アニソンの神様

stars だから、私は考えました。賛美歌が天の父に捧げるためにあるように。アニソンもまた、どこかにいる神様へ、捧げるためにあるのではないかと。

「はじめまして!エヴァ・ワグナーです。一緒にアニソンバンド、やりませんか?」
――アニソン好きが高じて、ドイツから日本へとやってきた少女、エヴァ。彼女の夢は、アニソンの聖地・日本でアニソンバンドを組むこと。今、その夢が動きだす――。
第1回『このラノ』大賞作家が描く、音楽と青春、『CHA‐LA HEAD‐CHA‐LA』から『太陽曰く燃えよカオス』まで、すべてのアニソン好きに贈る、友情物語!

[tegaki font="crbouquet.ttf" size="36″ color="LightSeaGreen"]神様はきっとそこにいる![/tegaki]

アニソンはいいねぇ、日本人が生んだ文化の極みだよ……。

と言いたくなるくらいにアニソンLOVEに溢れた作品。ラノベ読者には多分ある程度は基本教養として備わっているレベルの歌が、ぞくぞくと登場。その辺を読んでいるだけでも楽しめた私は、見事に狙い撃たれた感じなんでしょうね。

いや、でも、この作品、アニソンという要素を除いても、十分に楽しくて、熱い作品ですよね。音楽を扱った作品て、比較的良作が多いのか自分が当たりを引きまくっているのか、どちらなのかは分かりませんけど、文字通りに琴線を揺らす作品に巡り会うパターンが多いんですよね。歌が心を伝えるように、それを描く作品には必要以上に感情移入をしてしまうのかも? 楽しめるならなんでもオッケーなのでこういう暖かくなる青春ものは本当に良いモノです。

アニソン好きの留学生という設定だけでもつかみは十分、右も左も知らない異文化交流まっしぐらなのに、持ち前の純粋さとひたむきなアニソン愛で、一人また一人と念願のバンドメンバーを集めていく主人公にしてヒロインのエヴァ。この年代にしては、お前聞き込んでいるな! くらいに幅広いジャンルをフォローしつつ、でも海外のこの年代のアニメファンて、もしかしたら日本国内の同年代のアニメファンよりも知っている作品の幅は広いんじゃないかなとかふと思わされるような妙なリアルさを感じてしまいますね。フィクションで誇張されている部分はあるにせよ、海外のジャパニメーションファンてなんだか本当に好きで好きで仕方がない! とか全身で表現しているイメージを持っているので、そういう意味では本作のエヴァのように、なんのてらいもなくただただ『好き』と言い続けている姿はとても好感が持てます。

一方で、彼女の仲間になるメンバーたちは、エヴァほどにはアニソンが好きではなく、例えば友人関係がこじれるのを嫌ってアニソン好きを隠していたり、例えば単にこのバンドが面白そうだからで参加してみたり、例えば一人ではなく誰かと一緒に演奏してみたいというその第一歩のために参加してみたり、そしてまったく興味もなく評価もしていなかったのに、彼女の言葉に何かを感じて参加してみたり。こうしてみると、エヴァ以外のメンバーはそこまでアニソンに大きな思い入れは持っていないんですよね。それは多分、アニソンというものが当たり前に周囲にあるから、意識せずとも触れることができる環境だったから、そして様々な音楽が多種多様に溢れていたから。ともすれば、どれだけ贅沢なんだ! と思われそうな恵まれた環境の日本人、だけどエヴァの日本大好きフィルターを通して溢れる言葉と態度はやっぱり無碍にできなくて。

そんな感じで少しずつ形になり始めるアニソンバンド。ひとりひとりとメンバーを増やしつつ、最後の一人、アニソンに否定的だったはずの少年・弦人さえも巻き込んで。エヴァの好きに引きずられながら、バンドメンバーがまとまっていく過程は、あっさりといえばあっさりですが、みんながひとつになる理由なんて、そう、ただ「楽しい」からでいいんですよね。

そしてようやくたどり着く、ひとまずの目標としてきた学園祭でのライブ。たった3曲の演奏ながらも、各楽曲を知っている読者にとってはそれこそ観衆と一体化できるくらいの、短くも楽しい時間。ここ、音楽を流しながら読むのも雰囲気が出そうですね。

物語はここでいったん幕。ただただ楽しい時間が過ごしたい、楽しく歌いたい、そんなエヴァの最初の夢はこうして叶います。けれど、ここですべてが終わるわけじゃない。エヴァたちが造り上げたバンド「レーゲン・ボーゲン」の活動はきっとまだまだ続きます。楽しむだけじゃ終わらない、もっと、もっと、と欲を出してきたときには、きっと今回の結成に至るまでの苦労よりももっとたくさんの山も谷もあるのでしょうね。けれど、エヴァの笑顔を見ていれば、きっとなんとかなるって、そう思えます。純粋な「好き」がみんなの心を繋いだように、彼女の歌はこれからもきっとたくさんの人との繋がりを生み出してゆくのでしょう。バンドの名、『虹』がそうであるように、そこへとつながる道を繋いでいくのだと思えるのです。

どこかで彼女たちの歌を楽しんでいるであろう、神様のおわすその場所へまで。

hReview by ゆーいち , 2012/11/26