人類は衰退しました〈8〉

stars みんながいて、妖精さんもいる。だから、面倒なこともあるけれど、たぶん大丈夫。

人類は衰退しました〈8〉 書影大

わたしたち人類がゆるやかな衰退を迎えて、はや数世紀。すでに地球は“妖精さん”のものだったりします。そんな妖精さんと人間との間を取り持つのが、国際公務員の“調停官”であるわたしのお仕事。壊滅状態となったクスノキの里の人口は激減しました。そんななか、わたしの祖父は、好事家の貴族に誘われて旅行に出かけてしまいます。行き先は――月。念のため、丸まり状態の妖精さんをひとりお供につけたものの、心配で不眠症になってしまったわたし。不思議な夢を見ることに……。

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前巻で壊滅の憂き目に遭ったクスノキの里。復興を目指して住民が一致団結、頑張っているかと思いきや、各地から送られてくる支援物資の恩恵にあずかりっぱなしという、いつの時代も同じ人間のダメッぷりを痛烈に皮肉る内容があいたたた。

この作品、ほのぼのとした雰囲気のイラストやら、妖精さんの可愛さやらに油断していると、こういう全力で横っ面を殴られるような皮肉が利いたテーマで物語を作ってくるから侮れません。衰退し、滅亡の一歩手前まできているはずの人類が、その数を減らしても大多数は怠け者であるという、変化のなさを見ると、「わたし」でなくとも滅びてしまえと思っても仕方がないような気も……。振り返り現代に照らし合わせてみれば、震災復興然り、生活保護然り、産婦人科医の不足然り。前巻での教育問題もそうでしたが、現代の問題をそのまま当てはめて風刺してるフシもあるけど、どこかから怒られたりしないのか心配ですね。

人類に取って代わった妖精さん。でも、人間がお困り状態じゃないと失業状態になるんだ。これ、人類が滅びたとしたら妖精さんも遠からず滅びてしまうんじゃあ……。そうすると、人類がなぜ衰退の道を歩みはじめたのか、妖精さんが何時から歴史に姿を現したのかとか、深い部分の設定を考えると面白いかも。人類をお助けすることで(はた迷惑ではあるけれど)役に立つ存在だった妖精さん。その存在意義が問われたり問われなかったりなだるだるな状態で、結局彼ら頼みになると非常にややこしい展開を経てなんとか解決という「わたし」への負担の高さばかり目立ってしまいますが、そうしてみるとトラブルあっての妖精さん、持ちつ持たれつの関係ではあるのかもしれませんね。

拡張現実・AR という少し前に話題になって、すでに下火になりつつあるような技術をネタに、夢の世界にまで世界を広げていく今回の事件。生きづらい現実から、何もかもが自由になるような夢の世界で快楽のままに生きられるならどれだけ幸せなことか。ふとしたことから夢を自在に改変できるようになりさらに自堕落になっていく里の人々。虚構に逃げ込むと現実がどうしようもなくなるのは世の常で、ついに堪忍袋の緒が切れた「わたし」が住人たちの目を覚ますFPSなシーンは痛快かも。容赦なく撃ち殺される(夢の中で)人たちには堪ったものじゃないですが自業自得ですよねえ……。

今どき(?)なヤンママさんの出産にいたるいざこざも、世の中にはよくあるんでしょうねえ。責任を負いたくないから危険な出産には立ち会わない。だから、危険な出産が成功する可能性が低下する。そして、その技術の継承が途絶える。ってもう駄目じゃないですか。現代でも、そんなたらい回しな問題はあるけれど一方でモンスターな患者もいそうなわけで、今回はなんだかんだで良い感じに事態は収拾できたけれど、子供を産み、育てていくという種としての大切な営みがすでに満足にできなくなっているという世界観は軽く絶望してしまいますね。それでも生まれようと頑張ってきた小さな命には精一杯の応援と祝福を。「わたし」は先生役でもそうだったけれど、子供の扱い方何気に上手くなってきてるよなあ……妖精さん効果?

そんな感じで、ようやく復興へと無理矢理にでも歩き始めた里の人たち。そんないい話で終わるかと思ったら、おじいさん……あんたって人は……。そういえば、浪漫を求めてはるか宇宙へ旅立っていましたね。妖精さんの加護がどれだけあるのか怪しいものですが、まぁ、最低限生きてはいるんでしょう。地上から今度は付きを目指すことになる「わたし」の冒険はまだまだ終わらない! ……終わらないよね?

hReview by ゆーいち , 2013/03/03

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人類は衰退しました 8 (ガガガ文庫)
田中 ロミオ
小学館 2013-02-19