荒野

2008年8月5日

stars さよなら、さよなら……。幼い日々。

恋愛小説家の父を持つ少女・荒野。鎌倉で暮らす彼女は、中学校の入学式へ向かう電車内で、ドアに制服を挟まれ困っていたところを少年に助けられる。入学式後、同じクラスで再開するふたり。けれど、少年・悠也は荒野の名を知ると突然態度を変え冷たく接してきて……。

12歳から16歳まで、荒野の視点を通して描かれる、彼女の家族と、恋のお話。ファミ通文庫で出版された第2部までも読んではいなかったので、これが所見になります。小説らしい劇的な展開とかとは縁のない当たり前の日常と、時間の経過によって子どもから大人へと成長していく過程が、内面の描写から伝わってきました。

恋だとか、大人の情念だとか、理解の埒外だった12歳の荒野も、悠也と出会い、少しずつそんな心を知っていくわけで。曖昧な形のない、初めて抱く気持ちが、年を経るにつれて彼女の中で育っていくのが静かに描かれていきます。本当に何気ない描写が積み重なっているんですが、だからこそ、そんな毎日が繋がって、荒野の中に生まれた恋が彼女の形を取っていくのだなあと。そして子どもだから分からない世界も、大人になる過程で理解していって、多感な少女らしい成長による心と体のアンバランスさだとか、そういった描写もらしいなあという感じですね。女性作家らしい感性というか視点を感じます。

そういう私は荒野たちの年代の倍は年を重ねてしまったわけで、どちらかというと彼女の視点からすると大人側の人間なワケですが、荒野が思ったり感じたりした世界というのは、もう忘れてしまっているなあ。そんな懐かしさも呼び起こされますが、10代の読者が読んだりしたら、また別の共感が得られたりするんでしょうかね。そういう感想も聞いてみたいかも。

hReview by ゆーいち , 2008/06/08

荒野

荒野
桜庭 一樹
文藝春秋 2008-05-28