葉桜が来た夏〈4〉ノクターン

stars こい葉桜、すかした大人どもの鼻をあかしに行くぞ。

ラパーチェの暴走という事件を契機に、アポストリを排撃する気運が日本国内でにわかに高まっていた。当事者となった葉桜は、その責を負い評議委員の資格の剥奪、さらにはアポストリ高等法院による監察処分を受ける身となった。監察に当たる憲兵の稻雀のとぼけた態度に頭を悩ませる学。一方、日本の政治の裏側で暗躍していた〈水車小屋〉は、ついに行動を開始する。アポストリを排除する、その目的の成就のため、彼らの手は学たちの周囲にまで及ぼうとしていた。

急転直下の怒濤の展開!

いやぁ、容赦がなくなってきましたね。前巻のラパーチェの事件でも、事態はすでに学や葉桜の手を離れ、国家レベルの問題に達しようかとしていましたが、それがなんとか収まって、はいめでたしめでたし、なんて生やさしい展開はこの作品は許してくれないようで。

今回の物語で、学にとって大きな喪失が描かれます。それは彼にとって二度目の喪失で、そして、それによって彼は自分の寄る辺となるべき何かを亡くし、そしてそのことにより自分が何ものであるのかを自覚するに至ります。失われたものに恋い焦がれ、我を忘れてしまった葉桜が陥ってしまった状況を繰り返しかねない、精神的な絶体絶命。しかし、それをすんでの所で立ち止まらせ、反撃へと向かわせる残された言葉と遺志というものは、学がどれだけ忌み嫌っていても、受け継がれているものが確かにあるという証左に思えますね。自分自身すら平気で道具と見なし、状況を作り出すためにありとあらゆるものを利用する。これまでのエピソードでも窮地にこそ発揮された学自身に刻み込まれている力、政治という舞台でこそ真価を発揮する彼自身の資質がいよいよ本格的に開花しようとしている雰囲気ですね。

学と葉桜。ふたりは未だ、その手には実質的ないかなる政治的な力を何ら手にしていない子どもです。目の前の敵を殴り、障害を取り除ければ事態は快方に向かう、そんな自分達の身の回りの小さな世界を守るための戦いすら許されないのはままならないでしょうね。ふたりが何かを行おうとすれば、結果的にそれはさらに大きな混迷した状況を引き起こす引き金になりかねない。これまでの、そういった政治という隔絶した世界のシステムの部品とすらなり得なかった状態から、これからは、むしろ反撃するかのごとく、その身を投じていこうかという段階に至ったように思います。

アポストリ側の灯籠、そして仇敵である〈水車小屋〉の水無瀬という、両陣営の頂点に近い存在と対等に渡り合うにはまだまだ力のなさ過ぎる学と葉桜。けれど、ふたりにとっての切り札となり得る「彼女」の帰還というラストにはどうしようもなく震えるものが。無力さに打ちのめされ、これからの道筋すらはっきりとは見えない中、彼女の存在は一筋の光明となりうるのか?

異種族同士相容れないと、皮肉にもお互いが認識を一にし始めた末期的な状況。かつてのファーストコンタクトからゆっくりと歪み始めていた世界の歯車の軋みがいよいよ音を立て崩壊の悲鳴のごとく聞こえてきそうな物語ですね。

ストーリー的にも佳境、ふたりが出逢った季節である夏まであと少し、今回の事件で、お互いの絆は決定的に変わってしまった感じがしますが、その目に見えない固く結ばれた何かを、言葉にして、未来への可能性を見せてくれることに期待したいですね。

hReview by ゆーいち , 2009/05/20

葉桜が来た夏〈4〉ノクターン

葉桜が来た夏〈4〉ノクターン (電撃文庫)
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