夜明け色の詠使い―黄昏色の詠使い〈10〉

stars ……そう。悲しいことじゃない。だって、想いはここにある。それさえなくさなければ、きっとまた会えるから。

クルーエルは消え、そして世界から名詠式そのものさえも失われた。世界中で混乱が広がる中、ネイトはアマリリスが残した手がかりをもとに、セラの塔へと向かう。ただ、クルーエルを取り戻す、そのためだけに。

[tegaki]世界を満たすふたりのうた。[/tegaki]

ああ、これでこの物語も完結ですか。予定調和という言葉がこれほど似合う物語もないような。紡がれるうたのように、響き合ううたのように、いつか訪れるその終わりがついにやってきた、そんな印象ですね。

ネイトとクルーエル。前巻で永遠かもしれない別れを経、けれど、再会するという約束をし、最後の物語となる本巻では、ネイトは自身の言葉を違えないため、ただひたすらに前を見続け、クルーエルを求め続けます。彼と対を成すような存在のシャオが、誰を求めることもなく、ただ在るべき世界のために、在るべき名詠のために、行動していたのと対照的ですね。

お互いに譲れないものを持ち、決して揺るがないだけの強さを持ち、けれど、最後の最後に勝敗を分けたものは何だったのか。シャオがそこに生きる何ものでもなく、ただ自分の使命に殉じ、世界を愛し続けたのに対して、ネイトは世界よりも何よりも、たったひとりの大切な少女を、クルーエルをこそ求め、愛し続けましたね。そして、彼が最後に頼んだのは、神ともいえる存在のミクヴェクスやアマデウスの力ではなく、お互いの想いであり繋がりであったことが、どこまでも似通った、そして対照的なふたりを決定的に別つものだったのでしょうか。

そこに至るまでの戦いも、ひとびとの想いも、願いも、祈りも、ただただ透き通った透明な美しさに満ちていて、最終的に誰も彼もが祝福を受けるような流れになったのが、この世界の在り方の象徴のように思えますね。どれくらいの繰り返しの果てに訪れたこの結末なのか、けれども、この世界の在るべき姿を、そこに息づくひとびとが、作り上げていく、そんな未来を見たくなった、そこに夢を思い描いた、調律者たちの心に、ようやく共感が得られたような気がしますね。

全てが収まるべきところに収まり、在るべき姿を取り戻し、これからも果てしなく続いていく世界の中で、どこまでもどこまでも、幸せを携え、手を取り合い、共に歩んでいく、ネイトとクルーエルの未来に幸あれかし! 通してみればやっぱりどこまでも美しいという印象が残る、澄んだ物語でしたね。

そんな余韻に浸りつつ、氏の綴る新たな物語『氷結境界のエデン』にも期待したいですね。どうやら別の世界でありながら、根底にある部分は共通したものを持ってそうなので。次の物語がどんな音色を響かせるのか、楽しみです。

hReview by ゆーいち , 2009/08/23