輝くもの天より墜ち

2008年8月18日

stars ティプトリー 作品初体験 この結末は切なくて恐ろしい

〈殺された星〉のもたらす、最期の光〈ザ・スター〉を見物するために惑星ダミエムに降り立った観光客たち。悲劇的な過去を持つダミエム人たちを保護するために駐在している行政官のコーリーと副行政官のキップ、医師のバラムの3人は、そんな観光客らを迎え、〈ザ・スター〉の訪れを待つ。その光の訪れとともに起きる事件。そしてその結末に待つものは。

紅茶さんのおすすめで手に取った本書。そもそも本格的な海外 SF を読むのが初めてだったりで時間はかかりましたがようやく読了。原書の出版が20年以上である事実をさえ疑いたくなるほどの鮮烈さと、また随所に逆接的に現代の作品群に及ぼした影響を伺うことができるというなかなか希有な体験と感想を抱きました。

作中で過ぎる時間はわずか1日程度。物語の舞台も、広い惑星に小さくこしらえられたホステルの狭い空間。その中で、様々な背景と、事情と、欲望と意志を持つ13人の人物が結末へ向かって行動する。
中心となるコーリーやキップ、バラムからして、この惑星でたった3人きりのヒューマンであり、男と女であるという事実から妙に生々しい三角関係一歩手前だったり、過去に犯した罪を密かに抱えていたり。これだけでもふくらませれば十分ドラマになりそうなところに、さらに13人、ただならぬ人物が投入されてごったに状態。キッズ・ポルノコンテンツの制作者と俳優、若年にして超然とした雰囲気を持つとある惑星の重要人物、ただならぬ雰囲気と厳然さを漂わせる光彫刻家、自身の出自の特殊さから父親を捜し続ける娘、別の星へ行く予定があり得ないはずの事態でダミエムへ訪れた研究者たち、好々爺然とした片足の不自由な小さな老教授、全身麻痺状態の妹を治療するためにあらゆることを惜しまず、手を尽くす女侯爵。
そんな人々が信頼したり裏切ったり、利用したりされたりと、大変なことに。みなそれなりの見せ場はあるし、それぞれの背景が比較的しっかり語られたりするので、人物の多さの割には中盤以降はそれぞれの人物の役割を混乱せずに読み進められました。序盤はけっこうややこしいし、訳書らしい言い回しのせいかシーンの想像がしづらい部分もあったりで、状況を把握しながら進めるにはやや骨が折れましたが。

SF 作品らしく、未来の惑星、未知の種族、技術などが登場しつつも、作品の方向性としてはミステリなのかな。SF らしいガジェットは多数登場しつつも、物語の歯車を回すのは、人間の生々しい感情によるものだし、発生した事件そのものも、根源的な欲望にまみれた人々の醜さと残酷さの現出に感じられました。
また、誰かが誰かに抱く愛情が、過ぎれば狂気ともなるし、あるいはそれは禁忌と呼ばれるものでもあるということ。女侯爵レディー・Pの、彼女の妹へ注ぐ過剰なまでの慈しみとどこまでも生きながらえさせるエゴの具現とも言える装置とか。医師バラムの女補給系士官・リニックスの間に生まれた、擬似的な父娘関係を飛び越えかねないような感情だとか。そういうった内面描写が生々しいので、直接的な表現は少なくとも、物語のバックグラウンドで起きたであろう事実の、主にセクシュアルな方面での脳内補完が大変なことに。なるほど、古き良き成人指定アドベンチャーゲームの登場の、さらに昔に書かれた作品が、今になってそのように感じられるというのは、現代の様々な作品に大小影響を及ぼした原典的な位置づけに思えてなりません。
こういうセンスオブワンダーに充ち満ちた作品がまだまだ世にあふれているかと思うと、もっと幅広く手を出していきたいと思ってしまいますね。

中盤から終盤にかけては事件の黒幕との対決、絶望的な状況を覆すこの舞台だからこそできたという機転から生まれる奇跡。そして、この事件を契機に訪れる変化、失われていくもの。エピローグは多くの人々にとっては幸いな結末で、けれどやりきれない切ない結末。はっきりと明言されなかった〈ザ・スター〉の原因だったり、ダミエム人たちの中に生まれたこれまで持ち得なかった概念だったり、作中で語られないその先を想像すると、なにやら恐ろしいものを感じます。物語を駆動した人々は、星を去っても、彼らが残していく目に見えない何かが、確実に物事を静止した状態から加速させていったということこそが、単純な感動だけではない何かを伝えてきました。

ティプトリー作品では『たったひとつの冴えたやりかた』とかも有名だけど読んだことはないし、その辺にも手を出してみようかな。

hReview by ゆーいち , 2007/08/12

輝くもの天より墜ち

輝くもの天より墜ち (ハヤカワ文庫 SF テ 3-6)
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 浅倉 久志
早川書房 2007-07