ef – the latter tale.

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ef - the latter tale.

『ef – the latter tale.』ようやくクリアしました。

前作である『ef – the first tale.』から続く、もう一つのおとぎ話としての本作。しかし、その実、前作はあくまで前振りに過ぎず、本作こそが本編であり、おそらくは語られるべき物語だったのかなという印象を持ちました。

火村夕と雨宮優子。ふたりの謎めいた存在が語る4つの物語。それは、彼らが過去から今へと辿る過程で出会い、交わり、別れていったひとびととの物語。そうして、それらが語られた後に明かされる、夕と優子の物語は、本作が標榜する「おとぎ話」とは大きくかけ離れた世界への絶望や怨嗟、そしてその地獄の底のような状況から這い上がり、その足で歩み出すまでの、長い停滞の物語でもありました。

特に、『ef – the latter tale.』においては、千尋と蓮治、そしてミズキと久瀬の関係が、前作の主人公たちに比べて重い重い。常に付きまとう不幸の影、別れの影が、舞台となる街の空気と相まって、同じ世界観の作品なのに、受ける印象を逆にしてくれます。登場人物たちの心の向かう方向が、正反対に近いというのも、そういった印象を受ける要因なのかもしれませんね。

そういった点も含めて、前作のシナリオが今ひとつに感じてしまい、本作に手を出さないとしたらそれはもったいないなあと感じます。販売本数的にも多少なりともそういうユーザがいるのは、分割されてリリースされて、期待を盛り上げるだけ盛り上げて、『ef – the first tale.』で語られた物語が、本作の全体像をほとんど伝えていなかったことが大きく影響しているのかなあと思います。だからこそもったいない。『ef – the latter tale.』の物語を見てこそ、この作品が何を語りたかったのかが掴めると思えるだけに。

幸か不幸か、『ef – the latter tale.』の価格は、下落の一途なので手は出しやすいと思います。前作をプレーしつつ本作未プレーの方は手にとってほしいですね。

前作は、クォリティこそ業界屈指と思われつつも、ストーリー部分で損をしていたように思いますが、本作においては、物語が始まってすぐに「これは違う」と感じました。選択肢もひとつしかなくて、もうゲームという枠で語るべき作品ではないのですが、物語るためのフォーマットとしてはひとつの到達点的な作品でもあります。惜しげもなく大量投入された様々な素材が作り上げる物語をぜひ堪能していただきたいなと。

さて、各シナリオやキャラクターについての雑感は、ネタバレ上等で行きますので、続きを読むの後でご覧ください。

13時間の恋/新藤千尋・麻生蓮治

景の妹の千尋。ハンディを抱えつつもそれがどんな内容かというのは想像するしかなかったのですが、作中で語られた彼女のそれは、予想していたものよりもずっと大きなものでした。

13時間で失われる記憶。かつての事故の後遺症で、そこで時間を止めてしまった彼女。時間の流れは彼女の記憶を過去に置き去りにして残酷に過ぎていき、さらにその流れの中で、千尋に何かを得ることも許さない。記録として残された彼女の言葉が、自分に与えるもの、そして他者に与えるもの。蓮治の回想と彼女の日記で持って語られるふたりの出会いと恋の物語は、当初の予想通りに絶望に立ち向かう物語でした。

次第に距離を縮めていきながらも、決定的に踏み越えられない一線。そこを超えて想いが通じたとしても、その恋は決して永遠にはならない忘却のルールがあって。その事実に打ちのめされるのは、彼女を理解していく過程で傷を負っていく蓮治だけでなく、忘れてしまった過去の中で何度となく経験してきた千尋自身なのだという残酷さ。

ひとつ物語を完成させることが、ふたりの関係の終わり。そう、定めてしまった千尋の選択が愚かかどうかというのはこの際問題ではないのかなと。彼女が描こうと決めた物語のラストと同様に、消えてしまいたいと願い続けていた彼女の世界を、目を逸らさずに受け入れ、共に歩むことを選んだ蓮治は、彼女にとってはどうしようもなく残酷で、けれど誰よりも眩しく見えたんだろうなあと思います。結ばれたという事実、それすらもひとときの記憶とすることを選び、忘れていこうとした千尋を、けれど蓮治は忘れない。彼女が伝えたかった物語を、受け入れ、そして答えを出した蓮治が彼女に与えた物語、その結末は、いくつかの偶然と、ほんの小さな奇跡とも呼ぶべき出来事の積み重なった末に与えられた、ささやかな幸福なのかもしれません。

結局、千尋が抱えたハンディはその生涯をかけて背負っていくもので、安易な救いがもたらされる類のものではありませんでしたが、そばに蓮治がいる、その事実が彼女が昨日から今日へと伝えるための記録ではなく、彼女自身に刻まれることを願いたくなりますね。

死がふたりを別つまで/羽山ミズキ・久瀬修一

作中で一番元気なキャラだったミズキが久瀬と出会い、彼に惹かれていく物語。

久瀬が現在にのっぴきならない事情を抱えているのに対し、ミズキは過去に大きな事件を経験し、それがこの物語の終章への扉を開くきっかけとなるのですが、それはまた別の話。

残された時間の少なさゆえに、自らの精算のためにこの街を訪れていた久瀬。そんなときに、お隣さんの麻生家に滞在していたミズキのお目付役を仰せつかったのは、彼にとっては大きな誤算だったのでしょう。果てていくだけの自分と、ひまわりのように笑い、自分にまとわりついてくるミズキ。彼女の幼い好意が純粋であるがゆえに、自分と彼女が傷つくことを恐れ、おそらくは彼女を憎みさえした久瀬の屈折さは、生来の嘘つきという以上に救われないように思えますが、それを決めるのは久瀬自身とミズキだけ。

男としてどうしようもなく卑劣な手段で、女であるミズキを傷つけた久瀬の行動は、その根底にある絶望を知ってなお、許されざる行為と思うわけですが、結局それを断じることができるのも、赦すことができるのも、当事者であるミズキであり、そしてこのふたりの物語は赦されて得ることのできる幸せへの兆しだったのかなあと。結局、この章ではふたりの結末は描かれていないわけですが、その後に描かれるお話では、死ぬから不幸であるという久瀬の論理を、死ぬまで幸せでいたいというミズキの感情が打破するという答えが示されます。それは、千尋と蓮治のような永遠が刹那に縛られる関係とは対極の、刹那を永遠にしたいという願いにも思えました。

残酷な世界に優しいおとぎ話を/雨宮優子・火村夕

ミズキを通じて過去へと至る夕。

それは学生時代の夕と優子、そして久瀬や凪の物語であり、結末へと至るための最後のピース。

ああ、これはきつい。夕も優子も救われない。この絶望を経験して、どうして今の彼らがあるのかという疑問は、逆説的に、だからこそ他人に対してお節介になってしまうというシンプルな答えを見出すわけですが。

優子の抱えた事情は、きつすぎますね。彼女が作中の現在において、もう亡いものだろうという仄めかしはありましたが、語られたふたりの過去は、それこそ神の不在を確信したくなるくらいの絶望の結末。そして、その絶望を抱え、けれど生き続けてきた夕が、最後の最後でほんの一瞬の幸福を思い出し、その幸福に決別を果たすという、決してハッピーエンドとひとくくりにできないような終幕が用意されていたわけですが。

世界を呪いたくなるような経験と、そこから逃れられないという絶望に支配された優子と、それを知り、過去との決別を経て、彼女の手を取り、受け入れることを選んだ夕。束の間のしあわせは、それがひとときの夢だったかのように失われ、大きな空白の後に現在へと繋がっていく。

過去に夕が出会ったひとたちと、縁のある人物が、物語の現在において、夕を優子の元へと導くという構成は、最後の舞台となる街の種明かしと同様にやたらと上手いのですが、この物語は誰もが受け入れられる類ではないのも確かかなあと思います。正直、ここまでヘヴィな過去が用意されているとは思ってもいなかったので、彼らのエピソードはどうしようもなく痛いわけです。そして、最後に用意された再会も、決別のための束の間の奇跡なわけで。

そして、生と死、その両端に経っている夕と優子が、4つのエピソードの主人公たちを導くことにも意味が見いだせるのかなと。生の象徴的な前編のエピソードを、すでに終わってしまっている優子が導き、死へと歩むような印象を受ける後編のエピソードを、絶望の中、夢を失わず歩き続ける夕が導く。物語の全容が明らかになるにつれて、この出会いと導きを含めて、最後の再会へと繋がる縁の奇跡なんだなあと思いました。

別れの言葉の対照的で、現在形で告げる夕と、過去形で告げる優子。すでに、別たれた道の半ばで、束の間の邂逅を果たしたふたりがほんの一瞬交わした言葉と、そして振り返らない姿勢は、優しくない世界で生きてきた彼らが望まずに得てしまった「強さ」なのかと思うと、また、悲しくもなるわけですが。

そして、誰もが歩き出すエンディングへ。残された時間、積まれた問題、世界は優しくないけれど、そんな絶望が当たり前にある世界でも、きっと幸せは手にできる。残酷さが描かれつつも、そういった優しさを最後に伝えてくれたこの物語は、結局はひとの希望を描いてくれた物語なんでしょうね。

a fairy tale of the two.

作品全体としてみると、このクォリティに比肩しうる作品はそうは出てこないんでしょうね。贅沢すぎる素材を豪華に料理して、味付け自体はかなり人を選びそうですが、私は美味しくいただきました。

『ef – the latter tale.』で語られる物語がどれもこれも重いので、そこが受け入れられないと、多分ダメなんだろうとも思いますが。一筋縄ではいかない物語であることは間違いないので、一見の価値ありかなあと思います。

前編と後編のバランスが悪いのも狙ってるんでしょうけれど、だからこそ惜しいなあ。対照的に物語を描くための分割なんですが、前編の平坦さが、後編へのユーザの引きをスポイルしてしまった可能性が否定できないのが惜しいところ。そして、現時点では両方買っても新品ソフト1本分以下の値段で購入できそうなのは皮肉な感じですが。

予算のかけ方は、もうむちゃくちゃ豪華な感じなのですが、minori のポリシー的な“We always keep minority spirit.”ってのは生きてるのかなあと。これだけ豪華な布陣で臨んだ作品なら失敗を恐れて比較的万人受けする路線で行きそうなものを、こういう形で落とし込んだという信念はしかと受け取りました。まぁ、この辺はライターさんの色が出ているんでしょうけれど、そういった容赦のない物語と、妥協のない演出の産物である、本作は物語を見せるというフォーマットとしてひとつの到達点なのかなあという感想ですね。何よりも、minori が次回作ではこれに挑むということで、やたらと高いハードルとなるとは思いますが、良い意味でも悪い意味でも、話題作を世に送り出してくれることを期待したいですね。

……アニメ版見てないけど、見た方が良さそうだなあ。

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