断章のグリム〈16〉 白雪姫・上

stars ――ねぇ、蒼依ちゃん、思い出した? わたしの、ヘンシツ。

「『普通』なんて、いつか壊れて、ここに戻って来るよ。蒼衣ちゃんは私の『王国』の国民なんだから――」
握り拳を震わせて言いつのる葉耶。蒼衣を苦しめる、かつて蒼衣が破滅させた少女の幻影。だが、蒼衣は〈泡禍〉と出会うまで、葉耶の存在すら忘れていた。そして、過去に本当に起きていたことも覚えてはいなかった――。
主が帰ってくることのない神狩屋。活動停止を命じられた雪乃は、そこのみが拠り所かのように待機することしかできない。さらに蒼衣も、神狩屋の書斎で膨大な資料から手がかりを探すしかなかった。何度もそんな作業を繰り返した時、蒼衣の目に入ってきた一つのスクラップブック。そこに記されていたのは、葉耶にまつわる過去の真相。そして――

[tegaki size="48″]最終章開幕[/tegaki]

物語はついにクライマックス。主人公の蒼依がかつて遭遇した悪夢の真相へと迫る物語の最深部がついに明らかになります。

サブタイトルは意味深な「白雪姫」。白雪姫とくれば、蒼依と腐れ縁的なパートナーの位置に付いてしまった彼女、雪乃さんがすぐに浮かびますが、ここに蒼依のトラウマの現況である葉耶が絡んでくるとなると、今回の〈泡禍〉の配役もまた、一筋縄ではいかなそうな予感がひしひしとしてきます。

いやあ、前巻のエピソードで、神狩屋さんが離脱した影響は、彼のロッジの面々の精神的な支えの喪失に加え、蒼依の〈アリス〉の力の発揮に結びつく「泡禍への理解」という難題に対しての指針の喪失にも繋がっているのですよね。しかも、神狩屋さんは自らの破滅的な願いのために、かつての顔なじみがどうなろうと一顧だにしないくらいに壊れてしまっているという……。

今回のエピソードは、これまで巻き込まれてばかりだった蒼依が、ついに自身が再び〈泡禍〉のターゲットになるという今まで以上に最悪の事態。それに加えて神狩屋さんの件も未解決のまま同時進行しているものだから、孤立無援・孤軍奮闘状態の蒼依と雪乃さんは精神的にはもはや崖っぷちなのは間違いないですよね。雪乃さんが見せる蒼依のことを気にかける素振りは、それをみてほんわかすることなどできなくて、むしろそこまでヤバいのか、と思えてきてしまうふしぎ!

いや、巻を追うごとに話の重さは増す一方だったけれど、ここ数巻の蒼依いびりの執拗さとねちっこさとえぐさといったらもう、容赦ないことこの上ないですからね。

導入である上巻なせいかい、グロさ控えめのホラー描写ですが、けれどそれ以上に蒼依の記憶が揺さぶられ、過去が新たな事実によって上書きされていく、何もかもがひっくり返されるような感覚を覚えるこの展開こそが怖く思えてきます。自分に対する確信が薄れていくことで、己というものが何であるのか分からなくなってしまうような恐れ。身も心もぼろぼろになりつつある蒼依にとどめを刺さんとするかのような、この責め苦。果たしてこの先に待ち受けるものはなんなんでしょうね……。

そして、ここに来て登場した入谷さんと神狩屋さんの関係は清算することができるのか。神狩屋さん的には、もはや自らの死しか望んでいない狂気に呑まれている状態だけれど、付き合いの長い入谷さんの力では、彼を救う=死を与えることができないというジレンマ。それでもそれこそが自分の役目だと言うかのように神狩屋さんを追う入谷さんも、待つのは破滅の袋小路という救いのなさ。いやいや、この話、もはや誰が生き残れるかどうか怪しくて仕方ないですよ?

そして、最後の最後で過去と現在がひとりの人物によって繋がる驚き。確かに予言者の役しか果たしていなかったけれど、物語はすべて、彼女の予言から始まるわけで、それがここに来て蒼依の悪夢へと接続されるとしたら、この醒めることのない悪夢の連鎖はどうすれば断ち切れるのか。その答えが、この物語の結末で語られるというのでしょうか。

いやいや、そもそもこの物語が、誰かの悪夢であるとしたなら、それを消滅させる力を持つ蒼依が、この悪夢を理解したとしたら、全てがパーになるとんでもない結末もあり得るわけで……。

うおお、せめて少しは救いのある結末を迎えてほしいものですが、逆にどんな夢見の悪い結末であったとしても、この作品ならありと思えてしまうという……。とにもかくにも、全ては次巻、最終巻にて。見たいような見たくないようなそんな思いで完結を待つというのも妙な感覚ですね。

hReview by ゆーいち , 2012/01/09

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断章のグリム〈16〉白雪姫〈上〉 (電撃文庫)
甲田 学人 三日月 かける
アスキー・メディアワークス 2011-12-10