楽園島からの脱出

stars あなた方がこの楽園でどう過ごすかは自由です。欲望に身を委ねるのもよし、厳格なルールに従うのもいいでしょう。とにかくあなた方が目指すのはひとつです。あなたは閉じ込められました。脱出を目指してください。

高校生活最後の夏休み。無人島に集められた100人の男女が島からの脱出を目指して競い合う。高校のゲームサークル「極限ゲームサークル」主催の大規模イベント。表向きはレクリエーションとして開催されたそのゲームは、賞金が出るという噂もあり……。
ゲーム名【ブリッツ】── 鍵を握るのは、自身とペアの“価値"!? そして、女性だけに与えられた謎の機器の持つ意味とは──?
「極限ゲームサークル」 から“変わり者"として要注意される主人公の沖田瞬は、このゲームの本質にいち早く気づくが……。
土橋真二郎が贈るノンストップ《ゲーム》小説新作スタート!

[tegaki font="crbouquet.ttf" color="red" size="36″]ここは偽りの楽園[/tegaki]

土橋作品を読むのも久々ですね。ここのところ買いためてた本を読んでるだけで、新刊の購入を余り積極的にやってなくて、そのせいで世間の流れからはずいぶんと引き離された気もしてしまいますがそれはそれとして。

やはり、この作者の描く物語というのはえげつない部分を忌憚なく、そして容赦なく描いてきますね。今回の主人公格にあたる沖田という少年は、これまでの作品の中でも特に下衆い思考の持ち主のような雰囲気です。頭の回転も速く、目的達成のための手段、駆け引きについても他者の一歩先を行く強さを見せますが、決して紳士的な少年ではないですよね。むしろ、プロローグで見せた暴力的な行動や、時折女子に投げかける下品な物言いは、計算ずくの部分があるにしても好感の持てるキャラクター像ではないですね。いや、逆に、好感が持てそうなキャラがこの作品に出てきているかというと、いないように思えてしまうのもまた事実なんですが。

どうにも心理戦を主題におく物語なだけに、登場人物たちの発言を額面通りに受け取れない疑心暗鬼が。孤島というゲームの舞台に放り出された100人の男女を引っ張るリーダー格の人物たちも、打算のもとに動いている部分があるし、さらには嘘はつかなくとも肝心な部分での情報共有をあえて行わないという密かな情報戦まで当然のように行われているし。皆のためという耳障りの良い言葉とは裏腹に、それぞれの思惑が入り交じってきています。

そして、ゲームクリア=孤島からの脱出の商品として、リアルな金額が提示されてからの静かな、けれど、確実な心理状態の変化はさすがですね。男女別に与えられた役割もまたいろいろな意味でいやらしい争いの種となって芽吹いてきます。物資を得るためには男子の承認と女子に与えられたポイントが必要というライフラインに関わる根本的なルールからして、すでに不公平感を生む仕掛けになっているし、さらには現実に持ち帰ることのできる、現金と交換するためのアイテムが、男子は木の実を模した色つきの玉、女子は衣装というのも狙ってる感じ。どことなくエロティックな雰囲気が漂う本作ですが、衣装によって金額が異なるとか、もう露出の多いものの方が金額多くなるんじゃないかとか下世話な勘ぐりをしてしまいますよ。

男子と女子の、関係の変化も注目ですね。序盤はあくまで守られる立場で、積極的にゲームに関わろうとしなかった女子たちが、終盤の事件を経て自分たちの手にある「力」に気付きます。男女の協力がなければ攻略もままならないゲームですが、支配者と被支配者の関係になったとしてもルール上、不都合がないのだとしたらどうなるんでしょうね? これまでは腕力に劣る女子がどちらかというと支配されていた展開でしたが、それに対抗しうる手段があると知ったとき対立に向かっていくように思います。女子の側にも手強そうな人物が何人かいますし、ここからが本当の地獄だとばかりに重苦しい雰囲気のまま次巻へと続いてきます。

これ見よがしに用意された牢獄の意味もこうなってくると、そういう使い方しか思いつかなくなりますよね。文字通りの生き残りをかけたゲームはこれからが本番。果たして本当に逃げるべき場所というのは、この孤島なのか、それとも別の場所なのか。うさんくさい脱出ゲームの真実は、いったいどこにあるのでしょう?

hReview by ゆーいち , 2012/08/19

楽園島からの脱出

楽園島からの脱出 (電撃文庫)
土橋 真二郎 ふゆの 春秋
アスキー・メディアワークス 2012-05-10