葉桜が来た夏〈5〉 オラトリオ

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stars 俺とおまえ、二人ならやれることは倍になる。人間とアポストリの共存も、おまえが評議員になる夢も、俺達二人の日常も。全部全部手に入れられる。だから――。俺を手伝え、葉桜。俺は俺の義務を果たす。だからおまえはおまえの仕事をしろ。

水無瀬率いる“水車小屋”の暗躍により、日本とアポストリは一触即発の事態を迎え、居留区は厳戒態勢となる。学は前評議長の娘である星祭を呼び寄せて“十字架”評議会へ送り込み、アポストリ側からの開戦の引き延ばしを図る。そして自らは“水車小屋”を止めるべく東京へ。一方、葉桜は学との関係について思い詰めた様子を見せる。
人とアポストリ、学と葉桜、それぞれの関係の緊張が高まっていき、本格的な開戦まで猶予のない中、学はぎりぎりの攻防を繰り広げるが ――。はたしてその決着は!? 近未来ボーイ・ミーツ・ガール、完結編。

地球人と異星人という異種族の文化交流をテーマにしたラブコメ的な作品かと思ったら、思いっきりポリティカルフィクションへと風呂敷を広げていった本作。見事にその風呂敷を畳んでくれました。

水車小屋の手によって仮初めとはいえ保たれていた人間とアポストリの間の平穏が破られ、自体はまさに一足触発。その危機的状況を何とか回避しようとしてきた、人々もあるいは政治の表舞台から強制的に退場させられ、あるいはその命を奪われ、決壊したダムからあふれた怒濤ともいえそうな状況の流れは、もはや誰にも止められないかに見えます。そんな前巻から続いてきた、互いに手を取り合える可能性を体現している学と葉桜にとっては、歯がみするしかない状況を巻き返すためのジョーカーが登場するところから始まる最終巻。のっけから学が切ったジョーカー――星祭の見せ場から物語は一気に加速していきました。

仕込み通りに進むことほくそ笑む灯籠の目論見を、その一手で見事に打ち砕き得た時間はわずか72時間。個人が巨大な組織を相手に何とかするにはあまりに少ないその時間でもって、学ができることはそれほど多くはなくて。しかし、彼がこれまで培ってきたすべてを、決して良好とはいえなかった父親から託されていた目に見えない形のないものすべてを、ありとあらゆる手を尽くして、わずかな可能性の細糸をたぐり寄せていく彼の鬼気迫る覚悟と手腕に相変わらずしびれさせられます。あの父にしてこの子ありと、彼らの近しい者たちなら、そう思うと確信できるくらいの辣腕ぶり。一杯一杯の精神状態だからこそ、むしろ冴え渡っていく学の手管。

状況をコントロールしてきた大人たちから見れば、学も葉桜も何の力も持たない取るに足らない存在だったはず。しかし、それが大人たちが、そのしがらみゆえに自由な行動がとれなくなるのとは逆に、彼らだからこそできる方法で、お互いの種族が決して望んではいないはずの危機を回避するために大立ち回りを演じる。もちろん、ふたりだけで何かが成せたわけではなく、その背後では彼らを後押しする、託す、大人たちの意志と希望があったことに間違いはないのですが。

そういう意味では、子供たちに世界の命運を丸投げする情けない大人たちではなく、彼らもまた、この世界に生き、守りたいもののためにそれぞれの立場で全力を尽くしている。そんなシーンがそこかしこで描かれ、この緊張感あふれる物語をさらに彩ってくれていたように思います。

学たちと対立・敵対することになったアポストリの灯籠や、水車小屋の水無瀬にしても、その点からすると、なんと生き生きと己の目的の達成のために全力を尽くしていたことか。灯籠に至っては、結局、学に完勝すること叶わず、これ以上ないくらいの完敗を逆に食らわされてしまい、なんだか妙な感情が芽生えてしまうくらいで……。というか、彼女の場合は憎しみというよりも、学の心の中に少しでも自分を刻みたいとか、そんな個人的な感情で事態を引っかき回していたかのような気が。葉桜もそうだけれど、思い込むと過激な行動に移りやすいっていうの、将来的には非常に迷惑な感じがしてしまいますね……。
そして、葉桜。作中、学と出会った頃の一年前の彼女とは、まるで別人になるくらいの学への依存ぶり。彼女にとって、学こそが世界のすべてであり、何にも代え難い絶対のものであるという誓い。恋という言葉でくくるには、あまりに重すぎるふたりの関係ですが、当人たちにとっては決して離れないという強固な誓い。捧げ、捧げられ、与え、与えられ、そんなことを繰り返して関係を深めていくふたりの姿は、争乱のあと残されたひとびとにどんな風に見えるんでしょうか。

あらゆる問題が解決したわけでもなく、世界はまだまだ火種を抱えたままの状態に変わりはなく。何も変わらないかもしれない、けれど、何かが変わるかもしれない、そんな小さな芽吹きを感じさせるラストは学と葉桜のふたりにとってこれ以上ないくらいの暖かな光景に見えました。良い物語でした。

hReview by ゆーいち , 2010/11/14

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葉桜が来た夏〈5〉オラトリオ (電撃文庫)
夏海 公司 , 森井 しづき
アスキー・メディアワークス 2009-10-10
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