ふ~ん……」

でも。

こんな意地悪ばかりする祐一君だけど、そんな祐一君もやっぱりボクの大好きな祐一君だから。

ちらりと首をひねって祐一君の顔を盗み見て。

「……ホントなの?」

祐一君の口から出たさっきの言葉が嬉しかったから。

「ん?」

祐一君がボクのことをそう想っていてくれたことが嬉しかったから。

「ボクの……、寝顔……、その……」

訊きにくいけど、やっぱりはっきり言ってほしいから。

「その……、可愛いって……」

確かめたいから。

くるりと振り返って、勇気を出して。

「――ホント?」

冬の空気に溶けそうな小さな言葉で。

今度はちゃんと答えてくれるよね、祐一君?

「――ったく」

苦笑混じりにそう呟いて。

立ち上がった祐一君がそのままボクを抱き締めて。

ぽん、とボクの頭におっきな祐一君の手の感触。

優しく子供をあやすようにボクの頭をなでる祐一君。

「うぐぅ、子供じゃないよ……」

「――ホントだって」

「祐一君……」

祐一君の胸の中、コート越しだけどボクは祐一君の胸にこつんと頭を当てて。

「ホントに?」

「ああ。ったく何度も言わせるな」

「うぐぅ、ゴメン。でも、祐一君、すぐにごまかすから……」

「ンな恥ずかしい台詞、さらりと言える訳ないだろーが」

「……ボクだって恥ずかしいよ。こんな所でいきなりなんだもん」

ボクの言葉に、慌ててボクを抱き締めていた両手を離す祐一君。

それからぐるりと辺りを見回して、

「ぐぁ……」

苦い顔で小さく呻いて。

「うぐぅ」

……。

「もうっ、ボクのマネしないでよっ!」

やっぱり祐一君は祐一君で。

それがボクにとっては一番嬉しいことだったんだって今さらながらに思い出して。

可笑しくてくすくすと笑い始めたボクに、不思議そうな顔をしていた祐一君も、ちょっと疲れた顔で、それから微笑んで。

ボクと同じように笑ってくれて。

ベンチの前で笑い合ってる可笑しなボクたち。

でも、これがボクたちらしくて。

「せっかくいい雰囲気だったのに……」

ちょっと残念だけど、ボクたちはボクたちらしくがいいよね?

「行こうか、あゆ?」

優しい笑顔でボクの方に手を差し出して訊いた祐一君に、

「うんっ」

ボクは大きく頷いて、祐一君の手を取るんだ。

おっきな、祐一君の手を。

あったかい、祐一君の手を。

大好きなひとの手を。

「行くぞ~!」

「わっ! いきなり走らないでよ~~」

駆け出す祐一君とボク。

やっぱりムードのかけらもないけれど。

楽しいからいいよっ。

とっても楽しいから。

祐一君がボクと一緒にいてくれるから。

祐一君に手を引かれ、通りを駆けるボクたち。

冬の空気に白く溶けるふたり分の弾む息。

軽快なリズムで歩を刻むボクたちの足音。

火照りから冷めない頬と、祐一君の手から伝わる温もり。

吹き抜ける風は冷たいけれど、気持ちいいよ。

透き通った空気が。

澄み切った空が。

とっても気持ちいいよ。

楽しそうに笑いながら駆ける祐一君の横顔を見上げながら。

ボクも自然に笑顔になっていた。

§

「はぁ……、疲れた」

「うぐぅ。祐一君、はしゃぎ過ぎだよ」

「あゆだって思いっきり楽しんでただろーが」

「だって楽しかったんだもん」

「俺は疲れた」

「ボクも疲れちゃったよ」

商店街をゆっくりと歩きながらぼやき続けるボクたち。

さすがに少しはしゃぎ過ぎちゃったよ。

「お腹空いちゃった……」

「おいおい」

「だって、ずっと動き回ってたんだもん。夕飯まで待てないよ」

少しだけ傾き始めたお陽さま。

西日がボクたちを優しく照らして影が長く尾を引き始めているよ。

もうちょっとで今日も終わりだね。

楽しかった時間って、ホントにあっという間だよ。

「そんなこと聞いたら秋子さん、がっかりするぞ」

「うぐぅ、ちゃんとご飯も食べるもん」

「――とは言え俺もさすがに腹減った……」

苦笑を浮かべてお腹に手を当てる祐一君。

「でしょ? そうだよね? そうだと思ったんだよ!」

ここぞとばかりにボクは祐一君に決断を迫る。

ここが勝負どころだよっ。

「じゃ、ちょっとだけ何か食うか」

ちょっとだけ思案顔を浮かべた祐一君が、にっこりと笑ってそう言った。

「うんっ」

ボクも元気に首を縦に振る。

やったねっ、言ってみるものだね。

「それじゃ……」

祐一君の言葉を遮って、ボクは口を開く。

「祐一君?」

「ん?」

「やっぱり冬はたい焼きだよね」

「そうなのか?」

「たい焼きは焼きたてが一番なんだよ」

「まぁ、そうだろうな」

「――と言うことで、たい焼きが食べたいな、ボク」

「……俺には選択の自由と言うものはないんだな?」

呆然と呟く祐一君。

ちょっと可哀想だけど、ゴメンね、たい焼きはゆずれないよ。

「もちろんだよ」

「――ま、まぁ、そろそろたい焼きも美味い頃だろうし構わないけどな」

「違うよ」

「何が?」

「たい焼きはいつでも美味しいんだよっ」

だってボクの大好物だもんっ。

「こんにちは、おじさん」

たい焼き屋さんの前で、ボクはおじさんに声を掛ける。

ボクの行きつけのたい焼き屋さん。

「いらっしゃい……って、いつぞやの食い逃げの嬢ちゃんか」

そういう覚え方はやめてよ、おじさん。

「うぐぅ、お金ちゃんと払ったもん」

「でも食い逃げしたのは事実だろ?」

隣でぼそりと小声で呟く祐一君。

うぐぅ、意地悪。

「ははっ、ウチのたい焼きを食い逃げしたのは嬢ちゃんが最初で最後だろうからな」

「うぐぅ」

「今日もたい焼きかい?」

「うん、ちゃんとお金もあるから売ってくれる?」

「大丈夫ですよ、おじさん。俺がちゃんと責任を持って買いますから」

「ははは、買ってくれるなら文句はないからな。嬢ちゃん俺の店の常連だし、兄ちゃんも買ってくかい?」

「じゃ、ふたり分で五個ください」

「はいよ」

さすがおじさん。

手早く焼きたてのたい焼きを袋に包んで祐一君に渡したよ。

「毎度。一個はおまけだよ」

「うぐぅ~。ありがとう、おじさんっ」

やっぱりいいおじさんだよ。

「また来てくれよ」

「うんっ」

笑顔で言ってくれたおじさんに、ボクも笑顔で頷く。

おじさんのたい焼き、大好きだから絶対また来るからねっ。

「たい焼き、たい焼き」

さっきまでの疲れが嘘のように足が軽いよ。

たい焼き、早く食べたいな。

でも、もうちょっと我慢しないとね。

「嬉しそうだなぁ」

「うんっ」

祐一君の隣をゆっくりと歩きながら、祐一君の言葉に答える。

「ひとつ食べていい?」

「ダメ」

ミもフタもなく即答されちゃったよ……。

「もうすぐ公園に着くから我慢しろ」

「うぐぅ、早く食べないと冷めちゃうよ」

「大丈夫だ。まだ熱いくらいだからな」

「うぐぅ」

「我慢我慢」

「分かったよ……」

今日の終わりを告げようとする赤い空と茜雲。

冷たさを増し始めた木枯らしに、ボクは小さく身を震わせる。

ちょっと寒くなって来たね。

「あゆ……?」

祐一君のコートの袖を、きゅっと掴んだボクに祐一君が問い掛ける。

寒さに少しだけ紅潮した頬。

祐一君を見上げるボク。

祐一君は何も言わずに、ボクの肩をそっと抱いてくれた。

あったかいよ、祐一君。

「ふふふ」

「何だよ……」

「あったかいね」

「ばーか」

肩にのった祐一君の手にボクの手を重ねる。

ちょっと照れるね。

祐一君の温もりに重なるボクの温もり。

こう言う幸せってなんだかいいよね。

早くたい焼きも食べたいけど。

こうして一緒に歩くのもいいかな?

贅沢だね、ボク。

こんな時間がずっと続いてほしいよ。

幸せだから。

大好きだから。

ね、祐一君。

冷たい風と穏やかな色の夕日が辺りを包んで。

ちょっと寒くて、あったかな光に照らされた道を、ボクたちはゆっくりと歩いて行くんだ。

祐一君の温もりを感じながら。

「――あ、やっと着いたよっ」

「やっとって距離でもないだろ……」

「早く食べようよ、祐一君」

ベンチに腰を降ろして祐一君を急かす。

祐一君が我慢しろって言うから我慢したんだからね。

「はいはい。ほら」

祐一君が取り出したたい焼きを受け取るボク。

ほかほかのたい焼きが、冷たくなった手のひらにしびれるような熱さを伝えて来るよ。

「うぐぅ~」

ぱくっ、とかぶりついてたい焼きを味わうボク。

口の中に広がる餡この甘みとたい焼きの熱さが身体をあっためてくれるよ。

やっぱりあのお店のたい焼きが一番だねっ。

「美味しいよ~」

「美味いな」

ひとつ、ふたつ、と祐一君の持った袋をもぎ取るようにどんどんと食べちゃうよ。

うぐぅ、夕飯食べれるって言ったけどちょっと心配になっちゃった……。

でも、でもっ。

たい焼きの魅力には勝てないんだよ、ボク。

「ふう……」

「ボク、お腹一杯になっちゃったよ」

「だから言っただろ。食い過ぎだって、お前」

「うぐぅ。美味しいんだもん」

言い訳がましいけど、ちょっと反省するよ。

せめて二個にしておけば良かったね。

「ほら、口元に餡こが付いてるぞ」

「えっ?」

――どこ?

そう訊こうとする前に、祐一君。

ちゅっ

――え? え?

「うぐぅ!?」

な、なんでいきなり……?

「やっぱり甘いな~」

「あ、当たり前だよっ、たい焼きの餡こだもんっ」

もうっ、全然雰囲気出ないよ。

もうちょっと、こう、ボクの気持ちも考えてよ。

「じゃあ、こっちは?」

そう言って、そっと指先でボクの唇に触れる祐一君。

「食べる前に口紅拭いたほうがよかったと思うんだよな、俺は」

「うぐぅ。そんなこと言ったって、口紅塗ってたの忘れてたんだもんっ」

それに……。

「いきなりはびっくりするよ、祐一君……」

ボクの言葉に、にっ、と笑った祐一君。

「――いきなりじゃなきゃいいのか?」

「うぐぅ」

ズルイよ。

そんなふうに訊くの。

ボク、どう答えればいいのか困っちゃうよ。

「……」

「あゆ……?」

「訊かないでよ。――ボクだって恥ずかしいんだからね……」

視線を落として呟いたボクの頬に、祐一君は手を添えて。

「あゆ……」

優しくボクの名前を呼んでくれて。

「――祐一君」

ボクも祐一君に答えて。

顔を上げて祐一君の瞳を覗き込む。

目を細めてスゴく優しい笑顔で。

祐一君の顔がゆっくりと近付いて。

ボクは目を閉じて。

祐一君の胸に手を添えて。

「……ん」

そっと触れ合う唇。

暖かな、柔らかな感触。

肩を抱いた祐一君の手に少しだけ力が込もる。

ボクは祐一君に身体を預け、祐一君の温もりを。

身体いっぱいで感じていた。

あったかいよ、祐一君。

冬の寒さは厳しいけど。

祐一君がいてくれるから、寒くないよ。

甘いね。

とろけそうな甘いキス。

ちょっとだけたい焼きの味。

大好きな祐一君と、たい焼き味のキス。

あったかいよ、祐一君。

幸せだよ、祐一君。

大好きだよ。

祐一君。

-了-

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