エスケヱプ・スピヰド 弐

stars でも、そういうのやめにしたんです。意味があるとかないとかって、そんなの今考えたってどうにもならないじゃないですか。生きて生きて、とにかくなんでもいけるとこまでいって、それからだっていいいじゃないですか。考えたっておなか減るんですから。寝て起きて、ごはん食べて、ちゃんとしっかり生きてみたりして、それでいいじゃないですか。

自国の今を知るため、帝都《東京》にやってきた九曜と叶葉。復興の進む街で、九曜は機械兵を連れた不遜な少女に襲われる。『第三皇女・鴇子』 だと名乗る少女は、九曜に自らを守るように命令する。
誰から何故追われているのか記憶がないと言う鴇子。そんな彼女を九曜は訝しむが、叶葉は彼女を放っておけないと言う。叶葉の懇願により、九曜は鴇子の情報を求めて軍の地下施設を訪れる。そこで彼を待ち受けていたのは、全滅したはずの《鬼虫》シリーズのひとりで──!?
最強の兵器《鬼虫》たちが繰り広げる神速アクション、第18回電撃小説大賞〈大賞〉受賞作、第2弾登場!

[tegaki size="36″ color="DarkMagenta"]『あなた』は、ほかのだれでもない[/tegaki]

第1巻が非常にきれいにまとまっていただけに、続刊が出ることに一抹の不安があった本作。けれど、蓋を開けてみれば、そんな不安はまったくの杞憂であったと心底思わされるおもしろさ満点の第2巻でした。

尽天を離れ八洲の首都・東京へとたどり着いた九曜と叶葉。叶葉にとっては今まで見たこともないほどの、人、人、人でその活気に飲まれながらも、彼女は彼女らしさを失くすことなく一生懸命生きてますね。一方の、叶葉と共に生きることを決めた九曜もまた、前巻の印象とはずいぶん変わって人間らしくなってきています。作中の言葉を借りれば「生き生き」としてきている九曜と、叶葉のなんだか初々しい恋人のような空気が非常ににやにやさせられます。司令と鬼虫という関係とは別の、叶葉自身と九曜自身の関係は東京への旅路のな中で、より近づいていたような印象を受けます。

そこへ登場するのは、新キャラの鴇子と、彼女を守護する機械兵・菊丸。自信をこの国の皇女と言ってはばからない彼女の傲岸不遜な態度と、一方で世間知らずで不用意な発言をして叶葉にマジ説教食らってヘコむ打たれ弱さが同居する、なかなか楽しいお嬢様。かつての叶葉と同じように、長い眠りから覚め、はっきりしないおぼろげな記憶に導かれるまま、正体不明の敵から逃げ続ける彼女。そんな鴇子に付き従い、守る機械兵の菊丸がまた格好いい。言葉を話すことができないながらも、その所作や九曜の視点を通して推測される思考、描写によって単なる機械以上の人間味を感じます。前巻でもそうでしたが、古く戦い続けた兵器・機械に人間の人格じみた錯覚を得るのは、作者の描写の巧みさと、古いものには付喪神が宿るなんて言い伝えが残るこの国ならではの感覚なのかもしれませんね。

たった一人の従者とともに、奇妙な縁で叶葉たちと行動を共にすることになった鴇子。失われた記憶の中にある、追っ手が現実へと追いついてきたことで、その危機は夢や幻ではなかったことが明らかになるわけで。自分の正体にさえ自信の持てない彼女の不安は、その後まさに最悪の形で露呈してしまうというのは意地が悪いですよね。

一方で、過去に追い立てられているのは鬼虫たる九曜も同じで。彼の前に現れた、かつての同胞にして戦友、さらに師でもあり、もしかしたら、兄や姉でもあったかもしれない弐番式と参番式の鬼虫、蜘蛛と蟷螂の巴と剣菱。口絵を見る限りでは壱番式の竜胆と同じように、九曜と敵対する因縁がある人物かと思っていたら、なかなかいい先輩たちじゃないですか。鬼虫開発の技術者としても有能であり姿を変えて生き延びてきた巴と、剣の道ひと筋、その戦い方はまさに剣鬼、なれど平時は飄々としながらも九曜にとっては剣の師であった剣菱。どちらもこのエピソードでの九曜や叶葉への接し方を見る限りでは、敵対する気配がなさそうで一安心ですね。巴のほうはなんだかイっちゃった欲望をフリーダムに解放する幼女でキャラ付けが強力ですが、可愛いので良し!

戦いによって鬼虫そのものである蜂を失った九曜と違い、蜘蛛と蟷螂は健在。失われた最強の兵器たる鬼虫を再現しようなどという無謀な輩の再現した量産型・甲虫に対してさえ圧倒的な戦力を見せ、これこそが格の違いと言わんばかりの無双振りを発揮してくれます。まがい物と同格に扱われることの嫌悪より、たった9体しか存在しなかった鬼虫の間にある絆めいたものは、開発者たちでさえ立ち入ることを許さない、彼らだけの侵しがたい領域であるがゆえの怒りなのでしょうね。

その正体へと至る鍵となりそうな鴇子の境遇もまた、鬼虫へと改造された適合者たちと同様、あるいはそれ以上に過酷なもので。彼女の正体自体は、物語の早い段階である程度想像が付きますが、やはり何も知らなかった少女が事実を知り絶望する様というのは悲痛の極みですね。機械である菊丸が、彼女をそれに近づけようとしなかったこともまた、過去に与えられた命令であるだけでなく、今の彼女を守るという形のない何かに背を押されたからだと思いたくなりますね。決して諦めることなく、死を覚悟するような絶体絶命の窮地でさえも、生き残ることを諦めないような意志を感じさせる戦いは、人のそれと同じように映るのです。

絶望の果てに自棄になった鴇子を今につなぎ止める絆になった叶葉の強さもまた、戦士である九曜や鴇子を守り続けてきた菊丸では持ち得なかった、叶葉だけのものなんでしょう。他でもない『鴇子』自身へと投げかける叶葉の言葉が届かないはずがない。かつて、九曜の在り方を変え、今も変え続けている彼女は、別の意味での強い人なんですよね。

真実へ至っても、その先はまだ無明。過去に何があったのか、今何が起こっているのか、これから何が始まるのか。すべては前へ進むことによって得られる答え。九曜は自身の在り方を、戦いの中に身を置きかつての竜胆のようにゆっくりと狂っていくことさえ覚悟しながらも、自分だけの戦い方、強さを見つけつつあります。蜂を失い、戦力としては鬼虫と呼べない程度にまで弱体してしまったとしても、彼の戦いは終わらない。前へ進めという言葉を違えぬまま、叶葉と共に真実へ至るまで。

エピローグでは、巴の思わせぶりな言葉がひっかかりますね。どこかとつながっていることをにおわせる発言と、彼女特有の形容しがたい愛の形。その狂的な愛情が向かう先が何であるのか、それもこれから明かされてくるのでしょう。再び鬼虫同士の戦いが再現される可能性さえもはらんで。

いやぁ、この物語、第2巻で一気に世界が広がりましたね。相変わらず戦闘のスピード感は素晴らしいし、イラストもこの作品に非常にマッチしています。広がった世界を駆ける九曜たちの活躍をまだまだ見ていきたいので、ぜひぜひ完結まで続いてほしい期待のシリーズになりました。

hReview by ゆーいち , 2012/10/27

エスケヱプ・スピヰド 弐

エスケヱプ・スピヰド 2 (電撃文庫 く 9-2)
九岡 望 吟
アスキー・メディアワークス 2012-06-08