冴えない彼女の育てかた

2012年11月24日

stars 久しぶり。また……会えたね。ほんと偶然、なんてね? あはは……。

これは俺、安芸倫也が、ひとりの目立たない少女をヒロインにふさわしいキャラとしてプロデュースしつつ、彼女をモデルにしたギャルゲーを製作するまでを描く感動の物がた……
「は? なんの取り柄もないくせにいきなりゲーム作ろうとか世間なめてんの?」
「俺にはこのたぎる情熱がある! ……あ、握り潰すな!
せっかく一晩かけて書き上げた企画書なのに」
「表紙しかない企画書書くのにどうして一晩かかるのよ」
「11時間寝れば必然的に残った時間はわずかに決まってんだろ」
「もうどこから突っ込めばいいのよ……このっ、このぉっ!」
……ってことで、メインヒロイン育成コメディはじまります!

[tegaki font="crbouquet.ttf" color="orchid" size="32″]萌えないあの娘がメインヒロイン!?[/tegaki]

ある意味で期待作で話題作。丸戸史明&深崎暮人という、まさに「それなんてエロゲ?」タッグによるライトノベル。いや、ライトノベルレーベルで刊行されていてその体を装っていますけど、どう見てもエロゲです本当に(ry

もうね、最初の一ページ目から突っ込み所が多すぎてにやにやが止まりません、同人ゲームのプロットを主人公が語るくだりからプロローグはスタートするのですが、その内容がもうね……(笑)

「舞台は東京から一時間くらいの南の離れ小島」、「学園が過疎化のせいで名門女学校と統合」「主人公は女装してその女学校に通う」「月から王女様がホームステイでやってくる」「世界設定で『神界』と『魔界』と『人間界』が共存している」「主人公の家にはメイドロボが三体いる」「主人公は自分の部活を守るために生徒会選挙に出る」

うぉぉぉぉぃ!? ちょ、おま!?

はい、実在のゲームの設定パクっています本当に(ry

と、冒頭からフルスロットルで飛ばしてくれていやがります、この物語。この辺のノリがもう肌に合って合ってしようがない私は十分に毒されているんですが、こういうネタが楽しめる人に向けて書かれている作品なので気にしたら負けです、というかこう言うノリを楽しむ作品として読まないと逆にきついのかも。

主人公の安芸倫也が偶然出逢い、強烈に印象づけられた少女は、実は身近な目立たない同級生・加藤恵。なんとも微妙な再会を経てどんな思考回路が導き出したのか、倫也は彼女をモデルに、「目立たない彼女を萌え萌えにプロデュースする」同人ゲームを作ろうと画策していくのですが……。

自分では絵も描けないシナリオも作れない、気持ちだけが空回りする倫也。幸か不幸か彼の身近にはその役をこれ以上なく完璧にこなせる幼なじみの英梨々と先輩の詩羽さんという女の子が。と、この辺りのキャラ配置が倫也がハマっているオタクコンテンツ、ギャルゲーの配置そのままなのが意図的で皮肉にも見えるのですが、そんな彼女たちから発せられる痛烈な言葉が刺さる刺さる。作者の実体験なのか伝聞なのか、妙に生々しい台詞が乱れ飛ぶ口撃の数々は嫌な意味で苦笑いしか浮かんできません。

そんな強烈な個性を放ちまくるサブヒロインの陰に隠れるようなメインヒロインの加藤さん。影が薄い、印象に残らない、ちょろい、安いとさんざんな扱いをされている彼女ですが、そんなこと言われるほどひどくもない、かわいいキャラですよ? 狙って没個性に描かれている部分もあるのでしょうけれど、ヒロイン役ではなく友人役が相応しいキャラクターを与えられた彼女を、倫也がどうやってメインヒロインとしてキャラ立てしていくのかが、本来の物語の方向性だったはずなのに、そう思っていたはずなのに。

終盤は丸戸史明の物語らしい転がり方をしていきますね。唐突にゆっくりと流れていた川が急流に合流したかのような加速の仕方。主人公が追い詰められ、自分の気持ちの誤解と真実に気付いてからの加藤さんとの再会。その背後でいろいろと画策する幼なじみと先輩キャラ。強烈なファーストコンタクトの後の、あまりに普通すぎる日常、ギャルゲーならきっと日常シーンにも様々なイベントを盛り込んでくるんだろうなというシーンを積み上げながらも残念な雰囲気の倫也と加藤さん。

倫也が加藤さんに対して望んでいたことと、巻き込まれてしまった加藤さんが、受け身のままではなく自分で答えを出したということ。ほんの少しだけ接し方を変えるだけで、ほら、こんなにギャルゲーらしくなる、もとい初々しい恋人っぽくなると気付いてからのやり直しの出逢いは、なんとも甘酸っぱいシーンでしたね。少しだけ今までの自分を踏み外して、役作りをするだけで、きっとこんなに近くなる。遠回りの末のゴールは、彼らにとってはスタートで、ようやく始まる本当の目的に向けて動き出したその先は……。

どうなるんでしょうね?

ぱっと見で倫也と加藤さんは上手くいくように見える終わり方。けれど、彼によってすでに巻き込まれてしまっている先人達。元メインヒロイン(?)にして、現サブヒロインな英梨々と詩羽の背後にある物語はかなり重い雰囲気なんですよね。倫也と彼女たちの関わり合いがどうあって、今の関係になったのかはほのめかされているくらいの描かれ方なんですけど、好意と別の感情が交じった複雑な気持ちでふたりの女の子は倫也との関係を続けていて、それがどう転ぶのかを考えるとなかなかに修羅場な予感。もともと、丸戸作品ではそういうドロドロした部分を避けずに描くものがおおかったり、元カノとかの関係も真っ正面からぶつかってきたりするんで、ただならぬ雰囲気は、きっと錯覚ではなくて関係がこじれる予感だと思うんですが、これ、続くんですか?

男女間の恋愛のもつれよりも、女性同士の恋のさや当ての方が盛り上がりそうな役配置なだけに、英梨々と詩羽の本気の丁々発止とかも見てみたいんですが、そこまでいくとあとがきの通りターゲットを思いっきり逸れた作品に仕上がりそうなだけに難しいんでしょうかね? そういうの大好物なのでぜひともやってほしいんですが!

まぁ、裏の裏まで想像し始めると結構怖い世界観なのではないかと思わされる物語なのですが、テンション高い掛け合いの中でさらりと語られる同人残酷物語あるいは業界あるあるてきなネタは、この本を丸戸史明の本であると知って読む読者には間違いなくツボなのではないかと思うのですね。

笑えて笑えてちょっとイタくて痛い。そんなお話を読んでみたいならどうぞ、手にとってください。多分表紙に騙されます(笑)

hReview by ゆーいち , 2012/07/20

冴えない彼女の育てかた

冴えない彼女の育てかた (富士見ファンタジア文庫)
丸戸 史明 深崎 暮人
富士見書房 2012-07-20