夏海紗音と不思議な世界〈1〉

stars 分かったわ。君を隊員に採用します。あたしの命令にはちゃんと従うこと。絶対服従、絶対忠誠、絶対奉公が隊規その一よ。逆らったら脳天かち割るからね。分かった?

「あなた、うちの隊員にならない?なりましょうよ――ていうか、なれ! 探検隊員ただ今、ホジュー中。未経験者OKよ」
恐ろしく下手くそな字で“探検隊、幕集中!”と書かれた看板を掲げて意味不明な勧誘をしてる夏海紗音。これが彼女との初めての出会い。第一印象は……変な女、だった。幕集中って……。このときは思いもしなかったさ、すでに僕は彼女の能力によって重複世界に誘拐されていたなんて。紗音によって僕のちっぽけな常識が粉々に破壊され、ゲシュタルト崩壊した世界観。信じられないことばかりだったけど、僕は紗音と一緒に世界を破滅の危機から救ったんだ。第21回ファンタジア大賞、読者賞受賞作。

[tegaki font="crbouquet.ttf" color="DeepSkyBlue"]その引力は運命さえも引き寄せて[/tegaki]

冒頭のノリがハルヒで途中ナディアを経てラピュタで終わった……。な、何を言っているか分からないと思うが、私の何の本を読んだか分からなかった。頭がどうにかなりそうだった。パクリだとか超展開だとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ! というのは言い過ぎですが、既視感ばりばりの海洋冒険ラブコメ(?)でした。

第21回ファンタジア大賞の読者賞受賞作という、読者支持No.1を帯にも書いているくらいだからさぞや読者目線からの楽しさを追求したんだろうと思っていたら、こういうお話だったのかと残念な気持ちになってしまったのです。いや、これがあるいは普通の刊行をされていたらまた別の印象だったかもしれないけれど。まぁ、そうだとしても読後感は変わらなかったのかな……。ともあれ、読者支持が高いとか言われると、こういうツッコミどころが目に付いてしまうような読者は、本作の想定読者層からは離れていたのかなあと。
そんな物語ですが、いつの間にか別の世界へとやってきてしまっていた主人公の悠馬と、その原因となった、らしい、どこか変な少女・紗音。悠馬が自分の世界に戻るには、彼女の願いを叶えてやるか、それとも……という二者択一で無難な方を選択したはずなのに、繰り出すは大海原、冒険が待つ道の大海。古代の財宝ざっくざく、神出鬼没にして海を漂う虚島というあるかないかも分からないその島へ向けていざ出航! 紗音をはじめとしたきれいどころに囲まれつつも、初めての航海にして船員となってしまった悠馬は鼻の下を伸ばしているヒマなどあるはずもなく、何もかもが初めての作業に四苦八苦しながら付いていくのがやっと。それでも、お互いの境遇に共感を得ながら、少しずつ紗音との距離を縮めていったり、突発的な美味しいハプニングでウハウハだったりと冒険ものとしてのお約束も健在。いや、中盤以降は美味しいシチュエーションが多かったような……。

そうしてたどり着いた虚島での最後の冒険は、やっぱり海上のラピュタ……。1分くれてやるとか思わず吹き出してしまうようなまんまな台詞とかもあるけれど、そこに来てようやく発揮された紗音の持つ不思議な力による逆転劇は予想外だったかな。

そんなドタバタ大冒険の結末は、意外なくらいにしっとりとしたお別れ。本来の世界に戻ることができるようになっても、そこでは見つけられない少女の姿。別れを惜しみつつも、お互いがいるべき場所へと戻り、それでも再会を祈り決意する悠馬の心は、その成長を伺わせます。彼が一縷の願いを託して世に放つ物語が、どんな未来を呼ぶのか、それはまだ誰も分からないのですね。

まぁ、1と付いてるから2が出るのは分かっているんですが、どう繋げるのやら?

hReview by ゆーいち , 2010/05/04