創世の大工衆 刻を紡ぐ幻の音色

stars 俺は創世の大工衆に憧れていた。だって格好いいだろ? 建築で世界を救うんだぜ! 人も死なず、血も流さず! だから俺は未熟だったけど自分の仕事を誇りに思っていたんだ。いつか俺もあんな風に、創世の大工衆のようになるんだとな。

デミウルゴス――かつて武力ではなく圧倒的な建築技術で戦乱から民を救った伝説の大工。
時は流れ、伝説に憧れながら亜人の国で奴隷工として暮らす少年・カナトの前に、一人の少女・シアが現れる。高度な建築技術を持ちながら、性格に超難アリの彼女こそデミウルゴスを継ぐ者だった。
そんな二人の元に、この国の女王・シャロンからある建築の依頼が舞い込むのだが……。
シアとカナト、二人が出会う時、新たな伝説の幕が開く。
第2回『このラノ』大賞優秀賞作家が贈る新感覚・建築ファンタジー。

[tegaki color="DarkOrange" size="36″]大工は世界を救う![/tegaki]

大工が主人公とか斬新にも程がある。というか、この世界の超一流の大工――創世の大工衆の実力はもう魔法か何かじゃないかといわれても仕方がないくらいにトンデモだ!

ジェバンニが一晩でやってくれましたレベルで建築物を作るとかどんだけ働き者なんだ創世の大工衆! 街を7日間でほとんど完成させるとか人間の所行じゃないです。

と、伝説に残される凄腕の大工の血を引くヒロイン・シアと創世の大工衆に憧れる少年・カナトの出会いから動き始める物語。うん、カナトの驚きと劣等感はイヤというほど分かりますよ。今まで自分が誇りを持ってやっていた仕事をあっさり否定されて、それどころか一目見ただけで自分以上の仕事を簡単に成し遂げてしまうなんて、いくらその実力が折り紙付きであると頭が認めても心ではなかなか納得できるものじゃないですよね。でも、それ以上に彼は自分をより成長させることを何よりも優先していて、いけ好かない態度を取るシアに師事してその技術を盗もうと躍起になる。仕事に対する情熱は確かに一人前の彼も、過去の因縁がついて回っていて……というのは物語のお約束ではありますね。

一方のシアは、逆に自分の力を有効に使う術を知ってはいても、その仕事を誇り、楽しみ、何かを為すという雰囲気がなくて。彼女のおかれた境遇が、伝説にあるような万人からたたえられるようなものではなく、人の、生々しい感情と利欲によって首輪をかけられてしまっているものであることから、半分、自棄になっているのが見て取れます。中身はきっと年相応のものなのだろうに、人との関わりを極力避けつつ破滅へと歩いていく、そんな彼女の内面をもっと描いてくれていれば、冒頭からの他者を突き放し、神経を逆なでするような態度も、より理解できたのになあと残念なところ。

物語の根幹である、建築、大工の仕事部分については、基礎的な部分を語るに留め、あとは、伝説の魔工具の便利すぎる力がなんとかしてくれましたって感じなので、おいおいと思ってしまうのが正直なところですね。終盤には7日間で要塞を作れなんて無茶難題を出されるのに、毎日淡々と作業をこなしているだけであれよあれよという間に形になっていくとか。これ、いくらなんでも2人でこなせる作業量じゃないでしょうとかツッコみたくならないわけがない。

あくまで、建築によって世界がどう変わっていくかという物語なんでしょうけれど、こういう頂点を極めた技術が残されていない世界っていうのは、その分野に限っていえば衰退していくだけなんですよねえ。軍事技術とかはそれなりに高いレベルであるのに、城とか砦とかがお粗末なものしか作れないんじゃあ、戦争も一方的なものになるでしょうし。だから、戦争を失くそうという思想につながるのかもしれないけれど、なら、その技術を皆に伝えることで、その思想と共に広げていくという選択肢もあったんじゃないかなとそんな風に思います。

物語はこれからが始まり。造り上げることに特化したシアと、逆に壊すことに特化したカナトの二人が出会い、現代に蘇った創世の大工衆。新しい世界をどう築くのか、そもそもシアの運命はまだ変わっていないし、その辺は続きがあるとしたら語られるのかな。

hReview by ゆーいち , 2012/10/27