はたらく魔王さま!〈2〉

stars 私、どんなことでも、好きになった人のこと忘れたくなんかありません。遊佐さんは私が真奥さんを好きになって後悔しないように、止めてくれましたけど、私は自分で真奥さんを好きになったんです。だから好きでなくなる時も、自分で決めます。だから真奥さんが私のことを職場の後輩だとしか思ってなくても、別になんともありません。そのことと、私が真奥さんを好きでいるのとは関係ありませんから。

はたらく魔王さま!〈2〉 書影大

店長代理に昇進することになり、ますます張り切る魔王。そんなある日、魔王城(築60年の六畳一間)にご近所さんができる。隣の部屋に、和装の女の子が引っ越してきたのだ。魔王に恋する女子高生・千穂と、魔王の命を狙う勇者は、いろんな意味で心穏やかではいられない。
時を同じくして、魔王が勤めるファーストフード店の向かいに、競合他社が進出してくる。売り上げで負けたら減給だと言われた魔王は戦慄し、店長代理の職務を全うするため奔走することになる。
謎の隣人とライバル店の登場で、魔王城は大混乱!? フリーター魔王さまが繰り広げる庶民派ファンタジー、第17回電撃小説大賞〈銀賞〉受賞作第2弾!

魔王城に部下も増え、順調に戦力拡充しているかと思ったら、ルシフェルこと漆原、とんだ不良債権だ! なんだこの堕天使。堕天使の「だ」はダメの「だ」だったのか。四面楚歌の総スカンを食らいながらも、働きたくないでござる! を全力で実行するニートの星、滅多なことで役に立たないけど、一芸に秀でてると簡単には切り捨てられないのね。しかし、彼、この性格で良く魔王軍時代、後ろからばっさりやられなかったねえ……。

ともあれ、世界を牛耳る力を持った魔王と、それを討ち果たす力を持つ勇者がなぜか現代日本であくせく働く異色の庶民派ファンタジー第2弾。今回も楽しませていただきました。

うさんくさい魔王城の隣部屋にいきなり越してくる時代錯誤な美少女、店長代理に任命されたとたんライバル店の脅威と時給ダウンの恐怖に震える真奥。そして、ちーちゃんこと千穂の全力全快な恋のアタックと、後半のバトルよりはむしろ、人間関係の変化ににやにやしたりはっとさせられたりするお話でもありました。

恵美が属していたエンテ・イスラの正義というのは、地球、日本、東京においては絶対的な基準とはなり得ないというのは前巻でも分かっていたことですが、今回もまた恵美の価値観を揺さぶられるような事件でしたね。異世界では絶対的な正義であるはず天使とその教えをあまねく伝えるための教会の教えに縛られたものの行い。それが弱気ものを決して救うものではないと分かったとき、本当の勇者はいったいどうすべきであるか、恵美の立場からすればエンテ・イスラと事を構えるのは得策でないはずなのに、彼女は彼女自身の気持ちに正直に、勇者としての戦いを選びます。その想いが、弱きものを救うために戦うという想いなら、この現代世界で魔王が行っている危機にさらされている身内を救おうとする戦いとどうちがうのでしょうね。共闘なんて言葉でひとくくりにされてますが、同じ敵を前にしたときの恵美の苦悩というのは決して小さくはないように感じます。けれど、彼女はもはやエンテ・イスラの勇者という立場だけでなく、この世界で友人たちと一緒に生きる一個の人間として根を張ってしまったようですね。二つの世界のどちらをとるかなんて難題はうっちゃけて、自分が守りたいものを守るために剣を振るう、そういう勇者がいたっていいじゃないですか。

そういう意味では、悪事を働かなくなってしまった魔王の振る舞いというのは認めることなどできなくても、正義を掲げる人間から見ると、眩しく見えてしまうのかも。恵美も、そして今回登場した鈴乃も、己の中にある正義とは別の形の正義を目にしたときに、自分の価値基盤を揺るがされてなお、その別の正義を受け入れることができるかどうか、それが試される試練でもあったのかもしれませんね。異世界にいたままなら決して揺るがなかった価値観を揺さぶられ、新しい世界を見せられ、そしてその世界の行く末を見ようと止まっていく異世界人たち。自然と仲間、あるいは理解者、やっぱり敵? が増えていきますが、そんな彼ら、彼女らが生きるためにいろいろな仕事を探すというのが、なんとも等身大ですね。自分たちの世界に閉じこもらず、別の世界の人とも交流し友人になっていく、そんな風に人が繋がり、広がっていく様を見るのがとても気持ちいいですね。

そして、今回の個人的見所は、やはりちーちゃんの告白。彼女と真奥との関係は当分の間、はぐらかされたりして進展がないものと思っていたら、彼女の方から一気に踏み込んで来ましたよ。こんな真摯な告白というのはなかなかお目にかかれません。だからこそ、彼女の言葉にある嘘偽りのない真奥への愛情に、心打たれてしまいます。その本質は決して善ではないかも知れない魔王の仮の姿に恋をした人間の少女。生きる時間も、価値観も違いすぎるのに、好きになるという気持ちだけはちゃんと通じている奇跡のような告白。ちーちゃんのまっすぐな踏み込みにたじたじの真奥の威厳のなさもまたスレていなくて初々しく感じますが、それ以上に、ちーちゃんが、この年で、自分の恋をこれほどはっきりと受け止めているという、その強さに惚れてしまいそうですよ。そのくせ、他人に見られるととたんに恥ずかしくなってテンパるくらいに打たれ弱かったりと、好きな人にはぐいぐい押し込んでいくのに、脇が甘いというラブコメ体質なところもまたたまらなく可愛いですね。

対する真奥の受け答えも、悪魔のくせになんて真摯な。親御さんの信頼を裏切れないとかどの口が言うのやら。この悪魔もまた時間を重ねた人間世界での生活の中で、価値観がずいぶんと変化していってるようですね。働く喜びを覚えてしまった彼が、すでに世界征服という最終目標ではなく、目の前の売上に執着しているのを見ると(ノ∀`)アチャーな感じもしますが、そのユルさがこのお話と、キャラクターの魅力ですよね。等身大に、まじめに、生きていくことの意味を問いかけるファンタジーとか、妙な感じがしますが面白いんだから問題なしです。

hReview by ゆーいち , 2013/06/03

はたらく魔王さま!〈2〉

はたらく魔王さま!〈2〉 (電撃文庫)
和ヶ原 聡司 029
アスキーメディアワークス 2011-06-10