断章のグリム〈12〉しあわせな王子〈上〉

このページは約 4分1秒で読めます。

stars ねぇ、蒼衣ちゃん。わたしを、わすれてない? ちゃんと今も、わたしの紐に縛られてる?

大きな黒い霊柩車のような不審な車。かつてこの車を見た翌日、隣の家族は忽然と姿を消した。その同じ黒い車が、密かに想いを抱く浅井安奈の家の前に停まっている。安奈はあまり幸福とは言えない学校生活を送っている可憐な少女で、趣味を通して最近少しだけ仲良くなってきたところだった。膨れあがる不安感に押され家の中に忍びこんだ多代亮介は、傷ついた安奈を連れ出して逃亡した。
蒼衣が深い傷を抱えた一週間後。処分しそこなった“泡禍”被害者を探すため、瀧修司と可南子の工房を訪れた蒼衣たち。だが、可南子に対して雪乃は恐怖を感じずにはいられない。雪乃は“生き返り”という概念に疑問が隠せず、そして――。
悪夢の幻想新奇譚、第十二幕。

新章開幕。上巻ということなので、事件の幕開けと、それが転がり始めるまでの助走の段階といったところですね。わりかし描写もおとなしめというか、凄惨かつグロいシーンというのはあまり記憶に残っていないですね。

……でもまぁ、今回のエピソードは、前巻から引き続き、事件の中心に巻き込まれていきそうな〈葬儀屋〉のふたりが絡んできているので、裏方にいた彼らが、実際どんな方法で死者を“処理”しているのか、そこが具体的に語られたりして、やっぱりうげげげ! な感じはします。誰かから語られた人づての情報じゃなくて、やっぱり主人公たちの視点から、ぎったんばったんざっくりやるシーンを描かれるときついですねえ。彼らの存在が“泡禍”持ちである騎士の中にあって、さらに異端と感じられた、その片鱗が伺えます。

そして、またしても事件に首を突っ込むことになる蒼衣と雪乃。なんだかことあるごとにふたりが巻き込まれているような感じがしますが、これもまた大きな流れの中、蒼衣たちが逃れられない状況になりつつあることの証なんでしょうか。ケガも癒えず、万全でない状態で“泡禍”に向き合うことになる蒼衣。これまでのように超然と、冷然と、事件を俯瞰するような視点で物語を紐解いていた彼の姿は、ここにはなくて、振り切ったかに思えた過去の悪夢に足首をつかまれ、引きずり込まれかけているような不安感ばかりが先立ちます。彼の不調に同調したかのような雪乃の不安定さも不安を煽るし、“泡禍”に向き合う側の人間たちの間に生まれている小さな軋みは、今回は結構な致命傷になりかねない気がしてしまいます。期せずして自身のトラウマと向き合うことになった蒼衣は、薄氷の上を渡るような危機的な状況下、どんな判断を下すのやら?

死者を葬るために蘇らせてから再度殺すという葬儀屋の断章。それによって蘇らせられた今回の事件の当事者にして被害者である安奈と、そんな彼女の状態を理解しきれず、それでも救おうと懸命に足掻く亮介。死者と生者が共に在るという不自然さの体現である葬儀屋のふたりに対して、あまりに日常の側にいすぎている亮介は、安奈の真実を知らされてなお、自分の気持ちと理性を保ち続けることができるのでしょうか。いや、もう可南子さんが自虐的に語っていることばを受け取る限り、当の可南子さん自身も含めて、その先にはどうしようもない無残な結末しか用意されていないとしか思えないのですけれど。

そして始まるほんとうの悪夢。いや、たまには救いのある結末を見せてほしいんですけれど、そりゃ、無理ってものですかね……。

hReview by ゆーいち , 2010/06/23

断章のグリム〈12〉しあわせな王子〈上〉

断章のグリム〈12〉しあわせな王子〈上〉 (電撃文庫)
甲田 学人 三日月 かける
アスキーメディアワークス 2010-05-10
スポンサーリンク

Trackback URL

No Trackback to 断章のグリム〈12〉しあわせな王子〈上〉

Still quiet here.

Comments are closed.