アスラクライン〈13〉 さくらさくら

2009年11月24日

stars だけど、それじゃ駄目なんだ。僕一人の力じゃ今までだってなにもできなかった。操緒や嵩月、朱浬さんやアニア、樋口や杏、それに佐伯会長たち――部長もだ。みんながいたから、なんとかやってこれたんだ。だから、“神”だってきっと倒せる。僕にはなんの力もないけど、それでも誰も犠牲にしないで世界を救う方法を絶対にあるはずだから――。

アスラクライン〈13〉(書影大)

新たな機巧魔神アスラ・マキーナ《黒鐵・改》を手に入れ、二巡目の世界へと帰還した智春たち。そこでは洛芦和高校の生徒たちが、洛高最大のイベントであるクリスマスパーティの準備に勤しんでいた。一見なにもかわらぬ平穏な日常。だが世界崩壊の予兆は、そのときすでに智春たちの世界にも現れ始めていた。非在化を始めた世界。虚空に浮かぶ機械仕掛けの巨大な腕。そして魔神相剋者アスラクラインと化した炫塔貴也が、自らの目的を果たすために建てた巨大な塔……。かつてない世界の危機を前に、操緒と智春が選んだ最後の決断とは……!?。

[tegaki font="dfgot_p.ttc" color="DimGray" strokecolor1="Gainsboro" strokesize1="4″]螺旋を描き、ときは巡る、せかいは巡る[/tegaki]

“神”デウスという世界崩壊の原因ともいえる存在が明かされ、それを倒すために決意も新たに自分たちのいるべき世界――二巡目の世界へと帰還を果たした智春たち。クリスマスを直前に控え、学校全体をあげたパーティの準備で忙しい、けれど懐かしい日常をつかの間に味わいながらも、確実に訪れつつある崩壊のときに覚悟を新たにしていく面々。一巡目の世界でのイベントの数々は悲壮感にあふれいていただけに、彼らが本来いるべき世界へ戻り、最後の戦いの前のほんの短い時間ながらも、友人たちとこれまで過ごしてきたような騒がしく楽しい日常を、再び描くことで智春が守りたかったものはなんなのかというのを再認識させられますね。

科學部の部長でもあり、“神”打倒という目的は同じながらも、まったく異なる手段でもってそれを成そうとする炫塔貴也は、智春が抱いたような世界に生きるひとびとへの想いよりも、自らの願いへと天秤を傾け、そのために孤独で、他者からはただただ憎しみを向けられるような戦いを選択しました。結果として、彼は戦いに敗れ、その目的は智春へと譲らざるを得なくなるのですが、単体の戦力においては智春たちを優にしのぐはずの彼が、そんな敗北を喫しなければならなかった理由は、作中にも描かれ、智春自身が語っているように、自分だけで戦おうとしたからだったんでしょうね。悪魔の力と機巧魔神の力の両方を備えた魔神相剋者といえども、たった一人で世界を救おうなんていうのは傲慢。大事の前の小事としてあらゆるものを犠牲にし世界をやりなおすことで目的を達しようとした彼と、今ある世界を救い皆を救ってなお目的を達することを選んだ智春。覚悟の違いというか、ふたりの想いの向け方が、そのまま両者に力を貸すひとびとの戦いに直結していたような流れでしたね。

物語のクライマックスらしく、これまでの登場人物各個に見せ場を持たせつつ、定められた結末へとまっすぐに進んでいったような印象。ただ、見せ場を派手に描くことなく、それぞれが自らに定めた役割を淡々とこなすような各シーンは、やや駆け足気味な印象を覚えたりしました。対立していた塔貴也との戦いもあっさりした決着を見たし、ラスボスの“神”に至っては思った以上にあっけなく退場したような。あの巨大な存在を、あれだけで退けられたというのは少々疑問が残るのですが、それはまた別の語られ方をしたりするのかな。

エピローグもそれを汲んでか説明不足なのか意図的なのか、謎を抱えたまま完結したような感じが。智春の妹の和葉が、鳴桜邸へとやってくるという、役者を変えてまた1巻に戻るような流れ。彼女の前に現れた奏が手渡すトランクの中身が何なのかも気になりますが、そもそも智春たちのあの後が不明なのでもやもやする思いです。

奏が残され、智春と操緒がともに行方知れずというのは、奏にとっては皮肉な結末にも思えますね。せっかく結ばれたのに、その想いは未だ宙ぶらりん、逆に操緒の方は、かつてその身を捧げ智春の命を救い、そして今度はともに世界を救った。そして、最後の戦いの直前に彼の心に浮かんだ世界を救う以上に大切な操緒を救うという目的。それが結局叶ったのか叶わなかったのか、この奇妙な形になってしまった3人の関係の行方とともに気になることこの上ないですね。

救われ続いていくこの世界では、きっとまた様々な物語が紡がれていくのでしょう。そんな中に、彼らが幸せを得られたという、そんな片鱗でも感じられるような暖かなエピソードを、また読むことができるなら、うれしいですよね。

hReview by ゆーいち , 2009/11/22

アスラクライン 13

アスラクライン 13 (電撃文庫 み 3-28)
三雲 岳斗
アスキー・メディアワークス 2009-11-10