少女漫画と女装と恋と? PSP オレは少女漫画家

2012年3月30日

ずっと 好きな事の ど真ん中で 命を燃やせ!
マンガのような 恋がしたい? (大歓迎!)
飛び込め (好きな場所!)
レジェンドなハッピーエンド 君と Let’s dive in !!

ゲームの感想を書くのもずいぶん久々です。というか、本も読めないのに、さらにボリュームのあるギャルゲーやらえろげーやらを何本もこなすのは、そろそろきびしい体力になりつつありまして。

でまぁ、手に取りましたは新規メーカー Giza10 が第一弾『オレは少女漫画家』。まぁ、スタッフとか見れば分かりますが、えろげーメーカー May-Be SOFT のコンシューマブランド? みたいな感じで理解してもよろしいかと。発表されてから2年ほど時間が経ち忘れられた頃に発売というマーケティングもなにもあったもんじゃないような発売タイミングでしたが、個人的に気になっていたタイトルなので発売に購入してプレーしましたよ、ええ。

[tegaki size="24″]全ルート2周以上(笑)[/tegaki]

いや、なめてました。コメディ色の強いギャグメインのストーリーかと思いきや、後半の各キャラパートはかなり本気で良い話しててどストライクの物語。作品のテーマが、創作と主人公たちが織りなす人物模様の二重奏で、前者は物語を作り上げること、創作者として戦うということを熱く語り、後者では主人公とヒロインたちとの恋愛を主軸に、その背景に家族との絆を置くという、どう見ても俺得な展開で、これを楽しめなきゃ嘘だろうというくらいにガンガン読み進めてしまいました。

作品のスタッフが、えろげーメーカー由来ですから、雰囲気はやっぱりそちらに近いですね。いや、まぁ、そのまんまなんですが。テキスト運びもネットスラングや絵文字、顔文字、果てはどこかで聞いたことのあるようなパロネタを巧みに使って、人を選びそうな文体ではありますが勢いよく読ませます。この辺はさすが手慣れたもの。一画面に表示される文字数の制限を逆に活かして、テンポ良く進む物語は、むしろ物足りなさを感じるくらいに物語の没入させてくれました。いや、唯一ともいっていい残念な点は、まさにこのボリュームの物足りなさであり、ボイスをじっくり聞きながらゆっくり進めても全ルートコンプリートするのに20時間はかからない感じ。専用ルートが4時間程度なので、わりと「え、もう終わり?」な感じになってしまって、もっともっと物語を見ていたいと思ってしまうことなんですよね。この辺りは、ものがものだけに、えろげ化とかファンディスク化とかに期待したいところなんですが、どうなんでしょうね。キャスティング的には問題なさそうだからいずれはとも望みを繋ぎたいところですが……。

いやいや、まぁ、それはおいておいても、税込み6,090円の作品、実売で5,000円を切る PSP のタイトルで、ここまで感情移入させられるとは予想していなかっただけに、本当にいい買い物したなあという思いです。

個人的に、この作品のように、創作をテーマにしたキャラクターたちのやりとりって、非常に刺さる部分が多くて、痛い思いをしながらも、彼らの創作に向き合う姿勢にある種、勇気をもらったりモチベーションを上げられたりするんですが、さらに、今作はとあるシーンで、頭をぶん殴られたような思いもさせられたのが、そのまま思い入れに繋がってるような気がします。一番最初に、ああいう台詞を書ける作者のストーリーでぐっと来させられたら最後まで期待するしかないじゃないですか。そして、その期待通りに、どのキャラもそれぞれ異なる色彩で、漫画というテーマを通じて繋がりを描き上げてくれたことに拍手です。

物語のスケールとか、設定の緻密さとか、ボリュームの長大さとかでなく、本当に、この作品はテーマとシナリオ、キャラクターに魅せられたという思いです。生き生きと小さな画面狭しと大暴れし、泣いて笑って大団円を目指す主人公たちの忘れられない熱い時間を、未読の人にもオススメしたくなる物語でした。

ということで、前座は終了。

……まだまだ各キャラについてネタバレ全開で語りたいと思うんだぜ?

ええ、チョーシこきませんとも! だが、ちょっと待ってほしい。その展開は見たことがある!!


秋月凜菜 ―― 自分にだけはついてはいけない嘘

立ち位置的にも、シナリオ的にも、物語のメインヒロインを張ってらっしゃる人気漫画家の秋月先生。学生ながらに週刊少女漫画誌「週刊チャーム」の看板、人気一位のアイドル漫画家としての名声をほしいままにする凜菜。そんな彼女は、クラスメイトで主人公である賢二=伊集院アリスにとっては最も身近にいるライバルであり、越えたいと思うハードルであり、その実力を認めた尊敬すべき漫画家。

アイドル漫画家なんていわれながらも、彼女の地は物語が進むにつれてあっけなくメッキの下から見えるようになって、ちょっとしたことで伊集院アリスの人気に嫉妬したり、自分の方が目立ちたがったり、むやみやたらにライバル意識を燃やしたりと割と面倒な性格で見ていてにやにやしてしまいますね。ルックスは抜群で、どうみても御嬢様なのに、やけに熱血してみたりと見た目の中身のギャップでお笑いを取るポジションになることもしばしば。それでも、先輩漫画家として、第一線で賢二の先を走りづけた彼女は、ことあるごとに、かつての人気漫画家、伊集院アリスを認める発言をしたりとある意味で良き先輩キャラでもありますね。

そんな彼女の物語のキーワードとなるのは「嘘」。それは誰に対して吐く嘘なのか? 漫画家はフィクションを紙の上に描き上げる生き物。それを選んだ漫画家という遵守は、みながとびっきりの嘘つきでもあるといえます。漫画家は読者に対してありえない物語を、嘘を描き上げ、そして楽しませる。けれど、その読者の中に、自分を含めてもいいのか悪いのか。答えが出るとも思えない、そんな悩みに対して、凜菜と賢二は向き合っていきます。

人気作品を続けるということの難しさ。それは、人気を維持し、看板作品であり続けるという表向きの難しさと、その裏側に潜んでいる、作家にとってのモチベーションの問題があるのだとこの物語は告げます。物語に託された、作者からのメッセージを、すべて伝えてしまった作品は、それでも続けるべきなのか否なのか、現実でもよくある命題に対して人知れず悩み続ける人気作家。それが、一般人にはアイドル漫画家と認識されている秋月先生のもう一つの顔。

正体を隠したまま、再び人気に火がつき始めていく賢二の、漫画家としての成功とともに縮まっていく賢二と凜菜の距離。そうして明らかになっていく、実は彼女はとても臆病な、年相応の少女なのだという事実。過酷な週刊連載という戦場で、ただ一人で戦い続けてきた彼女が戦う意味を見失いそうなとき、賢二は漫画家としての言葉を彼女に届けます。

自分の漫画を否定してはいけない。
自分の大好きなことに対して、嘘をついてはいけない。

漫画を好きな自分を裏切るな。自分のことをなりふり構わない一世一代の告白。このくだりは、創作に関わる人にとってはぐさりときますねー。そして、こういう言葉をまっすぐに吐ける賢二を羨ましくも思ってしまいます。けれど、この台詞は、この場面で、同じ立場にいるものが、何もかもをかなぐり捨てての発言だからこそ届くんでしょうね。現実にはなかなかできないことですよ、だからこそ、この熱さにうるりときたりするんですが。

この大騒ぎのあとの勘違いから始まるウブならぶらぶ関係は、まさに少女漫画していて微笑ましいですね。コメディ分多めで、ふたりの熱々な関係を延々を見せつけられるとか、どれだけ壁殴り代行を呼ぼうと思ったことか、ぐぎぎ。えろげーならこの辺でいい感じにそういうシーンに置き換えられそうなサービスシーンも置いてあるし、賢二同様、眼福にあずかりますよ、ええ。にしても、このクラスメイトたち、心広すぎである(笑) この辺りが非常にお気楽でフィクションのよさを感じられたりするのがまたメタっていていいんですよね。

そして、ここからが、漫画家たちの本当の戦いの始まり。人気作家同士の一騎打ちの様相を呈した週刊チャーム誌。同時に新連載を開始し、互いにトップを争うライバルとしても競い合う賢二と凜菜。二人の漫画家としてのプライドは、恋ごころとは完全に一線を引いて、鬼気迫るものがあります。それが、彼らの誠意。彼らの作品を待つ読者に対する誠意なんでしょう。けれど、賢二の行きすぎたプロ意識は、とあるトラブルによって逆に彼自身を窮地に追い込むことになって……。

さぁ、ここからが凜菜シナリオの真骨頂。漫画家という生き物のどうしようもない「漫画を描く」ということへの熱情をまざまざと見せつけてくれる熱いシーンの連続です。賢二と、彼を支え続けてきたアシスタントのヒスイ、姉にして担当編集の千佳、そして、最後まで影の薄くならないサブキャラたち。この作品、サブキャラである沙耶香や十三たちも最後まで活躍し続けるのがいいんですよね。いつの間にかフェードアウトしてたとかそういうことがなくて、最後まで主人公たちを応援し続けるというなんとも頼りがいのあるひとたちです。ありとあらゆる手を尽くし、漫画を続けるという選択を選び続ける賢二の姿を滑稽に思うか、眩しく思うか、それはきっと価値観によって様々に映るのだと思います。誰かを魅了する物語を、血ヘドを吐く思いをしながらも、どうして描き続けることができるのか、描き続けなければいけないのか。

いえ、きっと、「描き続けなければいけない」という言葉は間違いなんでしょうね、だって、彼は好きで続けているのだから。好きなことの真ん中に居続けることを選んでいるのだから。「好きなことの真ん中」。主題歌にも出てきますけれど、この作品を象徴する言葉でしょう。この物語は、好きなことを好きで居つづけるために、彼らが戦い、苦しみ、そして決してその好きなことを諦めることなくハッピーエンドへと繋いでいく物語なのですから。

だから、このシナリオもハッピーエンドで幕を閉じるのです。誰も不幸にならず、夢を追い続け、現在進行中で好きでい続ける賢二たちの軌跡。

ほんの一夏の共闘期間。短いながらも、もう繰り返すことのできない、忘れられない暑い夏の日々。その日々があったからこそ、彼らは未来を大団円へと繋いでいくことができたんでしょう。

ここは…ちょっとした、楽園みたいだな。

作中の賢二の台詞です。ああ、確かにこの世界は楽園なんでしょう。幸せになろうと思えば幸せなれる。なろうと思うものに、みながなれた、小さな小さな楽園。夢のような物語だからこそ、私は、この世界の人々が見せる創作することへの熱に魅せられたのです。足踏みしているものにとっては背中をはたき付けるようなきつい言葉もあるし、それは勝者だからこそ語れる理想論だと思うこともあります。けれど、創作をするものがなくしてはならないもの、そんなたいせつなものを下敷きに、この物語は成り立っているのではないかと、そう思うのです。

…私は、この右手で嘘をつく。

笑って、泣かせて、怒らせて。嘘で読者をたらし込む大悪党、それが漫画家の正体です。

…そこに誇りを、持ってます。

これは、そんな大悪党たちの織りなす、熱くて優しい物語。

羽鳥ヒスイ ―― 決して捨ててはいけない一番大切なもの

まぁ、なんというか、エキセントリックな幼なじみです。毒吐きまくり、実力行使しすぎ、でもしっかり主人公を支えてくれるバイオレンス(精神的にも肉体的にも)系幼なじみのヒスイさん。ええ、幼なじみと聞いたら黙っていられないのが私です。

ええ、そんな目で見られても、負けませんとも!

性格はとてもアレな彼女ですが、賢二のことを想う気持ちだけは本物だと、とてもわかりやすく描かれているので、賢二がそれに気付かないのがもどかしいこともどかしいこと。誰よりも近く、長く、賢二のアシスタントとしてともに同じ道を歩いてきたヒスイ。彼女は彼女の夢を持ちながらも、それを二番目にして、賢二の夢を優先させてくれる、献身的な幼なじみです。いろいろとかけがえのないものを等価交換しているような気もしますが(笑)

ヒスイの物語で核となるのは「他に選ぶことのできない生き方」あるいは「なにものにもなれない自分」といったところでしょうか。賢二がどうしようもなく漫画家であることが描かれるのは、もしかしたらこのヒスイとの物語なのかもしれません。別ルート、たとえば、凜菜との物語では、お互いが漫画家であるというこのルートとの立場の違いはあるけれど、ふたりは自分たちの恋と、漫画の両立を目指そうとしているように見えました。

けれど、このルートの賢二は、学生としての青春も、幼なじみとの恋も、他に選べたかもしれない生き方すべてを捧げても、漫画家であろうとするのです。どうしようもなく漫画家である賢二。彼は、他の選択をくだしたとしても、結局同じ場所に戻ってくるということを物語中盤で痛感させられるのです。それを気付かせるのが、他ならぬ彼の幸せを願い、自分を差し出してまでも尽くしたヒスイであり、その目を通じて自分を見ていたかのような、冷めた目でありつづけたもう一人の漫画家としての賢二であるというのが残酷ですよね。選べたかもしれない未来の、体験期間は終わり、結局他に選ぶことのできない道にのみ、生き甲斐を、夢を見いだせるという、ある種の壊れてしまった賢二という人間。そんな彼の一面を思い知らされるルートでもあります。

あいつには、漫画しかないから。他の生き方なんて知らない。

たとえ知っても、自分は漫画を選ぶ。自分は漫画家以外のなにものにもなれない、そんなていどなのだと開き直り漫画と向き合う賢二。

……では、彼のアシスタントしか知らないヒスイは?

物語が進むにつれて、賢二も気付いていきます。ヒスイが暖め続けていた彼女だけの夢が、自分と同じように決して捨てられないものだということに。それが結果としてふたりの道の決別をもたらすものだとしても、一番好きなものを捨てることなんて絶対にできないのだと、自分の心が知ってしまったのだから。

賢二の一番は……漫画に譲る。

この物語は、恋の成就であり、ある意味では恋との決別でもあるのかもしれません。二人にとっての一番は、お互いではない。けれど、一番をたいせつにしたまま、二番同士で幸せになろうとか、その答えにたどり着くこと自体が奇蹟のようなものだから。賢二からの言葉を聞いて、自分をごまかしていたのはヒスイ自身も同じなのだと気付いたのでしょう。この漫画バカをずっとそばで支えられていたなら、きっとそれなりに幸せだったのでしょう。けれど、多分、そんな幸せの中にある、大きくぽっかりと開いた空洞に、賢二はいずれ気付いていたのだと思います。この物語で、ヒスイがそうであったように。

二人の在り方は、とても特殊です。けれど、幼なじみの恋の結末としてはありきたりなものでもあります。ずっとともに在り続けた二人が幸せになるという結末。そこに至るまでの道筋は、ヒスイの言動と同じくらいにひねくれていたようにも思いますが、エピローグでの二人の距離感はいちゃラブな恋人同士よりもずっとずっと「つながっている」感じがして、暖かい気持ちになれるのです。

俺の武器は、お前だよ。

それは、単に、ヒスイのアシスタントとしての力量を評価した言葉ではなく。羽鳥ヒスイという少女を、賢二がどれだけたいせつに思っているのかの現れ。すべてを漫画に捧げた漫画バカが、最大の武器として自分の力量ではなく、彼女を挙げることを思えば、もはやこの二人が別たれることなんてありえないんだと確信させられちゃいますよね。他のルートとは違い、自分の夢も叶え、賢二の隣りもゲットした彼女こそが最高のハッピーエンドといえるのかもしれませんね。

うん、そんなキモイところもカワイイです!

神尾千佳 ―― 心の中で生き続ける小さな小さな物語

主人公・賢二の義理の姉であり、担当編集者。実力があって、ばりばり仕事ができ、過剰気味なブラコン気質とスイッチが入ったときの自堕落モードを除けばカンペキな感じのスーパーお姉ちゃん。

拳も光って唸るよ!

物語設定の割と核心が語られるルートなので、もしかしたら最後に取っておいた方がいろいろと伏線に気付かされて楽しかったかもと思えたルート。まぁ、2周以上すれば関係ありませんけれど。ラストのどんでん返しというか、ネタ晴らしは賛否両論な感じはありますが、でも、そういう設定なら他のルートでの某氏の態度にすべて合点がいくというあたり、各ルートごとの整合性はきっちり見てきてる感じがします。この点は、本作くらいの中規模作品を、メインライター一人が見渡して物語の構築をしているから、上手くいっているのかなといった印象を受けます。

姉キャラは、あまり人気が出ないのが不憫ですよねえ。本作においては、義理だから恋愛もOKだよね? とかいう軽い気持ちで物語を読み進めたら、別に、マジ恋愛じゃあなかったんだぜ的な驚愕を得て物語が閉じたわけですが、まぁ、確かに家庭用じゃあ、このくらいのスキンシップ止まりのほうが、どろどろしなくて良いのかなとあとで納得しておきました。

だから、このルートは、賢二と、そして千佳の二人が、成長していく描写がメインの物語なのですよね。

漫画家と編集者は共犯者

ことあるごとに口にする千佳ねえを象徴するかのような台詞。漫画家と編集者は一心同体、泣きも笑いも苦楽を共にしてこそという、マンツーマンな彼女のポリシーが見えるようですが、その言葉は実はとある人物から受け継いだもので……。

不透明だった千佳ねえの過去が明かされるのも、彼女のルートだから当然で、彼女がどうして昔の夢=漫画家から、現実=編集者への転身と相成ったかの顛末は、フィクションの中でさえ生々しいくらいに痛みを伴っています。

本作の中で、他のルートも含めて、決定的な挫折を得たのは、過去の千佳ねえだけであり、その事実を知るとこれまでの様々なハッピーエンドで喜んでいる姿を見せる彼女は、実はどこかで痛みも得ていたのではないかと勘ぐってしまいます。彼女の挫折の記憶を決して薄れさせない編集者という立ち位置も、ことあるごとにつけて彼女のトラウマを抉り悪夢をよみがえらせてくるはずなのに。

そういう意味では、本ルートでの物語の鍵は「救い」ではないかと思うのです。それは、日々生まれ消えていく広く知られることのなかった作品たちへの救い。そして、まったく満足のいかない結果のまま、表舞台から退場を余儀なくされてしまったとある作家への救い。そして同時に、厳しい目で作品を切り捨てる恐ろしい、漫画家にとっての読者という存在は、同時にどこまでも優しいんだというメッセージにも思えます。

がむしゃらに編集者として出版業界という戦場で戦い続け、賢二という自分の夢を託せる弟を、まさに自分の夢を叶えるのと同じように応援する千佳ねえ。熱心な編集者という一語では片付けられない想いが、そこにあったのだと気付かされる終盤を経てしまうと、彼女の応援は身を切るような叫びにさえ思えてきます。誰よりも賢二の悔しさを理解できる編集者。姉と弟という関係だけではなく、同じ経験をしたからこそ理解できる想いがそこのあるのだと気付かされると、この二人の絆に、新しく恋愛感情という色を加えなくても揺らぎなどしないんじゃないかと感じます。事実、そういうにおいはごく一部のシーンで描かれたのみで、終盤に向かって盛り上がっていく過程では、漫画家としての喜びや報われに主題が移っていったようにさえ思えますから。

記録に残らなくても、誰かの記憶に残ればいい。最初からそんな風に決めつけていたら負け犬と呼ばれても仕方ないかもしれませんが、何も残せないまま消えてしまったと思われた彼女の足跡が、長い時間を経て掘り起こされる。編集者と同じように、読者もまた良作を絶えず発掘し続けるトレジャーハンターなのだと。数多ある過去の、埋もれてしまった作品からでさえ、小さな輝きを見つける、未来を見つめる編集者とはまた違った側面から漫画を愛する存在なのだと、訴えかけるような物語でした。

どうしようもないくらいに、漫画が好きだったからよ。

そう言って、笑った彼女に与えられたプレゼントは、どんな宝石よりもきっと価値のあるものだったのでしょう。

紫堂楓 ―― あなたのための物語

アンチ漫画家の楓さん。何よりも文字を愛し、絵という絵に拒絶反応を見せる彼女の漫画嫌いの原因とは……。

単なるクールビューティと思ったら、全然そんなことはなかったんだぜ?

彼女のルートは、家族ものとして非常に良くできている物語でした。そして、生粋の漫画家である賢二の対極に位置する少女でありました。何もかもが正反対で、水と油のような二人が、漫画家という界面において向かい合ったとき、物語は大きく動いていきます。

ある意味で、彼女のルートは異色です。賢二が目指す最終目的地は、すべての人に向けた漫画を描く、全人漫画家。けれど、このルートで彼は、どれだけの人間に読まれても、たった一人に向けた物語が、その人に届かなければ意味がないと、発言します。それは、とある作品を通じて彼が得た価値観の変化から口に出た言葉です。それまでの賢二はより多くの人に読まれ、より人気を得ることを目標にしていただけに、この変化はある意味で瞠目です。技術や経験、漫画家として自らが培った技術ではなく「血」で漫画を描く作家の存在。今まで彼が目にしたことのない作品との出会いがもたらしたのは、賢二にとっては試練であり、また成長への道でもありました。そういう意味では、このルートにおける賢二は、全ルートの中で最も彼自身の理想に近づく成長を果たすことになるのですが、それは、楓との出会いが彼を変えていったからなんでしょう。

このルートは徹頭徹尾、「家族」を描いた物語です。そして、漫画の、フィクションの危険性と可能性、物語の優しさを描いたルートです。賢二のモチベーションが他のルートと正反対から生まれてくるのと同時に、千佳ねえのルートで描かれた物語とも対をなす構成になっています。登場人物の配置だったり、物語のテーマだったりがまるで表裏一体のように感じられます。千佳ねえルートが仕事に生きる人間の熱を描いたものならば、楓ルートの物語は、仕事に絆を奪われた(かに見えた)、家族の物語に見えてきます。

そしてまた、同時に凜菜ルートで、彼女が誇った「嘘をつく」こと、それが漫画の罪であると断じる楓。頑なに漫画を拒絶する彼女の心を、漫画という劇薬で癒すのがこのルートの真価でありますが、それは賢二だけの作品では叶うことはなくて……。

「漫画は優しい」と賢二は言います。楓があげつらった漫画の欠点を、危険性を、恐ろしさを否定することもなく受け入れて、けれど賢二はそこに、優しさはあるのだと彼なりの方法で伝えようとします。彼女が最も忌み嫌う、漫画家の、壊れた人間の方法で。このルートの賢二は、まさに覚醒モード。狙って作品をヒットへと導くという神業を披露して、自分の作品を楓自身の手に取らせることに成功します。たった一人のために向けた物語。他の誰でもなく、ただ、あなたに読んでほしくて描き続けている物語を。このくだりはずるいくらいにハマってますね。漫画家は自分の口ではなく、物語で信念を語る。伝えたいことを詰め込んだ物語が、どれだけ読者を圧倒するのかを、これでもかと見せつけてくれます。それはきっと、漫画の持つ可能性。凍てついた心でさえ、溶かし暖め、救ってくれるのだという賢二の、言葉にならない信念が導いた答えなんだと思えます。

ほんの少しのすれ違いから、10年以上の遠回りをしてしまった楓が、ようやく家族の真実にたどり着き報われる物語。それが賢二が彼女と一緒に紡ぎたかった物語だったのでしょう。

人は他の人にはなれない。漫画家だって、同じ事だよね。

ああ、まさにそうなんでしょう。他の誰にもなれないから、彼らは自分だけの方法で漫画を描いていくのです。自分だけの物語を、読者に届けるために。あるいは、たった一人のあなたに届けるために。

エンディング直前は、千佳ねえルートと同じくらいの驚愕の新事実が! な展開で、これ一歩間違えば超展開じゃねーかと思ってしまうんですが、何気に伏線がしっかりしてるんですよねえ。縦の繋がりと横の繋がりがしっかりと計算されているから、伏線が明かされたときに、驚きとともに、賢二の反応を見てにやにやしてしまうんですよ、ええ。

他ルートの楓さんも輝いてますね。このルートで抱えた心の痛みを残したままなのに、賢二たちに協力したりと助演女優賞ものの活躍です。こうやってゴシップに目を光らせたり、なんともお茶目なところを見せてくれますが、だがそれがいい

高杉ハルカ ―― 夢を叶えるのに遠慮なんてもったいない!

ちっちゃくてもパワフル。駆け出しの、もやし声優こと、高杉ハルカ嬢のサクセスストーリー。

出会いはこんな、行き倒れの現場だけどね!

彼女のルートだけでいえば、主人公の活躍の場っていうのはあんまりないんですよね。高杉ハルカという少女は、苦境を独力で乗り越えることを当然と受け入れて成長してきたからか、物語開始の段階で賢二よりもずいぶんと精神的に大人であるような印象でした。

それは、彼女にとって最大のトラブルである中盤のとあるイベントを経て、賢二に協力する流れになる段階でより顕著となります。彼女は何も持っていないようでいて、非常に才能にあふれているキャラクターなのだと。声の仕事だけでなく、他の分野でも成功しうるだけの可能性を持っているのだと。

こりゃ、ずるいですよね。賢二の仕事といえば、ハルカが無意識に自分に課していた「遠慮」という名のリミッターを外してあげるだけなんですから。

そういう意味では、このルートは、賢二の物語という側面よりも、ハルカというキャラクターがどれだけスゴいのかというのを、これでもかと描いている彼女のプロモーションムービーのように思えてきますね。その辺、人によっては微妙に感じるところもありそうですが、一方で、このルートの終盤では賢二を始め、彼らの友人たちと一致団結してハルカを送り出すという、お祭り的な展開が待っているわけで、この作品におけるドタバタコメディの極みとして、このルートが用意されているのかなという感じです。終盤の101人ハルカ大集合(違)とかみんなはっちゃけすぎです。特に千佳ねえ、一人で無双始めるとかどんなキャラやねん!

テーマ的には、彼女がやり残していた、決して実現しないと思っていた「卒業」が最後に用意されているあたり、そうなのかな。意識して自分を抑えていたこれまでとさよならして、これからは好きなものを全部全力で手に入れるために頑張ろうというポジティブな自分へ。ハルカが変われたのは、賢二との出会いを通じてであるから、そうしてみると、彼女と賢二の出会いこそが大きな意味を持っていたんでしょうね。

あたしじゃないあたしがそこにいる
あれもこれもそれも 全部あたしなんだよ☆

欲張ったっていい。ほしい物を全部手に入れようとがんばり輝く姿こそが、一番ハルカらしいのだと、挿入歌で語られているようですね。


ふぅ、やれやれ、本当に久々に全開で妄想垂れ流してしまいました。ここまでで約19KBとかバカみたいに感想書いてしまいましたが、本当に楽しい物語でした。

個人的に作品の空気がどんぴしゃだったのと、登場人物たちのテンポのいい会話とさわやかさ、そして物語中盤からの盛り上がりの熱さに一気に持って行かれた感じです。

主人公の賢二を始め、ヒロインたち、サブキャラの面々、誰も彼もがこの物語を組み立てる大切なピース。誰かが欠けても成立しないんじゃないと思うくらいの適度な大きさにきれいにまとまった物語。漫画という身近な娯楽をテーマに、泣き笑いするキャラクターたちの姿を、ぜひ楽しんでもらえたら、私も嬉しいなと思います。

オレは少女漫画家

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