アカイロ/ロマンス〈5〉枯れて舞え、小夜の椿

stars ねえ、霧沢くん。女の子が男の子を好きになるのに、理由なんてないのよ。

宝刀つうれんを奪われ、自らの記憶さえもが枯葉を揺さぶる。そんな枯葉を、かつて幼い頃出逢った初恋の少女に重ね、励まそうと奮闘する景介。一方、自身の正体を誰も彼もから欺き続けてきた秋津依紗子は、景介を手に入れる、ただそのためだけに行動を開始する。愛しい、愛しい、彼を手に入れるために。

[tegaki]いとし、こいし、かなし。[/tegaki]

クライマックスまであと1冊、ここにきて、物語の本質がついに姿を現しました。

それは、どこまでも純粋な気持ち。誰かが誰かを想う気持ち。好きという気持ち、愛しいという気持ち、恋しいという気持ち。それが他者からどう見えようと、たとえ、歪んでいようとも、呪われていようとも、愚かしかろうとも、誰かを想う気持ちさえあれば、ひとはどこまでも強くなれる。そして、残酷になれる。

この展開はまさに急転直下。明確な敵が見え、それに向かって立ち向かえば問題が解決するなんて、誰が言ったか思ったか。そんな、生やさしい勧善懲悪な話の筋なんてどこにもなくて、これまで枯葉が拠り所にしていた、彼女の芯の部分さえ容赦なく叩き折って、反転してくる彼女の周囲の世界。鈴鹿であるという誇りも、一族の当主を担うと誓った固い決意も、景介を好きだと想うこころさえも、何もかもが彼女から取り上げられていきます。序盤のささやかな、微笑ましい、ふたりのデートシーンで和んだ気持に一気に冷や水を賭けるような仕打ち。深く横たわる一族の暗部が牙を剥いて、彼女を打ちのめしていきます。

一方の景介にとっても、彼の世界を根底から打ち砕くような事実が明かされて、彼もまた自分の壊された心をかき集めるのに必死な様子。秋津依紗子が、自身の思いを成就させるためにしかけた一方的な告白と、それに応えたがゆえにもたらされた結末は、彼がこれまで信じ込んでいた、人間対ばけものという対立の構図すら歪めていきいます。

かつて鈴鹿が為してきたように、ばけものがばけものを駆逐するのと同じように、ひとがひとを手にかける。相手が人外であるからこそと、自分を支えてきたその理由が喪われ、その手を血で汚してしまった景介にかけられたのは、純粋な愛ゆえの呪い。取り返しのつかない事態によって、背負わされた罪。それを誰が赦すのか、彼が赦してほしいたったひとりの少女もまた、深い闇に沈んでいて。あぁ、この泥沼で絶望しか見えない状況が、さらにどのように転がっていくのか。

血の繋がった家族によってもたらされた破滅。これから血のつながりを作ろうとしてきた枯葉と景介にとっては、この上ない仕打ちに思えます。お互いを支えることもできず、倒れてしまったふたりが、残された少ない時間でどのような答えを出すのか、最終巻に期待です。

hReview by ゆーいち , 2009/08/14

アカイロ/ロマンス〈5〉枯れて舞え、小夜の椿

アカイロ/ロマンス〈5〉枯れて舞え、小夜の椿 (電撃文庫)
藤原 祐
アスキーメディアワークス 2009-08-10
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