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	<title>MOMENTS &#187; ToHeart</title>
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	<description>ラノベ読みの読書感想とえろげファンの創作小説のサイト。あと、ゲームとかコンピュータとか。</description>
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		<title>ToHeart ～十年後も君を～</title>
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		<comments>http://www.u-1.net/2008/02/20/1105/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 19 Feb 2008 16:35:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[神岸あかり 誕生日記念SSです。ToHeart という作品に出会えたこと、彼女と出会えたこと、感謝することはいろいろありますが。 いつでも幸せに微笑んでいるであろう彼女の、ほんのひとときの時間ですが、お楽しみいただければ... [<a href="http://www.u-1.net/2008/02/20/1105/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>神岸あかり 誕生日記念SSです。ToHeart という作品に出会えたこと、彼女と出会えたこと、感謝することはいろいろありますが。<br />
いつでも幸せに微笑んでいるであろう彼女の、ほんのひとときの時間ですが、お楽しみいただければ幸いです。</p>
<p>なお、軽い性描写を入れてありますので、その辺嫌いな方は閲覧をご遠慮ください。</p>
<p><span id="more-1105"></span></p>
<h3>十年後も君を</h3>
<p>　お互いの気持ちを確かめる方法なんて、たくさん思い浮かぶようで、実際はそんなに無いのかも知れないと、私はときどき怖くなる。<br />
　電話？　メール？　もちろん直接お話ししたり、それこそ、互いに顔を見ることで伝わったり、心の中で思っているだけでも伝わることだってあるけれど。<br />
　けれど、やっぱり、私は怖いと思ってしまう。<br />
　離れている時間の一分一秒を、ほどかれてしまった手のひらから消えていく、あなたの温もりを、もしかしたら明日が来ないなんていうあり得ない空想を。あなたのいない世界を。<br />
§<br />
　だから、私はこの時間がとても好き。<br />
　こうやって、ありのままの私に触れてくれるあなたを感じられること。<br />
　がむしゃらに、時には荒々しく、けれど壊れ物を扱うような優しい心をなくさないでいてくれること。<br />
　私が夢中であなたの名前を呼ぶこと。<br />
　あなたが私の名前を呼んでくれること。<br />
　あなただけに見せる私。私だけに見せてくれるあなた。<br />
　身体の繋がりは、本当に簡単に、私たちの距離を零にしてくれる。<br />
　あなたに抱かれるという行為自体も私は好きだけれど、その時間はあなたは私だけのものだから。<br />
「あっ！　……ん、ぅん！」<br />
　私たちは交わる。<br />
　正面から抱きしめられて、繋いだ手、絡まる指。<br />
　何度も何度も唇を合わせ、舌を絡め、私たちはお互いを求め合う。<br />
「んあ！　やっ……、はぁ……んぅ！」<br />
　流れる汗を舌ですくわれ、味わわれてしまう。羞恥から私は彼の肩に顔を埋めて、首筋に強く口づける。誰はばかることなく、本能のままに愛し合う。<br />
「あ！　浩之ちゃん……っ！　浩之ちゃん！」<br />
　私は彼の名前を呼んで、ぎゅっとしがみつく。<br />
　触れ合っていない場所なんてないくらいに抱き合って。このまま溶け合ってしまいそうなくらいの一体感に陶然となって。<br />
　いつもいつも、私はこの感覚に翻弄されてしまう。<br />
　私の中を激しく往復する彼自身に。ひとつになっているというたまらない充足感に。そして、この例えようもない幸せと抗いがたい快感がない交ぜになった激しい波に。<br />
「はぁっ！　あんっ、んん！　あぅ……っ！」<br />
　会話らしい会話など、とうに失われ、部屋に響くのは彼に奏でられている私の嬌声と、どんどん激しくなっていく彼の呼吸音。軋むベッドのスプリングと、私たちが生み出している水っぽい音。<br />
　ぼんやりと見る彼の表情ははっきりしないけれど、こうして向き合って彼に愛してもらっているという、その事実だけでも私は言いようのない快感に震えてしまう。<br />
　無意識に唇を求め、それに応じて来た彼の唇を、待ちきれなかったかのように、ぶつけるくらいの勢いで重ね合う。どちらからともなく舌を口腔に差し込み、絡め合い、歯で甘噛みし、歯茎の裏まで舐めていく。<br />
　ぞくりぞくりとした快感に、とうに理性など溶かし尽くされ、ひたすらにその感覚を貪っていく。溺れていく。<br />
「あっ！　ああっ！」<br />
　ぎゅっと握りつぶすようにされた私の乳房は、彼の意のままに形を歪めていく。<br />
　痛みとすら錯覚するその快楽に、私はひときわ大きな声を上げてしまう。<br />
　手のひらで包み込むように私の胸を味わい、そうしてから敏感にしこっている先端を予期せぬタイミングでつまんでくる。<br />
「ひゃう！　ああっ！」<br />
　何度も彼によって味わわされた快感は、けれど、私の意識の隙間を通るように、不意打ちみたいなタイミングで襲ってくる。<br />
　そのたびに、私はあられもない声を上げて、彼の本能を満たしてしまう。<br />
「あ、浩之ちゃんっ！　それ、やぁっ！」<br />
　強すぎる快感に、我を忘れそうになる恐怖が重なってくる。<br />
　けれど、そんな私の懇願など、キスの一つで誤魔化して、彼は動きを止めない。それどころか、私を追い込むように何度も何度も腰を打ち付けてくる。<br />
　私たちがぶつかるときに生まれる乾いた音と、それを打ち消すくらいに淫らに生まれ続ける、様々なものが混じった湿った音。<br />
　耳から感じるそんな音でさえ、私の官能を高ぶらせ、もっともっと、行為に没入させていく。<br />
「やっ！　ああっ！　あああっ！」<br />
　彼が私の名前を呼んでいるような気がする。<br />
　判然としない思考の中で、私は彼の呼びかけに答えようとするけれど、快感に塗りつぶされてしまったそのままに、口からこぼれていくのは意味をなさない叫びの断片。<br />
「……ひ、ひろっ……ゆき、ちゃんっ！」<br />
　途切れ途切れに何とか紡いだ彼の名前。<br />
　聞こえたのか聞こえていないのか、分からないけれど、彼は私の言葉に応えてくれたかのように、今日、何回目か分からない口づけを降らせてくる。<br />
　息が苦しくなるくらい、唇を求め、そのまま首筋をきつく吸い上げて、それから胸の先端を赤ちゃんのように舐め、吸って、歯を立てた。<br />
「あ、やっ……っ！　も！　だめぇ！」<br />
　私の意識とは完全に切り離されたかのように、意のままにならない身体。ただ、彼の動きに面白いように反応し、ベッドの上で跳ね、喘ぎだけがこぼれていく。<br />
　荒々しい踊りが曲調に合わせて終盤に向けて加速していくように。<br />
　ただただ、ひたすらに互いを求め合っている私たちの交わりも、高みへ向けて駆け上がっていく。<br />
「あっ！　あっ！　ああっ！」<br />
　激しい快感に目をつぶってしまう。<br />
　真っ暗なはずの視界が、白い光で埋め尽くされていく。<br />
　彼の背に回した両手に力を込めて、彼を離さないよう、彼が離れていかないよう、私は強く抱き寄せる。<br />
「んっ！　ああっ！　あん！」<br />
　お返しとばかりに私を抱きしめてくれた彼の首筋に顔をうずめ舌を這わせる。歯を立てる。<br />
　小さく呻いたかのような彼の声にすら、私は感じてしまって、意識がどんどん真っ白く染め上げられていく。<br />
　これまでにも何度となく、彼に導かれた頂が近づいてくるのがおぼろげな意識の中でも分かる。<br />
　このまま、このまま、と思いながら私は無我夢中に何かを叫んで。<br />
　同じ場所を目指す彼の動きも、どんどんと激しくなっていって。<br />
　最後の最後に、私のいちばん深くを突き上げた、彼の動きが私の中の何かを壊してしまって。<br />
「ああああああっ！」<br />
　同時に彼に注ぎ込まれた精の熱さに、さらに後押しされれるように、私は絶頂を迎えた。<br />
§<br />
　荒くなった呼吸が収まるまでのひとときを、私は彼の胸に頭を預けまどろむように過ごしている。<br />
　言葉もなく、自然に私の髪を撫でてくれる彼の手が、くすぐったくて気持ちよくて、小さく小さくため息に似た笑みをこぼした。<br />
「ん？」<br />
「なんでもないよ、浩之ちゃん」<br />
　疑問の言葉を浮かべながらも、私の心地よさを察してくれたのか、止めることなく撫で続けてくれる。<br />
　それは些細なことだけれど、いつも私のことを気遣ってくれる彼の気持ちが嬉しくて、私はもっととおねだりをするように、彼の胸に頬を寄せる。とくん、とくん、と穏やかになりつつある鼓動を暖かさと一緒に感じる。<br />
「そっか。疲れたか？」<br />
「もう、そんなこと訊くのはどうかと思うよ？」<br />
　もちろん、疲れることをしているのだから、その答えはイエスしかないのだけれど。<br />
　そんなことを訊かれても、素直に答えるには私も平静を取り戻しすぎているし。<br />
「こんな調子じゃ、朝がまた辛いなあ」<br />
「浩之ちゃんの寝坊癖だけは何年経っても直らないね」<br />
「あ～、自分ひとりじゃ、まともに朝起きられる自信はもうないな」<br />
　ちょっと昔の私たちを思い返してみても、彼が自分ひとりで起きられた試しなんて、数えるほどしかないのになあ、なんて思って。多分、そんな私の考えも、筒抜けで。<br />
「ん、こほん。いつもありがとうございます」<br />
　と、妙にかしこまったお礼をもらってしまった。<br />
「うん。ありがとうされておくね」<br />
　そうやって、感謝されるのに、悪い気がするはずなんてないので、私も少しおどけた感じで返事する。<br />
「ん、明日もよろしく」<br />
「もう、しょうがないなあ」<br />
　たわいもない会話が、ふたりだけの時間をゆっくりと彩っている。<br />
「せっかくの誕生日だけど、平日じゃあなあ」<br />
「いいよいいよ、そんなの気にしないで」<br />
　もう、誕生日を気にして一喜一憂するような年じゃないし。……気持ちの中では嬉しいんだけれど、祝ってくれるひとも、祝って欲しいひとも、今の私にはひとりで十分すぎる。<br />
「欲しいものはちょっと前にもらっちゃっているしね」<br />
　左手を眼前にかざすと、薄明かりの中で小さく光を跳ね返す紫の水晶が、薬指に自然にはまっている。<br />
　それは、星の光ほどの瞬きもなくて、月の光ほどの明るさもないけれど。<br />
　それは、私と彼が望んで結んだ絆の形の一つ。<br />
　毎日のように眺めて、でも、見飽きることなんてないくらい。私は自分の想いをそのたびに確かめ、そのたびに深めていっているように思う。<br />
「えへへ……」<br />
　意識していないと、ちょっと気の抜けた笑い声が自然と漏れてしまう。<br />
　顔の方も、きっとずいぶんと締まらない表情を浮かべているんだろう。<br />
　夜の闇の深さに少しだけ感謝しながら、私は表情が見られていないことを祈る。<br />
「だらしないヤツめ」<br />
　こつん、と私が枕にしている右腕とは逆の手で、彼が小さく小突いてきた。残念、やっぱり暗くたって、私のことはお見通しみたいだ。<br />
「えへへ」<br />
　こんな幸福感が長続きするなんて、私もちょっとどうかと思うのだけれど、やっぱり嬉しいものは嬉しいし。<br />
　指輪を贈られたのは少し前。<br />
　突然、前触れもなく、渡されたアメジストの指輪は当然のように私の指にぴったりで。<br />
　けれど、「なぜ？」と問うた私の言葉に、<br />
「こういうのは少しでも早くと思ったんだ」<br />
　何て言って。<br />
　もう一度、「どうして？」と訊くと、<br />
「お前がもうオレのものだってちゃんと言っておかないとな」<br />
　なんて答えてくれた。<br />
　それにしては、遅すぎるし、きっと誰かに何か言われたせいで焦って用意してくれたんだろうな、とか当時はいろいろ思うこともあったけれど。その後、その誰かさんに、さんざんからかわれたりもしたけれど。<br />
　そうして贈ってもらった指輪は、確かに彼の思惑通りの効果を上げているのは間違いないと思う。<br />
「だから、いいの。私は普通に毎日が送られれば、それが一番だと思うよ」<br />
「ま、せめて、豪華なディナーくらいはごちそうさせてもらうさ」<br />
「もう、そうやって、無駄遣いするんだから……」<br />
　気持ちは嬉しいんだけれど、学校へ通いながらアルバイトなんてしている経済状況を考えると、ちょっと奮発したお夕食なんていうものは、贅沢も良いところだと思う。<br />
「いいのいいの、そうしないとオレの気が済まないって」<br />
　そこまで言われると、頑なに断る私の方が悪く思えてしまう。<br />
　何で私がそう思わないといけないのか、よく分からないんだけれど。<br />
「じゃあ、お言葉に甘えちゃうよ？」<br />
「どうぞ、どうぞ。好きなだけ甘えて良し」<br />
「今からで良いの？」<br />
「……良し」<br />
　あ、少し考えた？　でも、答えに満足。<br />
「えへへ～」<br />
　ごろごろと彼に甘えていく。<br />
　別に普段と変わるわけじゃないのだけれど、気持ち次第でいろいろ感じ方が変わってくる。<br />
　だから、甘えたいときは甘えるし、甘えて欲しいときは甘えてもらう。そんな風に、以心伝心じゃないけれど、気持ちが伝わっているのって、とっても嬉しいしすてきなことだと思う。<br />
　──だからなのかもしれない。<br />
　ときおり感じるのは、今みたいな、なにものにも代え難いと思える時間が、失われてしまうのじゃないかという恐れで、それはきっと幸福というコインの裏側にあるものだから。<br />
　絶対がないように、この気持ちが永遠じゃないのかもしれないという怖さ。そんなことは悩んでいないで、一笑に付すべき空想の類だと断じられればとても楽だけれど。<br />
「……こら」<br />
「ひゃっ！？」<br />
　そんな風に考えていたら、突然、抱きしめられてびっくりする。<br />
「何難しいこと考えてるんだ」<br />
「え？」<br />
「お前はすぐ顔に出るんだから、何考えてるのかもだいたい想像は付くけどな」<br />
　ちゅ、と額にキスしてくれる。<br />
「あ……」<br />
　そうして、私は思い出す。<br />
　私がひとりで泣いているとき、私の元に駆けつけてくれたのが誰なのか。<br />
　私がどこにいたとしても、探し出してくれるのは誰なのかを。<br />
　私がそんな「いつか」を怖がったとしても、それを取り除いてくれるのは誰なのかを。<br />
　私は、彼が与えてくれた温かい気持ちや優しい気持ち、ちょっとだけ悲しい気持ちや辛い気持ち、それら全部をまとめて好きだというのも事実で、彼がそんな私を好きだと言ってくれたのも、また事実なのだから。<br />
　だから、私は答えが決まっている問いをしてみようと思う。<br />
　彼の一番近くにいる私として。<br />
「ねえ、浩之ちゃん？」<br />
「ん？」<br />
「十年先ってどうなってるかなあ？」<br />
「ん～、どうだろうなあ。何も変わらないんじゃねーか？」<br />
　ほら。やっぱり。<br />
　でもね、私は決めたんだ。<br />
　ずっと先の不確かさに怯えるより、この毎日を大切にしていきたいから。<br />
「私は違うと思うんだ」<br />
「あかり？」<br />
「きっと、私は今よりもっと浩之ちゃんのことが好きになってると思うよ？」<br />
　だって、ほら。<br />
　昨日より、今日。私は確かにこの気持ちのふくらみを感じているから。<br />
「だからね、毎日、私は浩之ちゃんへの『好き』を確認していくよ？　昨日より、今日。今日より明日」<br />
　そうすれば。そうすればきっと。<br />
「一年後も二年後も関係ないよね。毎日好きになっていくんだから、十年もあっという間。ほら、そうしたら、十年先も二十年先もきっといっしょだよ」<br />
　だから。過ぎた望みかもしれないけれど、私の気持ちはたった一つ。私の願いはたった一つ。<br />
「……あいた」<br />
　こつん、と今度はおでこをぶつけられた。<br />
　間近で見る彼の表情は、暗いけれど怒っているようで、照れているようで、やっぱり笑っていて。<br />
「だから、そういう恥ずかしいこと言うな」<br />
「恥ずかしくないよう？　浩之ちゃんは恥ずかしいの？」<br />
「……言われると恥ずかしい」<br />
　言わなくても伝わる気持ちというのは確かにあるけれど、やっぱり今日はちゃんと伝えたくなってしまった。<br />
　だって、今日は年に一度の私の誕生日。<br />
　誕生日に私から何かを贈るなんておかしいかもしれないけれど。<br />
「じゃあ、言ってくれなくても良いよ。でも、来年の私の誕生日も一緒に祝ってね？　そうしたら、また私は約束してもらうから」<br />
　そう、ずっと先のことなんて今はまだ分からないから。<br />
「だから、浩之ちゃんからの誕生日プレゼントは、『私と一年間いっしょにいてくれること』でお願いします」<br />
　そうしたら、また来年、私は同じことをお願いするから。<br />
「やれやれ、ただより高いものはないんだぞ？」<br />
　苦笑。<br />
「大丈夫、浩之ちゃんだもん」<br />
　あなたにもらう以上の愛を、お返しするのは難しいかもしれないけれど。<br />
　私も毎日あなたを好きになっていくから。<br />
　だから、今日も明日もいっしょにいてほしい。<br />
　また一つ年を重ねた私の、一年に一回のお願いを叶えて。<br />
　そうして言った私に、彼は返事代わりの答えをくれる。<br />
　優しい優しい口づけを。<br />
　胸一杯になるくらいの優しい気持ちといっしょに。<br />
　ああ、やっぱりあんな空想なんて意味がない。<br />
　こうして触れ合っている時間、重ねる言葉への実感がある。そして、世界には確かに私たちがいる。それは小さな小さな世界だけれど、私たちが作ってきた、そしてこれからも作っていく私たちだけの世界だ。<br />
　だから、私はこの世界を大切に育てていこうと思う。<br />
　私ひとりでは育てられない、彼といっしょに育てていく、私たちだけの世界を。<br />
「ふぁ～、そろそろ寝るか？」<br />
　眠って、目が覚めたら新しい朝がくる。<br />
　また、ふたりで迎える新しい一日だ。<br />
　今、この時間もとても愛おしいけれど、明日もきっと今日以上に素敵な日になるのだろう。<br />
　そう、決めたから。<br />
　そう、約束したから。<br />
　私は小さく頷いて、少し冷えてきた空気から逃げるように彼にぴったりと寄り添った。<br />
「おやすみなさい、浩之ちゃん」<br />
「ああ、おやすみ」<br />
　彼の暖かさを全身で受け止める。<br />
　優しく私を包んでくれる今日の彼の温もりを忘れないように、私からも彼を抱きしめる。<br />
　無言の時間、静かな息づかい、まどろみに落ちていく意識。<br />
　ゆっくりと時を刻んでいく時計の針の音を子守歌に、私は眠りに就く。<br />
　今日よりもっと、あなたを好きになる、そんな明日を待ちながら。</p>
<div style="text-align:center;">了</div>
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		<item>
		<title>君にたくさんの花束を</title>
		<link>http://www.u-1.net/2005/02/20/19/</link>
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		<pubDate>Sun, 20 Feb 2005 00:00:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>

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		<description><![CDATA[君にたくさんの花束を 　どれだけ感謝しても、足りないから。 せめて、この花束を、君に送ろう。 「プレゼントで花束を贈りたいんですが……」 いらっしゃいませ、と入店するや否や女性店員に声をかけられた浩之は、思わず丁寧語で答... [<a href="http://www.u-1.net/2005/02/20/19/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">君にたくさんの花束を<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 　どれだけ感謝しても、足りないから。<br />
せめて、この花束を、君に送ろう。</p>
<p>「プレゼントで花束を贈りたいんですが……」<br />
いらっしゃいませ、と入店するや否や女性店員に声をかけられた浩之は、思わず丁寧語で答えた。<br />
意気込んでフラワーショップに足を踏み入れてみたものの、店内の雰囲気に圧倒され、いきなり及び腰になる。<br />
「はい、どのような種類をご希望でしょうか？」<br />
こういう場所は自分には不似合いではないかという思いを抱きつつも、知識のない自分は誰かに相談するしかないのは事実。専門の販売員なら、相談 相手としては至上であるし、そもそも浩之の個人的な事情まで詮索するわけではないのだから、気後れする必要はないと分かってはいるのだが。<br />
明るい店内にところ狭しと配置される種々雑多の花々。今日この時まで、誰かに花を贈ろうなど思いもしなかった浩之にとっては、さながら花咲き乱れるジャングルといった様子である。<br />
「う～ん」<br />
思案顔のまま、店内を見渡す浩之を見て、店員は少し微笑ましく思う。<br />
高校生くらいだろうか？　照れくさそうな仕草と、口ごもりながらプレゼントと言った様子から、多分、恋人に贈るんだろうと、自然に正答に辿り着く。自分から見れば弟のような年代の少年を、懐かしく思いながら次の言葉を待つ。<br />
「あ～、こんなんなら、何が良いかあかりに訊いてくるんだった」<br />
根を上げたのか、大きく嘆息し、申し訳なさそうに浩之は店員を見る。<br />
「もしよろしければ、ご相談に乗らせていただきますよ？」<br />
もう少し、この少年の様子を楽しんでみても良いかなと、意地悪な思いも浮かぶものの、自らの職務を放棄するほどこの仕事を軽んじてはいない。<br />
興味があるなら、これから訊けばいいのだから。<br />
渡りに船の申し出に、少年はようやく肩の荷が下りたとばかりに緊張の色を薄める。決して真面目そうではないけれど、まっすぐな瞳はどこか人を惹 き付けるようなものを感じる。ほんの少しの会話でも、斜に構えているようでいて、相手への思いやりが言外に含まれていることも理解できた。<br />
あかり、というのが彼の恋人の名前だろうか。お客さまのプライベートをあまり詮索する必要はないのだが、学校帰りに学生服を着込んで、単身プレゼントを買いにやってくるような、この少年の一生懸命さを店員は好ましく思った。<br />
「お送りになる相手は、女性の方でよろしかったでしょうか？」<br />
「あ、はい」<br />
独り言をつぶやきながら、店内を眺めていた様子を見られたことに、わずかに恥じ入りながらも浩之は答える。<br />
「いつも、世話になってるヤツがいて、そいつの誕生日、今日なんです。こういうの初めてだから、どんなの選んで良いか分からなくって」<br />
「そうですか。あの、不躾な質問かも知れませんが、その方はお客さまの」<br />
「あ～、まぁ、そんな感じです」<br />
店員が皆まで言うよりも早く、言葉を遮るように浩之が答える。<br />
他人からそういうことを訊かれることに、慣れないし、ましてプレゼントに花束なんてらしくないことを考えている自分が、やたら恥ずかしいことをしているんじゃないかという錯覚する。<br />
「そうですね、でしたら定番ですが、薔薇などがよろしいかと思いますが」<br />
色や種類で薔薇も様々な品目があるが、恋人へのプレゼントならローテローゼが定番中の定番である。これまでも、この花を購入されるお客さまは多数いたし、これからも絶えることはないだろう。<br />
「この赤い薔薇などいかがでしょうか？　一番人気ですし、女性に贈るならこちらが喜ばれるかと思いますよ」<br />
「ふ～ん」<br />
「あとは、かすみ草を一輪加えて、メッセージカードなど添えられてはいかがでしょうか？　本数は特に決まっているわけではありませんが、お誕生日のプレゼントでしたら、年齢と同じ本数を差し上げるのがよろしいかと思います」<br />
「なるほど」<br />
薔薇にかすみ草？　その組み合わせに何の意味があるのかは浩之には分からない。相手は販売のプロなのだから、浩之が選ぶのよりは間違いはないだ ろう。それに、定番といわれているのには、それなりに理由があるのだと思うし。時流に合わせたように流行廃りがあるようでは、定番とはいえないのだから。<br />
「分かりました。じゃ、それでお願いします。いくらくらいになりますか？」<br />
「ありがとうございます。薔薇は何本になさいますか？」<br />
「あ、えっと、十八本で」<br />
「少々お待ちください」<br />
店員はエプロンに忍ばせていた小型の電卓を取り出して、手早く金額を算出する。薔薇が十八本、かすみ草、ラッピングその他、締めて……。<br />
「お待たせしました。こちらになります」<br />
液晶に表示される黒色の数字を見て、浩之は思わずうなり声を上げる。<br />
「げ」<br />
予想より結構する。花って、こんな高かったのかよ。<br />
「そうですね、こちら、単価の方はそれほどでもないのですが、本数がまとまっておりますので」<br />
浩之の内心の焦りを察しつつも、とりあえずはマニュアル通りの対応を。<br />
実際の金額は、浩之が驚くほど高いわけではない。単に、花束イコール安価でお手軽などと思っていた代償なだけである。今後は相場もよく調べてからプレゼントも選ぼうと、ほんの少しだけ反省しながらも、ここまで来て後に引ける浩之でもない。<br />
「いえ、それで構いません。お願いできますか」<br />
「ありがとうございます。それでは先にお会計よろしいでしょうか」<br />
言って、レジカウンターへ浩之を案内する。<br />
「花の方はただいまラッピングさせていただきますので、しばらくお待ちください」<br />
そう言って軽やかにテンキーに指を走らせ、売上を立てていく。<br />
「それでは、お会計、こちらになりますね」<br />
「あれ？」<br />
数字が先ほどの見積もりよりも、わずかながらも小さくなっている。<br />
「あ、少しだけおまけさせていただきますね。またの機会がありましたら、ぜひ当店をご利用ください」<br />
「あ、すいません」<br />
「どういたしまして」<br />
紙幣で支払い、硬貨で釣りを受け取る。とりあえず、予算内に収まったことは喜ばしいが、当分は節約生活が続きそうだ。<br />
まぁ、受験生がそれほど娯楽にお金をつぎ込める時期じゃないのは重々承知。さらにいうならば、誕生日にプレゼントとか浮ついたことが言える余裕もないのだけれど。<br />
「お待たせしました。痛まないようにセロファンで包んでおきましたが、お渡しする際には外してからにしてください。それとメッセージカードもございますが、一言、お客さまの気持ちを添えて、お渡ししてはいかがでしょうか？」<br />
何から何まで出来合いでは格好が付かないかも知れない。<br />
せめて、お祝いの一言と、それとなかなか口には出せないが、感謝と素直な気持ちを書こう。<br />
店員からペンを受け取り、筆を走らせる。内容を見られるのはさすがに恥ずかしいので、気を利かせて店内を眺めるように視線を逸らしてくれたのは正直ありがたかった。<br />
書き終えたカードを、二つ折りにして店員に渡す。<br />
「はい、確かに。それではこちらが商品になります。お気をつけてお持ち帰りください」<br />
「はい。いろいろありがとうございました」<br />
軽く頭を下げてから、ラッピングされた花束を受け取る。<br />
柔らかなピンク色の包装に、薔薇の深紅に近いリボン。一輪添えられた白い花がひっそりと寄り添っている。<br />
とりあえず、店の名前は覚えておこう。<br />
店を出てから、一度振り返り店名を確認してから歩き出す。<br />
まぁ、これが喜んでもらえるか、まだ分からないんだけどな。気がかりなのは、その一点だった。</p>
<p>§</p>
<p>このままあかりの家に向かうか、自宅へ戻るかの二択に、浩之は後者を選択した。<br />
両親不在がかれこれ一年近く続くのに加えて、受験の追い込みもあって、神岸家の厄介になる回数が目に見えて増加していた。<br />
あかりのありがたい申し出に、二つ返事で答えれば、彼女の母であるひかりも、家族同然に迎え入れてくれる。子どもの頃からの長い付き合いとはいえ、この年になっても変わらずに接してくれるのは、正直どれだけ言を尽くしても感謝しきれないとも思う。<br />
ましてや、今の二人の関係は、単なる幼なじみのそれではないのだから。<br />
今日の、この突然の思いつきだって、単なる勢いに任せた行動ではないと自分では思っている。<br />
あかりの誕生日を祝うだけなら、毎年のように、志保や雅史といった、馴染みの面々で大騒ぎしていた。さすがに、入試を控えている今年だけは、自粛せざるを得なかったけれど、それを理由に何もしないという選択は、浩之は当然のこと、あの二人にも存在しないと信じていた。<br />
柄にもないプレゼントの選択は、知らず知らずあかりを単なる幼なじみではなく、女性として意識した結果であることは言うまでもない。もちろん、 あかりの好きなくまグッズでも喜ぶだろうし、仮に「おめでとう」の一言だけだったとしても、彼女なら最高の笑顔で喜んでくれるだろう。それを良しととしな いのは、ひいては浩之個人のわがままでもある。<br />
もしかしたら、浩之に余計な気を遣わせてしまったことを、申し訳なさそうに詫びるかもしれない。<br />
もちろん、そんなこと言おうとすれば、浩之は実力行使でその口を塞ぐまでであるが。<br />
そんなわけで、まったく似合ってない深紅の花束を抱えながら、浩之は少しだけ歩を早め自宅を目指す。<br />
道行く人々の視線が、自身に向けられているのは気のせいだと、内に生まれる恥ずかしさを誤魔化すように。</p>
<p>誰もいない自宅の静けさになど、とうに慣れていた。<br />
すぐに出かけるのだからと、靴を脱ぎ捨て、リビングに荷物を置いてから、自室へと駆け上がる。<br />
夜の近い時間であるから、あかりの家でも夕食の準備が進められていることだろう。自分のことは、あまり気にしないでほしいと思うのだが、あの家の住人はどうにも浩之が来ないことには食事に手を付けようとしない。<br />
結局、浩之が可能な限り余裕を見て神岸の家を訪ねることにしているのだが、今日は少し時間が危ういことに、少しばかり気を揉み始めていた。<br />
制服を脱ぎ捨て、とりあえず適当に服を見繕って着替える。あとは食事を取って、勉強して、寝るだけだから、それほど気を遣うこともないだろう。普段通りの格好で、部屋を飛び出し駆け下りる。<br />
厚手のコートを念のため纏い、それから財布と家の鍵、今日は忘れてはならない大切な荷物もある。全てが揃っているのを確認し、家を出た。<br />
日は沈み、空の色が闇に染まるまでそれほど時間もかからないだろう。<br />
ゆるみ始めた冬の気配も、二月の終わりにさしかかったとはいえ、この時間はまだまだ自己主張の手を休めない。<br />
はき出す吐息が白く流れるのを脇目に、通い慣れた道を神岸家に向かって進む。すごそこである。<br />
とりあえず、台詞の確認をしよう。<br />
チャイムを鳴らせば、おそらくはあかりが出迎えてくれるだろう。いきなり渡しても良いものか、それとも家に上がってからの方が良いものか。慣れないものはするものではないとしみじみ思う。<br />
とりあえず、当たって砕けてもあかりなら許してくれるだろうと、他人が聞けば自分勝手な結論を下し、押し慣れた呼び鈴を鳴らした。<br />
「はいはい、あら、浩之ちゃん」<br />
「あ、おばさん、こんばんはっす」<br />
予想に反し、浩之を出迎えたのは、家主である神岸ひかり。<br />
両親不在の間も、何かにつけて浩之のことを気遣ってくれる、ある意味母親以上に母親らしい人物である。あかりとのこともあるので、当然のように頭が上がらない。<br />
「いらっしゃい、今日は遅かったのね。二人とも待ちくたびれちゃったのよ」<br />
上品な微笑みを湛えたまま、ひかりは浩之を家に招き入れる。<br />
めざといわけではないが、浩之が背後に隠すそれに、ひかりが気付く。もっとも、隠し切れてないそれに、気付くなと言えば、それは無理と答えるしかないのであるが。<br />
「あら、わざわざありがとうね、浩之ちゃん」<br />
「あ、いや。これくらいは……」<br />
嬉しそうに礼を言われても、浩之は困ってしまう。<br />
「でも、こんなのしか用意できなかったんですけど」<br />
「あら、あの子にとっては浩之ちゃんから贈られる、それが一番嬉しいことなの、まだ分かってくれてないのかしら？」<br />
「あ～、その、すいません」<br />
「別にいいんだけどね。浩之ちゃんが選んでくれたんだから、きっと喜ぶわ。それにしても、奮発したわね、結構高かったんじゃない？」<br />
隠すまでもないと、表に持った花束を嬉しそうに眺めながらひかりが問う。<br />
「ま、去年は大したのをあげられませんでしたからね、今年は奮発ですよ」<br />
「そうね、ありがとう。あ、ここで立ち話してもしょうがないから、早く上がってちょうだい」<br />
「おじゃまします」<br />
いつも通りの気安さに、緊張していたのは自分だけだったという事実に、肩の荷が下りたような安堵を覚える。<br />
「あかり、浩之ちゃん来たわよ」<br />
「あ、うんっ」<br />
ぱたぱたと足音を聞き慣れた足音。<br />
「浩之ちゃん、いらっしゃい」<br />
「ああ、今日もごちそうになりに来たぜ」<br />
「うん、いっぱい食べてくれると嬉しいな」<br />
「ん、ゴチになります」<br />
ついつい、あかりのペースに乗せられ、たわいもない会話がスタートする。<br />
ぬるま湯みたいにいつまでも浸かっていられる、心地良さに満たされた空気。<br />
油断すると、そのまま変な時空に引きずり込まれそうになるので、とりあえず我に返って、本日の最大の目標を達成することにする。<br />
「あかり」<br />
「なぁに？　浩之ちゃん」<br />
勢いを付けて、眼前に突きつけるように差し出してしまう浩之。<br />
もう少し、やりかたもあるだろうに、と内心毒づいても、時間は戻らない。<br />
「え？」<br />
「誕生日、おめでとう」<br />
「あ」<br />
だいたい、これくらいオレがすることを予想してたって良いじゃないか。<br />
なんで、そんな惚けたような目でオレを見るんだ、あかり。<br />
いつもいつも、オレにありがとうとか言ってるけれど、ホントはオレの方がその台詞を言わなきゃいけないんだから。<br />
だから、今日、オレがお前にこの花を贈るのは、当然のことだし、お前に受け取ってもらわなきゃ困るんだ。<br />
「あ、その、浩之ちゃん、これ、私に？」<br />
「この家に、今日誕生日の人間が、お前以外にいるのか？」<br />
これくらいは素直に受け取ってくれよと、浩之は深紅の花束を強引にあかりに手渡す。<br />
「わ」<br />
驚きの表情は喜色に染まり、そのまま崩れて……。<br />
「あ～、泣くな泣くな。泣くんだったら、これはお前にはやらん。おばさんに渡すぞ？」<br />
「イヤだよ。もう、私が貰っちゃったもん。お母さんにも渡さないからね」<br />
「わーったよ。じゃあ、オレから取り上げられないように、しっかりしてろよ」<br />
「えへへ、分かったよー」<br />
あかりは浮かびそうになった涙をぬぐうためか、まなじりを袖でこすり、笑顔を作る。「でも、こんなの貰っちゃって良いの？」<br />
「ああ、オレの気持ちと思ってくれ」<br />
「えっ！？」<br />
「ん？」<br />
「あ、ううんっ、なんでもないよ。そうなんだー、えへへ……」<br />
「何だよ、いきなり笑うと気持ち悪いぞ」<br />
「もう、いいの。私は浩之ちゃんからプレゼントが貰えて、すごく嬉しいんだから。気持ち悪いなんて言わないでよー」<br />
「まぁ、それは冗談だけど。いきなり笑い出すのは怖いから、外ではやめておけよ」<br />
「浩之ちゃん次第だよ。こうやって、私を喜ばせる浩之ちゃんが悪いんだよ」<br />
「そんなに喜ぶことか？　ホントはもっと良いのにしたかったんだけど、ゴメンな」<br />
「ううん、これがいいの。一番嬉しい。ありがとう」<br />
あかりは、幸せそうにローテローゼの花束を抱きしめる。<br />
「はい、あかりも浩之ちゃんも、そろそろいいかしら？」<br />
「あ、すみません」<br />
「あ、あはは……」<br />
我に返りとたんに照れくさくなる浩之とあかり。<br />
ひかりに一部始終を見られていたという事実は、二人を赤面させるには十分すぎるほどの威力を発揮した。<br />
「じゃ、じゃあ、私、これお部屋に活けてくるね」<br />
「ああ、さっさと行ってこいよ。遅くなってなんだが、オレもさすがに腹ぺこで限界かも」<br />
「うん」<br />
言って、階段を上り部屋へ向かうあかり。<br />
「ほら、言ったでしょ」<br />
「ええ。でも、あんなに喜んでくれるとは思わなかったですよ」<br />
「そうね、浩之ちゃんには分からないかもしれないわね」<br />
「何がです？」<br />
「好きな女の子に、薔薇の花を贈るってこと。女の子にとっては特別なんだから」<br />
そんなことを、あのフラワーショップの店員も言っていた。理由を聞いておけば良かっただろうか？<br />
「どういう意味かは、教えてくれないんですよね？」<br />
「あかりに訊いてみたら？　そう簡単には教えてくれないと思うけど」<br />
「でしょうね……」<br />
志保あたりにでも訊いてみるか。アイツならあることないことまでペラペラ喋り倒してくれることだろう。<br />
「はいはい、今日はせっかくなんだから、ゆっくりしていってね。別に今日くらい勉強おろそかにしても、私は許しちゃうから」<br />
「さすがにそれは、マズイです」<br />
でも、まぁ、年に一度だ。あかりが望むなら、いくらでも付き合ってやっても良いだろう。その分、明日は死にものぐるいで勉強？　そんなの知ったことか。<br />
階段を下りる足音が聞こえる。<br />
さて、いい加減おじゃましよう。<br />
浩之はいつになく豪華であろう食卓に期待を高める。<br />
その前に、もう一度言ってやろう。<br />
「あかり、誕生日おめでとう」<br />
と。</p>
<p>花束を贈ろう。<br />
君が隣にいる限り。<br />
この、たくさんの花束を。<br />
オレの想いと共に。いつまでも。</p>
<p><center>──了──</center></p>
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		<title>ありがとう、をあなたへ</title>
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		<pubDate>Sun, 19 Mar 2000 00:00:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
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		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[ありがとう、をあなたへ 　燦々と降り注ぐ暖かな陽の光に抱かれて、私たちはのんびりと、ようやく訪れた季節の匂いを楽しんでいた。 穏やかな風にのせて運ばれる、柔らかさに満たされた春の匂いはただ緩やかに、私たちを包み込むように... [<a href="http://www.u-1.net/2000/03/19/18/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">ありがとう、をあなたへ<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 　燦々と降り注ぐ暖かな陽の光に抱かれて、私たちはのんびりと、ようやく訪れた季節の匂いを楽しんでいた。<br />
穏やかな風にのせて運ばれる、柔らかさに満たされた春の匂いはただ緩やかに、私たちを包み込むようにゆっくりと流れて行った。<br />
何度こんな感覚を味わったのだろうか。<br />
私はやっぱり春が好きなんだと、この季節を感じる度に思う。<br />
ゆっくりと季節の移ろいを感じながら、だんだんと寒くなる一年の終わりを過ごし、そして迎えた新しい一年を雪や木枯らしと共に過ごし、雪解けの水溜まりや芽吹き始めた若葉たちや木々の蕾、こうして感じる暖かなそよ風。<br />
そして何度も思う。<br />
またこうして新しい季節の始まりを感じることができる事に。<br />
こうして隣にいてくれる私の大切なひとに。<br />
『ありがとう』<br />
と。</p>
<p>§</p>
<p>風が舞う。<br />
木々の梢を揺らして、若葉を優しく撫でながら。<br />
私たちの髪を緩やかに揺らしながら。<br />
「ん……」<br />
私は小さく息を吐いた。<br />
「どうした？」<br />
眩しそうに空を見上げていた浩之ちゃんが私に訊いてきた。<br />
「ううん」<br />
優しげな笑顔のまま、私を見つめてくれる浩之ちゃんの笑顔に、私もありったけの笑顔で答える。<br />
「気持ちいい陽気だなぁって」<br />
「そうだな」<br />
私も浩之ちゃんと同じように青い青い空を見上げた。<br />
ときどき聞こえる小鳥達の囀りは、遠く近く私たちの周りでまるで輪唱のように響いて、雲の白は降り積もっていた雪を思い出させた。<br />
雪解けの季節は少し前まで。<br />
至る所に見えていた雪解けの水溜まりもほとんどその姿を消して、日陰にわずかに見られるくらいにまで減っていた。<br />
寒さに震えていたつい先日までの出来事を思い出す。<br />
コートに身を包んで、ともすれば滑りそうになる足元に気を付けて歩いたこの道。<br />
足を滑らせて体勢を崩した私を慌てて支えながら苦笑した浩之ちゃんの笑顔が脳裏に浮かんだ。<br />
「やっぱり寒いのよりはこっちの方がずっといいな」<br />
「うん、そうだね」<br />
「でも春休みもあと少しってのがちょっとな……」<br />
「もう、高校の頃から言うことは一緒だね」<br />
くすりと笑みを零しながら私は浩之ちゃんのグチに言葉を返した。<br />
毎年言ってる口癖にも似たその言葉は、やっぱり私にとっては大切な、大好きなひとの言葉だから、こうして今年も浩之ちゃんの言葉が聞けた事が嬉しかった。<br />
「私はでも、冬も好きだよ」<br />
ホントは浩之ちゃんと過ごす季節が好きなんだけどね。<br />
喉元に出かかった言葉を笑顔で飲み込みながら浩之ちゃんに言った。<br />
「寒いのは苦手だけど、やっぱり雪って奇麗だからね」<br />
「お前がドジをしなければオレだって嫌いってほど嫌いでもないぜ？」<br />
してやったりの笑顔で私の台詞にツッコミを入れる浩之ちゃん。<br />
「う……」<br />
「毎年毎年飽きないよな」<br />
「しょうがないよ。道路凍っちゃったら滑っちゃうもん」<br />
「来年は何回お前が滑ったか数えてみようか？」<br />
「意地悪だね」<br />
「いつもの事だろ？」<br />
「うん」<br />
さり気なく私も反撃。<br />
「言うようになったな」<br />
「えへへ。毎度の事だもん」<br />
「そっか」<br />
「うん」<br />
言って笑い合って。<br />
こんな何気ない会話も、毎日を輝かせるための大切なかけらたち。<br />
小さな小さな思い出も、きっとこんな日常から生まれるものだから。<br />
だから浩之ちゃんの意地悪さも、優しさも、怒りも、哀しみも、全部同じくらい大切に思う。<br />
私が好きなのは、そんな浩之ちゃん全部だから。<br />
「学校、もうすぐだね」<br />
「ようやく一年か。結構苦労したなぁ……」<br />
「そんな事ないでしょ？」<br />
「う～ん、まだ専門的な講義をやってないからそんなでもないけど、やっぱキツいわ」<br />
「怠けちゃダメだよ」<br />
「はいはい、お互いにな」<br />
大学生になってもう少しで一年が経とうとしていた。<br />
浩之ちゃんの頑張りもあって私たちは同じ学校へ進学することができた。<br />
もちろん学部は違うけれど。<br />
でも、やっぱり最初のうちは教養の講義とかで一緒になる事が多くて、そう気付いてからの後期では、示し合わせて一緒の講義を受けたりした。<br />
隣り合ってノートを広げて、難しい話に耳を傾けていても、やっぱり私は隣の浩之ちゃんを意識してしまっていた。<br />
うつらうつらと居眠りしそうになる浩之ちゃんをつついて起こしたり、ちょっとだけ退屈な時間はその日の夕食の話をしたり、休日の予定を打ち合わせたり、少し前までは考えもしなかった毎日がそこにあった。<br />
考えてみれば高校の頃までは遠巻きに見つめていた事も多かったと思う。<br />
朝の登校や、お昼、たまに一緒にした試験勉強とか。<br />
でも、浩之ちゃんと一緒に過ごすようになって、毎日いろいろな表情を見せてくれる事が嬉しかった。<br />
分かっていたつもりでもまだまだ分からない事も多くて、見えなかった浩之ちゃんの一面を見れた事がちょっと意外で、それ以上に嬉しかった。<br />
もっともっと浩之ちゃんのことが知りたくて、私のことも知ってほしくて。<br />
そう思って一緒の学校に進んで、ちょっとした頃に言ってくれた言葉。<br />
『一緒に暮らさないか？』<br />
唐突に、でも真剣にそう言われたのは真っ赤な夕日が空を焦がし始めるそんな時間。<br />
夕日の紅さが目に染みて。<br />
ただ頷く事しかできない私がそこにいた。<br />
『今すぐ結婚、て訳じゃないけど。――ずっと一緒にいてほしいから』<br />
『う……ん。うんっ！』<br />
精一杯の笑顔で頷いた私を抱き締めてくれた浩之ちゃんの腕は、今までよりもずっとずっと大きく感じられた。<br />
お父さんもお母さんも、最初はびっくりしていた。当然だけど。<br />
結局、私の方から切り出して半ば強引に説得をしてしまった。<br />
意外なところもあるもんだ、なんて驚きながら言った浩之ちゃんの表情がちょっと可笑しかったのを覚えてる。<br />
浩之ちゃんのご両親は、ずいぶん前から浩之ちゃんの方から話があったらしくて、<br />
『ようやくか、うちの浩之をよろしく頼むね、あかりちゃん』<br />
なんて言われてしまった。<br />
ちょっと照れ臭くて、でもとても嬉しくて。<br />
私のことをずっと考えていてくれたんだって思ったら涙が溢れて。<br />
困りながらも嬉しそうに笑い掛けてくれたおじさん、おばさんの笑顔は、多分私が知っている中でも一番輝いていたものだったと思う。<br />
ずっと憧れていた浩之ちゃんとの生活。<br />
変わった事も変わらなかった事も、たくさん、たくさん。<br />
もともと一人暮らしに近かった浩之ちゃんと過ごした時間が長かったから一緒に暮らすっていう感覚に慣れるのもすぐだった。<br />
さすがに最初の夜は緊張したけれど。<br />
その分嬉しさとか、浩之ちゃんのために頑張れる私でいれる事の満足感も今まで以上に感じることができた。<br />
ときどきは私の家で家族で食事したり、浩之ちゃんの家族が揃った時はみんなでお出かけしたり。本当にままごとみたいな楽しい生活。<br />
辛かった事が全くなかったわけじゃないけど、その度に浩之ちゃんの優しさを感じることができた。<br />
たまにはわがままを言って困らせたり、怒らせたり、その逆も。<br />
でも、そんな事の度にお互いの想いの強さとかを実感できた。<br />
少しずつ見えてきたいろいろな浩之ちゃん。<br />
一緒にいれる事の楽しさや辛さ、本当にいろいろな事を感じた一年だった。<br />
「早かったかなぁ？」<br />
訊いてみる。<br />
「ん？」<br />
「この一年」<br />
「まぁ、いろいろあったからな」<br />
苦笑がちに浩之ちゃんが答える。<br />
今でもあの事を話そうとすると照れて護魔化して、恥ずかしい思い出になっているようで。<br />
「私にはいい思い出ばかりだよ」<br />
「そっか」<br />
「浩之ちゃんの本気も見れたしね」<br />
くすくすと笑いが零れてくる。<br />
「ばっ……」<br />
浩之ちゃんは言葉を詰まらせて外方を向いてしまう。<br />
照れた時、困った時に決まって見せる浩之ちゃんのクセ。<br />
「ふふ」<br />
「その時の話はするなって」<br />
「私にとっては一番嬉しかった事だもん。忘れろって言っても忘れられないよ～」<br />
「だからその話をするなって」<br />
ため息混じりにぽつりと呟いて、もう一度さらに深いため息。<br />
「私は幸せだよ？　こうして一緒にいられるのも浩之ちゃんのおかげだから」<br />
「う」<br />
「浩之ちゃんは違うの？」<br />
分かってて訊いてしまう私。<br />
私も随分浩之ちゃんに対して意地悪できるようになったと思う。<br />
「はぁ……」<br />
さっきよりも深いため息。<br />
「ね？」<br />
「言わないとダメなのか？」<br />
「う～ん、どうしようかなぁ」<br />
浩之ちゃんの顔が少しだけ赤くなってるような気がするのは錯覚？<br />
多分、ホント。<br />
照れ屋さんな浩之ちゃんだから。<br />
「やっぱり、言ってほしいな」<br />
優しくそよ風が吹き抜ける。<br />
太陽は雲に隠れ、そしてまたすぐに顔を覗かせる。<br />
さっきよりも眩しさを増したような陽射しが辺りを白く彩った。<br />
「ダメ、かな？」<br />
声のトーンを少し落としてもう一度訊いてみる。<br />
弱ったような浩之ちゃんの表情。<br />
でも、訊きたいから。<br />
お願いだよ、浩之ちゃん。<br />
「しょうがねーな」<br />
「ふふふ……」<br />
頭に手をやって掻く振りをしながら一言ぽつりと。<br />
地面に落ちた若葉の影が静かに音もなく揺れた。<br />
「オレもお前と一緒にいれて幸せだ」<br />
「――うん」<br />
「だから……」<br />
「？　浩之ちゃん……？」<br />
予想外の展開に私の心に疑問符が浮かんだ。<br />
辺りから音が消えたような不思議な感覚。<br />
浩之ちゃんの表情に、言葉を紡ぐ唇に、私の神経が集中した。<br />
「これからも一緒にいてくれ。オレからのお願いだ。お前がいてくれれば、オレも頑張れるから」<br />
滅多に聞けない浩之ちゃんの本心。<br />
言葉にしてくれなくても伝わる事もある。<br />
でも、こうして言ってくれる事がどんなに嬉しいか、考えた事ある？<br />
ねぇ、浩之ちゃん？<br />
ホラ、私も……。<br />
「――うんっ」<br />
こんなに、嬉しいよ。<br />
涙が溢れてくるよ、嬉しさと幸せで。<br />
春風にのせて流れる小鳥たち歌声、そよ風の囁き、木々のざわめき、小川のせせらぎ。<br />
「私も……っ」<br />
「あかり……」<br />
「ずっと……一緒にいてね、浩之ちゃん」<br />
素直になれた私がいた。<br />
いつもよりもずっと自然に、わがままを、でもこれだけは叶えてほしいと思う、たったひとつの願いを口にして。<br />
浩之ちゃんを信じてる。<br />
「ったく、何度も言ってるだろーが」<br />
くしゃりと私の頭に手を乗せて優しく撫でる。<br />
一年前よりも少しだけ伸ばした髪の毛が、さらさらと浩之ちゃんの指を流れ零れた。<br />
「うん……。でも……うれし……よっ」<br />
心の中に広がる浩之ちゃんへの想い。<br />
暖かな思い出と、これからのふたりの未来への希望。<br />
ずっと信じている事ができると思う。<br />
確証じゃないけれど。<br />
でも、私たちふたりの願いだから。<br />
きっと大丈夫。<br />
信じてるから。<br />
「これでいいか？　ったく恥ずかしい事言わせやがって」<br />
「う、うん。ゴメンね、でも嬉しいよ……やっぱり」<br />
こつん、と浩之ちゃんが優しくこづく。<br />
「あっ」<br />
「滅多な事言わせるなよな、あかり」<br />
「えへへ、また嬉しい思い出ができちゃったよ」<br />
頬を濡らした涙を、私はそっと手の甲で拭った。<br />
涙の跡は少し冷たくて、でも、陽射しに溶けて暖かさに変わった。<br />
微笑む浩之ちゃんがいる。<br />
大好きな大好きな、私の大切なひと。<br />
そんなひとと歩いた眩しい季節が始まった日、私の心に新しい思い出が刻まれた。<br />
それは甘くて切ない、涙色の言葉と情景。<br />
こんな日常の風景さえも、色づいて私の中にいつまでも残るのだろう。<br />
だから。<br />
「じゃあ、私からも」<br />
ずっと信じてるね。<br />
私も一緒にいるって約束するから。<br />
そう言って私は浩之ちゃんの両肩に手を添えて、つま先立ちで背伸びした。<br />
「ん……」<br />
優しく触れる互いの唇。<br />
暖かさと陽の匂い。<br />
そして大好きなひとの温もりと。<br />
『愛してる』<br />
伝わる気持ちが嬉しかった。<br />
それは。<br />
春の訪れを心から感じた。<br />
そんなある日の出来事。<br />
浩之ちゃんへの想いがさらに深まった。<br />
そんなある日の出来事。<br />
ありがとう、ね。<br />
<center>──了──</center></p>
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		<item>
		<title>新しい夜明けに</title>
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		<pubDate>Sun, 19 Mar 2000 00:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[新しい夜明けに ――新しい夜明けに―― ――はぁ…… 白い息が澄み切った冬の空気に溶け霞んで消えた。 「もうちょっとだね」 「ああ」 言葉は少なくてもそれだけで十分な。 そんな雰囲気に包まれて。 「いろいろあったね、今年... [<a href="http://www.u-1.net/2000/03/19/17/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">新しい夜明けに<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT-->  ――新しい夜明けに――<br />
――はぁ……<br />
白い息が澄み切った冬の空気に溶け霞んで消えた。<br />
「もうちょっとだね」<br />
「ああ」<br />
言葉は少なくてもそれだけで十分な。<br />
そんな雰囲気に包まれて。<br />
「いろいろあったね、今年も」<br />
「ああ」<br />
それだけで。<br />
想い出は言葉にしなくても。<br />
瞳に映るお互いの姿を見つめて。<br />
巡る季節の色に想いを馳せて。<br />
刻み込んだ想いを確かめ合い。<br />
共に歩んできた一つの時が。<br />
今。<br />
終わろうとしていた。<br />
「どう？　いい一年だった？」<br />
「そうだな……」<br />
答える代わりに。<br />
「――あ……」<br />
肩を抱き寄せ少しだけ冷えたお互いを温め合う。<br />
温もりと温もり。<br />
厚いコート越しにも互いの温もりが暖かくて。<br />
「お前はどうだった？」<br />
「もうっ。すぐごまかすんだから」<br />
拗ねたような微妙な笑顔が眩しくて、愛おしくて。<br />
「うん？」<br />
照れ隠しに笑顔で濁し。<br />
「ふふふ……」<br />
見透かされたように微笑まれて。<br />
「まぁ、いい年だったよ、な」<br />
少しだけ本音で。<br />
心からの言葉。<br />
「うん」<br />
「楽しかったからな」<br />
風が吹く。<br />
身を切る冷たさを運び、街を駆け。<br />
「そうだね」<br />
新しい一年の予感を感じさせながら。<br />
「いろいろあったよね」<br />
「ああ」<br />
「私も。すっごく楽しかったよ」<br />
きゅっ、と回した腕に少しだけ力を込めて。<br />
少し赤く染まった頬と、細めた瞳で見上げて。<br />
「もうすぐだな」<br />
「――うん」<br />
次第に高まる周囲の喧騒は、けれど遠くて。<br />
ただ。<br />
静寂にも似たふたりだけの穏やかな時間が。<br />
ただ。<br />
かけがえのないもので。<br />
「――あっ」<br />
一気に盛り上がる興奮と熱気。<br />
歓声。<br />
口々に楽しそうに言葉を交わす人波の中で。<br />
「あけましておめでとうっ」<br />
満面の笑顔で。<br />
本当に幸せそうな笑顔で。<br />
「今年もよろしくねっ」<br />
少しだけ背伸びして耳元で聞こえた元気な声に。<br />
「ああ」<br />
オレも笑顔で。<br />
一番たいせつなひとに。<br />
「今年もいい年にしような」<br />
挨拶がわりの優しいKiss。<br />
真っ赤な顔で驚いて。<br />
涙を浮かべて。<br />
微笑んで。<br />
「うんっ」<br />
答えたこいつの笑顔が。<br />
今年最初の想い出だな。<br />
そう思った。<br />
<center>──了──</center></p>
<p>関連記事 : <ol>
<li><a href='http://www.u-1.net/1999/12/05/602/' rel='bookmark' title='風邪'>風邪</a></li>
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</ol></p>]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.u-1.net/2000/03/19/17/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
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	</item>
		<item>
		<title>空を見上げて</title>
		<link>http://www.u-1.net/1999/10/11/16/</link>
		<comments>http://www.u-1.net/1999/10/11/16/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 11 Oct 1999 00:00:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.u-1.net/wp/1999/10/11/%e7%a9%ba%e3%82%92%e8%a6%8b%e4%b8%8a%e3%81%92%e3%81%a6/</guid>
		<description><![CDATA[空を見上げて 「ほらほら、浩之ちゃん～。綺麗だね～」 「ああ」 「もうちょっとで頂上だよ」 「おう」 「えへへ～」 「しっかし、元気だな、あかり」 「うんっ」 「ま、あとひと頑張りしますか」 「うん、頑張ろうね、浩之ちゃ... [<a href="http://www.u-1.net/1999/10/11/16/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">空を見上げて<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 「ほらほら、浩之ちゃん～。綺麗だね～」<br />
「ああ」<br />
「もうちょっとで頂上だよ」<br />
「おう」<br />
「えへへ～」<br />
「しっかし、元気だな、あかり」<br />
「うんっ」<br />
「ま、あとひと頑張りしますか」<br />
「うん、頑張ろうね、浩之ちゃん」</p>
<p>§</p>
<p>それは何気ないあかりの一言から始まった。<br />
『ねぇねぇ、浩之ちゃん』<br />
『ん？　妙に機嫌がいいな、なんかいいことでもあったのか？』<br />
『えへへ……』<br />
『で、どうしたんだ？』<br />
『今週末って、三連休だよね』<br />
『そう言えばそうだったな』<br />
『それでね、一日空けられないかなぁ？』<br />
『まぁ、別に構わないけど。どうせ暇だしな』<br />
『暇って……。私たち一応受験勉強もしないとなんだよ～』<br />
『イヤ、だからさ……。たまの息抜きってことだろ？』<br />
『あ……。うん、そうだね』<br />
『で、どっか行こうってことか？』<br />
『うん。ダメかなぁ……？』<br />
『ば～か』<br />
『え？』<br />
『せっかくの息抜きなんど、お前と一緒だったらどこだってついて行ってやるよ』<br />
『えへへ～』<br />
『な、何だよ』<br />
『ありがとう、浩之ちゃん』<br />
『だから、礼なんていいって言ってるだろ』<br />
『あ、うん。そうだね』<br />
そう言って微笑んだあかりの頭をオレは優しく撫でた。<br />
恥ずかしそうな、それでいて幸せな微笑みを見れることが、オレにはこの上ない幸せだった。<br />
春、夏とオレたちは猛勉強を重ねていた。<br />
今まで怠けていた分を取り戻すのは並み大抵の努力では足りないことが十分に分かっていたから。<br />
あかりも、オレも、高校を卒業してからの進路については、それまであまり話もしなかったこともあって、かなり悩んだことも事実だった。<br />
ただ、オレたちのこれからのことを考えると……。<br />
高校卒業したてで、あかりを幸せにしてやる確信が持てなかった。<br />
もちろん、仕事に就くことも考えたりもした。<br />
この就職難の時代とは言え、選り好みをしなければ少なくとも生活費を稼ぐことくらいはなんとか出来るだろうし。<br />
未だ出張がちで滅多に家に帰ってこない両親のことを考えれば、オレの家でふたりで暮らすのも悪くないと思っていた。<br />
オレには将来の予想図というものが、漠然としか浮かんでいなかったのかも知れない。<br />
『なぁ、あかり』<br />
『何、浩之ちゃん？』<br />
『お前さ、高校卒業したらどうする？』<br />
『どうするって……？』<br />
『進学するとか、就職するとか、いろいろあるだろ？』<br />
そう、あかりに訊いたのは、桜の季節ももう峠を越えた頃だった。<br />
『私は多分、進学すると思うよ』<br />
『そっか……』<br />
『浩之ちゃん？』<br />
『何だ？』<br />
『進路、迷ってるの？』<br />
『まぁ、そういう事だな……。オレってこれといって何かに打ち込んだこともないし、勉強だって大してできないからな。進学って言ってもいまいちピンと来ないんだよ』<br />
『浩之ちゃん、勉強したいことってないの』<br />
『よせよ……。オレには縁のない事だよ』<br />
『でも、何かないの……？』<br />
舞い散る桜と青く澄んだ空。<br />
喧騒が遠のく放課後の教室。<br />
あかりと机を向かい合わせて頬杖をつきながら見たあかりの表情は、いつになく真剣なものだった。<br />
『浩之ちゃん、今までだっていろいろと頑張ってきてたと私は思うよ』<br />
『ただ、何がしたいか見付けられないだけなんだよね？』<br />
『三年生になっちゃって、時間も少ないかも知れないけど、一緒に考えようよ』<br />
『私は、浩之ちゃんが選んだことならそれを応援したいから』<br />
『だから……』<br />
『浩之ちゃん』<br />
『あとで後悔しないように、一生懸命考えようよ……』<br />
『ね？　浩之ちゃん』<br />
あかりはオレのことを真剣に応援してくれていた。<br />
そのことに気付いたのはその時だったのか、あるいはずっと昔からだったのか、それはオレにも良く分からない。<br />
ただ、そんなあかりの想いも考えずにオレはただふたりでいられればいい、としか思っていなかった自分が余りに情けなく思えた。<br />
いつもはオレを頼って、オレに甘えて、オレのそばで笑ってくれていたあかり。<br />
そんなあかりの優しさに、寄り掛かって、あかりのことを思いやるつもりで、それでいて何もできずにいたのはオレの方だった。<br />
沈黙と遠く聞こえる部活動の活気に満ちた掛け声。<br />
『オレは……』<br />
『あかりといれればいいとしか思っていなかった』<br />
『進学も就職のことも今の今まで真剣に考えていなかったかも知れない』<br />
『今のオレにはしたいこともないし、自分が何になりたいかなんて事も全然思いつかないんだよ』<br />
『こんな中途半端なままでいちゃいけないっての事も分かってるけど』<br />
『オレには何が出来るんだろう……』<br />
初めて真剣に考えた。<br />
オレの事、あかりの事、将来の事。<br />
考えはまとまりもしなかった。<br />
堂々巡りの思考のループ。<br />
結局、オレには自分のことすら満足に分かっていなかった。<br />
『浩之ちゃん……』<br />
『あかり……？』<br />
『私も浩之ちゃんの側にいられれば幸せだよ。でも、浩之ちゃん、私のことばかり考えてて、浩之ちゃん自身の事をあんまり考えられなかったんじゃないかな？』<br />
『……』<br />
『浩之ちゃんのそういう優しい所、私もすごく大好きだけど、でもこれからの事を考えると浩之ちゃん自身のことも真剣に考えなきゃいけないと思うんだ』<br />
『そうだな……』<br />
『浩之ちゃん……』<br />
『ああ』<br />
『勉強、頑張ってみない？』<br />
『今からか……？』<br />
『うん。私も一緒に頑張るよ。先のことなんてまだ決めなくてもきっと大丈夫だから。でもね、何をしたいか分からない、って理由だけで自分の中で勝 手に区切りを付けちゃダメなんだよ。最後まで考えて、悩んで、間違ったっていいよ。私だって今こんな偉そうなこと言ってるけど、浩之ちゃんとおんなじ。進 学して何が出来るか、何になれるかなんて、全然見えてないんだよ』<br />
『……』<br />
『だから、これからも一緒に考えようよ。一緒に頑張ろうよ。私はね、浩之ちゃんと一緒だったらきっと大丈夫だから。今までだってずっと浩之ちゃんに助けられて来たんだから。こらからだってきっと大丈夫だよ』<br />
『そんなことない……』<br />
『え……？』<br />
『オレもお前に頼りっぱなしだったんだよ。いつだって、当たり前にいるお前に知らないうちに甘えてたんだ』<br />
『そんなこと……』<br />
『実際、今お前の話を聞いてはっきりと分かったよ。このままじゃオレだけじゃなくて、お前にもきっと迷惑を掛けちまう』<br />
『浩之ちゃん……』<br />
『だからさ……』<br />
『うん』<br />
『オレも頑張るわ』<br />
『え？』<br />
『先の事なんて分からない、だから今を頑張る、だろ？　ありがとな、あかり。お前のおかげだよ……』<br />
『ううん……』<br />
『やっぱ、お前がいないとダメみたいだな、オレ』<br />
『えっ？』<br />
『だからさ』<br />
『う、うん……』<br />
『これからも、オレの側にいてくれって事だよ』<br />
『浩之ちゃん……』<br />
『まぁ、オレが単にお前の側にいたいってだけかも知れないけどな』<br />
『ううん……。浩之……ちゃ……。嬉し……よ』<br />
『ば、バカ……、こんなとこで泣くなよ』<br />
『え……う、うん……。えへへ……』<br />
『と、とりあえず、オレも頑張るから、勉強よろしくな、神岸あかり大先生』<br />
『――イヤだよ』<br />
『何ぃっ！？』<br />
『えへへ……、ウソ』<br />
『はぁ……、脅かすなよ～』<br />
『あっ……！　ヤだ～』<br />
『ば～か、オレをからかうからだ』<br />
『うぅ、ゴメン……。でも、浩之ちゃんも私のこと先生なんて呼ばないでよ……。一緒に頑張るんだからね』<br />
『――あ。悪ぃ……』<br />
『ううん。私も浩之ちゃんにきっといろいろ教えて貰うことになると思うからおあいこだよ』<br />
『そうなるように頑張るわ……』<br />
『うん、頑張ろうね』<br />
季節が流れていた。<br />
穏やかな春。<br />
静かな雨音に包まれた梅雨。<br />
陽射しが眩しさを増し始める初夏。<br />
刺すような眩しさに目を細める暑い夏。<br />
そして。<br />
穏やかな季節の中。<br />
変わらぬ生活。<br />
少しだけ変わったふたり。<br />
受験の勉強の辛さも、少しだけ和らげる。<br />
あかりと一緒なら。<br />
受験の勉強の辛さも、きっと頑張れる。<br />
あかりがいてくれるなら。<br />
「はぁ……、ようやく到着かよ」<br />
「うん、やっと到着だね」<br />
太陽は南の空高く、オレたちを照らす。<br />
少しだけ暑さを感じさせる陽射し。<br />
流れる雲と、草葉を揺らす優しい微風。<br />
火照った肌に浮かんだ汗をゆっくりと撫でてくれる初秋の風に身を任せ、オレたちは久々に羽を伸ばしていた。<br />
「はい、浩之ちゃん」<br />
「お、さんきゅ」<br />
ほどよく冷えた紅茶を喉に流し込み、一息付く。<br />
「は～」<br />
「ふふふ、オジさんみたいだね」<br />
「ほっとけ」<br />
「お弁当、どうしよう？」<br />
「う～ん、もうちょっとゆっくりしてから」<br />
「うん」<br />
「なんだか落ち着くね」<br />
「そうだな……。たまには息抜きも必要だな、やっぱり……」<br />
「うん」<br />
「最近、調子はどうだ？」<br />
「うん、悪くないと思うよ」<br />
寝転がって空を見上げたオレを楽しそうに見ながら、あかりが言った。<br />
「浩之ちゃんは？」<br />
まぁ、お約束の質問だな。<br />
「オレも、まぁ、悪くはないと思う」<br />
「うん。浩之ちゃん、とっても頑張ってるもんね」<br />
「お前のおかげだけどな」<br />
苦笑がちにあかりを見つめる。<br />
風に揺れる赤い髪と黄色いリボン。<br />
幸せな微笑み。<br />
細めた瞳。<br />
「私も浩之ちゃんのおかげかな」<br />
言って、えへへ……、といつもの照れ笑い。<br />
「いいお天気だね」<br />
「ああ、晴れて良かったよ」<br />
「うん、気持ちがいいよ」<br />
緩やかな風に運ばれてくる季節の匂い。<br />
気持ち良さそうに身体を伸ばしていたあかりが、<br />
「こうやって空見てるとオレたちって小さいよな」<br />
「綺麗な空だね」<br />
果てしない深さと広さの青さ。<br />
こんな風にゆっくりと空を見上げるなんて随分としていなかった。<br />
吸い込まれそうな青。<br />
目に染みるくらいの青。<br />
流れる雲。<br />
溶けゆく白。<br />
「今日はこうやってずっと空見ててもいいかもな」<br />
「うん……」<br />
「今日はあかりに感謝だな」<br />
不思議そうにオレを見る。<br />
「こうやってのんびり過ごすのも、たまには悪くないだろ？」<br />
「うん」<br />
「だから、感謝」<br />
「ありがとう」<br />
――でも、明日は勉強だよ。<br />
そう言ったあかりにオレは苦笑して。<br />
「はいはい」<br />
くすっ、と少しだけあかりが可笑しそうに笑った。<br />
静けさ。<br />
暖かさ。<br />
優しさ。<br />
時間と白い雲だけがゆっくりと流れる。<br />
「私も、横になっちゃおうかな……」<br />
「ん？」<br />
「浩之ちゃん、気持ちよさそうだし……」<br />
少し恥ずかしそうに。<br />
「私も浩之ちゃんと同じ空を見たいよ」<br />
少し照れ臭そうに。<br />
「そうだな」<br />
オレの言葉に頷いて。<br />
「うん」<br />
ころん、とその小さな身体を横たえた。<br />
それにあわせてオレも腕を伸ばし腕枕。<br />
「あ、ありがとう……」<br />
「いつものことだろ？」<br />
「――もうっ」<br />
腕に心地いいあかりの重み。<br />
「わぁ……」<br />
吸い込まれそうな青。<br />
「綺麗……」<br />
目に染みるくらいの青。<br />
「来て、良かったよ……」<br />
溶けゆく白。<br />
「ああ……」<br />
「あとで、お弁当食べようね」<br />
「ああ」<br />
「でも、まだこうやって空を見てていいよね」<br />
「ああ」<br />
「浩之ちゃん」<br />
「ん？」<br />
「ありがとう……」<br />
風がそよいでいた。<br />
雲が流れていた。<br />
暖かな陽射しが降り注いでいた。<br />
穏やかな風に抱かれ。<br />
暖かな陽射しに包まれ。<br />
「――ば～か」<br />
「うん……」<br />
空を見上げて。<br />
<center>──了──</center></p>
<p>関連記事 : <ol>
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</ol></p>]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
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	</item>
		<item>
		<title>春風にのせて</title>
		<link>http://www.u-1.net/1999/05/09/15/</link>
		<comments>http://www.u-1.net/1999/05/09/15/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 08 May 1999 15:00:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.u-1.net/wp/1999/05/09/%e6%98%a5%e9%a2%a8%e3%81%ab%e3%81%ae%e3%81%9b%e3%81%a6/</guid>
		<description><![CDATA[春風にのせて 　変わらない日常。 変わらない風景。 変わらないあなたの笑顔。 そして、少しずつ移ろいゆく季節……。 ――また、春が来たね、浩之ちゃん。 § 厳しかった寒さもだんだんと和らいで、雲間から顔をのぞかせる太陽の... [<a href="http://www.u-1.net/1999/05/09/15/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">春風にのせて<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 　変わらない日常。<br />
変わらない風景。<br />
変わらないあなたの笑顔。<br />
そして、少しずつ移ろいゆく季節……。<br />
――また、春が来たね、浩之ちゃん。</p>
<p>§</p>
<p>厳しかった寒さもだんだんと和らいで、雲間から顔をのぞかせる太陽の陽射しに暖かさが混じり始めてきたね。<br />
最近は雪解けの道を一緒に歩くのが私の楽しみなんだ。<br />
ついつい楽しくてはしゃいじゃうから、浩之ちゃんに呆れ顔で『子共みたいなマネするなよ、恥ずかしい』なんて言われちゃったけどね。<br />
浩之ちゃん、気付いてた？<br />
隣を歩く浩之ちゃんに気付かれないように、ちらりと横顔を伺いながら心の中で問いかける私。<br />
楽しかった高校二年生の生活も残りは数えるくらい。<br />
最後の最後に期末テストがあるのはやっぱり憂鬱だけど、それを乗り切っちゃえば春休みを迎えるだけだし。<br />
浩之ちゃんじゃないけど、やっぱり私もうきうきしちゃうな。<br />
南の空に高く昇ったお陽さまが、白い雲に隠れて足元に落ちる影の形が少しぼやける。<br />
足元で揺れる影を見ながらゆっくりと吐いた息には、もう以前のような白さが失われている。<br />
眩しいくらいのいいお天気。<br />
週末はやっぱりこんな穏やかなお天気がぴったりだよね。<br />
日だまりの中をふたり、並んで歩きながら、浩之ちゃんと過ごしてきた一年を振り返る。<br />
――本当にこの一年はいろんな事があったよね。<br />
一年生の終わり、浩之ちゃんに私の気持ちを分かってほしくて思い切って髪型を変えたこと。<br />
二年生の始業式の日、浩之ちゃんや雅史ちゃんと同じクラスになれてすごく嬉しかったこと。<br />
風邪を引いた私を心配してお見舞いに来てくれたこと。<br />
黄昏の公園で私を見付けてくれたこと。<br />
それから……。<br />
あの日、浩之ちゃんが言ってくれた言葉、今でもはっきりと覚えてるよ。<br />
浩之ちゃんとそれまで過ごしてきた時間の中で、嬉しかったこと、楽しかったこと、数え切れないくらいあるけど、私にはあの言葉が一番嬉しかったんだよ。<br />
ぶっきらぼうで照れ屋さんだから、私があの日のことを話そうとするとするたびに、慌てて話題を変えようとする姿が面白くて、からかっちゃったこともあったね。<br />
でも、あの言葉があったから、きっと今の私たちでいられるんだよね。<br />
あれから始まった私たちふたりだけの大切な時間。<br />
照りつける太陽に汗を流しながら一緒に遊び回った夏休み。<br />
海へ行ったり遊園地へ行ったり、お祭りへ行ったり花火をしたり。数え切れないくらいの楽しい想い出を作れたね。<br />
だんだんと涼しくなっていく風を感じ色づいていく木々の葉を見上げた秋の日々。<br />
運動がちょっと苦手な私だったけど、体育祭でも浩之ちゃんが応援してくれたから頑張れたんだ。浩之ちゃんは、雅史ちゃんと一緒に大活躍してたっけ。私も一生懸命応援した甲斐があったね。<br />
文化祭でもクラスごとの出展を見て回りながら、立ち寄った食堂で言ってくれた『やっぱりあかりの料理が一番だな』って言葉、すごく嬉しかったよ。あれから浩之ちゃんに、もっと美味しく食べてもらえるように、お母さんに色々訊いているの気が付いているかなぁ？<br />
刺すような冷たい木枯らしに吹かれ震えながら歩いた通学路。のしかかるような鈍色の冬の雲。<br />
この冬初めての雪を一緒に見上げられたこと。さらさらと降り積もる粉雪がとっても奇麗で時間が経つのも、頭に雪が積もって白くなっているのも忘れて無心に見上げていたね。<br />
ふたりだけのクリスマス・イブ。志保や雅史ちゃんは何だか遠慮しちゃって前みたいにみんなで騒げなかったのがちょっと寂しかったけれど、浩之ちゃんの側にずっといられたのは嬉しかったよ。<br />
私があげた手編みの手袋、気に入ってくれたみたいで嬉しいな。<br />
浩之ちゃんは『プレゼント何も用意してなくて悪ぃな』なんてバツが悪そうにしてたけど、そんなことないよ。浩之ちゃんと過ごせたイブが、私には何よりのプレゼントだったから。<br />
年が明けて新年の挨拶は私の方からだったね。お母さんに着付けてもらった着物を浩之ちゃんに見せたくて、そのまま浩之ちゃんの家まで行っちゃったよね。<br />
おじさん、おばさんも帰って来てせっかくの家族団らんを邪魔しちゃうんじゃないかって心配だったけど、やっぱり行ってよかったな。<br />
浩之ちゃんにも褒めてもらえたし、おじさん、おばさんも『可愛い』って言ってくれたしね。<br />
あの時おばさんが浩之ちゃんに小声で何か言ってたけど、何だったんだろ？<br />
浩之ちゃん、慌ててごまかしてたみたいだけど、気になるなぁ……。<br />
それから一緒に初詣。<br />
人ごみで逸れないように手を繋いで、浩之ちゃん、何をお祈りしたのかな？<br />
――私と一緒だったらいいな。<br />
バレンタインには毎年あげてたチョコレート、喜んでもらえて良かったな。<br />
これまでは迷惑がられるのが恐くて心の中で心配しながらあげてたんだよ。でも、今年からはそんな心配しなくていいんだよね？<br />
それから少ししたら私のお誕生日で、浩之ちゃんと雅史ちゃんと志保の三人で盛大にお祝いしてくれたね。みんなそれぞれプレゼントを用意してくれ てたのが嬉しくて、思わず泣いちゃったんだよね。涙で滲んだみんなの苦笑に、私も慌ててぎこちない笑顔を作ったんだけど、余計に困らせちゃったみたい。<br />
迷惑掛けちゃってゴメンね。<br />
――でも、あんなに嬉しいお誕生日は初めてだったかもしれないな。<br />
「……り」<br />
――え？<br />
「あかり！」<br />
「え？」<br />
素っ頓狂な声を出して、私を呼ぶ浩之ちゃんを見る。<br />
「何ボーッとしてんだよ……」<br />
苦笑混じりの溜め息をつきながら浩之ちゃんが言った。<br />
やだ……。考え事ばかりしてたから、浩之ちゃんの話、全然耳に入ってなかったみたい。<br />
「あ、ゴ、ゴメンね。ちょっと考え事してたの」<br />
「何考えてたんだか知らないけど、顔にまで出てたぜ」<br />
「――え？」<br />
「嬉しそうに笑って……。もうちょっと周りも気にした方がいいと思うぜ？」<br />
私をからかって面白がる浩之ちゃん。<br />
うぅ、意地悪だよぉ……。<br />
「う、うん」<br />
私はそう言うのが精一杯。<br />
熱く火照った頬を、冷たさの残る春風が優しく撫でていく。<br />
「え、えっと、なんのお話ししてたの？」<br />
「ったく」<br />
「ゴメンね」<br />
「ま、別にいいけどな」<br />
「うん……。ありがとう」<br />
「いいって、いちいちンなことで礼なんて言わなくても」<br />
「うん。――ところでさっきのお話なんだけど……？」<br />
「そうそう」<br />
ぽん、と拳を作った右手で左の手のひらを軽く叩いて、思い出したように浩之ちゃんが言う。<br />
なんだかワザとらしいなぁ……。<br />
そのオーバーな仕草に、小さな笑いをこぼしながら、<br />
「うん」<br />
私は浩之ちゃんの言葉を待つ。<br />
「ちょっとそこらで話してってもいいか？」<br />
「うん」<br />
「――なんだかお前、『うん』ばかりしか言ってないぞ」<br />
「うん……あっ！」<br />
思わず口に手を当てて苦笑い。<br />
浩之ちゃん、呆れ顔で見てる……。<br />
「えへへ……」<br />
「まぁ、いいけどよ。――それじゃ、まだ時間も早いしちょっと公園にでも寄ってくか？」<br />
「うん、そうだね」<br />
そう言って見た浩之ちゃんの視線の先には、幼い頃からたくさんの時間を過ごしたあの公園が見えていた。<br />
――ふぅ……。<br />
公園のベンチに腰をかける。<br />
浩之ちゃんは『ちょっと待ってろ』って言って公園の出口へ駆けて行っちゃったし……。<br />
私は小さく息を吐いて、膝の上に載せていた鞄を脇に置いた。<br />
背もたれに体を預けながら、木々の枝の間を通して目に飛び込んでくる空の青さをじっと見つめる。<br />
「ホラ」<br />
「あ、浩之ちゃん、ありがとう」<br />
浩之ちゃんが公園の近くにある自動販売機で買ってきてくれたココアを受け取りながらお礼を言う私。<br />
ちょっと熱めのスチール缶。<br />
プルタブに人差し指をひっかけて開けると、かっ、という軽い音がした。<br />
ちょっとびくつきながら缶に口を付けココアを一口、口に含むと甘さと香り、そしてその暖かさが体の中に広がっていくのを感じた。<br />
「美味しいね」<br />
「そっか？　別に学校で飲むのと全然変わらないと思うけどな」<br />
言いながら、浩之ちゃんはいつも飲んでいるカフェオレの缶を一息に飲み干した。<br />
「ふふふ、そう言ってるわりには美味しそうに飲んでるよ？」<br />
「まぁな。オレはカフェオレが好きなんだよ」<br />
「――それにしても、毎日飲んでるのによく飽きないね」<br />
私が感心しながら言うと、<br />
「日課みたいなもんだよ。たまたま販売機が混んでて買えなかったりすると調子が狂うんだよな」<br />
小さく苦笑を浮かべてそう言った。<br />
「ふ～ん」<br />
「……なんだよ？　その意味ありげな相槌は……」<br />
怪訝な表情で私を伺う浩之ちゃんに、<br />
「ううん、そんなに好きなら毎日のお弁当のお茶もカフェオレに替えようかなぁって」<br />
「――あかり……」<br />
「えっ？　な、なに……？」<br />
突然真面目に私を呼んだ浩之ちゃんに、少しどきってしながら返事をする。<br />
「今のもいつもの冗談だよな？」<br />
「え？　ち、違うよ……」<br />
そう言い終わる前に、<br />
――ぺしっ<br />
「あっ！？」<br />
「だったらなおさら悪いわ」<br />
――ぺしっ<br />
「あっ！？」<br />
もう一回。<br />
「も、もう……。ひどいよ、浩之ちゃん」<br />
ちゃんと手加減してくれるのは浩之ちゃんらしいけど、いきなりはやっぱり驚くよぉ。<br />
「いくらなんでも弁当にカフェオレは合わないだろうが。――ったく、それくらい分かってるだろ？」<br />
「う、うん」<br />
浩之ちゃんの挙動に注意しながら恐る恐る答える私。<br />
「お前の煎れてくれたお茶だって気に入ってるんだしな」<br />
ふっと優しい光を瞳に浮かべて照れ臭そうにぽつりと呟く浩之ちゃん。<br />
「――え？」<br />
「やっぱりお前の弁当には、お前のお茶が一番合ってるって言ったんだよ」<br />
「またまた、そんなこと言っちゃって」<br />
「ホントだって」<br />
「ありがと。褒めてくれるのは嬉しいけど何も出ないよ？」<br />
「ったく、オレがそんな下心で言ってると思ってんのかよぉ」<br />
ちょっと不満そうに拗ねる浩之ちゃん。<br />
なんだか可愛いなぁ。<br />
「？　何だよ、オレの顔じっと見て」<br />
私の視線がくすぐったいのか、ちょっとぎこちない苦笑で訊く浩之ちゃんに、<br />
「浩之ちゃん、可愛いなぁって思って」<br />
「ばっ……」<br />
言葉をつまらせる浩之ちゃんに、思わず私は吹き出し笑ってしまう。<br />
「バカなこと言ってんじゃねーよ」<br />
「えへへ……」<br />
照れ隠しに頭を掻きながら、私を見つめる浩之ちゃんの優しい眼差し。<br />
私だけが知ってる優しい笑顔。<br />
飲みかけだったココアが熱さを失い始めている。残り少なくなった缶の中身をゆっくりと飲み干してから、ベンチの横に置いてある屑かごに浩之ちゃんのカフェオレの缶と一緒に投げて……、<br />
――カラン・カラン<br />
「あ……」<br />
見事に外れちゃった。<br />
乾いた音を立てて地面に転がった缶ふたつ。<br />
「――ったく、相変わらずそういうの下手だよな～」<br />
見ると意地悪な笑顔の浩之ちゃん。<br />
「も、もう、そんな顔しないでよぉ」<br />
可笑しそうに私を見ながら、表情で私をからかう浩之ちゃんに言う。<br />
「オレのことバカにするからだよ」<br />
「浩之ちゃんだって私のことよくからかうじゃない……」<br />
「オレはいいんだよ。いつものことだからな」<br />
「良くないよ～」<br />
言いながら席を立ち、地面に転がった缶を拾って屑かごに入れ直す。<br />
「最初からそうすりゃ良かったのにな～」<br />
「浩之ちゃんの真似してみたんだけど、やっぱり上手くいかないね」<br />
苦笑しながら言葉を返し、浩之ちゃんの隣りにまた座る。<br />
「はい、ご苦労さん」<br />
言って浩之ちゃんは私の頭をぽん、と軽く手で撫でた。<br />
「あっ……」<br />
浩之ちゃんに触れられるのは慣れてるはずなのにやっぱりドキドキする。<br />
隠そうとしてもきっと顔に出ちゃってるよね。<br />
身体が熱くなるのを感じながら、でも照れ隠しに、<br />
「もう……あんまり子供扱いしないでよ」<br />
「そんなつもりじゃねーんだけどな、イヤだったか？」<br />
「ううん、イヤじゃないけど」<br />
頭を左右に振り浩之ちゃんの言葉を否定する。<br />
「そっか」<br />
「うん」<br />
こくんと一つ頷く私。<br />
地面に落ちた木の枝の影が、風にそよいで揺れている。<br />
ほんのりと若葉が薫り、穏やかな日和はいつになく優しく私たちを包んでくれる。<br />
「でも、ホントにいいお天気だね。もう春だもんね」<br />
「そうだな。これでテストさえなけりゃ文句ないんだけどな～」<br />
「浩之ちゃん、そればっかりだね」<br />
「あかりだってテストなんて好きじゃないだろ？　みんなそんなもんさ」<br />
「ふふふ、そうかもね」<br />
テストのことを思い出したのか、ちょっと苦い顔をして答えた浩之ちゃんに、私も苦笑を返す。<br />
「二学期の期末試験がついこの間あったばかりな気がするんだけどな」<br />
「三学期は短いからね。でも、その分、テストの範囲も狭いから少しは楽だよね？」<br />
一緒に勉強した毎日を思い出しながら答える。<br />
辛いと思ったテスト勉強も浩之ちゃんとなら辛くないしね。<br />
「まーな。あとは……」<br />
言葉を途中で切った浩之ちゃんが大きなあくびをした。<br />
「――っと、悪ぃ。あとはテスト中に春の陽気で眠くならなけりゃな……」<br />
ちょっと心配だけどな、と眠そうな目で続けた。<br />
「おっきなあくびだね」<br />
「お前だって、でっかいあくびするぜ？」<br />
「え？　ウソ？」<br />
思わず訊き返す私。<br />
――やだ、そんなとこ浩之ちゃんに見られてたのかな……。<br />
「ウソだよ」<br />
あっさりと言う浩之ちゃん。<br />
「可愛いあくびだと思うぜ？」<br />
「…………」<br />
顔を赤くして言葉を失う私。<br />
「そういうとこもな」<br />
「……浩之ちゃん」<br />
熱を帯びた瞳で浩之ちゃんを見る。<br />
時間が止まったような沈黙。<br />
短いような、長いような、時間を忘れてしまうような沈黙。<br />
木々の葉擦れの音が静かに聞こえる中、言葉もなく私は浩之ちゃんを見つめ続けた。<br />
「あかり」<br />
恥ずかしそうに視線を逸らしながら浩之ちゃんが口を開く。<br />
「何？」<br />
頬を熱くしたまま訊き返す私。<br />
「ちょっと眠くなっちまったから一眠りしていいか？」<br />
「え？　ここで？」<br />
「ああ。ずいぶん暖かくなったし風邪なんて引かないだろ？」<br />
「うん」<br />
頷く私。<br />
「というわけで肩、貸してくれ」<br />
照れ笑いを浮かべながら浩之ちゃんが言った。<br />
「え……？」<br />
「イヤなら別にいいんだけどな」<br />
「あ、ううん、イヤじゃないよ……」<br />
私はちょっと考えて、<br />
「それだったら、ひざ枕してあげるよ？　そっちの方が浩之ちゃんも楽でしょ？」<br />
「ま、まーな」<br />
私のいきなりな申し出に、ちょっとびっくりしたみたい。<br />
「ホントにいいのか？」<br />
遠慮がちに訊く浩之ちゃんに、<br />
「私だって恥ずかしいんだから、あんまり訊かないでよぉ」<br />
――でも、浩之ちゃんが喜んでくれるなら、ね。<br />
胸の中でそっと呟いて浩之ちゃんを見る。<br />
「お、おう。それじゃ……」<br />
浩之ちゃんが寝やすいように、ベンチの一番端まで行って座り直す。<br />
考えてみると、ひざ枕なんてあんまりしてあげたことないなぁ。<br />
私も緊張しちゃうな。<br />
浩之ちゃんの頭が、私のひざに載る感触。<br />
イヤな重さじゃない、心地好い重さが私の両足に感じられた。<br />
浩之ちゃんの髪の毛が、ちょっとくすぐったいかなぁ。<br />
「大丈夫？　辛くない？」<br />
「ああ、ちょうどいいぜ」<br />
「良かった……」<br />
私の顔を見あげる浩之ちゃんと、浩之ちゃんの顔を覗き込む私。<br />
なんだか私も安心できる。<br />
浩之ちゃんがこんな近くに感じられて。<br />
「それじゃ、ちょっと眠らせて貰うぜ。悪ぃな、こんなことに付き合わせちまって｣<br />
「ううん、気にしないで」<br />
私は小さく微笑んでから、<br />
「おやすみなさい、浩之ちゃん」<br />
「ああ」<br />
そう言って浩之ちゃんは瞳を閉じた。<br />
浩之ちゃんの身体から力が抜けていく。<br />
優しげな顔で眠りに落ちていく様子を見ながら、私は何気なく浩之ちゃんの頭を右手で軽く撫でた。<br />
程なく規則正しい息遣いが浩之ちゃんの口から漏れる。<br />
気持ち良さそうに眠る浩之ちゃん。<br />
「浩之ちゃん」<br />
帰ってくるのは静かな息遣いだけ。<br />
暖かな陽射しの中、木陰のベンチでふたり。<br />
こんな穏やかな時間がいつまでも続くといいね、浩之ちゃん。<br />
吹き抜ける春風が梢を揺らし、春の匂いをのせてくる。<br />
重みと共に伝わってくる浩之ちゃんの暖かさ。<br />
「…………」<br />
静かな寝息を立てて眠る浩之ちゃんの唇に、私はそっと自分の唇を重ねた。<br />
唇越しに感じた浩之ちゃんの暖かさ。<br />
涙が出るくらい幸せな時間。<br />
「……浩之ちゃん」<br />
もう一度私は浩之ちゃんの名前を呟いた。<br />
暖かな風にのせて感じられる眩しい季節の訪れ。<br />
見上げた雲一つない青空が幸せに滲んで見えた。<br />
<center>――了――</center></p>
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	</item>
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		<title>Promise Ring with&#8230;</title>
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		<pubDate>Sun, 14 Feb 1999 00:00:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[Promise Ring with&#8230; ――かちゃり…… あっ！　玄関の開く音。 浩之ちゃん帰ってきたんだ！ ――ぱたぱた…… 軽快な足取りで玄関へお出迎え。 「お帰りなさい、浩之ちゃん」 言ってにっこり笑顔で... [<a href="http://www.u-1.net/1999/02/14/14/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">Promise Ring with&#8230;<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> ――かちゃり……<br />
あっ！　玄関の開く音。<br />
浩之ちゃん帰ってきたんだ！<br />
――ぱたぱた……<br />
軽快な足取りで玄関へお出迎え。<br />
「お帰りなさい、浩之ちゃん」<br />
言ってにっこり笑顔でお帰りなさいのご挨拶。<br />
ふふふ、浩之ちゃん相変わらず照れ屋さんだね☆<br />
ただいま、って短く言ってそっぽ向いちゃっても、横顔は嬉しそうだよ？<br />
そう言う私もちょっとそわそわ。<br />
それにちょっとドキドキ。<br />
後ろ手に組んだ両手に力に力が入っちゃう。<br />
「え？　何か隠してるだろ？」<br />
やっぱり浩之ちゃんには分かっちゃうみたい。<br />
「えへへ、何だか知りたい？」<br />
でも、こういうことには鈍感なんだよね……。<br />
「知りたい？」<br />
ちょっと意地悪してみるなんて、私らしくないかな？<br />
「ふふふ、ヒントだよ。今日は一体なんの日でしょう？」<br />
面倒くさそうに頭をひねって考える浩之ちゃん。<br />
…………<br />
「ぴんぽ～ん☆　今日はバレンタインデーだよ。忘れてたの？」<br />
やっと気付いてくれたね。<br />
もう、そんなつまらなそうな顔しないでよぉ。<br />
せっかく私が一生懸命にあなたへの想いをこめて作ったんだよ？<br />
「はい！　浩之ちゃん」<br />
勢いよく、浩之ちゃんの目の前に差し出したハート型のチョコレート。<br />
浩之ちゃんへの『大好き』ってありったけの想いがこもった私の特製チョコレート。<br />
そして、あの日からたくさんの幸せをくれた感謝の気持ちをこめて。<br />
「え？　もらえるなんて思っていなかった？」<br />
学生時代じゃないんだから……って、だって初めてのバレンタインデーだよ。<br />
それに、私の想いはずっと変わってないんだから。<br />
「受け取ってくれるよね？」<br />
照れ臭そうに苦笑いしながら受け取ってくれる浩之ちゃん。<br />
薬指にはめた指輪もきらきらときらめいて何だか嬉しそう。<br />
私の気持ちと一緒だね。<br />
「サンキュな、あかり」<br />
ありがとう、その言葉だけで十分だよ。<br />
「えへへ、これからもずっと一緒にいてね」<br />
うん、て頷く代わりの優しいキス。<br />
バレンタインチョコレートのように、甘い甘い優しいキス。<br />
――幸せだよ、浩之ちゃん。<br />
これからもずっとずっと一緒にいようね。<br />
これからもっともっと幸せにしてね。</p>
<p>――お願いだよ……<br />
私の最愛のだんな様☆</p>
<p>藤田　あかり<br />
――二月一四日あかりちゃんの日記より――</p>
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	</item>
		<item>
		<title>Silent Powder Snow</title>
		<link>http://www.u-1.net/1998/12/19/13/</link>
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		<pubDate>Sat, 19 Dec 1998 00:00:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[Silent Powder Snow 「浩之ちゃん、そっちはどう？」 あかりがオレに訊いた。 「ん？　ああ、もうちょっと……」 「じゃあ、浩之ちゃんが終わったら、休憩しよっか？」 「そうだな」 一つ頷くオレを見て、あかり... [<a href="http://www.u-1.net/1998/12/19/13/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">Silent Powder Snow<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 「浩之ちゃん、そっちはどう？」<br />
あかりがオレに訊いた。<br />
「ん？　ああ、もうちょっと……」<br />
「じゃあ、浩之ちゃんが終わったら、休憩しよっか？」<br />
「そうだな」<br />
一つ頷くオレを見て、あかりは何が嬉しいのかにっこりと笑った。<br />
今年も残すところあと一月足らず。待望の冬休みを目前に、最後の難関、期末試験に向けてオレはあかりと試験勉強に励んでいた。<br />
シャープペンシルをノートに走らせ勉強に打ち込むあかりとは対照的に、なかなか身の入らないオレ。<br />
相変わらず不精をして普段の授業をまじめにノートにとっていないオレにとって、あかりから手渡されたあかりのノートのコピーが最後の望みだ。<br />
何とかこれでテストを乗り切らないとな……。<br />
「――よし、こんなもんかな？」<br />
言ってシャーペンをノートの上に放る。<br />
「あ、終わったの？」<br />
「う～ん、まぁ、なんとかな」<br />
「ふふふ、お疲れ様」<br />
「あかりの方は大丈夫か？」<br />
「私もなんとか……」<br />
オレと同じことを言いながら、あかりが苦笑した。<br />
「毎回悪ぃな、ノート見せてもらって。感謝してるぜ、あかり」<br />
「もう、浩之ちゃんたら……。試験勉強するたびにおんなじこと言ってるね」<br />
苦笑を浮かべたまま、あかりが言った。<br />
「来年は私たち受験生なんだからね？　浩之ちゃんももうちょっと一生懸命に勉強しないとダメだよ？」<br />
――う……。<br />
「そ、そうか？」<br />
少しだけ咎めるような口調のあかりに、なぜか下手に出てしまう。<br />
おとなしくなったオレを見てあかりが可笑しそうに笑いながら、<br />
「それじゃ、休憩にしよ？」<br />
話題を切り換えて腰を上げた。<br />
さっきまでの緊張感もどこへやら。あかりもオレもいつもの調子に戻っている。静まり返っていたオレの部屋に、少しだけ活気が戻ってきたような気がした。<br />
「そうだな」<br />
言ってオレも立ち上がる。<br />
暖かな空気を送り出していたヒーターのスイッチを切り、オレたちは部屋を出る。廊下はひんやりとした空気。冬の訪れを、そして一年の終わりを嫌でも感じさせるような冷たさだ。<br />
オレたちはその寒さから逃げるように急いでリビングへ向かって階段を下りて行った。<br />
「う……、やっぱりこっちも寒いな」<br />
「うん。今、お茶入れるね」<br />
「ああ、悪ぃな」<br />
言ってあかりがキッチンへと向かう。<br />
オレはリビングのエアコンのスイッチを入れ、部屋に温風を流し込む。独特の低い音を発しながらエアコンが動きだす。冷たかった空気が、段々と暖かみを帯びてくる。<br />
リモコンで適当な温度を設定してから、オレはソファに腰を降ろし、身を預けた。<br />
キッチンにはお湯を沸かすあかりの姿。<br />
相変わらず楽しそうに準備をしてるな……。<br />
何気なくテレビのリモコンを手に取りスイッチを入れる。<br />
時間が時間なだけにどのチャンネルもニュースばかりだな。ブラウン管に映し出されるオレにとってはどうでもいいようなニュースを聞き流す。<br />
「浩之ちゃん、お待たせ～」<br />
明るく透き通るようなあかりの声が耳に届く。<br />
「お、待ちかねたぜ」<br />
「ふふふ、どうぞ」<br />
コースターにコーヒーカップを乗せ、あかりがリビングに戻ってくる。<br />
「はい、浩之ちゃん」<br />
言ってオレの前のテーブルにかちゃりと置く。カップに注がれたコーヒーがゆらゆらと揺れている。<br />
「さんきゅ、あかり」<br />
「どういたしまして」<br />
毎回同じように礼を言うオレに、これまた同じように答えるあかり。数え切れないほど繰り返した、こんな何気ないやり取りでも、あかりはすごく嬉しそうにしてくれる。<br />
「浩之ちゃん？」<br />
熱いコーヒーを一口すするオレを、楽しそうに見つめながらあかりがオレを呼ぶ。<br />
「ん？」<br />
「お勉強の方は進んでる？　さっきは何だか集中してなかったみたいだけど……」<br />
「それなりにやってるさ。せっかくの冬休みだってのに、赤点で補習なんて泣くに泣けないからな」<br />
軽い口調でおどけて言うオレを見て、あかりはくすりと笑う。<br />
「そうだね。でも、雅史ちゃんや志保も誘った方が良かったんじゃない？　浩之ちゃん、雅史ちゃん誘ったの？」<br />
「ああ、一応声は掛けたんだけどな、一人で大丈夫だってさ」<br />
「そうなんだ……。雅史ちゃん頭いいもんね」<br />
「そういうお前は志保に訊いてみたのか？　オレはあいつが一番危ないと思うんだけどな」<br />
「うん、志保も誘ってみたんだけど……」<br />
途中まで言って口ごもるあかり。<br />
「？　どうした？」<br />
何気なく訊いたオレに、あかりは少しだけ頬を染め、<br />
「『ふたりのお邪魔しちゃ悪いでしょ？』って……」<br />
「……」<br />
赤い顔をして小さくそう呟いたあかりと、それを聞いて言葉を失うオレ。<br />
耳に届くのは暖かな空気の流れの音。<br />
「――ア、アイツはンなことばかり言いやがって。自分は大丈夫だとでも思ってんのか？」<br />
いきなり降りた沈黙を打ち破るようにオレが言い放つ。<br />
あかりも照れ臭そうに、<br />
「あ、でも、ちゃんとやってるって言ってたよ？」<br />
そう言葉を続けた。<br />
「志保の言うことなんて当てにならないぜ？　試験が終わって泣きを見なけりゃいいけどな……」<br />
まぁ、志保も一緒に勉強するのは別に構わないが。ただアイツがおとなしく勉強に励むかどうかは別問題だからな。<br />
「それに志保が仮にＯＫしたってオレたちの勉強の邪魔をするのがオチな気がするけどな……」<br />
「――そ、そうかもね」<br />
頬に朱を浮かべたままあかりも苦笑する。<br />
「でも、私は……」<br />
「ん？」<br />
ぽつりと呟いたあかりを見やる。<br />
「浩之ちゃんとこうやって一緒に勉強できればそれでいいから」<br />
オレは幸せそうに微笑むあかりを見ながら、<br />
「あかりには迷惑掛けてばっかりだけどな」<br />
苦笑がちにあかりに言う。<br />
「もう、それだったらもうちょっと真面目にがんばってよ～」<br />
話をはぐらかされ、あかりは少し憮然としながらも、オレに合わせて苦笑を返す。<br />
「やっぱり、そうか？」<br />
「そうだよ～」<br />
繰り返されるふざけあい。そんな中、気兼ねなくお互いの気持ちを素直に言葉にできる。<br />
――こんな関係でいつまでもいたい。<br />
「えへへ……」<br />
あかりの微笑みを見ながら、そう思った。<br />
窓の外広がる夕闇の世界。<br />
自らを彩っていた緑の葉を失い、ただ寂しげに細い枝を揺らす庭の木々。<br />
地面に落ちた乾いた枯れ葉を空に舞わせながら、窓を叩く風の音がやけに冷たく聞こえる。<br />
そんな外の様子とは裏腹に、心安らぐこんな何気ない時間。<br />
ブラックで入れたコーヒーに口を付け喉に流す。<br />
飲み慣れた苦みあるブラックの味が、オレにはなぜか少しだけ甘く感じられる。<br />
「美味いな～」<br />
ほうっとため息を付きながら一人ごちるオレを見て、<br />
「ありがとう」<br />
嬉しそうに微笑んだあかりがそう言った。<br />
「よ～し、それじゃあ、あと一息がんばるとするか！」<br />
思ったより長めの休憩を終えたオレたち。<br />
あかりが後片付けを終えるのを待ってから、再びオレの自室に戻ってきた。<br />
「うん、もうテストまであと少ししかないからね、がんばらなくっちゃ！」<br />
やけに張り切るあかり。<br />
確かにオレ一人で勉強するよりは、あかりと一緒に教えあった方が効率もいいしな。<br />
それに何よりこんな時間まで一緒にいられるのも『試験勉強』の名目があるからだし。<br />
――でも、考えてみれば、それ以外にも夕飯作ってもらったりしてちょくちょく家に来てもらってるよな……。<br />
テストが終わればクリスマスだし、そん時はあかりとふたりでパーティやるのも悪くないな。<br />
カーペットの上に敷いたクッションに腰を降ろし、ノートに向かったあかりを見ながらあれこれ思う。<br />
「や、やだ……どうしたの、浩之ちゃん？　そんなにじっと見ないでよぉ」<br />
ぼんやりとあかりを見ていたオレの視線に気付いて、あかりが恥ずかしそうに言う。<br />
「ああ、ちょっと考え事してた……」<br />
「なあに？」<br />
興味津々といった様子であかりが訊いてくる。<br />
「いや、テスト終わったら後は冬休みだけだろ？」<br />
「うん」<br />
オレの言葉にあかりが頷く。<br />
「そしたらクリスマスだろ？　今年はあかりと一緒に過ごせるんじゃねーかなって思ってさ」<br />
「あっ……」<br />
短く驚いたようにあかりが声を上げる。<br />
「どうした？」<br />
「ううん、嬉しくて……。私も浩之ちゃんと一緒に過ごせたらいいなって思ってたから……」<br />
かすかに揺れる瞳と声。それでも、あかりは幸せそうな笑顔を浮かべてオレに笑いかけた。<br />
「そうだな……。ふたりだけでクリスマスパーティなんてのも楽しそうだよな」<br />
「うん。去年までと違って、ゆっくりと過ごせそうだね」<br />
「確かにな。みんなで騒ぐのも面白いけど、たまには静かに過ごしたいよな……って志保が聞いたらうるさそうだな」<br />
オレは苦笑を浮かべながら言う。<br />
思わず脳裏に浮かぶ志保ががなりたてる光景。<br />
毎年のように繰り返したオレたち四人のバカ騒ぎの思い出が頭をよぎった。<br />
「志保、きっと怒るよ？」<br />
「いいのいいの、アイツはンなことで堪えたりしないから」<br />
「浩之ちゃん、志保にはキツいんだね……」<br />
「いや、アイツがオレにした仕打ちの方がキツいぜ」<br />
真面目な顔でオレが言う。<br />
「そ、そうかなぁ？」<br />
「そうなの」<br />
オレの勢いに気圧されながらあかりが呟いた疑問の言葉。オレは自信たっぷりに、こくりと頷く。<br />
「志保の噂話でオレたちがどんなに迷惑な思いしたか、お前だって分かるだろ？」<br />
「う～ん……」<br />
まくしたてられたあかりが思わず唸る。<br />
「どっちかって言うと、志保と浩之ちゃんの口喧嘩を見た回数の方が多いと思うんだけど」<br />
ちらりとオレの顔色を伺いながら恐る恐る口を開いて言ったあかりの言葉に、オレはすかさず突っ込みを入れる。<br />
「そうか……、あかりまで志保の肩を持つんだな……」<br />
ため息をつくフリをしながらあかりにそう言うと、<br />
「あっ、ゴメン、浩之ちゃん」<br />
「せっかくふたりで静かなクリスマスを過ごそうと思ったのに……」<br />
「ひ、浩之ちゃん……？」<br />
視線を落とし、ぶつぶつ一人で呟くオレを心配そうに見つめるあかり。<br />
「あ、あのね……」<br />
おろおろと言葉を探すあかりを見て、可笑しくなったオレは堪えきれずに笑い出してしまった。<br />
「えっ！？　あ、ひ、浩之ちゃん……？」<br />
突然笑い出したオレに驚き、目を丸くしながら言葉に詰まるあかり。<br />
「ははは」<br />
ようやく事態が飲み込めたあかりがちょっと拗ねた表情浮かべてオレに言う。<br />
「もう、浩之ちゃん、また私のことからかったんだね？」<br />
「いやぁ、こんなに上手くひっかかるとは思わなかったぜ。素直過ぎるのも問題じゃねーか、あかり？」<br />
いまだ収まらない笑いを何とか抑え、言葉を絞り出す。声が多少裏返ってしまうのはこの際しょうがないよな。<br />
「浩之ちゃん、いつもそうなんだから……。私をからかって楽しまないでよぉ」<br />
困った顔で、あかりが言う。それでも嬉しそうに弾むあかりの声。<br />
「まぁまぁ、そんなに怒んなよ。オレが悪かったよ」<br />
ようやく笑いから開放され落ち着きを取り戻したオレは、あかりをなだめようと口を開く。<br />
「もう……」<br />
あかりの顔に浮かんだ困惑の表情が苦笑に変わる。<br />
オレの耳に届く、柔らかで優しげなあかりの声を聞きながら、<br />
「でも、あかりは素直なのが一番だぜ」<br />
ぱちりと片目をつぶり、笑顔を作りながら言葉を続ける。<br />
「そんなあかりがオレは好きなんだしな」<br />
あかりの苦笑がみるみるうちに赤く染まる。<br />
「――もう……」<br />
赤い顔で小さく呟く、この日何度目かの『もう』がオレの耳に届く。<br />
恥ずかしそうにオレを見つめながら微笑むあかりに、オレももう一度、返事代わりの笑顔を返した。<br />
そんなこんなで……。<br />
結局オレたちはそのまま駄弁りモードに突入してしまい、勉強らしい勉強をすることができなかった。<br />
オレとしては小難しい数式やら英単語やら年表やらとにらめっこするよりは、こっちの方が気が楽だし、多分あかりも同じ思いでいることに間違いはないと思う。<br />
問題なのは差し迫ったテスト日程と、残された今日終わらす予定だった範囲のテキストの山。<br />
――どうしたものか……。<br />
「結局、勉強進まなかったね」<br />
あかりが言う。と言っても言葉だけで、その顔は少しもオレを咎める様子は見られない。<br />
ま、あかりも一緒になってあれこれ盛り上がってたからな。<br />
「テストまではまだしばらくあるし、今日くらいはいいだろ？」<br />
懲りずに言うオレを、あかりは毎度のごとく注意する。<br />
「そんなこと言ってるとすぐにテストになっちゃうよ。明日は真面目に勉強しようね？」<br />
「ああ、お前に迷惑掛けないようにオレもがんばるさ」<br />
「ふふふ、浩之ちゃんは理解が早いから大丈夫だよ。私なんて授業で聞いてても分かんないところが多いもん」<br />
謙遜気味に言うあかり。<br />
何言ってんだか。あかりに教えてもらわなかったら、それこそとっくに志保と補習に直行だぜ。<br />
「あかりぃ……。それってオレがいっつも授業を聞いてないみたいな言い方だよな？」<br />
「え？　そ、そうかな？」<br />
「事実だから別にいいけど。おかげでこうしてこんな時間まで一緒にいても文句言われないんしな。オレが真面目に勉強始めたら、お前だってオレん家に来る口実が一つ減るんだぜ？」<br />
口元を弛め、にっと意地悪げにあかりに言うオレ。<br />
「…………」<br />
案の定、白い頬にほんのりと朱を浮かべながら言葉を失うあかりを見てオレは満足そうに頷いた。<br />
ホントからかい甲斐のあるヤツだな……。<br />
――ま、そこが可愛いんだけどな。<br />
「今日終わらせる予定だったとこは後でやっとくよ。お前も固まってないでそろそろ帰り支度した方がいいんじゃねーか？　もうこんな時間だしな」<br />
「そ、そうだね。私もそろそろ帰らないといけないし……」<br />
オレの言葉で我に帰ったあかりがようやく言葉を絞り出した。<br />
使っていたノートを閉じ、筆記用具をペンケースに片付け、教科書や参考書とまとめて鞄に詰め込むあかりを見ながらオレは腰を上げる。<br />
さすがに長時間座っていただけあって、肩や腰の辺りに疲れを感じる。オレはひとつ背伸びをして深呼吸した後、首をぐるりと回して肩の凝りをほぐした。「それじゃ、送ってってやるよ」<br />
言って、ハンガーに掛けられた通学に使っている黒いコートを着込み、次いであかりが来てきたコートを手に取りあかりに差し出す。<br />
「ありがとう」<br />
コートを受け取り、素早く身に纏う。<br />
襟や袖口に暖かそうな白いふわふわの付いた赤い生地のコートを着たあかり。<br />
そんなあかりの姿は味気ないオレの部屋の中で、ぱっと花が咲いたように見える。<br />
「何かそのコート着てるとサンタみたいだよな～」<br />
言うオレに、<br />
「えへへ……、そうかなぁ？」<br />
何が嬉しいのかあかりはその場でくるりと身を躍らせ一回転してみせた。<br />
「あかりらしくていいと思うぜ」<br />
「浩之ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな」<br />
目を細め破顔するあかりを見て、オレもつられて柔らかな笑みを浮かべる。<br />
「ついでに何かプレゼントくれると、オレはもっと嬉しいんだけど」<br />
「気が早いなぁ、浩之ちゃん。クリスマスはもうちょっと先だよ」<br />
「言ってみただけ」<br />
くすりと苦笑をこぼしながら答えるあかりにそう言うオレ。<br />
「それじゃ、行くか」<br />
「うん」<br />
ちらりと見た時計の針は九時をとうに過ぎていた。<br />
「おじゃましました」<br />
階段を下り、靴を履いたあかりは丁寧にそう言った。<br />
あかりにとっては第二の我が家同然のオレの家でも、『おじゃまします』、『おじゃましました』の挨拶は欠かしたことがない。<br />
どこか抜けてると思えば妙にマメな所もあるんだよな……。<br />
オレもあかりに続いて靴を履き、玄関のドア開け外へと足を踏み出した。<br />
一層冷たさを増した風がオレたちの頬を叩く。家の中も寒い寒いと思っていたが、こんなに寒かったとは。<br />
拭き抜ける風の泣き声を耳にしながらオレたちはあかりの家に向かって歩き出した。<br />
空は厚く重い色の雲に覆われ、足元を照らしてくれる月も静かに煌めく星の姿も目にすることができない。<br />
ただ電柱に取りつけられた街灯の淡い光がオレたちの行く先を照らし出している。<br />
丸い月のように明るく光を放つものや、真夏の蛍の光のように淡く弱々しげな揺れる光を放つものも。千差万別な光が薄暗い足元に重なりあったオレたちの姿を縫い止めようと降り注ぐ。<br />
オレは隣を歩くあかりの小さな手を握りながら歩を進めた。<br />
「今日はすごく冷えるね」<br />
吐いた息の白さを見つめながら、オレの手を握ったあかりが言った。<br />
「ああ、あったかくして寝ないと風邪引いちまうな」<br />
「浩之ちゃん、夜更かししちゃダメだよ？　テスト前に風邪引いたりしたら大変だよ」<br />
「オレは大丈夫だぜ。むしろお前の方がオレは心配だな」<br />
「え？」<br />
訝しげにオレの表情を伺い次の言葉を待つ。<br />
「いつだったか誰かさんは風邪引いて寝込んじまって、オレに見舞いまでさせたからなぁ……」<br />
「うぅ……」<br />
あの日の出来事を思い出し言葉もないあかり。<br />
追い打ちとばかりにオレはさらに口を開き、<br />
「それに……」<br />
「あっ、も、もういいよ、浩之ちゃん」<br />
慌ててオレの言葉を遮りあかりが言う。<br />
「わ、私も気を付けるから……。でも、浩之ちゃんも気を付けてね？　風邪は油断大敵なんだから」<br />
焦りのためか一気に早口で言ってから、あかりは大きく息を吸い込んだ。<br />
はぁ、と息を吐くあかり。その小さな唇から漏れた白い霞が冷たい空気と夜の空に舞って消える。<br />
「そうだな。ま、もしまた風邪引いたらオレが看病してやるよ」<br />
「浩之ちゃん……。嬉しいけど浩之ちゃんまで風邪引いちゃうよ」<br />
「風邪引くようなことしなければいいだろ？」<br />
恥ずかしそうに目を伏せ、オレの手を握る手にきゅっと力を込める。<br />
手から伝わる温もりが少し熱くなったように感じるのはオレの気のせいだろうか？<br />
「――浩之ちゃんの意地悪」<br />
ぽつりと漏らしたあかりの言葉に、オレは頬を弛め笑みをこぼし再び歩き出す。<br />
人気のない街路に揺れるオレたちふたりの影。<br />
黒く染まった空に身を躍らせる北風の寒さにかすかに身をふるわせながらも、あかりの手をしっかりと握り、その手の暖かさを確かめる。<br />
「あっ……」<br />
短くあかりが声を上げる。<br />
「どうした？」<br />
「見て、浩之ちゃん」<br />
静かに空を見上げるあかりに倣い、オレも視線を宙に泳がせる。<br />
見上げた暗い夜空からは……<br />
「雪か……」<br />
「うんっ！」<br />
白い息を弾ませ嬉しそうにしたあかりが、掌を広げ小さな粉雪を受け止めようとする。<br />
黒に染まった夜空を次第にその色で染めて行く、静かに舞い降りる小さな小さな白い冬のかけら。<br />
見上げた頬に冷たい感触。ひやりとした冷たさを微かに残して溶け消える。<br />
「初雪だね」<br />
「ああ」<br />
視線を落とし見た掌に降っては溶ける白い雪。<br />
「きれいだね」<br />
「ああ」<br />
無邪気にはしゃぐあかりを見つめながら、オレの心も少しだけ踊る。<br />
雪が降るのを待ち望んでいた子ども心。そんなたわいもない期待感を感じなくなったのはいつの頃からだったか。<br />
雪が降った事を喜べるあかりの姿を見て、年甲斐もないようで可笑しくもあり、それでいてそんな純粋さがとてもあかりらしいと思った。<br />
音もなく降り積もる粉雪に見慣れた街並が白で埋められて行く。<br />
「きっと私たちだけだね。この初雪を見ているの」<br />
オレに身を寄せながら静かに言うあかり。<br />
「そうかもな」<br />
この寒さがふたりを凍えさせてしまわないように、オレはあかりの肩を抱く。　オレたちのコートに積もった雪を手で払い、もう一度空に舞わせる。<br />
「ほら、頭にも積もってるぞ……。いくら嬉しいからって、ホントに風邪引いちまうぞ？」<br />
そう言ってあかりの髪の降った雪を軽く払う。<br />
「えへへ……」<br />
そんなオレの行為にも、あかりは嬉しそうな笑顔のまま冬模様に衣替えを始めた街並を眺める。<br />
「雪、積もるといいね……」<br />
目を細めながらオレを見つめ微笑むあかり。<br />
オレはその瞳を見つめ返しながら、<br />
「そうだな」<br />
オレも微笑みながらあかりに答えた。<br />
――舞い降りる粉雪。<br />
――降り積もる粉雪。<br />
白く染まる街並の中、静かに佇むオレとあかり。オレたちだけの初雪を、言葉少なに空を見上げる。<br />
肩を回した掌から伝わるあかりの温もりを感じながら見上げた白い空。<br />
オレは肩を抱く手に力を込めてあかりを抱き寄せる。<br />
優しく降りてくる粉雪が、目に止まる景色を白く包んでいく様子をそっと見守りながら……。<br />
<center>――了――</center></p>
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		<item>
		<title>秋風は頬に優しくて……</title>
		<link>http://www.u-1.net/1998/12/08/12/</link>
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		<pubDate>Tue, 08 Dec 1998 00:00:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
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		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[秋風は頬に優しくて…… 　――季節は秋。 厳しかった残暑も今では嘘のように感じられる。そんな穏やかな日々をオレたちは変わらず過ごしていた。 麗らかな午後の陽気もとうに過ぎ去り、少しだけ開けられていた窓から流れ込む風は早く... [<a href="http://www.u-1.net/1998/12/08/12/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">秋風は頬に優しくて……<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 　――季節は秋。<br />
厳しかった残暑も今では嘘のように感じられる。そんな穏やかな日々をオレたちは変わらず過ごしていた。<br />
麗らかな午後の陽気もとうに過ぎ去り、少しだけ開けられていた窓から流れ込む風は早くも夕暮れの匂いを運んできている。<br />
教室の隅の壁にぽつんと掛けられた今年のカレンダーも残すところあと数枚。<br />
そっか、もうこんな季節だもんな……。<br />
放課後。<br />
風に揺れるそのカレンダーを見て、なんとなくそんなことを思いながらも、帰り支度もしっかりと済ます。オレは席を立ち、同じように教科書やノートなどを鞄にしまっているあかりの席へと向かって歩を進めた。<br />
「あかり、帰ろうぜ？」<br />
「あ、うん。ちょっと待ってね……」<br />
オレはいつものごとくあかりに声を掛けた。<br />
あかりは鞄の中に教科書やらノートやらを詰め込みながら、<br />
「でも、浩之ちゃんの方から誘ってくるなんて珍しいね？」<br />
顔を上げオレを見ながら言った。オレの方から声を掛けるなどという珍しい出来事に、あかりは嬉しそうだ。<br />
「そうか？」<br />
「うん。だって浩之ちゃん、いつも授業終わってもなかなか動こうとしないんだもん」<br />
「寝起きは頭がボーッとして動きたくねーんだよ」<br />
「――もう、居眠りしちゃダメだよ」<br />
眉をひそめ困った顔で呟くあかり。<br />
「眠くなるんだからしょーがねーだろ？」<br />
「しょうがないなぁ……」<br />
あかりは苦笑を浮かべながらため息一つ。<br />
「ま、それはどーでもいいけどな……。それよりも、さっさと帰ろうぜ？」<br />
「うん、そうだね」<br />
そう言ってあかりは鞄を手に取って席を立った。<br />
「あ、ふたりとも今帰り？」<br />
廊下に出るとばったり雅史に会った。これから部活なのだろう。スポーツバックを担ぎながら話し掛けてきた雅史を見ながらオレはそう思う。<br />
「おう、雅史」<br />
「雅史ちゃんは部活？」<br />
「うん。秋季大会も近いし、三年生が抜けちゃった今は僕たちが頑張らないといけないしね」<br />
「そっか、大変だな。ま、頑張れよ！」<br />
相変わらずマイペースな口調で話す雅史に手を上げそう言う。<br />
「うん。それじゃ、また明日」<br />
雅史もオレに答え、軽く右手を上げながら言った。<br />
「ばいばい、雅史ちゃん。部活頑張ってね」<br />
「ありがとう、あかりちゃん」<br />
部活へ向かう雅史の背を見送ってからオレたちは教室を後にした。<br />
階段を下り、昇降口で靴を履き替え玄関から校庭に出る。<br />
部活のためにグランドへ向かう生徒の背中を目で追いながらあかりが言った。<br />
「雅史ちゃん、部活、頑張ってるね」<br />
「ああ、三年生が抜けちまったからな、今までよりも気合いが入ってるよな」<br />
「うん」<br />
あかりは視線を戻し、オレを見る。<br />
「浩之ちゃんも部活すれば良かったのにね」<br />
「いきなり何だよ？」<br />
オレをまっすぐに見つめるあかりの瞳。<br />
「だって雅史ちゃんからも結構誘われてたんでしょ？　サッカー部」<br />
「まぁな。けどやっぱりオレには部活で汗を流すなんて向いてねーよ」<br />
校門近くに植えられた桜の樹の横を通る。<br />
以前は優しげな色で彩られた花を咲かせ、青々とした葉を揺らしていた枝も、今ではすっかり寂しくなってしまった。<br />
「それにな……」<br />
「え、何？」<br />
「あかりといっしょに居られる時間が少なくなるじゃねーか」<br />
「……浩之ちゃん」<br />
あかりがきゅっとオレの上着の袖を掴む。<br />
「ありがとう」<br />
オレは何も言わずにあかりのその手を握りしめる。<br />
――季節は秋。<br />
涼やかに拭き抜けていた風に、わずかに冷たさが混じり始める季節。<br />
木の葉は散り、あるいはその色を紅く染め上げる。<br />
早くも傾き始めた太陽に照らされ、オレたち二人の足元に長い影が落ちる。<br />
穏やかに、しかし確実に過ぎてゆく時間。<br />
同じ季節をあかりと共に過ごせる――。<br />
そのことがオレは何よりも嬉しかった。</p>
<p>§</p>
<p>「ずいぶん寒くなったね」<br />
オレの手を握りしめながらあかりが静かに呟いた。<br />
いつもの帰り道。なだらかな下り坂を歩きながらオレたちは家路を辿る。<br />
「そうだな……もうすぐ冬だからな」<br />
あかりの暖かな温もりを手に感じながら、オレはあかりを見てそう答えた。<br />
「うん」<br />
木々の枝を優しく揺らしながら吹き抜ける風が、地面に落ちた枯れ葉を宙に舞わせる。<br />
さながら北風と枯れ葉の円舞曲。<br />
「大丈夫か？」<br />
やや紅潮したあかりの頬を見ながら訊く。<br />
「うん、大丈夫」<br />
言いながら、あかりはつないだ手に少しだけ力を入れた。<br />
「浩之ちゃんがいてくれれば寒くたって平気だよ」<br />
オレの顔を見上げながら目を細め微笑むあかり。<br />
「ばーか。――ったく、恥ずかしいヤツだな」<br />
「えへへ……」<br />
まっすぐなその視線から目を逸らし、照れ隠しにあかりの髪の毛をくしゃりとした。<br />
「あっ！」<br />
あかりは驚き声を上げるが、すぐにいつもの『しょうがないなぁ』といった表情でオレを見る。<br />
「ふふふ、浩之ちゃん照れてる？」<br />
ぱっと顔をほころばせ、くすくすと笑いながらあかりが訊いた。<br />
「ばーか」<br />
もう一度そう言ってから、少しだけ苦笑の混じった微笑みを浮かべ、<br />
「オレが照れてるとこみて面白がってるだろ？」<br />
「え？　そんなことないよぉ」<br />
あかりも苦笑を浮かべながらそう答える。<br />
――やっぱりな。<br />
図星をつかれた時のちょっと困ったような、恥ずかしそうな、それでいて嬉しさを隠そうともしない笑顔。<br />
「ンなこと言ってもすぐ顔に出るからなぁ、あかりは」<br />
意地悪っぽくそう言ってあかりを見る。<br />
「えへへ……。でも、浩之ちゃんもいっしょだよね？」<br />
「ん？」<br />
「浩之ちゃんもすぐ顔に出るから」<br />
「オレの考えてることが分かるのはお前くらいのもんだよ。雅史だってお前ほどオレの考えは読めねーしな。――もっともオレもあいつの考えてることよく分かんねーけどな」<br />
さっき会ったばかりのにこやかな笑顔の雅史の顔を思い出す。<br />
「だって、『藤田浩之研究家』だもん」<br />
にっこりと笑いながら自信たっぷりにあかりが言った。<br />
「そう言えばそうだったな」<br />
「うんっ！」<br />
オレの言葉を聞いてあかりは本当に嬉しそうに笑った。<br />
オレの心まで暖かくしてくれるような幸せな笑顔。<br />
物心つく前からいっしょに過ごしてきたあかりが、こうして今でもオレの隣りにいてくれることを心底嬉しいと思った。<br />
そして、このあかりの笑顔をいつまでも見続けていたい。そう思った。<br />
「あかり……」<br />
「なぁに、浩之ちゃん？」<br />
オレはあかりのオレを呼ぶ言葉には答えずに、いきなりあかりの肩に手を回しオレの方に抱き寄せた。<br />
「ひ、浩之ちゃん……？」<br />
いきなりなオレの行為にびっくりするあかり。<br />
「あ、悪ぃ。痛かったか？」<br />
「え？　ううん、ちょっとびっくりしただけだから……」<br />
あかりの顔にうっすらと浮かぶ朱の色。寒さではない、別の気持ちから浮かんだ色。<br />
「顔赤いぜ、どうした？」<br />
恥ずかしそうに目を伏せるあかりを見つめながら、少しだけ意地悪な質問。<br />
あかりが困るのが分かっているのについつい訊いてしまう。まだまだオレもガキだな……。<br />
「も、もう……。私が恥ずかしいの分かってて訊いてるでしょ？　いつも意地悪なこと言うんだから……」<br />
みるみる紅く染まっていくあかりの頬。<br />
ちょっとすねたような顔で抗議する。<br />
「そうでもないぜ？」<br />
「え？」<br />
不思議そうにあかりが声を上げる。今度はオレが何を言おうとしているか思いあぐねているようだ。<br />
「イヤじゃないだろ？　こうされるの」<br />
あかりの大きな瞳を覗き込むように見つめながらオレは言う。<br />
我ながら遠回しな言い方だな……。<br />
あかりみたいに、もっと素直に自分の気持ちを言葉にできれば。<br />
「…………」<br />
言葉に詰まるあかり。瞳は逸らさずに、オレの目をじっと見る。<br />
「……うん」<br />
少し間をおいて、顔を真っ赤にしたあかりが小さく頷いた。<br />
西の空低く浮かぶオレンジ色の大きな夕陽。茜色に染まった雲。遥か遠くの空まで広がる夕暮れの色。<br />
柔らかな夕陽の光を浴びながら、重なり合うオレたちの影。<br />
はにかみながらも幸せそうに微笑むあかりを見つめながら、オレは肩を抱く手に力を込めた。<br />
「浩之ちゃん、またね」<br />
「なぁ、あかり」<br />
帰ろうとするあかりに声を掛け呼び止めるオレ。<br />
「え？」<br />
「ちょっと寄ってかないか？」<br />
きょとんとした表情でオレを見るあかり。<br />
「どうしたの？」<br />
「いや、別にどーってこともないんだけどよ……。――たまにはいいかな、って思ってさ。大したもんねーけど、コーヒーぐらいなら出せるぜ？」<br />
視線を落とし、少し考えるような仕草をするあかり。<br />
そして、再び顔を上げたあかりは笑顔で、<br />
「それじゃ、ちょっとだけお邪魔しようかな？」<br />
そう言ってにっこりと微笑んだ。<br />
空をよぎるいくつもの黒い影。塒へ帰ろうとしている烏の群れが、互いに鳴き声を上げながらオレたちの頭上を通り過ぎた。<br />
「お母さんのお手伝いもしないとだから、あんまり長居はできないと思うけど」<br />
大きく滲んだ夕陽に照らされてオレンジ色一色に染め上げられた街並。<br />
同じように紅い光に彩られた姿で佇むあかりを見ながら、<br />
「なーに、心配してんだよ？　それくらい分かってるって」<br />
家の鍵を取り出しながら言う。<br />
ドアを開け玄関に入るオレに続くあかり。<br />
「着替えてるから、ちょっとリビングの方で待っててくれ」<br />
「あ、うん」<br />
丁寧に靴を並べているあかりの姿を後ろ目で確認してから、オレは階段を駆け上がった。<br />
自室に戻り鞄を机の上に置いてから制服を脱ぐ。制服をハンガーに掛け、適当に着替えを済ませてから、オレは急いでリビングへ向かった。<br />
「あ、浩之ちゃん」<br />
リビングに現われたオレの姿を見付け、あかりがキッチンから顔を覗かせた。<br />
「待たせて悪ぃな……って何してたんだ、あかり？」<br />
「うん、浩之ちゃんが来る前にお湯を沸かせておこうと思って。コーヒーでいいんだよね？　もうすぐお湯沸くと思うからちょっと待ってね」<br />
「何もンなことまでしなくてもいいのに……」<br />
苦笑しながらオレはソファに腰を降ろし身を預ける。<br />
「今日は一応、オレが誘ったんだぜ？　これじゃいつもといっしょだな」<br />
「えへへ……」<br />
いつもの笑顔を浮かべながら、あかりがふたり分のコーヒーカップを持って来る。<br />
「はい、お待たせ、浩之ちゃん」<br />
「お、悪ぃな」<br />
あかりの差し出したコーヒーカップを受け取る。<br />
「さんきゅ」<br />
「ううん、いつもしてることだしね」<br />
言われてみれば、自分でコーヒー入れるなんてここ最近してないな……。あかりといっしょにいる時は家事とかあかりにまかせっきりだしな。<br />
入れたてのコーヒーの香りを堪能しながら、一口。<br />
何が楽しいのかあかりはそんなオレをにこにこしながら見ている。<br />
「まったく手慣れたもんだ。オレん家なのにお前の方が台所事情に詳しそうだしな」<br />
うんうんと頷きながら感心していると、<br />
「もう、それは浩之ちゃんが自分でお料理しないからだよ？　私が作りに来てなかった頃ってどういう食生活してたんだろ？」<br />
オレの言葉に苦笑いしながら諭すようにオレに言うあかり。<br />
「そりゃあ……」<br />
「カップラーメンとかばっかり食べてちゃだめだよ。そのうち身体、壊しちゃうんだから」<br />
「ばかりってわけじゃないぜ？　ちゃんと」<br />
「カップうどんもカップ焼きそばもいっしょだよ……」<br />
ぴしゃりと言い切るあかり。<br />
「…………」<br />
さすがに同じ手は通用しないか……。<br />
絶句するオレを見て、あかりはおかしそうにくすくすと笑いながら、<br />
「レトルト食品ばっかり食べてないで、浩之ちゃんもお料理したほうがいいと思うなぁ。浩之ちゃんのお母さんが心配する気持ち、なんとなく分かるな」<br />
ため息混じりにあかりが呟く。<br />
「おいおい、いきなり何言ってんだ」<br />
「私でよければ簡単なお料理教えてあげるよ？　お母さんの受け売りだけどね」<br />
ぺろりと小さく舌を出してあかりが微笑んだ。<br />
「いや、簡単なのならできるんだけど、めんどくさいしな。それに今はあかりがいてくれるから、オレが作る必要なんてないだろ？」<br />
「もう、そんなことばっかり言って……。私だって毎日、浩之ちゃんにお料理作ってあげられるわけじゃないんだからね」<br />
少しだけ照れ臭そうに言いながらも、声を弾ませながらあかりが答えた。<br />
コースターに載った手元のコーヒーカップを取り、口を付ける。<br />
「オレは毎日作ってもらいたいんだけどな～」<br />
意地悪な視線をあかりに向ける。<br />
「それだったら、私の家に毎日食べに来てくれていいよ？　お母さんも『最近浩之くん来ないわねぇ』って言ってるし、浩之ちゃんなら大歓迎だよ」<br />
が、そんなオレの言葉など意に介した様子もなく、あかりはいきなりそんなことを言った。<br />
「い、いや、それはちょっとな……」<br />
「え～、どうして？　私の家に来るのイヤなの？」<br />
オレの言葉にあからさまにがっかりした口調であかりが声を上げる。<br />
「イヤじゃねーけどよ、あかりのお袋さん、オレが来るといっつもオレたちのことからかうだろ？　照れ臭くてしょうーがねーよ」<br />
まぁ、嬉しそうにしているあかりを見て喜んでいるんだろうけど、オレまで子供扱いされちまうからな……。<br />
別にあかりのお袋さんの事を嫌ってるわけじゃないけど、昔からのオレを知られているだけにどうにもやりづらい。ある意味、出張しっぱなしのオレの両親よりも、オレのことよく分かってるからな。<br />
「う、うん。お母さん、ああいう性格だから、滅多に遊びに来ない浩之ちゃんが来てくれると、嬉しくなっちゃうんだって」<br />
あかりも照れ臭そうにはにかむ。<br />
う～ん、あかりが家でオレのことどう言ってるのか分かったもんじゃねーな……。<br />
「また新しい料理のレパートリーでも増えたら、行ってやるよ」<br />
「それじゃ、がんばらなくっちゃだね！」<br />
やけに気合いの入ったあかりの返事。<br />
――もしかしたら、オレ、軽はずみなこと言っちまったんじゃあ……？<br />
「気が向いたらでいいんだぜ？」<br />
「えへへ……」<br />
意味深に思えるあかりの笑顔。<br />
明日あたり、いきなり『新しいお料理覚えたよ～』とか言われそうだな……。<br />
――ま、それでもいいか。あかりの料理が食えるなら。<br />
背に腹は変えられないってヤツか？<br />
――ちょっと違うか。<br />
なんてことをぼんやりと考えながら、カップの中のコーヒーを残さず飲み干す。さすが、入れ慣れてるだけあって、インスタントでもなかなか美味かったな。<br />
「ごちそうさまでした」<br />
あかりもちょうど飲み終わったようだ。<br />
言ってカップをコースターに戻す。かちゃという小さな乾いた音がオレの耳に届いた。<br />
「それじゃ、後片付けするね」<br />
オレの分も手に取ってカップを重ね、あかりが席を立った。<br />
「悪かったな、またこき使っちまったみたいで」<br />
キッチンに向かうあかりに続いて、立ち上がりながら言う。<br />
「これくらい気にしないでよ、浩之ちゃん」<br />
勝手知ったるなんとやら。さすがに手慣れた様子でてきぱきと洗い物を済ませるあかり。<br />
コーヒーカップの水を切るあかりに、<br />
「ほら」<br />
手を差し伸べ、カップを受け取る。<br />
「ありがとう、浩之ちゃん」<br />
ふたりぶんの食器をオレは簡単に布巾を使って水気を拭き取り、食器棚の元の位置に戻す。<br />
「ご苦労さん」<br />
洗った手を拭いているあかりに言う。<br />
「どういたしまして」<br />
あかりはオレを見ながらそう言って柔らかな微笑みを浮かべた。<br />
室内を皓々と照らす蛍光灯の光。さっきまでの窓から差し込んでいた暖かなオレンジ色の夕陽もすでに沈み、外には薄暗い夕闇が静かに訪れていた。<br />
「あ、もうこんなに暗くなっちゃったんだ？」<br />
オレの視線を追って窓の外を見たあかりが、少し驚いたような声を上げる。<br />
「そろそろ、帰らなきゃ……」<br />
名残惜しそうにオレの方をちらりと見て、僅かにトーンを落とした声であかりが言葉を続ける。<br />
「――ったく、そんな顔すんなよ……。明日だってまた会えるだろ？」<br />
「う、うん……。でも、せっかく浩之ちゃんが誘ってくれたのに……」<br />
「――退屈だったか？」<br />
「え？　ううん、そんなことないよ！」<br />
オレの言葉に慌てたように頭を振るあかり。そのたびに、あかりの頭で結ばれた黄色いリボンと、さらりとしたあかりの髪が揺れる。<br />
「日も短くなっちまったし、お袋さん心配させるわけにもいかないだろ？　もし『寄り道禁止！』とかになっちまったらオレも困るしな」<br />
――そんなことはないだろうけど……。<br />
苦笑を浮かべながら言った後、心の中でそう付け加える。<br />
「ふふふ、お母さんそんなこと言わないと思うけどね」<br />
オレの苦笑いを見て、あかりもくすりを笑みをこぼす。<br />
「それじゃ、今日はこれくらいで帰るね」<br />
ようやく戻ったいつもの調子であかりが言う。やっぱあかりはこうでなくっちゃな。<br />
「おう、オレも暇だし、お前ん家まで送ってってやるよ」<br />
「――ありがとう、やっぱり優しいね、浩之ちゃん」<br />
小首を傾げ、目を細めて幸せそうな笑顔であかりが言う。たったこれだけのことで、こんなに幸せそうに笑うあかりを見て、オレの方が気恥ずかしくなってしまう。<br />
「そ、そんなんじゃねーよ」<br />
照れ隠しに視線をあかりから逸らしながら、オレはリビングに戻り、ハンガーに掛けてあったジャケットを羽織ると、<br />
「ほら、あかり～、置いてくぞ～」<br />
ちょっとだけ意地悪っぽく声を上げ、玄関へ一目散に向かう。<br />
「あっ、浩之ちゃん、待ってよぉ」<br />
慌てて駆け出す、ぱたぱたと響くあかりの足音を聞いて、オレはなんだか可笑しくなって小さく笑った。<br />
「もう、私より先に浩之ちゃんが家の外に出てもしょうがないでしょ？」<br />
「はは、そりゃそうだな」<br />
リビングから姿を見せたあかりを見て言う。<br />
「ほら、忘れもんないか？」<br />
「うん、大丈夫だよ」<br />
オレの言葉にこくりと頷きながらあかりが靴を履いた。<br />
かちゃり<br />
玄関のドアを開ける軽い音。あかりはオレに続いて外に出た。<br />
――あかりの家はすぐ近くだが、念のために鍵はかけておくか……。<br />
鍵穴に鍵を差し込み施錠する。<br />
「ずいぶん暗くなっちまったな。家の手伝いあるんだろ？　大丈夫か？」<br />
「うん、お手伝いって言ってもお夕飯の準備くらいだし」<br />
「そっか」<br />
そんなたわいもない会話を交わしながらあかりの家に向かう。<br />
冬の到来を予感させるような、ひんやりとした空気がオレたちの頬を撫でる。<br />
空に広がる瞬く星々と、少しだけ冷たげな光をたたえた月に照らされ、足元にはおぼろな影。<br />
緩やかな風の乗って流れる雲が月の光を遮り、時折、周囲に深みのました闇を落とす。<br />
ちりちりと微かな音を立てて淡い光を放つ電灯と辺りの家から漏れる灯が、夕闇に包まれた街並を儚げながらも彩っている。<br />
「浩之ちゃん……」<br />
ぽつりとあかりがオレの名を呼んだ。<br />
「ん？」<br />
「今日はありがとう。浩之ちゃんが誘ってくれて、嬉しかったよ」<br />
「改まって言われるほどのことじゃねーよ。いっつもお前には世話になりっぱなしだし、たまにはこんなのもいいだろ？」<br />
「うん」<br />
歩みを止め、オレの顔を見上げたあかりが満面の笑顔で頷く。<br />
「いつも私の方から浩之ちゃん家に押しかけてるから、ちょっと迷惑かな、って思ってたんだけどね」<br />
「何言ってんだよ、迷惑だなんて全然思ってねーよ。逆にオレの方こそお前に礼を言いたいくらいだぜ」<br />
あかりにつられて微笑みながらオレが答える。<br />
「そんなことないよ……」<br />
「ありがとな」<br />
あかりが言葉を紡ぐのを遮って、短くそうとだけ言う。<br />
「――うん」<br />
ほんのりと朱が差すあかりの頬。白い月明かりに照らされながらオレを見つめ佇むあかりの瞳がかすかに潤む。<br />
「またそんな顔して……オレが泣かせたみたいじゃねーか」<br />
オレは苦笑しながら覗き込むようにオレを見上げたあかりの頭に手を乗せ柔らかな髪を撫でる。さらりとした髪が指の間を流れ風に揺れる。<br />
「あっ、ご、ごめんね」<br />
うっすらと浮かんだ涙を制服の袖で急いで拭おうとするあかりの腕をオレは軽く掴み、そのまま上気した頬にそっと添える。<br />
「あかり……」<br />
オレを見つめるまっすぐな瞳を同じように見つめ返し、あかりの名を呟く。<br />
「浩之ちゃん」<br />
あかりの言葉に答える代わりに、オレは静かに顔を近付ける。<br />
そっと触れ合うふたりの唇。鼻孔をくすぐるあかりの優しい匂い。<br />
瞳を閉じ、オレの口付けに応えるあかりを、オレはたまらなく愛おしく思った。<br />
――季節は秋。<br />
涼やかに拭き抜けていた風に、わずかに冷たさが混じり始める季節。<br />
あかりの暖かさを全身で感じながら、オレはあかりを抱く両腕に少しだけ力を込める。<br />
耳に届く風のざわめきと木々の葉擦れの音。<br />
吹き抜ける風の冷たさはもう感じない。<br />
上気したオレたちふたりの頬を撫でる秋の夜風は、ただただ優しくオレたちを包み込んでいた。<br />
<center>――了――</center></p>
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		<title>雨上がりのある一日</title>
		<link>http://www.u-1.net/1998/10/14/11/</link>
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		<pubDate>Wed, 14 Oct 1998 00:00:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[雨上がりのある一日 side A:Good morning. 「――ん……」 薄暗い室内に差し込み始めた朝日を感じ、オレは目を開けた。 カーテン越しにも感じられる柔らかな朝の陽射し。 昨日の雨が嘘のように晴れ上がっている... [<a href="http://www.u-1.net/1998/10/14/11/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">雨上がりのある一日<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> side A:Good morning.</p>
<p>「――ん……」<br />
薄暗い室内に差し込み始めた朝日を感じ、オレは目を開けた。<br />
カーテン越しにも感じられる柔らかな朝の陽射し。<br />
昨日の雨が嘘のように晴れ上がっている。<br />
――ちょっと早く目を覚ましちまったな。<br />
ベッドの枕もとにある目覚まし時計を見ながら思う。<br />
――目覚ましが鳴り始める前に目を覚ますなんて、我ながら珍しいもんだ……。<br />
などと、妙なことに感心してしまう。<br />
「――う……ん」<br />
「あかり？」<br />
かすかに声を上げたあかりの顔を覗き見る。<br />
幸せそうな表情を浮かべながら、静かに寝息をたてている。<br />
オレの右腕を枕代わりにしながら眠るあかり。<br />
左手はオレのＴシャツをきゅっ、と掴んだままだ。<br />
ホント子供みたいだよな。オレがいなくなるとでも思ってんのか？<br />
ま、こんなんで安心できるんだったら、いくらやってくれても構わないけどな。<br />
空いている左の手であかりの顔にかかった前髪をそっと払う。<br />
さらりとしたあかりの髪。そのまま軽く髪を梳く。<br />
その髪からはリンスの甘い香りと、そしてあかり自身のふわりとした優しい香りがした。<br />
――もうちょっと眠るか……。<br />
まだ起きなきゃいけない時間までしばらくあるし……。<br />
そう思い再び瞼を閉じるオレ。<br />
腕に感じるあかりの暖かな温もり。<br />
近くにあかりを感じるだけで安らぐ心。<br />
――オレもあかりと一緒なんだな……。<br />
『一緒にいるだけで十分だよ』<br />
いつかあかりがオレに言った台詞。<br />
その言葉に、安上がりなヤツだ、と苦笑したオレ。<br />
――安上がりなのはオレも同じか……。<br />
苦笑しながらそう思う。<br />
「――どうしたの、ひろゆきちゃん？」<br />
突然のあかりの声に驚いてぱちりと目を開ける。<br />
「あ、あかり……。起きてたのか？」<br />
「ううん、今、起きたばかりだけど……」<br />
まだ寝ぼけているのだろうか、眠そうに目をこすりながらあかりが言った。<br />
「そっか、オレが起こしちまったみたいで悪ぃな」<br />
「ふふふ……。そんなことないよ。私はいつもこれくらいの時間に起きてるからね」<br />
「あ、そうだったか？」<br />
目覚ましに手を伸ばしスイッチを切る。<br />
「毎日お弁当作ってるからね」<br />
身体をくるりと９０度倒してオレの方を向くあかり。<br />
薄い毛布を隔ててうっすらと浮かび上がる身体のラインにどぎまぎする。<br />
「そうだったな」<br />
内心の動揺をあかりに気付かれないように努めて冷静に言う。<br />
「うん。浩之ちゃん、私のお弁当、ホントに美味しそうに食べてくれるから、私、頑張って作ってるんだよ？　お母さんにも『熱心に頑張ってるわね』って言われちゃった」<br />
照れ臭そうにあかりが言う。<br />
「まぁ、あかりの作る弁当はホントに美味いからな。つまらない学校の中で、お前の弁当だけが唯一の楽しみだぜ」<br />
オレは心からそう思う。<br />
退屈な授業を乗り越えてから食べるあかりの弁当は文句無しで美味いからな。<br />
「え、そうかな？　そんなこと言われると照れちゃうな……」<br />
えへへ……、と変わらぬ笑いを浮かべるあかり。<br />
「いつも、ありがとな」<br />
「……うん」<br />
あかりはオレの言葉に短くそう答え、そのままオレの胸に自分の顔を埋めた。<br />
自然に密着するオレとあかり。<br />
「あ、あかり……」<br />
「浩之ちゃん、あったかい……」<br />
胸元にかかるあかりの吐息。<br />
――ま、まずい。このままじゃ、理性が……。<br />
「あ、あのなぁ……」<br />
「どうしたの？」<br />
ふっ、と顔を上げオレの顔を覗き込む。<br />
何も分かっちゃいないな……。<br />
「オレだって男なんだぜ？」<br />
「うん」<br />
「朝っぱらからこんなことされたらどうなるか分かってんのか？」<br />
「……え？」<br />
オレの台詞に凍り付くあかり。<br />
どうやらオレの言おうとしていることがやっと分かったようだな……。<br />
ついでにちょっとからかってやるか。<br />
――ちょっとだけだぞ。本気になるなよ、オレ。<br />
「分かんないなら教えてやろうかなぁ？」<br />
にやりと笑いながら言うオレ。<br />
ぎこちない笑みを浮かべたままおろおろするあかり。<br />
「え？　え？　ちょ、ちょっと浩之ちゃん……」<br />
慌ててオレから逃げようとするあかりの身体。<br />
オレは両手をあかりの背に回し、きゅっと抱きしめる。<br />
「あっ！」<br />
軽く背に這わせたオレの指にあかりが声を上げる。<br />
「ひ、浩之ちゃぁん」<br />
２度、３度……。華奢な背をオレの指がなぞるたびに、あかりの押し殺した声がオレの耳に届く。<br />
「……んっ。ひ、浩之ちゃ……ん。も、もう起きないと……」<br />
オレの腕を掴むあかりの小さな手に力がこもる。<br />
あかりはきゅっと目を閉じたままオレの指の動きに耐えている。<br />
そんなあかりの切なそうな表情を見ていると、オレの方までたまらなくなってくる。<br />
――ここら辺にしとくか……。<br />
「――なんてな」<br />
あかりを一気に抱きしめたくなる衝動をなんとか抑え、オレは不意に力を抜く。<br />
「え？」<br />
固く閉ざしていた目をぱっちりと開き、何が起きたか分からないような、きょとんとした表情でオレを伺うあかり。<br />
「ちょっとは感じたか？」<br />
ようやくオレが本気でなかったことに気付いたのか、あかりは真っ赤になりながら、<br />
「も、もう！　からかったんだね？　ひどいよ、浩之ちゃん」<br />
抗議の声を上げる。<br />
「ははは……悪ぃ悪ぃ。でもな、本気になったらお前だって困るだろ？」<br />
「――う、それはそうだけど……」<br />
「それとも、もっとして欲しかった？」<br />
オレの言葉にますます赤くなるあかり。<br />
「もう、ホントに意地悪なんだから……」<br />
「そうか？」<br />
とぼけた口調で訊く。<br />
「そうだよぉ」<br />
恥ずかしさのためか消え入りそうなあかりの言葉。<br />
耳まで紅く染めたあかりの頭を軽く撫で、<br />
「ほら、そろそろ起きようぜ？」<br />
言ってからあかりの頬に軽く口付ける。<br />
「あっ？」<br />
不意打ち気味のオレのキスに、思わず頬に手を当てて驚きの表情を浮かべるあかり。<br />
「じゃ、オレ先に行ってパンでも焼いとくから。着替えてから来いよ？」<br />
「……うん」<br />
ちゃんと聞こえてんのか？<br />
いまだぽーっとしたままのあかりを残して一足早く部屋を出た。<br />
少し高鳴った心臓の鼓動を感じながら階段を下りる。<br />
――ふー、やべぇやべぇ。あれ以上続けてたらオレの方が我慢できなくなっちまってたな。<br />
とんとんとん、と階段を駆け下りリビングへ向かう。<br />
前日にセットしておいたトースターのスイッチを入れ、焼き上がるのを待つ。<br />
冷蔵庫の中から牛乳とマーガリンを取り出してテーブルの上に置く。<br />
――ふたりで朝食食べるのも結構久し振りか？<br />
いつもは一人で食ってるし、面倒くさくて朝食抜くこともよくあるしな。<br />
たまにはこんなのんびりとした朝もいいもんだ。<br />
「おっと……」<br />
焼き上がったトーストを取りもう１枚セット。スイッチを入れて再び待つ。<br />
とりあえず、自分の分のトーストにマーガリンを軽く付ける。<br />
焼きたてのトーストと、その上でゆっくりと溶けていくマーガリンの香りが漂う。<br />
続いてできたあかりの分もオレと同じようにして一段落。<br />
あとは昨日の夕食のおかずの残りでも出しとけば大丈夫だろう。<br />
――やっぱ、あかりに作ってもらった方がよかったかな？<br />
余りに素っ気ないと言えば素っ気ないテーブルの上を見ながら、オレは少しだけ後悔した。<br />
こっちの準備はこれでいいとして、あかり……、まだ寝てんのか？<br />
「おーい、あかり～。まだ寝てんのか？」<br />
廊下に出て２階のオレの部屋に向かって声を上げる。<br />
「あ、浩之ちゃん。今行くから～」<br />
すぐにあかりの返事が返ってくる。<br />
どうやら寝てたって訳じゃないようだな。<br />
ほどなくドアの開く音がして、制服に着替えたあかりが下りてきた。<br />
「ごめんね、待たせちゃって」<br />
「別に気にすんな。それよりパン焼いといたから先に食べててくれ。オレも着替えてくるから」<br />
「ありがとう、浩之ちゃん」<br />
「お前の料理とは月とスッポンだけどな」<br />
苦笑いを浮かべながら言うオレに、<br />
「ふふふ、じゃ先にいただきます」<br />
あかりはそう言ってリビングに向かって行った。<br />
「ああ」<br />
あかりが席に着いたのを見てから、オレは階段を１段飛ばしで一気に駆け上がる。<br />
部屋に入ると、あかりがカーテンを開けたのだろう、窓から眩しいくらいの陽射しが差し込んできていた。<br />
窓を開け早朝の空気を迎え入れる。<br />
昨日の名残なのか部屋に流れ込む新鮮な空気には、雨の匂いが少しだけ混じっているような気がした。<br />
それからオレはハンガーに掛けてあるワイシャツの袖に腕を通し、制服を身に付ける。<br />
鏡を覗いて寝癖のチェック。<br />
どうやら今日はそれほど寝癖は付いていないようだ。簡単にブラッシングをして髪を整えると、机の上に放り出してある鞄を手に取って、再び階段を駆け下りた。<br />
「あ、浩之ちゃん、早かったね」<br />
リビングに現われたオレの姿を確認するやあかりが言った。<br />
「まぁ、男の身だしなみなんてこんなもんだからな」<br />
答えながらテーブル越しにあかりの向かいに腰掛ける。<br />
「あんまり簡単であきれただろ？」<br />
オレの言葉に苦笑がちに答えるあかり。<br />
「私は朝はそんなに食べないからこれくらいでもちょうどいいけど」<br />
「ん？」<br />
「浩之ちゃんは、これじゃ全然足りないんじゃないの？」<br />
「まぁな」<br />
トーストをかじりながら答えるオレ。<br />
「でも、いつもは時間がなくて急いでるからな。朝飯なんて食べてる暇ないんだよなぁ」<br />
「ちゃんと食べないとダメだよ？」<br />
「はいはい」<br />
いつもの『しょうがないなぁ』といった目でオレを見ながら言うあかりと、軽く受け流すオレ。<br />
「――で？　お前どうするんだ？」<br />
簡単な朝食を終え、コップに注がれた牛乳を飲み干してからオレは口を開いた。<br />
「え？」<br />
「学校行くにしても、今日の授業の教科書とか準備してないだろ？　大体お前の鞄、自分の家に置いてきただろ」<br />
「うん」<br />
さらりと答えるあかり。<br />
「『うん』て……。どうするつもりなんだ？」<br />
「やっぱり１度家に戻ろうかと思って」<br />
「大丈夫なのか？　お袋さんとかに訊かれたらなんて答えるんだよ」<br />
あかりに嘘をつかせた手前、さすがにオレも後ろめたい。<br />
あかりもお袋さんにはまだオレたちのこと何も話してないだろうし……。<br />
「多分、大丈夫だと思うよ？　お母さん、あんまり細かいことまで訊かない性格だし」<br />
本気で言ってんのか、あかり？<br />
「いや、細かくないだろ、これは……」<br />
「まだ、時間あるよね？」<br />
「ん？　ああ。珍しく今日は余裕があるな」<br />
「じゃあ、急いで行ってくるから待っててくれる？」<br />
言いながら席を立ち、食器を流し台に持って行こうとするあかり。<br />
「あかり、後片付けはオレがやっておくから、お前はとっとと家に行ってこいよ」<br />
「う、うん。じゃ、お願いするね」<br />
「ああ、オレは家の前で待ってるからな。別に急がなくてもいいぜ？」<br />
「うん、分かった。それじゃ行ってくるね」<br />
ぱたぱたと軽い音を立てながらあかりが玄関へ向かって駆けてゆく。<br />
「浩之ちゃん、行ってくるね。先に行っちゃやだよ～？」<br />
あかりは玄関でもう一度そう言ってから外へ出ていった。<br />
玄関のドアが閉まる音を聞いてから、席を立ちふたり分の食器を持って流し台に立つ。<br />
かちゃかちゃと軽い音を立てながら食器を洗い、簡単に布で拭いてから食器棚に戻す。<br />
適当に洗っちまったが、ま、いいだろ。<br />
後片付けはこれでよしと。<br />
さて、オレもそろそろ家を出るかな。少し早いがここにいてもしょうがないし。<br />
鞄を手に取り玄関に向かう。靴を履いて外に出る。<br />
ふぅ、今日は昨日と違って雨は降りそうにないな。<br />
玄関に鍵を掛け雲一つない青空を見上げ思う。<br />
――天気予報、今日も見忘れたけど……。<br />
道端に昨夜の雨の名残。<br />
所々に残った水たまりには青い空。そして登り始めた陽の光できらきらと輝いている。<br />
木々の葉には小さな朝露の珠。時折枝を揺らす風。風に揺れる葉から煌めき落ちる雫。<br />
初夏とはいえ、まだ少しひんやりとした空気の中、あかりを待つ。<br />
家の前の塀に背をもたれながら、あかりの家の方向をぼんやりと眺める。<br />
おいおい、そろそろ出ないとヤバいぜ。<br />
左腕にした時計の針を見ながらそんなことを考える。<br />
「浩之ちゃ～ん」<br />
と、聞き慣れた声に顔を上げ、あかりの姿を見付ける。<br />
だから『ちゃん』付けで大声で呼ぶなって言ってるだろ。<br />
駆け足でやってくるあかり。<br />
「はぁ、はぁ……」<br />
急いで来たのだろう、肩で息をしながら苦しそうに言う。<br />
「ご、ごめん、浩之ちゃん……」<br />
「いいから。まずは、落ち着けって」<br />
「う、うん……」<br />
あかりは胸に手を当てて、乱れた息を整えようとする。<br />
「どーだ？　落ち着いたか？」<br />
「うん」<br />
何とか呼吸を整え、顔を上げる。<br />
「ほらほら、のんびりしてると遅刻しちまうぞ？」<br />
「あ、そうだね」<br />
「まだ歩いても間に合う時間で良かったな」<br />
「うん」<br />
オレの言葉に苦笑がちに頷くあかり。<br />
「ぼさっとしてないで行こうぜ？」<br />
言って歩き出すいつもの通学路。<br />
今日もまた変わらない１日が始まろうとしていた。</p>
<p>side B:Good afternoon.</p>
<p>キーンコーン……<br />
校内に授業終了を告げるチャイムの音が鳴り響いた。<br />
それではこれまで、という言葉と共に教壇を降りた先生を合図に一斉に席を立つオレたち。<br />
待ちに待った昼休み。<br />
オレたちにとっては一秒たりとも無駄に出来ない貴重な時間だ。<br />
今日は特にな。<br />
いつもならあかりの弁当をのんびりと屋上ででも堪能しているのだが……。<br />
さすがに今日は用意できなかったハズだ。<br />
なんせ、俺ん家に泊まって行ったんだから……。<br />
「よっしゃ、雅史。久し振りに学食にでも行くか？」<br />
廊下へ出る途中、雅史に声を掛ける。<br />
「え？　浩之、今日はお弁当じゃないの？」<br />
不思議そうな顔で訊く雅史。<br />
「ああ、今日はちょっとな……」<br />
言葉を濁すオレ。<br />
いくら雅史にでもホントのことは言えないからな……。<br />
しかし、雅史は済まなそうに、<br />
「ごめん、浩之。今日は僕がお弁当なんだ」<br />
「あ、そうなのか？」<br />
「うん、ごめん」<br />
もう一度謝る雅史に、<br />
「いや、気にしないでくれ。いつもはオレの方が弁当食ってるんだしな」<br />
「でも、あかりちゃん、今日もお弁当みたいだったけど？」<br />
「何？」<br />
「さっきちらっと見ただけだけど、いつもの袋を出してたから……」<br />
あかりのヤツ、そんなこと一言も言ってなかったぞ？<br />
「あ、浩之ちゃん。雅史ちゃんも一緒にお弁当？」<br />
考え込むオレにあかりが声を掛けてくる。<br />
「あかり、今日の昼飯だけど……？」<br />
「え？　ほら、ちゃんと用意してきたよ。浩之ちゃん、『量が少ない』って言ってたから今日は大盛りだよ！」<br />
にこにこ顔で嬉しそうにあかりが答える。<br />
「浩之、良かったね」<br />
雅史も笑顔で言う。<br />
「あ、ああ」<br />
思わぬ展開に間の抜けた声で答える。<br />
「久し振りに雅史ちゃんもお弁当一緒にどうかな？」<br />
そんなオレに気付かないのか、あかりは雅史と話している。<br />
「ありがとう、あかりちゃん。でも、今日はサッカー部の友達と食べる約束してたから……」<br />
「あ、そうなんだ。それじゃダメだね」<br />
「うん、ごめんね。僕、そろそろ行くね」<br />
言って弁当箱を手に持って雅史が席を立つ。<br />
「うん、それじゃ」<br />
「お、おう、またな」<br />
教室を出る雅史に思い思いの言葉を掛けるオレたち。<br />
笑顔で見送るあかりと、やや釈然としない思いを残したままのオレ。<br />
「浩之ちゃん、私たちもそろそろ行こ？」<br />
オレを促すように廊下へ出るあかり。<br />
オレもつられて廊下へ出る。<br />
「ねぇ、たまには中庭で食べよっか？」<br />
「まぁ、オレはどっちでもいいけど……」<br />
「それじゃ決まりだね」<br />
「――それはそうと、何で今日も弁当作って来られたんだ？　そんな暇なかったじゃねーか」<br />
歩きながら思っていた疑問をあかりに訊ねる。<br />
「えへへ……、驚いた？」<br />
「そりゃ、まぁな」<br />
曖昧な答え方をするオレ。<br />
「浩之ちゃんを驚かせようと思って黙ってたの。ごめんね」<br />
「やっぱり、朝、家に帰った時か？　鞄取りに行っただけにしては時間かかってると思ったら、弁当作ってたんだな」<br />
「うん」<br />
そして、少し恥ずかしそうに、<br />
「……ホントはね、今日のお弁当、お母さんが作ってくれたの。お母さん、私が毎日浩之ちゃんのお弁当作っているの知ってたから、浩之ちゃんの分まで用意していてくれたの」<br />
大事そうに両手で持った弁当袋を見ながら言う。<br />
「そりゃまた……。用意がいいな～」<br />
感心したように言うオレ。<br />
「私もびっくりしちゃった」<br />
うーん、やっぱりあかりのお袋さん、薄々気付いてるんじゃあ……？<br />
「でも、お母さんの作ったお弁当だからきっと美味しいと思うよ」<br />
「ま、それでもオレはやっぱりあかりの弁当の方が好きだけどな」<br />
「――え？　で、でも私のお料理なんてお母さんに教えてもらったものばっかりだよ？　それにお母さんみたいに上手に作れないし……」<br />
「そう言う意味じゃねーよ」<br />
やれやれ、と溜め息を１つ。<br />
「確かにお前のお袋さんの料理は文句無しに美味い！」だけどなぁ、オレにとっちゃ、あかりが一生懸命作ってくれた料理の方が好きなんだよ」<br />
「浩之ちゃん……」<br />
「オレのために頑張ってくれてるんだろ？　毎日」<br />
オレの言葉にあかりは顔をほころばせ、<br />
「うんっ！　ありがとう、浩之ちゃん」<br />
にっこりと微笑んだ。<br />
「ほら、のんびりしゃべってないでとっとと外に出ようぜ。腹減ってしょうがねーんだからな」<br />
「ふふふ、浩之ちゃんらしいね」<br />
「――ったく、何だよそれ？」<br />
たわいない会話を交わしながら靴を履き替え中庭へと向かう。<br />
照り付ける太陽の陽射しがやけに眩しい。<br />
「あ、浩之ちゃん。あれ、来栖川先輩じゃない？」<br />
あかりの指差した方向に目をやると、確かに来栖川先輩がベンチに腰掛けていた。<br />
相変わらずぼーっとしてんだなぁ。<br />
「よっ！　センパイ！」<br />
軽く右手を上げて先輩に声を掛ける。<br />
木漏れ日を受けて、輝くような長く艶やかな黒髪が風に揺れる。<br />
先輩は澄み切った青空を眺めていた視線を、ゆっくりとした動作でオレたちの方に向ける。<br />
やっぱりお嬢様だな～。こんな自然な動作がむちゃくちゃ絵になってる。<br />
「…………」<br />
「こんにちは、来栖川先輩」<br />
こんにちは、と言った先輩にあかりがぺこりと丁寧におじぎをして答える。<br />
「オレたちこれから昼飯なんだけど、先輩も一緒にどう？　まだ弁当食べてないんだろ？」<br />
先輩の座っているベンチの上に置かれた、怪しげな漆黒のハードカバーの本。<br />
その上にある小さな弁当箱に気付いたオレが先輩に訊いた。<br />
「…………」<br />
こくん、と頷く先輩。<br />
「はい、ぜひご一緒させて下さい、か。あかりもいいだろ？」<br />
「うん。みんなで食べれば楽しいしね」<br />
「それじゃ、オレたちも座るか。――あ、先輩、悪ぃな」<br />
どうぞ、と席を空けてくれた先輩に礼を言って腰を下ろす。<br />
「はい、浩之ちゃん」<br />
同じように腰を下ろしたあかりから弁当を受け取る。<br />
「お、さんきゅ」<br />
あかりのそれよりも一回り以上大きい弁当箱の蓋を開ける。<br />
「いただきまーす」<br />
「いただきます」<br />
「…………」<br />
見事にハモった合掌の言葉の後、オレは箸を手に取り一気に食べ始めた。<br />
「うん、やっぱり美味いな」<br />
一口食べてから率直な感想を言う。<br />
オレの好みにぴったりあった料理を作るあかりとは少し違うが、その弁当はそこらのレストランなどで食べる料理よりもよほど美味しく感じられた。<br />
「そうでしょう？」<br />
「ああ。でも、このおかずってオレの好物ばっかりじゃないか？　味付けはさすがにちょっと違うみたいだけど……」<br />
「お母さん、わざわざ浩之ちゃんの好きなおかずを作ってくれたんだよ。浩之ちゃんの好きな料理なら何だって、私もお母さんも作れるんだから」<br />
「あかり、またお前が色んなことしゃべってんじゃないだろうな……？」<br />
「え？　えへへ……」<br />
――ったく。しょーがねーなぁ。<br />
となりで黙々とおかずを口に運ぶ先輩。<br />
普段から無口だけど、食事の時はさらに無口になるんだな……。<br />
「センパイ、ちゃんと食べてるか？」<br />
「…………」<br />
「食べてます、ね。よろしいよろしい」<br />
うんうんと頷くオレ。<br />
「センパイの弁当ってやっぱり一流のシェフかなんかが作ってんだよな？　毎日美味いもん食べられて羨ましいぜ。と言ってもオレも昼の弁当はあかりが作ってくれてるんだけどな」<br />
先輩はオレたちの弁当にちらりと視線を落とし、<br />
「…………」<br />
「え？　美味しそうですね？　ああ、あかりの料理だって凄く美味いんだぜ。センパイの弁当にだってきっと負けないぜ。――もっとも今日のはあかりのお袋さんが作ってくれたんだけど」<br />
「もう、浩之ちゃんてば……」<br />
慌ててあかりが口を挟む。<br />
「そんなことないですよ、来栖川先輩。やっぱりプロの人の作ったお料理にはかないませんよね」<br />
「…………」<br />
「え、愛情はどんなものにも勝る魔法の調味料です？」<br />
先輩の言葉をおうむ返しに口にするあかり。<br />
――あなたが浩之さんを想った分だけ、あなたの料理も美味しくなるんです。<br />
あかりの言葉に続いて先輩がさらに続けた。<br />
いつもと変わらぬ小さな声で。<br />
そして、優しさに満ちた声で。<br />
「せ、先輩」<br />
顔を赤くして俯いてしまうあかり。<br />
「…………」<br />
きっと浩之さんが言うようにとても美味しいんでしょうね、か。<br />
「良かったなあかり」<br />
あかりの頭にぽんと手をのせて言う。<br />
オレの言葉に素直に頷くあかり。<br />
「うん」<br />
そう言って顔を上げ来栖川先輩を見る。<br />
「ありがとうございます。来栖川先輩」<br />
嬉しそうにあかりが先輩にお礼を言った。<br />
変わらぬ表情を湛えた先輩。しかし、オレには先輩が嬉しそうに微笑んでいるように見えた。<br />
――ざぁ……っ<br />
暖かな匂いを乗せ吹き抜ける一陣の風。<br />
葉擦れのかすかな音を聞きながら、ゆっくりと流れる時間を感じる。<br />
南の空に高く昇った太陽から降り注ぐ眩しい陽射しが、オレたちを優しく包み込んでいた。<br />
「……ふう、ごちそうさん」<br />
「ふふふ、はい、浩之ちゃん」<br />
「おお、さんきゅ」<br />
言いながらあかりが差し出したお茶を受け取り喉に流し込む。<br />
ようやく昼飯を終えたオレたち。<br />
いつもならもっと早く食べ終わったいるが、先輩やあかりと色々話していたおかげでずいぶんのんびりとした昼食になってしまった。<br />
午後の授業ももうすぐ始まる時間だ。<br />
「あかり、そろそろ教室に戻ろうか？」<br />
「あ？　もうそんな時間なんだ？」<br />
あかりは弁当箱を片付け、袋に戻す。<br />
「うーん、やっぱ天気がいいと気持ちいいな～」<br />
オレは立ち上がり背筋を伸ばして深呼吸。<br />
「それじゃ、センパイ。オレたち教室戻るから。センパイも午後の授業遅れないようにそろそろ戻りなよ？」<br />
「…………」<br />
「え？　今日は楽しかったです。ありがとうございました？」<br />
立ち上がったオレを見上げながら先輩が言う。<br />
「いいって。オレたちも楽しかったしな。――そうだ！　今度あかりの料理、センパイにも食べさせてやるよ。いいだろ、あかり？」<br />
「ええっ？」<br />
突然話を振られて慌てるあかり。<br />
「…………」<br />
「ぜひお願いします、だってさ。あかり、こりゃ頑張って作らないとな～」<br />
「もう……。あ、あの、来栖川先輩もあんまり期待しないで下さいね」<br />
しぶしぶ承諾するあかり。<br />
「…………」<br />
「楽しみにしてます、って。来栖川先輩まで……」<br />
「あかりはああ言ってるけどな、期待して損はないぜセンパイ。楽しみにしていてくれよな」<br />
困った顔をしているが、やはり嬉しいのだろう。オレは微笑みを浮かべながら言ったあかりの言葉をフォローする。<br />
こくりと頷く先輩。<br />
「それじゃ、センパイ、またな」<br />
「失礼します」<br />
「…………（こくん）」<br />
頷く先輩に軽く手を振り、オレたちは中庭を後にした。<br />
授業の始まる約１０分前。<br />
校庭で汗を流していた生徒たちもそろそろ戻る準備を始めたようだ。<br />
オレたちは急ぐこともなく昇降口で靴を再び履き替え校内に戻る。<br />
２階へと上る階段。<br />
「浩之ちゃん……」<br />
「ん？」<br />
「私のお料理、美味しいって言ってくれるのは凄く嬉しいけど……」<br />
「けど、何だよ？」<br />
「あんまり他の人にあんな風に話されると恥ずかしいよ」<br />
「いいじゃねーか、別に。ホントのことなんだし」<br />
階段を上がりきり教室へ向かう。<br />
「だって……」<br />
口ごもるあかり。<br />
――そんなに恥ずかしがることもないと思うんだけどな～。<br />
「分かった分かった。オレが悪かったよ」<br />
「え？」<br />
「オレも調子に乗ってペラペラとしゃべり過ぎたみたいだしな」<br />
「あ、ゴメン。そんな意味で言ったんじゃないけど」<br />
「ま、それだけお前の料理が美味いってことだよ。もっと自分に自身持てよな、あかり」<br />
「……うん」<br />
「あとな、明日はお前の弁当が食いたいな、オレは」<br />
「え？」<br />
思わず立ち止まるあかり。<br />
――やれやれ。<br />
オレは振り返りながらもう一度言う。<br />
「明日はちゃんと弁当作ってくれよ、あかり」<br />
「うん！」<br />
あかりは嬉しそうに元気よく頷いた。<br />
そして、にっこりと笑いながら、<br />
「それじゃ、今日の晩ご飯も頑張って作ろうかな？」<br />
「いや、昨日も作ってもらったし無理しなくていいぜ？」<br />
「ううん、今日は私の家に食べに来て欲しいの」<br />
「何ぃ！？」<br />
思わず声を上げ訊き返す。<br />
「昨日、本屋さんで読んだ本に書いてあった料理、作ってみようかなと思って。それに浩之ちゃん、食べに来てくれるって言ったよね？」<br />
そりゃ確かに言ったけど……。<br />
言葉に詰まるオレを見て無言の肯定と受け取ったのか、あかりは勝手に話をまとめる。<br />
「それじゃ、今日の帰りにスーパーに寄って行こうね」<br />
――あ、あのなぁ。<br />
こんな笑顔見せられたら『嫌だ』なんて言える訳ないだろ。<br />
始業を告げるチャイムが鳴る。<br />
オレたちの一日は、まだまだこれからのようだな……。<br />
その音を聞きながらオレはふとそんなことを思った。</p>
<p>side C:Good evening.<br />
『あ、じゃあ私とお母さんが作るから、今度、私の家に食べに来てよ』<br />
『――は？』<br />
間の抜けた声で訊き返す。<br />
『いいでしょ？』<br />
『わ、分かったよ……』<br />
しぶしぶ頷く。<br />
『ホント！？』<br />
オレの返事を聞いた途端に目を輝かせて訊き返すあかり。<br />
『ああ、そのうちな』<br />
――確かにそう言った。そう言ったけどなぁ……。<br />
普通、泊まりに行った次の日に誘うか？<br />
「あ、浩之ちゃん！」<br />
ぼんやりと昨日の会話を思い出していたオレにあかりが声を掛けてきた。<br />
「――何だ、あかりか……」<br />
気のない返事に苦笑しながら、<br />
「何かぼんやりしてたから……。どうかしたの？」<br />
他の連中にとっては気がつかないような小さなことでも、やっぱりあかりには分かってしまうようだ。<br />
「いいや、別に。大したことないから気にすんな」<br />
「お昼の約束覚えてる？」<br />
う、いきなり核心を突いてくるな。<br />
屈託のない笑顔そのままにあかりが訊いてきた。<br />
「お、おう。忘れる訳ないだろ？」<br />
「あ！　もしかして忘れてたの？」<br />
「な、何言ってるんだよ？」<br />
「ふふふ……。どもってるよ、浩之ちゃん」<br />
「忘れてねーって。今日はお前ん家に夕食食べに行くから、帰りに買いもの付き合えってんだろ？」<br />
「――え、そうだったっけ？」<br />
…………。<br />
「あかり……」<br />
「ひ、浩之ちゃん……？」<br />
オレの言葉にただならぬものを感じたのか、あかりは慌てて両手で頭をかばおうとしたが……。<br />
ぺしっ！<br />
「あっ！」<br />
それよりも早くオレの手があかりのおでこを軽く小突いていた。<br />
「痛ったぁ～い」<br />
「何度も言ってるだろ、お前のギャグは寒すぎるんだよ……」<br />
何とも言えない脱力感にみまわれながらも言葉を絞り出す。<br />
ったく、久しぶりのあかりギャグがこれかよ……。一気に疲れが出ちまったじゃねーか。<br />
「もう、ひどいよ、浩之ちゃん」<br />
おでこを抑えながら涙目でオレを見るあかりに、<br />
「だったらくだらねーギャグなんて言わないでおくんだな」<br />
「面白くなかったかな……？」<br />
――はぁ……。<br />
でもまぁ、あかりらしいと言えばあかりらしいか。面白かったらあかりギャグじゃないしな。<br />
「もう、いい……」<br />
一気に重くなった腰を上げ、席を立つ。<br />
「いい加減に行くか……。これ以上お前のギャグには付き合ってられねーよ」<br />
鞄に荷物を放り込みながらあかりに言った。<br />
「……それにしても、何で今日なんだよ？　だいたい昨日の話だぜ？」<br />
玄関へ向かう途中、オレはあかりに聞いてみた。<br />
そりゃ、夕飯作ってくれるのはありがたいし、あかりと一緒にいられる時間が増えるのも悪くはない。<br />
しかし、今回ばかりは今までとは違うからなぁ。あかりのお袋さんともしばらく会ってないし……。<br />
「浩之ちゃん、ホントは迷惑だった？」<br />
少し不安げな表情でオレを見るあかり。<br />
「いや、迷惑とかそういうのじゃないけどな……。お前のお袋さんになんて言ったらいいかと思ってな」<br />
「え？」<br />
不思議そうにオレの顔を見るあかり。<br />
「あかりだって、お袋さんにまだ何も言ってないんだろ？　いつも通りのつもりでお邪魔しても、ちっとばかり緊張しちまうぜ」<br />
「大丈夫だよ、いつも通りにしてれば。お母さんだって……」<br />
そこまで言って言葉に詰まるあかり。<br />
「『だって』の続きは？」<br />
「えへへ……」<br />
曖昧な笑顔であかりがごまかそうとする。う～ん、怪しい、絶対何か隠してるな。<br />
「続きは？」<br />
「え、えっとね……」<br />
困った顔であれこれ考えるあかりに詰め寄る。<br />
「ね～ね～、話すって何を？」<br />
いきなり話に割り込んできた能天気な声に思わず声を上げるオレたち。<br />
「どわっ！？」<br />
「えっ！あ、志保？」<br />
志保はオレたちの顔を交互に見てから、<br />
「さてはヒロ、またあかりを困らせてたわね？　あかりもあかりよ。面倒見がいいのも程々にしときなさいよ？」<br />
「し、志保。お前はなぁ、いつもいきなりどっからわいてくんだよ？　驚いたじゃねーか！」<br />
オレの言葉にも少しも動じない志保。<br />
「甘いわね、ヒロ。この志保ちゃん、特ダネのある所には誰よりも早く参上するんだから。ああ、今回も大ニュースの予感……。さぁ、きりきり話してもらいましょーか」<br />
やけに自信たっぷりの仕草でぺらぺらと喋る志保。<br />
「やかましい！　ガセネタばかり仕入れるようなヤツに話すことなんてねーよ。だいたいオレたちの話をどこから聞いてたんだよ？」<br />
しかし、志保はオレの嫌味に少しも耳を傾けず、<br />
「アンタ、さてはあたしの情報収拾能力に嫉妬してるわね？　ま、世の中の動きに疎いアンタが情報の最先端を行くあたしにコンプレックスを抱くのも無理ないわね」<br />
「いや、あのな……」<br />
すっかり自分にひたって遠い目をした志保に話し掛けるが聞こえてないようだ。全く……自信過剰もいい所だぜ。<br />
「し、志保……？」<br />
「はっ？　あたしったらつい……。そうそう、アンタたちの話ね？　確かヒロがあかりに『何も言ってないんだろ』とかなんとか話してた辺りからよ。何やら面白そうな話だったんでチェックさせてもらったわよ」<br />
げ、ほとんど全部聞かれてたんじゃねーか。<br />
「それで結局何の話？　聞いててもさっぱり分かんなかったから直接訊くことにしたのよ」<br />
オレに訊いても何も話さないと分かったか、矛先をあかりに向ける志保。<br />
「うん、あのね、今日浩之ちゃんが私の家にお夕飯食べに来るの」<br />
「――それだけ？　他になんかないの？」<br />
「これだけだよ」<br />
「なぁんだ、そんなのいつものことじゃない。面倒くさがりなヒロのために食事まで作ってあげてるなんて、ホントいい奥さんね？」<br />
しれっと言ってのける志保の言葉に顔を赤くするあかり。<br />
「し、志保ぉ……」<br />
「もういいだろ、志保？　用がそれだけならとっとと行った行った」<br />
内心ひやひやしていたが、どうやら志保も納得したらしい。オレは手を振って志保を追い払おうとした。<br />
「何よヒロ、随分ね？　どうせアンタたちもこれから帰りなんでしょ？　あたしも一緒に帰ったっていいじゃない」<br />
「でも、これからお夕飯の材料買いに行かなくちゃだから……」<br />
申し訳なさそうに志保に言うあかり。<br />
「う～ん、そっか……。分かったわ、今日の所はおとなしく帰ってあげるわよ」<br />
「ゴメンね、志保……」<br />
志保は軽く手を振って、<br />
「気にしないでいいわよ、あかり。それじゃね、お熱いのも程々にしときなさいよ、おふたりさん」<br />
「なっ！？」<br />
「…………」<br />
その言葉に絶句したオレたちの返事を待たず駆け出した。廊下を走るなよ、志保……。<br />
「ったく、なんなんだ一体……？」<br />
「う、うん……」<br />
立ち尽くしたまま思い思いの言葉を口にするオレたち。<br />
「オ、オレたちも行くか……」<br />
「そ、そうだね……」<br />
オレたちがそう言って再び歩き出したのは、志保の背中が見えなくなってからのことだった。<br />
＊＊＊<br />
「あかり、他に買い忘れはないか？」<br />
あかりから手渡された材料を買い物かごに放り込みながらオレは訊いた。<br />
「え～と……。うん！大丈夫、全部揃ってるよ」<br />
かごの中を材料を一通り見てからあかりが答えた。<br />
「そっか、それじゃ会計済ませてくるぜ」<br />
「あ、お金は？」<br />
言って財布から金を取り出そうとするあかりの言葉を遮って、<br />
「いいって、オレが出しといてやるよ」<br />
「そんな、悪いよ」<br />
「何言ってんだよ？　オレが作ってもらうんだから、これくらい出させろよ。オレに出せない金額じゃないんだからな」<br />
「ありがとう、浩之ちゃん」<br />
「礼なんて言われるほどのことじゃねーって。その代わり美味いもん食わせてくれよ？」<br />
「うん！」<br />
元気よく返事をしたあかりを一瞥してから、オレはレジに向かった。<br />
夕食の買い物をする客で活気づく店内。会計を済ませるために、一番短い列を探してその後ろに並ぶ。短いといっても、すでに数人の客が並んでいるのでもう少しかかりそうだ。<br />
手持ちぶさたになったオレは、何気なく店内を見回す。ふと見ると、あかりがレジの向こう側で壁にもたれながら待っていた。<br />
オレが見ているのに気付いたのか、あかりはこちらを見てにっこりと微笑む。――ったく場所を考えろよな……。あかりの笑顔に苦笑で返すオレ。<br />
オレの前に並んでいた年配のおばさんが、かご一杯に詰め込んだ商品をレジに並べた。慣れた手つきで一つ一つ商品を取りレジに打ち込んでいく店員。<br />
待つことしばし。そのおばさんが会計を済ませると、オレは手に持ったかごをレジに置いた。<br />
「いらっしゃいませ」<br />
事務的な口調でそう言うと、同じようにレジに打ち込んでいく。そのたびに聞こえるピッピッという電子音が軽快なリズムで流れる。<br />
「ありがとうございました」<br />
支払いを済ませたオレに掛けられた言葉を背に受けレジを後にすると、あかりが声を掛けてきた。<br />
「ご苦労様、浩之ちゃん」<br />
「おう、ホラ」<br />
オレからかごを受け取ると、あかりはてきぱきと品物を一緒に貰ったビニール袋に詰め込み始めた。<br />
キャベツ、じゃがいも、にんじん、チリビーンズの缶詰とあとは調味料が少しか……。<br />
料理に疎いオレにはあかりが何を作るつもりなのかさっぱり分からない。当のあかりにしても昨日見た本で知ったらしいから、ちょっとは変わった料理なんだろうけど……。<br />
「お待たせ～」<br />
「もういいのか？」<br />
「うん」<br />
あかりは言って袋をオレに見せた。<br />
そんなに買い込んだわけではないが、やっぱりあかりに荷物を持たせるのは悪い気がする。<br />
「あかり、荷物持ってやるよ。よこしな」<br />
「ありがとう、何だか悪いね？　いろいろしてもらっちゃって」<br />
「何言ってんだか……」<br />
あかりの手から袋を受け取りながら、<br />
「いっつも飯、作ってもらってるんだからな。これくらいの事、いくらでもしてやるぜ」<br />
並んで出口へ向かって歩くオレたち。自動ドアの前に立つとわずかな間を置いてから静かな音を立ててドアが開いていく。<br />
見慣れた商店街の街並をのんびりと歩きながら家路を辿るオレたち。<br />
「ふう、ようやく帰れるな……」<br />
「ゴメンね、浩之ちゃん。やっぱり私だけで買いに行った方が良かったかなぁ？」<br />
ぽつりと漏らしたオレの言葉にあかりが申し訳なさそうに答える。<br />
「ん？　いや、オレだって荷物持ちくらいはできるからな、別に嫌じゃねーよ。ただな……」<br />
「ただ？」<br />
「やっぱり、制服のまんまだとちょっとな……」<br />
言って苦笑いを浮かべるオレ。<br />
「高校生のふたりが制服で買い物なんて、いかにもって感じだよな？」<br />
「――うん、ちょっと恥ずかしいね……」<br />
制服のまま買い物に行くこと自体は別に変じゃないけど……。<br />
あかりと一緒だと妙に意識しちまって気恥ずかしい感じがするな。<br />
ま、でも――。<br />
「お前とだから別にいいんだけどな」<br />
「うん、私も……」<br />
頭にぽんと手をのせて言った言葉に、静かに答えるあかり。<br />
「しっかし、オレたちの買い物ってこんなのばっかりだな」<br />
「え？」<br />
「他の買い物って一緒に行ったことないんじゃねーか？」<br />
言いながら記憶を辿ってみる。あかりと買い物に行ったことは何回もあるけど、だいたいがこんな買い出しみたいなのだからな……。洋服とかそんなの買いに行ったことないような気がするぜ。<br />
「ふふふ……そう言えばそうかもしれないね」<br />
「洋服とかお前ひとりで買いに行ってんのか？　寂しいヤツだなぁ」<br />
意地悪っぽく言ったオレに、あかりは少しだけ頬をふくらませ、<br />
「ひどいなぁ、浩之ちゃん。ひとりでなんて行ってないよぉ」<br />
「ははは、冗談だって。やっぱ志保とかと行ってんだろ？」<br />
「うん、あとはやっぱりお母さんと行くのが一番多いかな？」<br />
「ふ～ん。でも考えてみればオレと一緒に行ったって参考になんてならないだろうからな～」<br />
気のない返事をかえすオレ。<br />
「前に志保と三人で行った時も、浩之ちゃん退屈そうにしてたもんね」<br />
「そんなことあったか？」<br />
とぼけるオレに、あかりは微笑みを返した。<br />
「浩之ちゃん、私たちが『どうかな？』って訊いても曖昧な返事しかしないんだもん」<br />
「そんなこと言ったってしょーがねーだろ？　オレには女物の服の善し悪しなんてよく分からねーんだから」<br />
あん時は志保があんまりぎゃーぎゃーやかましかったから面倒くさくなって適当に答えてただけなんだけどな。<br />
「似合うかどうかだけでも言ってくれればいいのに……」<br />
「あかりが着るんだったら何でも似合うって」<br />
「え？」<br />
しれっと言ってのけたオレの言葉にあかりは顔を紅く染め、<br />
「も、もう！浩之ちゃんたら、ごまかさないでよ」<br />
聞こえるか聞こえないかの小さな声でそった呟いた。<br />
「――でも、嬉しいな……」<br />
オレは何も言わずあかりの手を握る。オレの手を握り返すあかりの小さな手。<br />
そのまま顔を上げ天を仰ぐ。<br />
見上げた空に広がる澄み切った青。夏の気配を感じさせる強い陽射しは少しだけ翳りを見せ始めていたが、夕暮れまでまだまだ時間はかかりそうだった。<br />
＊＊＊<br />
「それじゃ、着替えてから行くからな」<br />
オレは自分の家の前であかりに言った。<br />
いつも以上にゆっくりと歩いたせいで、家に着くまでにかなり時間がかかってしまった。<br />
「うん、私はお夕飯の準備してるから」<br />
あかりに買い物袋を渡してから、オレは鞄の中から家の鍵を取り出し玄関の鍵を上げた。<br />
「頑張って作れよ。楽しみにしてるんだからな？」<br />
ドアを開けてから一度振り向いてあかりにそう言うと、<br />
「うん、まかせて！」<br />
あかりはにっこりと微笑んで手を振った。<br />
「またあとでな」<br />
「うん、ばいばい」<br />
オレも軽く手を上げあかりを見送ってから家に入って行った。<br />
玄関で靴を脱ぎ家に上がる。そのまま階段を上って自分の部屋に入り、ほとんど使っていない机の上に鞄を放り投げる。<br />
そのまま窓を開いて外の空気を招き入れる。オレは新鮮で爽やかな空気が部屋に流れ込むのを感じながらベッドに寝転んだ。<br />
――ふう……。<br />
やっぱり自分の部屋は落ち着くなぁ。少し固めのベッドの上でごろごろしながら少し気怠い体を休める。<br />
夕暮れ時を告げる涼しさの混じり始めたそよ風が心地いい。<br />
このまま一眠り……。っと、まずいまずい、寝過ごしたらせっかく夕飯を作ってくれるあかりに悪い。慌ててベッドから跳ね起き、頭を軽く左右に振って睡魔から逃れる。<br />
制服の上着を脱いでハンガーに掛ける。<br />
着替えを用意してタオルを持ち、オレはシャワーを浴びるために階段を下りてバスルームへ向かった。<br />
シャワーの温度を適当に調節して頭から一気に浴びる。やや熱めにしたお湯が汗を洗い流していく。一日の疲れも一緒に流れていくようだぜ。<br />
簡単にシャワーを浴びたあと、タオルで体に付いたお湯を拭き取って着替えを身に着ける。<br />
シャワーでぼさぼさになった頭も簡単に拭いてからブラッシングで髪を整える。最近は夜でもあまり気温が下がらないようになってきたから、このまま放っておいても風邪なんて引かないだろう。<br />
制服のズボンとシャツを持って、オレはバスルームを出た。そのままリビングへ向かい制服をソファの背に掛ける。<br />
七時ちょっと前か……。時計に視線を走らせながら考える。<br />
そろそろ行くか。<br />
オレはリビングの照明のスイッチを切ると、玄関で靴を履き外へ出た。ドアの鍵を下ろし、ポケットに鍵をしまい込み、オレはあかりの家へ向かって歩き出した。<br />
既に陽は落ち薄暗い闇が辺りに落ち始める。西の空に低くかかる焦げるような茜色のグラデーション。鮮やかな青をたたえていた大空は、夜の訪れを告げる深い蒼へと変わろうとしていた。<br />
太陽の代わりに夜道を照らす月の光を浴び長い影が地面に落ちる。皓々と輝く月の光は明るく、冷たげで、そして静かに夜の街並を照らし出していた。<br />
人気の引いた道をひとり歩く。歩を進めるたびに響く乾いた足音を聞きながら、やや早足にあかりの家を目指す。<br />
ほどなく見えてくる見慣れたあかりの家。<br />
オレはあかりの家の前に立ち、玄関のドアの脇に付いている呼び鈴のスイッチに指を伸ばした。軽くスイッチを押すと聞き慣れた鐘の音がドアの向こうで響くのが分かった。<br />
…………。<br />
かちゃり<br />
少しだけ待つと扉の鍵が外される音がしたあと、ドアが開けられた。<br />
オレを迎えたのは変わらぬ微笑みを浮かべたあかりだった。<br />
「こんばんは、浩之ちゃん」<br />
「おう、ちょっと遅かったか？」<br />
私服に着替えたあかりに招かれ、オレは玄関に足を踏み入れる。<br />
「ううん、私の方もちょうどお夕飯の準備ができた所だから、もう少しで食べられるよ。お腹空いてるよね？」<br />
「ああ、お前がせっかく作ってくれるんだからな。家でも何も口にしないで来たから腹ペコだぜ」<br />
オレがそう言うとあかりは嬉しそうに目を細めながら、<br />
「えへへ……。何だかそう言ってもらえると嬉しいな」<br />
「あら、浩之くん、いらっしゃい」<br />
あかりがそう言うのとほとんど同時に、家の奥から顔を出したあかりのお袋さんが柔らかな笑顔でオレを迎えながらそう言った。その仕草や表情はやっぱりあかりによく似ている。さすが親子だな。<br />
「ども、こんばんは」<br />
軽く頭を下げて挨拶するオレに、<br />
「いいのよ、固い挨拶なんて。それにしても浩之くんが家に来るのなんて久しぶりね？　今日はあかりがお夕飯作ってくれるって言うから何かあるのかと思ったけど……そういうことだったのね」<br />
「ちょ、ちょっと、お母さん……」<br />
ちらりとあかりを見ながら言ったお袋さんの言葉に、慌ててあかりが口を挟む。あらかじめ話しておけば良かったのに、何してたんだよ、あかり。<br />
「浩之くんもそんな所に立ってないで上がってちょうだい」<br />
「あ、ゴメン、浩之ちゃん。上がって」<br />
「ああ。それじゃ、お邪魔します」<br />
靴を揃えて脱いで家に上がる。<br />
「浩之ちゃん、もう少しでお夕飯できるから、もうちょっとだけ待ってね」<br />
「おう」<br />
あかりはそう言い残すと再びキッチンへ姿を消した。<br />
「それじゃ、浩之くんはこちらね」<br />
あかりのお袋さんにリビングに通され、オレは適当な場所に腰を下ろした。<br />
「ちょっと待っててね」<br />
そう言って彼女も姿を消す。たぶんあかりの手伝いにでもいったんだろうけど……。<br />
何となく落ち着かないな、ひとりで待つってのは。<br />
「浩之くん、コーヒーでも飲む？」<br />
「あ、どうも。ありがとうございます」<br />
コーヒーカップを持って現われた彼女の言葉に礼を言う。<br />
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ。遠慮しないでちょうだい」<br />
そう言いながらオレの向かいのソファに腰を下ろすあかりのお袋さん。<br />
「あの、あかりは？」<br />
「今、料理の盛り付けしてるわ。今日はあの娘ひとりで作りたいって言ったから、今日は楽させてもらってるの」<br />
ふふふ、と笑ってカップに口を付ける。<br />
「どうせなら毎日浩之くんが来てくれればいいのにねぇ。そうすれば私も家事が減って助かるんだけど」<br />
「ははは……」<br />
苦笑するオレを見て，彼女はくすりと笑いながら、<br />
「まあ、これは冗談だけどね。でも、いつでも来てっていうのは本当よ。その方があかりも喜ぶわ」<br />
やっぱり気付いてるよなぁ、こんなこと言うんだから……。それでも変わらない様子で話せるなんて、さすが母親だな。<br />
「オレとあかりのこと……」<br />
意を決して口にした言葉を言い終わる前に、彼女は静かに口を開いた。<br />
「あの娘は何も言わないけどね、分かってるわよ。母親ですもの」<br />
「そうですか」<br />
「あかりが毎日浩之くんのためにお弁当作る所も見てるし。それに浩之くんの話をするとき、すごく幸せそうな顔で話すのよ」<br />
「あかりは、すぐ顔に気持ちが出ますからね」<br />
「ふふふ、そうね。やっぱり浩之くん、あかりのことよく分かってるわ」<br />
お袋さんは嬉しそうににっこりと微笑む。<br />
「すみません、黙ってて。オレがあかりに口止めしてたんですけど……」<br />
「そんなこと気にしないでいいわよ。あの娘見てればすぐに分かることだし。それに相手が浩之くんだったら安心だわ。小さい頃からあかりと一緒に見てるから、あなたのこともあかりと同じくらい分かってるつもりよ」<br />
ふと、廊下から聞こえるあかりの足音。<br />
「どうやら準備ができたようね」<br />
「お待たせ～、お夕飯できたよ」<br />
あかりが笑顔で言った。<br />
「おう、待ちかねたぜ」<br />
「それじゃ、ご飯盛っておくからすぐ来てね？」<br />
そう言い残してあかりがぱたぱたとキッチンへ駆けて行った。<br />
「それじゃ、私たちも行きましょうか？」<br />
「はい」<br />
少し冷たくなったコーヒーを一気に喉に流し込み腰を上げる。<br />
「浩之くん」<br />
「はい？」<br />
先に廊下へ向かったあかりのお袋さんがオレの方を振り返って言った。<br />
「あかりのこと、よろしくお願いね」<br />
その言葉の意味を、重みをオレは噛み締めながら、<br />
「……はい」<br />
短く、けれどはっきりとオレはそう言った。<br />
にっこりと頷いた彼女の表情は、あかりの笑顔にとてもよく似ていた。<br />
オレにしか見せない、とびきりの幸せそうな笑顔に。<br />
＊＊＊<br />
「ふう、ごっそさん！」<br />
そう言ってオレは箸をテーブルの上に置いた。<br />
「ごちそうさま」<br />
同じように箸を置いて言ったあかりのお袋さんの言葉を聞いてから、<br />
「おそまつさまでした」<br />
嬉しそうにあかりがそう言った。<br />
「お茶、淹れるわね」<br />
お袋さんはそう言って席を立つ。お茶の葉を取り出し急須に入れポットから熱いお湯を注ぐ。並べた三人分の湯呑みにこぽこぽと淹れたてのお茶が注がれる。<br />
「はい、どうぞ」<br />
差し出された湯呑みを受け取るオレたち。<br />
「あ、ども」<br />
「ありがとう、お母さん」<br />
再び腰を下ろした彼女に、オレたちは口々に礼を言った。<br />
「ふふふ、どういたしまして」<br />
オレは湯呑みにそっと口を付け、お茶をすする。<br />
「今日の料理はなかなか美味かったぜ、あかり」<br />
一口すすってから、あかりに今日の夕食の感想を言う。あかり一人で作っただけのことはあって、味付けとかはモロにオレの好みに合わせてあった。多分、お袋さんもいつもの味付けと違うことに気付いてるんだろうな……。<br />
「えへへ……、そうかなぁ？」<br />
照れ臭そうにあかりが笑う。<br />
「なかなか上手にできたんじゃない？　初めて作ったんでしょ？」<br />
「うん。そんなに難しいお料理じゃなかったからね」<br />
お袋さんの言葉にあかりが答える。<br />
今日一緒に買ってきた材料で作ったのは、『キャベツと豆のスープ煮込み』という料理らしい。簡単なスープ料理だがこれが結構美味い。<br />
一口サイズに細かく切ったキャベツをスープで煮込んだものに、じゃがいも、にんじんを加えてさらに煮込む。じゃがいもとにんじんが柔らかくなっ たらチリビーンズを入れて、チリパウダーと胡椒、味を見て塩を加える。器に盛ってパセリのみじん切りを上から散らせて出来上がり……。<br />
食事中に聞いた作り方だけじゃ、オレにはさっぱりだが、『煮込んでいる間ににじみ出るキャベツの甘味がポイント』と付け加えたあかりの言葉はよく分かった。なるほど、確かにスープと他の材料に染み込んだキャベツの甘みと、アクセントで加えられた調味料の加減は絶妙だ。<br />
「やるなぁ、あかり。初めて作ったとは思えない美味さだったぜ？」<br />
そう、昨日の今日で作った料理とはとても思えない。オレは素直にあかりの料理を賞賛した。<br />
「そ、そう？　でも、そんなに褒められるとちょっと恥ずかしいな……」<br />
「いや、マジで美味かったぜ。次も期待できそうだな？」<br />
「えっ？　また食べに来てくれるの、浩之ちゃん？」<br />
ぱっと目を輝かせてオレの言葉に反応するあかり。<br />
「ま、また今度な……」<br />
あかりの勢いに多少気圧されながらも言う。<br />
「そうそう、浩之くんが来てくれると私も助かるから、また来てちょうだいね」<br />
「お、おばさんまで……」<br />
思わず苦笑する。<br />
「だってそうすればあかりが頑張ってくれるもの。ね、あかり？」<br />
いたずらっぽい笑みを浮かべながら言ったお袋さんの言葉にかっと顔を染め小さな声で呟いた。<br />
「お、お母さん……」<br />
「あら、ホントでしょ？」<br />
「も、もう！」<br />
「ま、まあ、そのうちまたお邪魔します……」<br />
とりあえずあかりに助け船を出す。このままだんまりだとこっちまで保たないからな。<br />
「あかり、また何か新しい料理覚えたら食わせてくれよ？」<br />
「うん」<br />
まだ少し赤みの残る顔を上げ、あかりが頷いた。<br />
「――っと、それじゃご馳走になったことだし、そろそろ帰ろうかな？」<br />
「あら、もうお帰り？」<br />
「ええ」<br />
言ってオレは席を立った。<br />
「あ、私も」<br />
オレにつられて席を立つあかり。<br />
「また来てね、浩之くん」<br />
「はい、今日はお邪魔しました」<br />
お袋さんに軽く頭を下げ、オレは玄関へ向かった。<br />
「別に送ってもらわなくてもいいぜ？」<br />
靴を履きながらあかりに言う。だいたい女の子に送ってもらうなんて……普通逆だろ？<br />
「うん、でもせっかくだから家の前まででも……」<br />
「まぁ、それならいいけどな……」<br />
立ち上がり爪先でとんとんと床を叩いて足を靴に押し込む。そのままオレは玄関のドアを開け外に出た。<br />
外はすっかり暗くなっていた。時刻も八時を過ぎれば当然か……。星星の瞬く大空は、黒に溶け込むような限りなく深い蒼。高く上った皓い月が変わらず静かにオレたちを照らし出していた。<br />
「今日はありがとな。なんのかんの言ってもやっぱり嬉しかったぜ、あかりの料理が食えて」<br />
「私は浩之ちゃんに喜んでもらえれば、それが一番嬉しいから……」<br />
あかりがオレを見ながら言う。<br />
「そっか、いつも悪ぃな、あかり」<br />
「ううん、そんなこと……！　浩之ちゃんに喜んでほしいから、私、頑張ってるんだよ？」<br />
「ああ、お袋さんもそう言ってたな」<br />
お袋さんにからかわれたあかりの反応が面白くて、つい意地悪を言ってしまう。あかりは少し困ったような、嬉しいような複雑な表情を浮かべながら、<br />
「お母さん、いきなりあんなこと言うんだもん。びっくりしちゃった」<br />
「オレが毎日来たら、あかりが全部作らなけりゃならなくなるんだよな？」<br />
「う……」<br />
思わず言葉を詰まらせるあかり。<br />
「気にすんな、冗談だよ」<br />
「もう、浩之ちゃんまで……。ホント、意地悪なんだから……」<br />
でも、と付け加えたあかりがオレの服の袖を掴む。<br />
「また来てくれるのはホントだよね？」<br />
「ああ、すぐにってのはちょっと勘弁だけど、たまになら、な」<br />
「――ありがとう」<br />
言いながらオレの胸にあかりが顔を埋める。ほのかに香るあかりの優しい匂い。オレはあかりの頭をそっと包み込むように抱きしめ、さらさらの髪をそっと撫でた。<br />
「あかり……」<br />
オレの呼び掛けに顔を上げるあかり。心なしか潤みを帯び揺れる瞳。<br />
「浩之ちゃん……」<br />
あかりはそう言いながら静かにその瞳を閉じた。<br />
ほんのりと頬に差す朱が白い肌に映える。オレはあかりの頬にそっと手を添え唇を近付けた。<br />
「――ん……」<br />
そっと唇が触れる。あかりが小さな吐息を漏らし、か細いその両腕がオレの背中に回された。<br />
オレは唇を重ねたまま両手であかりを抱きしめあかりに応えた。<br />
どちらからともなく離れる唇。あかりが、はぁ……、と熱を帯びた溜め息をついた。<br />
オレはもう一度あかりを抱きしめ、耳元で囁く。<br />
「それじゃ、またな……」<br />
「……うん」<br />
かすれるような小さな声。<br />
しばらくきゅっとあかりを抱きしめたあと、オレは両手をあかりの背から離した。名残惜しそうにオレの背に添えられていたあかりの手も、それからほどなく離れた。<br />
「お休みなさい、浩之ちゃん」<br />
まだ潤んだままの瞳でオレを見つめながらあかりが言った。<br />
「ああ、お休み。また明日な」<br />
「うん、ばいばい」<br />
そう言ってあかりは玄関のドアを開け、家の中に戻って行った。<br />
家に戻るあかりにオレは軽く手を上げ挨拶の代わりにしてから、家に向かって歩き始めた。<br />
初夏とはいえ、木々の枝を揺らす風にはまだ少しだけ肌寒さが感じらる。<br />
そんな風に吹かれながらも、オレの頬は熱く、唇にはあかりの温もりが残っていた。</p>
<p>side D or Epilogue:Good night my Darlin&#8217;&#8230;<br />
――ふぅ……。<br />
ドアの扉を後ろ手に閉めて大きく息を吐いた。<br />
まだ熱を帯びたままの頬。<br />
まだ唇に微かに残る浩之ちゃんの温もり。私はそっと指で触れてみる。<br />
…………。<br />
熱の引きかけた頬に再び熱さが戻ってくる<br />
――や、やだ……、私ったら何してるんだろ？<br />
ちょっと変だよね……？<br />
さて、と……。お夕飯の後片付けを済ませなくちゃね！<br />
「――あかり？」<br />
突然私を呼ぶ声。お母さんだ。<br />
「え？あ、な、何！？」<br />
びっくりして思わず大きな声で返事をしてしまう。ダイニングの入り口から顔を覗かせたお母さんが不思議そうにこちらを見ていた。<br />
「どうしたの？　ぼうっとして」<br />
「う、ううん。なんでもないよ。それよりも後片付けしなくちゃ……」<br />
慌てて靴を脱いで家に上がろうとする私を、お母さんは笑いながら、<br />
「後片付けだったら私が済ませちゃったわよ？」<br />
「え？」<br />
「だって、あんまり遅いんですもの、てっきり浩之くん家まで一緒に行ったのかと思って。だから今日はもういいわよ。ご苦労様」<br />
「あ、ご、ごめん……。ちょっと家の前で話してただけなんだけど……」<br />
「ふふふ、いいから早く上がりなさいね？」<br />
くすくすと笑いながらお母さんが顔を引っ込めた。<br />
――もう、何がおかしいんだろう？<br />
私もお母さんに続いて、ダイニングに入る。<br />
お母さんの言った通り、テーブルの上に並べられていた食器はきれいに片付けられ、食器棚の中の同じ場所に整然と並んでいた。室内を照らす照明の白い光がガラスの食器をきらきらと輝かせる。<br />
とりあえず、私は椅子に腰を下ろした。<br />
「はい、あかり」<br />
言いながら、お母さんが私のマグカップに注がれた入れたてのコーヒーを私の前に置いた。<br />
「あ、ありがとう」<br />
お母さんは私のちょうど向かい、さっきまでは浩之ちゃんが座っていた場所に腰を下ろす。<br />
「それにしても、今日はがんばったわね～」<br />
「……え？」<br />
「浩之くんが来るってだけで、あんなに一生懸命になれるんだから……」<br />
「もう、その話しならさっきしたでしょ？」<br />
私の言葉にも耳を貸さずにどんどんと話しを進めるお母さん。<br />
「――やっぱり毎日来てくれた方が、私も助かるんだけどね～」<br />
言いながら私を見て、意味ありげな笑顔を浮かべる。<br />
「ひ、浩之ちゃんが迷惑がるよ……」<br />
何もかも分かったような顔で話すお母さんを見ていると、私の想いまで見透かされているように思える。お母さんが私たちのこと気にかけてくれるのは嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいな……。<br />
「あらあら、あかりまでそんなこと言ってたら、浩之くんまた当分来てくれないんじゃない？　今日だって誘ったのはあかりなんでしょう？」<br />
「う、うん……」<br />
「それに浩之くんもまんざらじゃなさそうだったじゃない。やっぱりあかりの料理が好きなのよね」<br />
『好き』……その一言で胸が高鳴る。<br />
「す、好きって……」<br />
「何、真っ赤な顔してるのよ？」<br />
「あ、り、料理の話だったよね」<br />
もう一度くすりと笑って、<br />
「まぁ、あかりのこと『も』好きなんでしょうけどね……」<br />
「……お、お母さん」<br />
いたずらっぽい笑みを浮かべたまま言ったお母さんの言葉に、私は真っ赤になって俯いてしまう。視線を落とした先のマグカップの中でコーヒーがゆらゆらとゆるやかな波を打つ。<br />
「やっぱり……分かっちゃうよね？」<br />
「浩之くんと同じこと言うのね」<br />
「え？」<br />
顔を上げお母さんを見る。<br />
「浩之くんもああ見えて意外に照れ屋だから、なかなかはっきりとは言ってくれないけどね。あかりのこと十分過ぎるくらい想ってくれてるじゃない」<br />
コーヒーカップに口を付け一呼吸置いてから、<br />
「あの子にだったら私も安心してあなたを任せられるわね」<br />
「お母さん」<br />
「大切にしてもらいなさいね？」<br />
「うん……」<br />
「大丈夫よ、浩之くんもちゃんと言ってくれたから」<br />
「え！？　浩之ちゃん、何て？」<br />
お母さんは笑いながら首を横に振って、<br />
「ふふふ、それは内緒だけどね」<br />
「お母さん、ずるい。教えてよぉ！」<br />
「そんなに言うんだったら浩之くんに直接聞いてみればいいでしょ？」<br />
「……浩之ちゃんが教えてくれる訳ないでしょう？」<br />
「そうかもね」<br />
くすくすと笑みを絶やさずに私の抗議の言葉も軽く受け流す。<br />
「はい、それじゃ、この話はここまでね」<br />
ぽん、と両手を合わせてお母さんが一方的に話しを打ち切った。<br />
――もぉ、私だって訊きたいこといろいろあるのに……。<br />
「あかり、明日もお弁当作るんでしょ？　準備しておかないと明日つらいわよ？」<br />
「う、うん……」<br />
言って席を立ち、ほとんど口を付けなかったマグカップを持って、キッチンに向かう。水道の蛇口をひねり、勢いよく流れ出した水でカップを洗い流す。水を切って布巾で水気を拭き取って食器棚に戻す。<br />
「それじゃ、私は先に休ませてもらうから……」<br />
「あ、うん。お休みなさい、お母さん」<br />
ダイニングを後にするお母さんに挨拶をする。<br />
私も明日の準備を早く済ませなくちゃね。<br />
明日のお弁当のおかずは何にしようかな？　冷蔵庫の扉を開けて材料の確認。　一品一品手に取りながら献立を頭の中で思いめぐらす。<br />
……うん、これにしようかな？<br />
簡単に明日のメニューを考え、使う食材をひとまとめにして冷蔵庫に戻す。　最近はもう日課になっちゃってるね……。でも、浩之ちゃんの嬉しそうな笑顔を思うと、大変だなんて考えもどこかへ行っちゃうみたい。<br />
それじゃ、私もそろそろお風呂入って休まなきゃ。<br />
照明のスイッチをパチリと下ろして、私はダイニングを後にした。<br />
＊＊＊<br />
――ふぅ、気持ち良かったぁ……。<br />
濡れた髪を乾かしブラシで髪を整える。<br />
私はそのままベッドに身体を投げ出し、くるりと半回転して部屋の天井を眺めた。<br />
窓の外には満天の星空。変わらぬ静けさを湛えたままの月。<br />
――今日はいろんなことがあったなぁ……。<br />
お風呂上がり特有の、気怠さ混じりの心地好さに包まれながら今日の出来事を思い返してみる。<br />
昨晩は久しぶりに浩之ちゃんの家で一緒に過ごせて楽しかったなぁ……。お料理も美味しいって言ってくれたし。でも、あんまり『ここが悪い』と かって言ってくれないんだよね。もっとおいしいお料理作りたいからいろいろ言ってほしいんだけど……。今度、浩之ちゃんに訊いてみようかな？<br />
お昼の時の浩之ちゃんの驚いた顔、唖然としてたっけ。ふふふ、私もちょっと意地悪だったかな？　でも、浩之ちゃんも私に意地悪なこと言うからおあいこだよね？<br />
来栖川先輩にも褒められて嬉しかったなぁ。結局浩之ちゃんに押し切られて、先輩の分もお弁当作ることになっちゃったけど、こうなったら頑張って先輩も『美味しい』って言ってくれるようなお弁当作らなくちゃね！<br />
でも、先輩ってどんなお料理が好きなんだろう？　今度あったら訊いてみないとね。<br />
放課後、志保ったら私のこと浩之ちゃんの『奥さん』だなんて……。私たちそんな風に見えてたのかなぁ？<br />
浩之ちゃんも困ってたから、志保には後でお願いしておこうかな……？<br />
でも――恥ずかしかったけど、嬉しかったな。<br />
いつかホントに浩之ちゃんの奥さんになれたらいいな……なんて、ちょっと気が早いかなぁ？<br />
飛躍しすぎな考えに苦笑しながら目を閉じる。<br />
目を閉じれば浮かんでくる浩之ちゃんの笑顔。ぶっきらぼうで素っ気ない振りしてるけど、すごく優しいこと知ってるんだから。<br />
『大切にしてもらいなさいね？』<br />
さっき聞いたお母さんの言葉がふと頭をよぎる。<br />
大丈夫だよ、お母さん。浩之ちゃん、これまでだって、私をずっと大切にしてくれてたんだから。多分、お母さんが思ってるより、ずっとずっと大切にしてくれてるよ。<br />
だから、心配しないでね。私、すごく幸せだから……。<br />
昨日より今日、今日よりも明日。毎日どんどん好きになる。<br />
明日もいい一日にしようね。<br />
私にとっては浩之ちゃんと過ごす毎日が一番の宝物だから……。<br />
快い眠気が訪れる。身体がふわふわと浮かぶような感覚。段々と意識が遠のいていく。私は逆らわずにその感覚に身を任せた。<br />
お休みなさい、浩之ちゃん。<br />
明日も、明後日も、これからも、ずっと一緒にいようね……。<br />
大好きだよ。</p>
<p><center>――了――</center></p>
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		<title>雨の日に……</title>
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		<pubDate>Sun, 06 Sep 1998 00:00:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
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		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[雨の日に…… 「ふ～、まいったなぁ……」 オレは暗く澱んだ空を見上げながら溜め息をついた。 「うん……。どうしよっか？　　」 同じように空を見ながらあかりが答える。 少し困ったようなあかりの表情。 きっとオレも似たような... [<a href="http://www.u-1.net/1998/09/06/9/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">雨の日に……<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 「ふ～、まいったなぁ……」<br />
オレは暗く澱んだ空を見上げながら溜め息をついた。<br />
「うん……。どうしよっか？　　」<br />
同じように空を見ながらあかりが答える。<br />
少し困ったようなあかりの表情。<br />
きっとオレも似たような顔をしてるんだろう。</p>
<p>――ざぁ…………<br />
降りしきる雨の音。<br />
静かに耳に届くその音を聞きながら、オレたちは商店街のアーケードの下で足留めを食っていた。<br />
「こりゃ、しばらく止みそうにないかな？」<br />
呟くオレ。<br />
何も言わずにオレの横で静かに佇むあかり。<br />
しとしとと降り続けるこの雨は、一向に止む気配を見せなかった。</p>
<p>ToHeart After Story of AKARI KAMIGISI<br />
-in the raining with You-<br />
雨の日に……</p>
<p>――オレたちが結ばれてから。<br />
ふたりはあれから何も変わることなくいつもと同じ毎日を送っていた。<br />
少しだけ変わったと言えば、ごく自然に一緒にいられるようになったこと。<br />
これだけでも十分変わったと言えばそうかもしれないが……。<br />
まぁ、周囲の目を意識していないと言えばウソになるし、これまで以上に一緒にいるようになったオレたちを見て何か感付いたのか、志保のヤツにからかわれもしたが、あかりの笑顔を一番近くで見ていられると思えばそんなことはほんの些細なことだった。<br />
そんなオレに合わせたのか、あの日の約束を律義に守っているのか、あかりも志保や雅史に何も言ってないようだ。<br />
そのおかげ――かどうかは分からないが、オレの周囲はこれと言った大きな変化もなく、「日常」という曖昧な言葉がぴったりな、変わり映えのない毎日をオレは過ごしていた。</p>
<p>――朝起きて、学校へ行く。<br />
――つまらない、授業。<br />
――放課後、家へ帰る。<br />
数えるのもバカらしいほど繰り返された毎日。<br />
退屈に押し潰されそうだった毎日。</p>
<p>しかし、あかりと共に過ごす時間が増えてからそんな思いが少しずつ変わって行くのにオレは気付いた。</p>
<p>交わす朝の挨拶。<br />
登校の途中にするたわいないおしゃべり。<br />
教室で、志保や雅史たちとのバカ話。<br />
相も変わらず絶えないオレと志保の口ゲンカ。<br />
苦笑しながら仲裁するあかりと雅史。<br />
ふたりで食べる手作りの昼食。<br />
寄り道しながら辿る帰り道。</p>
<p>今までと変わらないようでいて、少しだけ変わったオレたちの毎日。<br />
何気なく過ぎて行くそんな毎日をあかりと共に過ごせる。<br />
今のオレにとってそれが一番しあわせなことなんだろう。</p>
<p>昨日と同じようでちょっとだけ違う今日。<br />
そして、今日ともちょっとだけ違う明日。<br />
「日常」の中にある、さり気ない小さな非日常。<br />
そんな小さな小さな出来事でもオレたちにとっては大切な思い出。<br />
アルバムに残らなくても、日記にしなくても、ふたりで共有したかけがえのない時間は、そっと心に刻まれ続ける。<br />
――いつか遠い将来。<br />
静かに積み重ねたオレたちの思い出を、もう一度ふたりで笑いながら語り合いたい。<br />
そう、思いながら……。<br />
＊＊＊<br />
そしてまたこれまでとは少しだけ違った１日。<br />
「浩之ちゃん、帰ろ？」<br />
いつもと同じように声を掛けてくるあかり。<br />
「ああ、そうだな」<br />
言って鞄を取り席を立つオレ。<br />
「浩之ちゃん、鞄、軽そうだね？」<br />
「ん？　　ああ、別に荷物なんてないからな」<br />
いぶかしげな表情で訊くあかりにオレは気楽に答える。<br />
「もう、しょうがないなぁ。教科書くらいは持って帰った方がいいと思うよ？」<br />
困ったような顔をしながらオレを諭すあかり。<br />
「いいだろ、別に。どうせ家で勉強なんてしないんだからさ」<br />
「でも……。ほら、今日はないからいいけど、宿題とかが出た時にも持って帰るの忘れたら大変だよ？」<br />
「そんときゃお前に教えてもらうさ。一緒にやりゃいいだろ？」<br />
「う、うん。それはそうだけど……」<br />
あかりは小さな声でそう言うと、それきり黙ってしまった。<br />
き、気まずい……。<br />
「――ったく分かったよ。持って帰る、帰ります！」<br />
どうにもこんな雰囲気に弱い。<br />
あかりの悲しそうな顔を見るとこちらまで気持ちが沈んでしまいそうだ。<br />
オレはごちゃごちゃした机の中から教科書の山を取り出すと鞄に詰め込んだ。<br />
「ほら、これでいいだろ？」<br />
言ってずっしりとした鞄をあかりに見せる。<br />
「うん！」<br />
途端にぱっと顔をほころばせ破顔するあかり。<br />
そんなあかりを見てオレは苦笑するしかなかった。<br />
――ホント、ころころ表情が変わるヤツだな。<br />
最近はあかりにペースをに握られっぱなしだなぁ……。どうにも調子が狂う。<br />
さすがオレのことをよく分かってる。<br />
『藤田浩之研究家』の看板に偽り無しって感じだな。<br />
「どうしたの、浩之ちゃん？」<br />
「いや、なんでもねーよ。それよりそろそろ帰るか」<br />
適当にあかりの質問をはぐらかし、オレは廊下へ向かって歩き出す。<br />
「うん」<br />
言ってオレに続くあかり。<br />
廊下であかりが出てくるのを少しだけ待ち、一緒に歩き出す。<br />
「そうだ、あかり。今日ヒマか？」<br />
「え？　うん」<br />
頷くあかり。<br />
「今日はちょっと駅前にでも行ってから帰らねーか？」<br />
「どうしたの？　何か買いもの？」<br />
「ああ、集めてるマンガの単行本が出てるハズなんだ」<br />
あかりは廊下の窓から空をちらりと見上げ、<br />
「でも、天気崩れそうだよ？」<br />
「そうか？」<br />
うーん、確かに少しばかり雲が出てきたような……？<br />
でも、さっきまで天気良かったし、大丈夫だろ。<br />
「大丈夫だろ？　心配か？」<br />
訊くオレにあかりは首を横に振り、<br />
「ううん。浩之ちゃんと一緒だったら雨くらい……」<br />
言いかけてはっとするあかり。<br />
「オレと一緒だったら……何だって？」<br />
我ながら意地悪な質問だなぁ。<br />
みるみる赤く染まっていくあかりの顔を見ながらそう思った。<br />
「えーと……」<br />
俯きながら言葉を探すあかり。<br />
――可愛い……。<br />
おっと、何考えてるんだオレは？<br />
そんな考えを振り切るように、<br />
「ほら、じゃ天気が悪くなる前にとっとと用事済ませようぜ！」<br />
言ってあかりの手を取り再び歩を進める。<br />
「あ！」<br />
ちょっとびっくりしたような声を上げるあかり。<br />
「ん、どうした？」<br />
「ううん、何でもないの。それじゃ、行こ」<br />
再び顔を上げ笑顔で答えるあかり。<br />
「そうだな」<br />
頭を掻きながら、<br />
「悪ぃな、あかり。付き合わせちまって」<br />
言うオレに、あかりは、<br />
「ううん、そんなことないよ」<br />
言葉を区切り、一呼吸置いてから。<br />
「――浩之ちゃんとは、ずっと一緒にいたいから……」<br />
か細い声で言ったあかりの言葉は、しかしオレの耳にはちゃんと届いた。<br />
精一杯のあかりの言葉。<br />
飾らない素直なあかりの気持ちが嬉しかった。<br />
＊＊＊<br />
見上げた空から視線を外さず、<br />
「やっぱり降っちゃったね、雨」<br />
ぽつりと呟くあかり。</p>
<p>あれからオレはあかりとふたりで駅前へ繰り出した。<br />
行きつけの書店で目当てのマンガを買い込み、あかりとふたりでしばらく雑誌などを物色した。<br />
あかりはオレと付き合うようになってから、さらに家事全般に熱心になり日々新たな料理のレパートリーを増やすべく努力しているようだ。<br />
「浩之ちゃん、今度こんなの作ってあげるね」<br />
料理の本を熱心に見ながら嬉しそうに話すあかり。<br />
オレとしては豪勢な食事よりも今まで通りの家庭的で質素な料理で十分なんだが。<br />
――でも、実際あかりの料理はどんどん美味くなってるからなぁ。<br />
「ああ、でもあんまり高そうなのは勘弁してくれよ。食費に余裕なんてないんだからな」<br />
「うん。そのときは私が材料用意するから」<br />
「いいよ別に。そこまでしてもらわなくても」<br />
さすがに遠慮してしまう。<br />
「遠慮なんてしなくていいのに……」<br />
がっくりと肩を落としながら言うあかり。<br />
が、何かを思い付いたのか再び顔を上げ、<br />
「あ、じゃあ私とお母さんが作るから、今度、私の家に食べに来てよ」<br />
「――は？」<br />
間の抜けた声で訊き返す。<br />
そりゃあ、これまでも何回かあかりの家で食事をしたことはあるけど。<br />
「いいでしょ？」<br />
すがるような目でオレを見るあかり。<br />
「わ、分かったよ……」<br />
しぶしぶ頷く。<br />
「ホント！？」<br />
目を輝かせて訊き返すあかり。<br />
「ああ、そのうちな」<br />
――まったく、妙な所で押しが強いんだからなぁ、コイツは。<br />
「うん！」<br />
満面の笑みを湛えながらあかりが頷いた。<br />
店内の時計に目をやる。<br />
時計の針は５時を少し回った所。<br />
日の長くなった最近ではまだ外は十分過ぎるくらい明るいが……。<br />
「どうする、あかり」<br />
読みかけの本から目を逸らしオレを見るあかり。<br />
「オレの用事はもういいけど……。まだ読んでくか？」<br />
あかりは本を閉じ本棚に戻すと、<br />
「ううん」<br />
と答えた。<br />
「そっか、それじゃそろそろ帰るか？」<br />
「うん。そうだね」<br />
そして、自動ドアから外に出ると……。<br />
――雨が降り始めていた……。</p>
<p>「ホント、悪ぃ。あかり」<br />
突然のオレの言葉に少し驚いたような表情を見せるあかり。<br />
「え？」<br />
視線をあかりに移し謝る。<br />
「お前の言う通りだったな、天気」<br />
オレの言葉が降りしきる雨の音に交じる。<br />
「しょうがないよ。突然降り始めたみたいだしね」<br />
そう言って視線を道路に移す。<br />
傘を持っていない通行人は思ったよりも多かった。<br />
雨の中ずぶ濡れで走る人。<br />
鞄を頭に掲げ雨をしのぎながら道を行く人。<br />
オレたちと同じように店先で雨雲を恨めしそうに見上げる人も多い。<br />
オレたちは顔を見合わせ溜め息をついた。<br />
「傘、持ってないよね」<br />
「ああ、どうする？」<br />
「もうちょっと待ってみよ？　もしかしたら止むかもしれないし」<br />
「止むかなぁ？」<br />
オレの言葉に自信なさげに苦笑するあかり。<br />
「ごめんね、分かんない」<br />
「――だよなぁ……」<br />
オレ一人なら走って帰ってもいいんだけど、あかりを置いてなんて帰れないしな。<br />
もうしばらく様子を見るか。<br />
雨の勢いは少しだけ弱まったように見えるが、それでもここから家に帰るまでにずぶ濡れになるのは確実だし……。<br />
「しょーがねーな、もうちょっと様子見て決めようか？　いざとなったら濡れて帰るしかないけどな」<br />
「そうだね」<br />
「はぁ、しかし天気予報は見とくもんだなぁ」<br />
「うん、ごめんね。私が朝見ておけば傘くらい持って行ったのにね」<br />
オレの言葉を真に受けたのか、あかりがそんな事を言った。<br />
「何言ってんだよ？　別にあかりのせいじゃないって」<br />
言って、オレはあかりの頭に手を乗せ軽く撫でる。<br />
「うん……」<br />
恥ずかしそうに俯くあかり。<br />
「でも、鬱陶しい雨だなぁ」<br />
疲れた口調で言うオレに、<br />
「そうかなぁ？　私はそんなに嫌いじゃないよ、雨は」<br />
少しだけ楽しそうな表情を浮かべながら口を開くあかり。<br />
「物好きだなぁ、お前も」<br />
――ま、あの変なくまがお気に入りだしなぁ。<br />
心の中でそう付け加える。<br />
「あ、もちろんお天気な日も大好きだよ。でもほら、雨の音って聞いてると落ち着くような気がしない？　――私だけかなぁ？」<br />
絶え間なく降りしきる雨が、足元の水たまりに小さな波の花を咲かせる。<br />
「そういうもんかねぇ？」<br />
「うん」<br />
何がそんなに嬉しいのか声を弾ませながら語るあかり。<br />
まぁ、確かにあかりの言うことも一理あるかもな。<br />
「――そうだな。たまにはこんなふうに雨の音を聞くのもいいかもな」<br />
「そうでしょう？」<br />
オレの言葉に嬉しそうに頷くあかり。<br />
喧騒に包まれたいつもの商店街とは違った、静かな雰囲気の漂う街並。<br />
ふたりの会話が途切れ、辺りに沈黙が降りる。<br />
「――静かだな……」<br />
沈黙を破ったのはオレ。<br />
このまま黙ったまま雨が上がるのを待つなんてとてもできない。<br />
「誰もいなくなっちゃったね……」<br />
さすがに通りを行く人影も途絶え、いるのは帰り損ねたオレたちだけ。<br />
客足の遠のいた店内も、もはや閉店間際と言った感じで閑散としている。<br />
結構、客はいたと思うんだけどな、いつの間にか誰もいなくなってしまった。<br />
「ああ」<br />
雨雲のせいか一層暗く感じる辺りを見回しながら言う。<br />
「――でも……」<br />
そう言ってオレに寄り掛かるあかり。<br />
「たまにはこういうのもいいよね」<br />
「あかり……」<br />
あかりはオレの肩に頭を預け、そっと目を閉じる。<br />
「浩之ちゃん、ごめんね。少しだけでいいから……」<br />
何も答えずに腕を回し、あかりの肩を抱き寄せる。<br />
オレは静かに響く雨の音に耳を澄ます。<br />
幸せな表情を浮かべるあかりの横顔を見詰めながら。<br />
＊＊＊<br />
「――ずいぶん暗くなっちゃったね」<br />
言うあかり。<br />
「ああ。――ったくお前がいつまでも離れようとしないからなぁ」<br />
にやりと笑みを浮かべながらのオレの言葉に、<br />
「そ、それはそうだけど……」<br />
口ごもるあかり。<br />
「――でも……、浩之ちゃんだって、私のこと……離そうとしなかったよ」<br />
消え入りそうな小さな声。<br />
「いや、まぁ、そうだけどな……」<br />
照れ隠しにそっぽを向きながら答える。<br />
「――浩之ちゃん、どうしたの？」<br />
オレの顔を覗き込みながら訊く。<br />
「な、なんでもねーよ」<br />
突然のあかりの行動に少し驚く。<br />
「ふふふ、変な浩之ちゃん」<br />
言いながら無邪気な笑顔を浮かべるあかり。<br />
「ほら、日が暮れないうちにとっとと帰るぞ。また降り出したら面倒だからな」<br />
「うん！」<br />
ようやく降り止んだ雨。<br />
昏い雲の隙間から幾条かの光の筋が差し込み始めてきていた。<br />
まだ少しだけ漂う雨の匂いを感じながらオレたちは商店街を後にした。<br />
暗く立ちこめていた雨雲は空の彼方へ去り、暖かい光を放つ夕日が姿を覗かせ始めている。<br />
しんと静まり返った道路に響く足音ふたつ。<br />
淡いオレンジ色の夕陽に彩られた街並。<br />
ゆっくり家路を辿るオレたち。<br />
「あかり、ゴメンな。だいぶ遅くなっちまった」<br />
「ううん、大丈夫。浩之ちゃんと一緒だったって言えばお母さん安心するから」<br />
「信用されてるの嬉しいけどな～、やっぱ悪いよ」<br />
「浩之ちゃん、私と一緒じゃ嫌？」<br />
おずおずと訊いてくるあかり。<br />
「ば～か。そんなことある訳ないだろ？」<br />
――いちいち訊かなくても分かってるくせに……。<br />
苦笑しながら言葉を返すオレ。<br />
「えへへ……。ありがとう、浩之ちゃん」<br />
暮れゆく陽を見上げながらあかりが微笑む。<br />
夕陽に照らされ茜色に染まったあかりの横顔。<br />
見慣れたはずのその横顔がいつもより少しだけ大人っぽく見えた。<br />
「雨、上がって良かったね」<br />
あかりは弾むような足取りで少し駆け出し、くるりと回ってこちらを向く。<br />
「え？　あ、ああ。そうだな」<br />
「浩之ちゃん、どうしたの？」<br />
――あかりに見とれてた、なんて言えないよなぁ、やっぱり。<br />
「ん。何でもねーよ」<br />
「？　そう……？」<br />
釈然としないような表情のあかり。<br />
「でもな……」<br />
「え、何？」<br />
「今日ならもう少し降ってても良かったかなって」<br />
オレの言葉の意味を察したのだろう、夕陽に照らされても分かるほどにあかりの顔が朱色に染まる。<br />
「あ、あれはね、浩之ちゃん……」<br />
ぱたぱたと手を振りながら、慌ててそう言い口ごもるあかり。<br />
「でも、時々にしとけよ。オレだって恥ずかしいんだからな」<br />
言いながらオレはあかりの横に並ぶと、あかりの小さな手をそっと握る。<br />
「ま、これなら雨の日もたまにはいいかな？」<br />
恥ずかしそうに俯いていたあかりは、<br />
「うん！」<br />
顔を上げ、とびきりの笑顔を浮かべながらそう言った。<br />
――再び家に向かって歩き出すオレたち。<br />
「浩之ちゃん、今日お夕飯作りに行っていいかなぁ？」<br />
そんなことを突然言い出すあかり。<br />
「へ？　なんでまた今日なんだ？」<br />
いきなりと言えばいきなりな、あかりの申し出に、オレは思わず訊き返す。<br />
「さっき本屋さんで読んだ本にね、結構簡単にできそうなお料理があったの。多分、浩之ちゃん家の冷蔵庫に入ってる材料でも大丈夫だと思うから」<br />
「何でお前がオレよりオレん家の台所事情に詳しいんだよ……」<br />
あかりの言葉に唖然としながら答えるオレ。<br />
理由は分かりきってるけどな。<br />
「だって、浩之ちゃん、自分でお料理なんてほとんどしないじゃない。それに最近はたいてい私が作ってるしね」<br />
――うーん、この頃のあかりってほとんど通い妻って感じだよな……。<br />
こんなこと志保のヤツにでも知れたらどうなることやら……？<br />
「じゃあ今日も一つ頼むわ」<br />
「うん！　頑張って作るから期待しててね」<br />
やけに張り切るあかりの、歩くペースに合わせゆっくりと歩を進める。<br />
「でも、また雨降ったらどうすんだ？　お前ん家寄って傘、持って行くか？　別にオレん家の傘貸してやってもいいけど……」<br />
言いながら、ふとひらめいた考えを口に出す。<br />
「――あ、なんなら『雨で帰れないから』とでも適当に言って、久し振りに泊まってくか？」<br />
「も、もう！　浩之ちゃんてば……」<br />
――冗談だよ。<br />
笑いながらさっきの言葉を否定しようとしたオレに、<br />
「――それもいいかな……？」<br />
予想外の答えに今度はオレが驚く。<br />
「マジ？」<br />
「な、何度も言わせないでよぉ。私だってとっても恥ずかしいんだから……」<br />
オレから視線を逸らし、か細い声を上げるあかり。<br />
「わ、悪ぃ」<br />
言いながら天を仰ぐ。<br />
「この天気じゃ降るかどうかは微妙だけどな……」<br />
オレたちを優しく包み込む夕陽にわずかに目を細める。<br />
雨雲はどうやら遠くへ流れて行ったらしい。<br />
「そうだね」<br />
オレを見詰めながら答えるあかり。<br />
「浩之ちゃん、雨、降ってほしいの？」<br />
苦笑しがちに問いかける。<br />
「やっぱり変か？」<br />
視線を戻しあかりを見る。<br />
「そりゃ、あれだけ『雨は鬱陶しい』とか言ってたからなぁ」<br />
そんなオレの答えにちょっとだけ考えて、<br />
「ううん」<br />
首を横に振る。<br />
「私も降ってほしいかな……」<br />
はにかみながら言葉を続ける。<br />
「今夜、一緒に過ごせたらいいね」<br />
オレにだけそっと囁いたあかりの言葉に、<br />
「ああ、そうだな……」<br />
オレはそう言って、あかりの手をきゅっともう一度握った。<br />
道路にできた水たまりに写る、傾き始めた夕陽と紅く染まったちぎれ雲。<br />
辺りに漂う雨上がりの涼しげな空気。<br />
昨日と少しだけ違った今日、あかりとふたりで雨を待つ。<br />
ふたりの髪を優しく揺らしながら吹き抜ける風には、少しだけ早い夏の匂いが混じり始めていた。</p>
<p><center>――了――</center></p>
<p>関連記事 : <ol>
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</ol></p>]]></content:encoded>
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		<title>あかりちゃんとお弁当</title>
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		<pubDate>Sun, 16 Aug 1998 00:00:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
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		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[あかりちゃんとお弁当 　ピピピッピピピッピピピッ…… 静けさに満ちた部屋中に響く電子音。 「――ん……」 寝ぼけ眼をこすりながら目覚まし時計に手を伸ばす。 ――カチ スイッチを目覚ましを切る。 まだまどろみの中にを漂う意... [<a href="http://www.u-1.net/1998/08/16/10/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">あかりちゃんとお弁当<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 　ピピピッピピピッピピピッ……<br />
静けさに満ちた部屋中に響く電子音。<br />
「――ん……」<br />
寝ぼけ眼をこすりながら目覚まし時計に手を伸ばす。<br />
――カチ<br />
スイッチを目覚ましを切る。<br />
まだまどろみの中にを漂う意識。ぬくぬくとした毛布にくるまれながら少しだけこの心地好さを楽しむ。<br />
「――そろそろ起きなきゃ……」<br />
まだ眠りたいという誘惑を断ち切るように私は身体に掛けられた毛布を跳ねのけ起き上がる。<br />
「あかり、そろそろ起きないと間に合わないわよ～」<br />
「は～い、今起きるから～」<br />
私を呼ぶお母さんの声に元気よく返事を返す。<br />
カーテンを開けた途端、薄暗かった室内に差し込む眩しいくらいの朝の光。<br />
――うん！　今日も１日いい天気になりそう。<br />
朝日に目を細めながらにっこりと笑顔。<br />
今日も頑張って美味しいお弁当作るからね！<br />
待っててね、浩之ちゃん！</p>
<p>あかりちゃんとお弁当</p>
<p>「おはよう、お母さん」<br />
パジャマ姿のまま１階に下りて来た私は、キッチンに立つお母さんに声を掛けた。<br />
「おはよう」<br />
朝ご飯の準備中のお母さんは、私に背を向けたまま軽く振り返って挨拶を返す。<br />
「あかり……またパジャマのまま下りて来て。ちゃんと着替えてからにしなさいっていつも言ってるでしょ？」<br />
「えへへ……」<br />
毎日のように私に注意するお母さん。<br />
「もう、しょうがない子なんだから……」<br />
苦笑しながら溜め息を付いて向き直る。<br />
「それじゃ私も準備しなくちゃ」<br />
言いながらエプロンをパジャマの上に着て、お母さんの横に並ぶ。<br />
「えーっと、今日のお弁当のおかずは……」<br />
昨日の夜に準備しておいた材料を冷蔵庫から取り出しながら、今日の献立の確認をする。<br />
今日も浩之ちゃん、喜んでくれるかなぁ？<br />
「あかり、何嬉しそうな顔してるの？」<br />
そんな私を横目で眺めていたお母さんが少し呆れたような口調で訊いてくる。<br />
「え？　私、そんなに嬉しそうにしてた？」<br />
「ええ、そりゃもう。『私は幸せです～』って顔に書いてあるわよ」<br />
いたずらっぽい笑みを浮かべながらお母さんが答える。<br />
「そんなにお弁当作るの楽しいんだったら、これからは家の献立も全部任せようかしら？」<br />
「ちょ、ちょっとお母さん……。いくらなんでも毎日は無理だよぉ。私、まだお母さんほどお料理上手じゃないんだから～」<br />
私は慌てて抗議の声を上げる。<br />
もう、料理学校の先生までしたお母さんにかなう訳ないじゃない。<br />
「ふ～ん？　そのワリには最近ずいぶん熱心に頑張ってるわね？」<br />
少し手を休め、<br />
「そんなに浩之くん美味しそうに食べてくれるの？　あなたのお弁当」<br />
お母さんのいきなりな言葉に思わず絶句する私。<br />
「お、お母さん……」<br />
「あら、違うの？」<br />
「ち、違わないけど、どうして……」<br />
『知ってるの』と続けようとした私の言葉を遮って、<br />
「分からない訳ないでしょう？　作るお弁当がふたりぶん。それも片方はたっぷり」<br />
得意そうな顔で言うお母さん。<br />
「それに、おかず見ればすぐに分かるわよ。それってみんな浩之くんの好きなのじゃなかったかしら？　いっつもあかりが私に聞かせてくれたから、私まで浩之くんの好物に詳しくなっちゃったわね」<br />
苦笑混じりでお母さんが言う。<br />
「……う。そんなこと言ってたの？」<br />
その言葉に赤面してしまう私。<br />
そんなに浩之ちゃんのこと話してたのかなぁ？<br />
自分ではよく覚えてないんだけど……。<br />
「あかりと浩之くんがね～」<br />
「ちょ、ちょっとお母さん……」<br />
一人で勝手に何やら納得しているお母さんを見て、私は慌てて口を挟む。<br />
「あ、あのね、お母さん。これは私が勝手に作ってるだけで、浩之ちゃんが頼んだとかそう言うんじゃないからね！　？　ただ、浩之ちゃん、最近いっ つも学食でパンとかしか食べてないみたいだから、栄養のバランスが偏るかと思って……。それに浩之ちゃんのお母さんからもお願いされてるし。だからお母さ んが思ってるようなことじゃないんだからね？」<br />
自分でも何を言っているのかよく分からないけど、とにかくお母さんの言葉が恥ずかしくてこれ以上聞けないよ。<br />
真っ赤な顔で言う私を見てお母さんは笑顔のままで、<br />
「大丈夫よ、お父さんには黙っておいてあげるから」<br />
「――お母さん……」<br />
「――でも、実際の所はどうなの？」<br />
急に真剣な顔をして私の顔を見るお母さん。<br />
「え？」<br />
「あなたと浩之くんよ」<br />
「え？　え？」<br />
突然の展開にうろたえるしかできない私を見ながら、お母さんは話を続ける。<br />
「もう付き合ってるの？」<br />
その一言に私の胸の奥がどきりとしたような気がした。<br />
「………………」<br />
無言のまま俯き、床に視線を落とす私。<br />
そんな私を見てお母さんが、ふう、と溜め息をついた。<br />
「いいわよ、無理しなくても……。あなたの顔見てれば何となく分かるから」<br />
「……ごめんなさい」<br />
「こちらこそごめんなさいね。いきなりこんなこと訊いちゃって」<br />
私の両肩に手を乗せ、お母さんはにっこりと微笑む。<br />
「そのうち、ちゃんと話してくれるわよね？」<br />
「――うん」<br />
私は短く頷いた。<br />
「それじゃ……」<br />
片目をぱちりとウィンクさせて、<br />
「ほら、準備、急がないと学校に遅れちゃうんじゃない？　浩之くん寝坊してたら大変よ？」<br />
いつもの調子でお母さんが言った。<br />
「え？」<br />
時計を見るともう７時を周っている。<br />
「きゃあ！　もうこんな時間なの？」<br />
思わず声を上げる私。<br />
「もう！　お母さんがいけないんだからね？　朝から変な話しないでよぉ」<br />
抗議の声を上げながらも、私はお弁当箱に今日のお昼ご飯のおかずを詰め込んでゆく。<br />
「そうそう、その調子よ」<br />
お母さんは、そんな私の様子を見ながらくすくすと笑っている。<br />
――お母さん、ゴメンね。今はまだ話せないけど、きっと浩之ちゃんと一緒にちゃんと説明するから……。<br />
朝食の美味しそうな香りが漂うキッチンに、慌ただしく響く私の声とお母さんの笑い声。<br />
窓の外では、しだいに登り始めた太陽から降り注ぐ朝日に照らされながら、小鳥たちが楽しそうにさえずっている。<br />
段々と深みを増してゆく木々の緑の鮮やかさが、目に染みるようだった。</p>
<p>何とかお弁当の準備を終えた私は、急いで制服に着替え玄関に向かう。<br />
「それじゃ、行ってきます」<br />
リビングでくつろいでいるはずのお母さんに声を掛ける。<br />
「行ってらっしゃい。気を付けてね」<br />
「は～い」<br />
そう言ってドアを開けて一歩踏み出す。<br />
眩しい陽射しに包まれ、一瞬視界が白一色に染まる。<br />
「うわぁ……」<br />
眩しさに目を細めながら見上げた空一面に広がる青。<br />
爽やかに吹き抜ける初夏の風に揺れる髪を右手で押さえながら、<br />
――もうすぐ夏なんだね。<br />
ふとそんなことを思う。<br />
少しだけ初夏の陽気を全身で受け止め深呼吸。<br />
朝の空気を目いっぱい吸い込んでから、私は浩之ちゃんの家に向かって歩き出した。<br />
――今日のお弁当はどこで食べようかなぁ？<br />
歩きながらお昼のことをあれこれ考える。<br />
――やっぱりこんなお天気だから外で食べると気持ちいいよね。屋上にしようかな？　それとも中庭がいいかな？　浩之ちゃんに訊いてみなくちゃね。<br />
歩いて数分の場所にある浩之ちゃんの家。<br />
浩之ちゃん、起きてるかなぁ？<br />
ピンポーン<br />
チャイムを押して浩之ちゃんを待つ。<br />
浩之ちゃん、早く起きないと遅刻しちゃうよ。<br />
「浩之ちゃぁ～ん、起きてるぅ～？」<br />
２階にある浩之ちゃんの部屋に向かって大きな声で呼んでみる。<br />
「ねぇ～、浩之ちゃぁ～ん！」<br />
私の声が聞こえたのか、浩之ちゃんの部屋の窓がガラリと開いて、浩之ちゃんが顔を出した。<br />
「あかりぃ～！　頼むからそこで大声で名前を呼ぶの止めてくれよな～」<br />
「だってぇ～、早くしないと遅刻しちゃうよ～？」<br />
「わかったから！　ちょっと待ってろ」<br />
「うん！」<br />
浩之ちゃんが顔を引っ込めると、階段を駆け下りてくる足音が家の中から聞こえた。<br />
苦笑を浮かべながらドアを開けた浩之ちゃんに笑顔で挨拶する。<br />
「おはよう、浩之ちゃん！」<br />
「ああ、おはよう。――ったく、でかい声で『ちゃん』付けで呼ぶなよな～」<br />
「えへへ……」<br />
「今、準備してくるから少し待っててくれ」<br />
言いながら浩之ちゃんは私を玄関へ招き入れる。<br />
「うん」<br />
とっとっとっ……<br />
浩之ちゃんは急いで階段を駆け上がっていく。<br />
少しだけ待つと、制服に着替えた浩之ちゃんが鞄を小脇に抱えて下りてくる。そしてそのままリビングに直行。<br />
――さらに待つこと数分。<br />
今度は口にトーストをくわえた格好で浩之ちゃんが姿を見せた。<br />
「ふぉっひゃ、いふほ（よっしゃ、いくぞ）」<br />
他の人が聞いたら何のことか分からない言葉に私は頷いて答える。<br />
「うん、行こ！」<br />
私は玄関のドアを開け外に出る。少し遅れて浩之ちゃん。<br />
「何とか間に合いそうだな？」<br />
くわえていたトーストを手に持ち変えて浩之ちゃんが言う。<br />
「うん。良かったぁ。今日、ちょっとお弁当の準備に手間取っちゃたから、遅れちゃうかと思っちゃったんだ」<br />
「へ？　そんなに気合い入れて何作ったんだよ？」<br />
「え？　ううん、そうじゃないんだけど、ちょっとね……」<br />
曖昧な私の返事に少しだけ不思議な顔をする浩之ちゃん。<br />
――お母さんに訊かれたこと、浩之ちゃんには話せないよね。<br />
「ふーん」<br />
気のない返事の浩之ちゃん。<br />
私のペースに合わせてゆっくりと歩いてくれる浩之ちゃんの横顔をちらりと盗み見る。<br />
「ん？　どうした？」<br />
私の視線に気付いたのか、浩之ちゃんが訊いてくる。<br />
「あ、え？　な、なんでもないよ……」<br />
慌てて目を逸らす私。<br />
「しっかし、毎日悪いな、あかり」<br />
「え？」<br />
「昼飯、頼んでもいないのに作ってくれて、ホント感謝してるぜ」<br />
言いながらにっこりと私に微笑み掛けてくれる。<br />
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいなぁ」<br />
「オレの分まで作るの大変だったら別にいいんだぜ？」<br />
少しだけ申し訳なさそうな笑顔。<br />
「ううん！　全然そんなことないよ。私、お料理するの好きだし……」<br />
――それに、<br />
「それに、浩之ちゃんとお弁当、一緒に食べたいから……」<br />
「――そっか、いっつもありがとな、あかり」<br />
そう言って私の頭に手を乗せて髪の毛をくしゃりとしながら撫でる浩之ちゃん。<br />
浩之ちゃんのおっきな手から、浩之ちゃんの優しさが伝わってくる。<br />
――私、とっても幸せだよ、浩之ちゃん。<br />
「ううん、そんなことないよ」<br />
ちょっとだけ頬が赤らむのを感じながらも、笑顔で答える私。<br />
赤くなった私の顔、変じゃないかなぁ……？<br />
「私なんかで良かったら、これからもずっと作ってあげるね」<br />
「おう、それじゃこれからもよろしくな！」<br />
「うん！」<br />
浩之ちゃんにだけ見せる、私の最高の笑顔。</p>
<p>これからも頑張って作るからね！<br />
――私のお弁当を美味しそうに食べてくれる浩之ちゃんの横顔を見るのが好きだから。<br />
――食べ終わった後の浩之ちゃんの言葉を聞くのが嬉しいから。<br />
『ふ～、ごっそさん。』<br />
『美味かったぜ、さんきゅな。』<br />
――だから私はいつもこう答えるの……。<br />
『ありがとう、浩之ちゃん。おそまつさまでした。』<br />
お弁当、これからもずっと一緒に食べられるといいね。</p>
<p>私たちの学校へと続くいつもの坂道。<br />
どこまでも広がる限りなく澄んだクリアブルーの空。<br />
並木通りを木漏れ日を浴びながら見上げたその青空は、いつもより高く、そして青く、私たちの頭上に広がって見えた。</p>
<p><center>――了――</center></p>
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		<title>星の降る夜に</title>
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		<pubDate>Wed, 08 Jul 1998 00:00:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[星の降る夜に ――暑い。 何でこんなに暑いんだ。 額にじっとりと浮かぶ汗を手で拭いながら、オレは何とはなしにため息一つ。 季節は移ろい、夏が来た。 涼やかな風が吹き抜けていた穏やかな日和を思い出すと、今の暑苦しさがさらに... [<a href="http://www.u-1.net/1998/07/08/5/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">星の降る夜に<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p>――暑い。<br />
何でこんなに暑いんだ。<br />
額にじっとりと浮かぶ汗を手で拭いながら、オレは何とはなしにため息一つ。<br />
季節は移ろい、夏が来た。<br />
涼やかな風が吹き抜けていた穏やかな日和を思い出すと、今の暑苦しさがさらに恨めしく思える。<br />
――はぁ。<br />
全く、週の始めからこんな天気とは……。これから毎日が辛いぜ。<br />
昼下がりの午後。食後の何とも気怠い雰囲気が漂う教室で、だらだらと続く授業を受けながら、オレはぼんやりと窓の外を眺めている。<br />
いつもなら眠気に襲われてそのままぐっすりと行きたい所なんだが、さすがにこんなに蒸し暑いと、眠くなるどころかイライラしてくる。<br />
もちろん窓は全開にしてあるが、吹き込む風はほとんどないが、それでも時折、流れ込み火照った肌を通り過ぎる、かすかな風があるだけ少しはマシと言えた。<br />
ったく、どうせこんな暑いんだったらいっそ体育とかで水泳でもやりたいぜ。<br />
こうも暑くちゃ勉強に身が入らないのもしょうがないからな……。<br />
――まぁ、暑くなければ身が入るといったらそうでもないけどな……。<br />
あぁ、ホント早く終わって欲しいぜ。<br />
もはやそんなことしか考えられなくなりながらも、オレは何とか視線を黒板に戻す。<br />
教壇に立つ先生は、時折ハンカチで汗を拭いながらも変わらぬテンポで授業を進めている。<br />
期末テストも終わって、夏休みが目の前に迫っているこの状況で、何が悲しくて真面目に授業受けなくちゃならないのか……。<br />
ちらりと時計に目をやる。<br />
この退屈な授業ももう少しの辛抱だ。<br />
いつもと全く同じペースで時を刻む時計の針を見ながら、オレはこの苦痛な時間が一刻も早く終わることを願った。<br />
＊＊＊<br />
「――それでは、今日はこれまで……」<br />
その一言で一気に活気を取り戻す教室。<br />
かくいうオレもその中の一人だが。<br />
とにかくこれで今日の授業は終わりだしな。さっさと帰ってのんびりするか。<br />
とりあえず荷物を鞄に放り込み、帰り支度を終えるとオレは席を立った。<br />
「――あ、浩之ちゃん」<br />
背中越しに聞きなれた声。あかりだ。<br />
「おう。お前も帰りか？」<br />
振り返りあかりの姿を確認し、そう言った。<br />
「うん。一緒に帰ろ？」<br />
言ってあかりはにっこりと笑う。<br />
「そうだな。でもその前にちょっといいか？」<br />
「うん、何？」<br />
「あんまり暑くて汗かいちまったからな。顔でも洗ってさっぱりしようと思って」<br />
「そうだね。今日はいつもよりずっと暑かったからね」<br />
「ああ。じゃ、行ってくるわ」<br />
そう言い残して教室を出ようとすると、<br />
「あ、浩之ちゃん」<br />
あかりがオレを呼び止める。<br />
「ハンカチ、持ってる？」<br />
と訊いてきた。<br />
「いや。でも、顔洗うだけだし、別にいいぜ」<br />
オレの言葉に、あかりは『しょうがないなぁ』という表情を浮かべ、<br />
「はい」<br />
言って自分の制服のポケットからハンカチを取り出した。<br />
「いくら暑くても、顔濡らしたまんまじゃみっともないよ。ちゃんと拭いてね」<br />
――お節介なヤツだ。<br />
以前のオレならそう思ってあかりの申し出を断っていただろう。<br />
――でも、今は……。<br />
「ああ、サンキュな」<br />
オレはそう言ってあかりからハンカチを受け取った。<br />
しわ一つない真新しいきれいなハンカチ。<br />
それがオレのために用意していたものだというのに気付くのに時間はかからなかった。<br />
こうやってあかりの好意を素直に受けることができる。<br />
少し前までは照れ臭くてとてもできなかったことだが、今のオレにはそれがごく自然なことに思える。<br />
――あかりと付き合い始めて２ヶ月が過ぎようとしていた。<br />
知らない間にオレも変わっていたのかと思うとおかしくなり、不意に笑みがこぼれる。<br />
「ふふふ、どうしたの浩之ちゃん？」<br />
「ん？　なんでもねーよ」<br />
オレはそう言ってあかりの頭をくしゃっとした。<br />
「あ！　も、もう」<br />
あかりはそんなオレを見て困ったような、少し恥ずかしそうな顔をした。<br />
「ははは、じゃ少し待っててくれ」<br />
「うん」<br />
今度こそそう言ってオレは教室を後にした。<br />
少し小走りにトイレに向かう。<br />
――あかりを待たせちゃ悪いからな。<br />
頬をゆるやかに撫でる風が妙に心地好かった。<br />
＊＊＊<br />
トイレの洗面所で蛇口をひねる。<br />
勢いよく流れ出す水道に手を浸すと、ひんやりとした感覚が何とも気持ちいい。<br />
手で水をすくい、顔を洗う。<br />
火照り、汗ばんだ肌を冷たい水が冷やす。<br />
ふ～、生き返るようだぜ。<br />
しばらくその冷たさを楽しんだ後、蛇口をひねり水道を止める。<br />
あかりに借りたハンカチで顔を拭く。<br />
ほとんど新品のようなきれいなハンカチからは、あかりの優しい匂いがしたような気がした。<br />
――あかりのヤツ待ってるかな？　急いで戻るか……。<br />
鏡を見て髪の乱れがないかチェックして、オレはトイレを後にした。<br />
「――あ」<br />
廊下に出た途端オレの目に飛び込むあかりの姿。<br />
「な、なんだ。教室で待ってたんじゃないのか？」<br />
少し意表を突かれたオレ。<br />
「うん、浩之ちゃん、わざわざ教室まで戻るの面倒じゃないかと思って、来ちゃった」<br />
さすがに場所が場所だけに、あかりはトイレの入り口から少し離れた所に立っていたが、オレはあかりのそんな心遣いを嬉しく思った。<br />
「はい。ちゃんと浩之ちゃんの鞄も持ってきたよ」<br />
そう言ってオレの鞄を差し出す。<br />
「ああ、悪ぃな」<br />
言いながらオレは鞄を受け取った。<br />
「そんなに離れてる訳じゃないんだし別に教室で待ってても良かったのに。鞄、重かったろ？」<br />
最近は家で復習する訳でもないのに、オレは毎日教科書などをマメに持ち帰っている。この辺りもあかりの影響かもしれないけど。<br />
「そんなことないよ。私のと同じくらいの重さだったし」<br />
「そっか」<br />
「うん」<br />
オレの返事にこくりと頷くあかり。<br />
「それと、ハンカチありがとな。後で洗って返すぜ」<br />
「あ、別にそのままでもいいのに」<br />
言うあかりを無視して、オレはハンカチを制服のポケットに押し込んだ。<br />
「いいって。借りたのはオレなんだし」<br />
「うん、ありがとう」<br />
「それじゃ、そろそろ帰るか？」<br />
オレの言葉にあかりは、<br />
「うん」<br />
元気よく頷いた。<br />
＊＊＊<br />
玄関で靴を履き替える。<br />
少し遅れて靴を履き替えるあかりを待って、ふたりで外に出た。<br />
外に出ると、刺すような陽射し。<br />
蒸し暑いと思っていた校舎の中が、いくらかマシに思える。<br />
「うわぁ～、まだ暑いね」<br />
額に手をかざしながらあかりが言う。<br />
「ああ。この分じゃ夜になっても暑いままかもな。熱帯夜ってヤツか」<br />
「うん、最近毎日暑いからね。浩之ちゃん、ちゃんと眠れてる？」<br />
「まぁ、夜になれば自然に眠くなるからな、眠れないってことはないけど」<br />
「食事とかちゃんと取ってる？　またインスタントばかり食べてるんじゃないの？　ダメだよ、ちゃんと栄養のあるの食べなきゃ。夏バテしちゃうよ」<br />
まるでオレの母さんみたいな口調で諭すあかり。<br />
時々お姉さん風を吹かす。<br />
「でもなぁ、やっぱりオレ一人だと面倒くさくて」<br />
「やっぱり心配だなぁ」<br />
心底心配そうに言うあかり。<br />
「あのなぁ、それじゃお前が毎日オレの飯作ってくれるって言うのか？」<br />
ちょっと意地悪な口調でオレが訊く。<br />
毎日って訳じゃないが、あかりにはちょくちょく夕飯を作ってもらってる。食費も浮くし、上手いもの食べれるしと一石二鳥だ。<br />
「え？　え？」<br />
オレの言葉にさすがに戸惑うあかり。<br />
やがて、<br />
「う、うん。浩之ちゃんがそうして欲しいんだったら、私は別に……。お母さんに色んなお料理教えてもらって頑張って作るけど」<br />
頬を朱に染め、俯きながら消え入りそうな声でぽそりと答える。<br />
――何か勘違いしてないか？<br />
「ま、まぁ、毎日は無理だろうけど、これからもたまには頼むぜ」<br />
「あ、そうなんだ……」<br />
肩を落としてがっかりしてるように見えるのはオレの気のせいか……？<br />
「ほら、そろそろ行こうぜ」<br />
オレはあかりの手から鞄を取ると、校門の方へ向かって歩き出した。<br />
「あ、浩之ちゃん？」<br />
きょとんとした顔でオレを見るあかり。<br />
振り返りながら、<br />
「さっきはわざわざオレの鞄まで持って来てもらったからな。今日だけはオレがお前の鞄を持って帰ってやるよ」<br />
と言う。<br />
「別にいいよぉ」<br />
慌てて駆け出しオレの横に付く。<br />
恥ずかしそうに言うあかりを横目に、<br />
「人の好意は素直に受けるもんだぜ？　あかり」<br />
少しからかうようにオレは言った。<br />
「オレがこんなことするの滅多にないんだからな」<br />
「うん。ありがとう、浩之ちゃん」<br />
「ばーか、礼なんていらねーよ。オレがしたいからやってるんだし」<br />
「……うん」<br />
ふたり揃って校門を出る。<br />
いつもの坂道をゆっくりと下りながらオレたちは家路に就いた。<br />
穏やかに吹く風が木々の梢を静かに揺らす。<br />
少しだけ涼しい木陰を歩きながらオレはあかりととりとめもない会話を交わす。<br />
「もうすぐ夏休みだね」<br />
流れゆく白い雲を目を細め見上げながら、あかりが言った。<br />
「ああ」<br />
「浩之ちゃん、この前のテストどうだったの？」<br />
先日の期末テストの結果を訊いてくる。<br />
「ん？　ああ、まあ、ぼちぼちって所かな」<br />
「そっか、良かったぁ」<br />
まるで自分のことのように胸を撫で下ろすあかり。<br />
「これも、あかりのお陰だけどな」<br />
「え、そうかな？」<br />
「ああ、お前がオレの分もノートまでコピーとか取ってくれたからな。<br />
一緒にテスト勉強しなかったらヤバかったぜ。これからもよろしく頼むぜ」<br />
照れ臭そうな微笑みを浮かべながら、<br />
「うん。でも、上手くいったのは浩之ちゃん自身の実力だよ。だって浩之ちゃんは……」<br />
何回も聞いたあかりの言葉。<br />
「『やればできる』――だろ？」<br />
あかりの言葉を遮って続けたオレの言葉に、<br />
「うん！」<br />
あかりは力強く頷いた。<br />
蒼く澄んだ空の下、オレたちはのんびりと家路を辿った。<br />
＊＊＊<br />
「じゃ、ここで」<br />
オレの家の前であかりが言った。<br />
「ああ、ほら鞄」<br />
オレは脇に抱えていたあかりの鞄を手渡した。<br />
「あ、ありがとう」<br />
「いいって気にすんな。それじゃな」<br />
「うん、ばいばい」<br />
オレはあかりの姿が見えなくなるまで見送ると、玄関の鍵を開けて家に入った。<br />
「ただいま～」<br />
返事がないのは分かっているが、習慣からそう言って家に上がる。<br />
「うわっ、暑いな……」<br />
戸締まりをきちんとしているからしょうがないが、リビングにはむわっとした空気が充満していた。<br />
その場で立っているだけでも汗が滲んでくるようだ。<br />
オレは閉め切った窓を開け、外の空気を入れる。<br />
外もまだ陽が高くあまり変わりがないように思えたが、それでもいくぶん新鮮な空気が流れ込んでくるのを感じた。<br />
オレは２階への自分の部屋へ行き、鞄をベッドの上にほうり投げる。<br />
制服を脱ぎ、簡単な着替えを済ませ、再び１階に下りて行った。<br />
キッチンにある冷蔵庫の扉を開け、冷えた麦茶を取り出しコップに注ぎ喉を潤す。<br />
「ふ～」<br />
ようやく落ち着き、一息付く。<br />
時刻は５時を少し回った頃。<br />
日の長くなった最近では夕暮れまでも結構な時間がある。<br />
特にすることもなく、手持ちぶさたになったオレはしょうがなくリビングのソファに寝転がりテレビのリモコンのスイッチを押す。<br />
少し前に流行ったドラマの再放送。別に見たい訳でもなかったが、他にすることもなしぼんやりと画面を眺めていた。<br />
しばらくそうして時間を潰す。<br />
見ていたドラマも終了し、いよいよすることがなくなる。<br />
暗くなるには少し早い、しかし外出するには少し遅い、何とも中途半端な時間。<br />
太陽はゆっくりと西の空に傾き始めているが、暮れるまでもう１時間くらいある。<br />
部屋に入り込んでくる外の空気も、わずかではあるが涼しさが感じられる。快適と言うには程遠いが……。<br />
「飯でも作るか……」<br />
とりあえず、空腹を満たそうと再びキッチンに立つ。<br />
――しばらくまともな食事なんてしてないからな……。いっそのことあかりに頼めば良かったぜ。<br />
ふと帰りに交わした会話を思い出しつつぼやく。<br />
材料になりそうなものを探し、辺りを見回す。<br />
――何もない……。<br />
こうまで見事に何もないとかえってすっきりするな。<br />
――しょうがない、今日もインスタントで済ませるか。<br />
やかんに火を掛けお湯を沸かす。<br />
買い置きしてあるインスタントラーメンの中から適当なのを見繕ってパックを開ける。<br />
沸いたお湯をカップに注ぎ蓋をしてきっちり３分待つ。<br />
出来たての熱いラーメンをすすりながら冷たい麦茶を飲む。<br />
暑いのに熱い食事をするのは矛盾しているようだが、これはこれで上手いと感じるから不思議だ。<br />
……オレだけかも知れないけど。<br />
額に汗など浮かべながらスープまで飲み干し、後片付けをする。<br />
ごく簡単な食事だったが腹はふくれたしな……。足りなかったらあとで夜食でも食べればいいか。<br />
もう１度ソファに寝転び、そんな事を思った。<br />
少し紅味を帯び始めた夕日が差し込むリビングで、オレはゆっくりと目を閉じ眠りに就いた。<br />
＊＊＊<br />
トゥルルル……<br />
オレの目を覚ましたのは廊下で鳴り響く電話の音だった。<br />
トゥルルル……<br />
オレに電話掛けてくるなんて……。母さんたちかな？<br />
トゥルルル……<br />
電話はオレを急かすように鳴り続ける。<br />
ふと見回すと陽は既に落ち、辺りには静かに闇が降りていた。<br />
りーりーと鈴虫の鳴く声がどこからか聞こえてくる。<br />
――はいはい、今出ますよ。<br />
心の中で呟きながら身体を起こし、電話に向かう。<br />
――カチャリ<br />
「はい、藤田です」<br />
受話器を取りオレはそう言った。<br />
「――あ」<br />
驚いたような、ほっとしたような声が響く。<br />
「……なんだ、あかりか？」<br />
「うん……。ごめんね突然電話して」<br />
少し不機嫌そうなオレの声を聞いて、あかりは謝る。<br />
「悪ぃ、今までちょっと寝てたんで、頭がまだ完全に起きてないみたいだ」<br />
「そうなんだ？　起こしちゃってごめんね」<br />
「いや、別に謝らなくてもいいぜ。どうせ起きなきゃならないんだしな。――それよりもどうしたんだ？　お前が電話掛けて来るなんて珍しいじゃねーか」<br />
「う、うん。あのね、浩之ちゃん……」<br />
少し言葉に詰まりながらあかりが言う。<br />
「何だ？」<br />
「あのね、今、暇かな？」<br />
「ん？　ああ、別にこれと言ってする事ないけど。そんなことお前もよく分かってるだろ？」<br />
分かりきったことを訊くあかり。オレのことをよく分かってるくせに、妙な所で気を遣い遠慮してしまう変なヤツだ。<br />
「それじゃ、今出れる？」<br />
「ああ、別に構わないけど」<br />
オレの言葉を聞いて、あかりが喜んだのが電話越しでも分かった。<br />
――ったく、おおげさなヤツだなぁ。<br />
内心苦笑しながらあかりの次の言葉を待つ。<br />
「で？」<br />
「あ、うん。ちょっと散歩したいなぁって思って……。ダメかな？」<br />
「散歩？　これからか？」<br />
「うん、ほら、家の中より外の方が涼しいでしょ。それに今夜は星がきれいだよ」<br />
「――分かった。付き合ってやるよ」<br />
「ホント？」<br />
「ああ。これからお前ん家行けばいいのか？」<br />
「ううん、私が浩之ちゃん家に行くから……。ちょっと準備に時間かかるから、３０分くらい待ってね」<br />
「準備、って何の？」<br />
訊くオレに、<br />
「ふふふ、ないしょだよ」<br />
あかりはくすくすと笑ってオレの質問をはぐらかす。<br />
――何なんだ一体？<br />
「分かった分かった。それじゃオレもシャワー浴びて着替えとくから。３０分後な？」<br />
「うん。<br />
それじゃ、電話切るね」<br />
「ああ」<br />
「ばいばい」<br />
あかりはそう言って受話器を置いた。<br />
――ガチャリ<br />
電話が切れるのを確認してからオレも受話器を元に戻す。<br />
――さて、あかりが来るまでにオレの方も用意しておかないとな。<br />
オレはタオルを手に取りシャワーを浴びに風呂へ向かった。<br />
いつもよりお湯の温度を低めにして頭からシャワーを浴びる。<br />
簡単に汗を流し、頭を洗った後、風呂を出てバスタオルを腰に巻いたまま２階へ上がる。<br />
濡れた頭をタオルで乱暴に拭いてから服を纏い、簡単にブラッシング。<br />
ドライヤーを使っても良かったけれど、この暑いのに温風を浴びる気にはならない。放っておけばそのうち乾くしな。<br />
オレの方は準備はできたけど、あかりが来る気配はまだない。<br />
もうしばらく待つか……。リビングであかりを待つことにしたオレは、サイフを手に取ってから階段を下りた。<br />
時計に目をやり時間を確認する。<br />
――そろそろか？<br />
約束の時間まであと少し。あかりのことだからその時間より早く来るに違いない。<br />
さっきの電話の様子だと何か隠していたようだが……？<br />
あれこれ考えを巡らせながら、時計の針を眺める。<br />
しかし、待てどあかりは来ない。<br />
おかしいな？いつもなら時間に遅れることなんてないのに……。<br />
歩いたってほんの数分の場所にあるから、何かあったらすぐに分かるはずだし……。<br />
しょーがねーな。『待ってる』って言っちまったがオレの方から迎えに行ってやるか。<br />
ソファから腰を上げ玄関に向かおうとしたとき、<br />
――ピンポーン<br />
タイミングを見計らったようにチャイムが鳴った。<br />
オレはそのまま玄関に向かい、鍵を外しドアを開ける。<br />
「ったく、おせーぞ、あかり……って。あかり？」<br />
恥ずかしそうにしながら玄関に足を踏み入れたあかりの姿は……、<br />
「こんばんは、浩之ちゃん。ごめんね、ちょっと時間遅れちゃったね。お母さん、『あれがいい、これがいい』ってなかなか決めてくれなくて……。変じゃない？　この格好？」<br />
朝顔の花をあしらった浴衣に身を包んだあかりを見て、オレは一瞬言葉に詰まった。<br />
まるで髪型を変えたあかりを初めて見たあの日のような奇妙な感覚だった。<br />
「……浩之ちゃん？」<br />
不安げな顔でオレの名を呟くあかり。<br />
「あ、わ、悪ぃ。浴衣着て来るなんて一言も言わなかったじゃねーか。一瞬誰かと思ったぞ」<br />
「えへへ……。ないしょにして浩之ちゃん驚かせようかと思って」<br />
言っていつもの優しい微笑みを浮かべるあかり。<br />
「まぁ、確かに驚いたけどな」<br />
ぎこちなく苦笑するオレを見て、<br />
「浩之ちゃん、私の格好やっぱり変かな……？」<br />
おずおずと訊くあかり。<br />
「い、いや。すごく似合ってる……」<br />
「ホント？」<br />
「ああ。自分で選んだのか？　その柄」<br />
「ううん、お母さんが色々見せてくれて、これがいいんじゃないかって選んでくれたの。良かったぁ、浩之ちゃんに気に入ってもらえて」<br />
嬉しそうに笑うあかりを見て何となく気恥ずかしくなるオレ。<br />
――あかりの浴衣姿なんてずいぶん見てなかったからな……。最後に見たのいつだったかな？<br />
「それじゃ、行こ？」<br />
「ああ、そう言えば散歩行くんだったっけ？」<br />
「もう、忘れちゃダメだよ」<br />
オレの言葉に苦笑するあかり。<br />
「あ、浩之ちゃん、ライターか何か無いかなぁ？」<br />
「ライター？　あるけど、んなもん何に使うんだ？」<br />
訊くオレに、<br />
「ホラ、家でこんなの見付けたの」<br />
見ると、あかりの手には少し小さめの堤燈が握られていた。<br />
手首には浴衣とお揃いなのだろうか？　小さな巾着袋を下げている。<br />
「へぇ、堤燈なんてお前ん家にあったのか」<br />
珍しそうに言うオレ。<br />
「うん、ちょっと使う季節にはまだ早いけど、せっかくだから」<br />
「そうだな、じゃライター取ってくるぜ」<br />
「うん」<br />
オレはリビングの棚にしまってあるはずのライターを取りに戻る。<br />
「ほら」<br />
思ったよりあっけなく見つかったそれをあかりに手渡す。<br />
「あ、ありがと」<br />
にっこり笑って受け取るあかり。<br />
「それじゃ、準備も出来たし行くか」<br />
「うんっ」<br />
オレたちはふたり揃って家の前に出る。<br />
オレは玄関に鍵を掛け、あかりに、<br />
「ほら、堤燈に火、着けないのか？」<br />
「あ、そうだね」<br />
あかりはオレが渡したライターを取り出すと、シュッと火を着ける。堤燈の中のロウソクを表に出し、ゆっくりとライターを近付ける。<br />
「あかり……大丈夫か？」<br />
危なっかしげなあかりの動作に少し不安になるオレ。<br />
「大丈夫だよぉ、これくらい……きゃっ！」<br />
ライターの炎が指にでも触れたのだろう、あかりは短く叫ぶと手にしていたライターを地面に落とした。<br />
「言わんこっちゃない……」<br />
「だってぇ～」<br />
少し涙声になりながらあかりが抗議の声を上げる。<br />
「ほら、見せてみな」<br />
オレはあかりの右手を取る。<br />
月明かりに映える、あかりの透き通るような白い肌。<br />
「全く、相変わらずどじなヤツだなぁ」<br />
「う、ごめんね。また迷惑掛けちゃった」<br />
しょんぼりして言うあかり。<br />
ほんの少し赤く腫れたあかりの親指をオレはそっと口に含む。<br />
「あ！　ひ、浩之ちゃん？」<br />
突然のことに驚き、声を上げるあかり。<br />
「ホントは冷たい水にすぐ浸けた方がいいんだけどな。一応人間の唾液だって消毒の効果あるんだぜ？」<br />
――ホントは火傷に効果があるかどうか分からないんだけど……。大したことなさそうだから、これで大丈夫だろ。<br />
「どうだ？　まだひりひりするんだったら家に戻ってちゃんと手当てした方がいいけど」<br />
訊くオレに、<br />
「う、うん。大丈夫。火が当たってびっくりしただけだから……」<br />
右手をそっと左手で隠し、顔を真っ赤にしたあかりが俯きながら答えた。<br />
「そうか。驚かせるなよな」<br />
「ごめん……」<br />
オレは地面に置きっぱなしになっていた堤燈に火を灯し、<br />
「ほら」<br />
あかりに手渡した。<br />
「ありがとう。浩之ちゃん」<br />
「よし、今度こそ行くぞ」<br />
まだ赤い顔をしているあかりに声を掛け促す。<br />
――満天の星空、蒼く輝く大きな月。<br />
時折月はゆっくりと流れ行く黒い雲の陰に隠れ、辺りに一層の闇を落とす。<br />
儚く揺れる堤燈の光が暗い道を照らし、オレたちはその灯を頼りに歩を進めた。<br />
「――静かだね」<br />
淡い光を振りまくその灯をじっと見詰めながらあかりが囁く。<br />
「ああ。それにいい天気だ」<br />
「うん。そうだね」<br />
言葉少なな会話を交わしながらオレたちはいつもの公園へと向かった。<br />
――どちらが言った訳でもない。オレたちならそこへ行くのが一番自然だと思ったから。<br />
公園には――当然のように――人影は無かった。<br />
「とりあえず、座るか」<br />
「うん」<br />
オレの言葉に素直に頷くあかり。<br />
しんと静まり返った公園。聞こえるのは風と木々のざわめき。<br />
ロウソクの蝋の焦げる音がちりちりとかすかに耳に届く。<br />
「星がとってもきれい……」<br />
オレの横で夜空を見上げながらあかりが言う。<br />
あかりの言葉にオレも顔を上げ、空を眺める。<br />
大空に架かる星の大河。小さな点のような星々が静かに瞬いている。<br />
――天の河か……。<br />
「そうだな」<br />
静かに答える。<br />
「せっかくの七夕だもん。晴れて良かった……」<br />
――そうか、今日は７月７日。七夕だったな……。<br />
「１年に１度しか逢えない織姫と彦星なんて、ロマンチックだよね」<br />
「まぁ、な」<br />
オレの曖昧な答えを不思議に思ったのかあかりはオレの顔を覗き見る。<br />
「でも、オレはちょっと我慢できないだろうな……。１年で１回しか逢えないなんてのは」<br />
「え？」<br />
「今日逢ったらまた１年逢えないってことだろ？　オレは明日も明後日も、ずっと一緒にいたいって思ってるからな……」<br />
堪らなく恥ずかしい台詞。さらりと言ってしまった自分に一番驚いた。<br />
――あかりのヤツ、熱くなってるオレの顔に気付かないだろうな？<br />
「浩之ちゃん、それって……」<br />
かすかに揺れる声であかりが言葉を紡ぐ。<br />
オレはその言葉が終わるのを待たず、あかりの唇にオレの唇を重ねた。<br />
「……ん」<br />
あかりは最初、びっくりしたような表情を浮かべ身体をこわばらせたが、やがてゆっくりと目を閉じ、オレに身体を預ける。<br />
風に揺れるあかりのさらさらの髪。そこから香る優しい匂いがオレの鼻孔に届く。<br />
どれくらいの時間、唇を重ねていたのか……。<br />
オレがゆっくりと顔を離すと、<br />
「……はぁ」<br />
あかりが大きく息を吐いた。<br />
「あかり……？」<br />
酔ったようにぽーっとしているあかりにオレは声を掛ける。<br />
うっとりとした瞳がオレの顔を覗き込む。<br />
「……浩之ちゃん」<br />
「ん？」<br />
「私も……」<br />
あかりが言葉を続ける。<br />
「私もおんなじ。――ずっと浩之ちゃんと一緒にいたいな……」<br />
顔を真っ赤に染めながら小さな声で囁くあかりの姿が、堪らなく可愛く思えた。<br />
「ああ、そうだな」<br />
再び、空を見上げる。<br />
宝石をちりばめたように瞬く星々。<br />
これからも決して変わらないその輝きを静かに眺める。<br />
堤燈から漏れる淡い光が、オレたちの影を地面に落としていた。<br />
＊＊＊<br />
「そろそろ帰ろうか？」<br />
あかりが言った。<br />
「そうだな……」<br />
時計に目をやりながら答えるオレ。<br />
「少し遅くなっちまったな。悪ぃな、あかり」<br />
「ううん。私も楽しかったし……」<br />
既にロウソクが燃えつき、光を失ってしまった堤燈を手に取り、あかりが腰を上げる。<br />
少し遅れて立ち上がるオレ。<br />
「それじゃ、行くか」<br />
「うん」<br />
オレたちはゆっくりとした足取りで公園を後にした。<br />
「――浩之ちゃん」<br />
「何だ？」<br />
「夏休み、もうすぐだね」<br />
「ああ、そうだな」<br />
「いろんな所に遊びに行こうね」<br />
オレの顔を見上げ、変わらぬ微笑みを湛えたあかりが言う。<br />
「ああ。どこへ行きたいかちゃんと考えとけよ。『どこでもいい』ってのが一番面倒なんだから」<br />
「うん。実はもう考えてあるんだ」<br />
言ってあかりは『えへへ』と笑った。<br />
「そっか。どこへ行きたいんだ？」<br />
訊くオレ。<br />
「ないしょ」<br />
いたずらっぽい微笑みを浮かべあかりが言う。<br />
「ないしょって何だよ？　オレに言えないようなとこなのか？」<br />
「違うよ。でも今はまだないしょなの」<br />
少し困ったような顔であかりが言う。<br />
「まぁ、別にいいけどな……」<br />
何か釈然としないものを感じながら言うオレ。<br />
「楽しみだなぁ、夏休み」<br />
眩しい季節に想いを馳せ、声を弾ませながら言うあかり。<br />
「そうだな」<br />
そんなあかりを見ていると自然に笑みがこぼれる。<br />
「どうしたの？　浩之ちゃん」<br />
「いや……。今年の夏は楽しくなりそうだなって思っただけさ」<br />
「うん。いっぱい楽しい思い出作ろうね」<br />
溢れんばかりのあかりの笑顔。<br />
「ああ」<br />
そんなあかりを見詰めながら、オレは力強く頷いた。<br />
月明かりに照らされゆっくりと歩くふたり。<br />
少しだけ涼しさを乗せた風が、オレたちの髪を揺らし頬を撫でる。<br />
「……あ！」<br />
小さく声を上げるあかり。<br />
「流れ星……」<br />
「え？」<br />
「見た？　浩之ちゃん。ほら、また！」<br />
つられてあかりの視線を追うオレ。<br />
その視線の先に、夜空を滑る流星を見付けた。<br />
「ホントだ。珍しいな」<br />
誰にともなく呟くオレ。<br />
「浩之ちゃん、お願いした？」<br />
嬉しそうに言うあかり。<br />
「お願い？」<br />
「私はしたよ。『いつまでも浩之ちゃんと一緒にいられますように』って」<br />
屈託の無い笑顔でオレを見詰め、あかりが言う。<br />
――ったく恥ずかしいヤツだな。<br />
「バカらしい……。迷信だよ迷信」<br />
聞いてるこっちの方が恥ずかしい。オレは目を逸らしながら言った。<br />
「そうかなぁ……」<br />
「そうなの」<br />
「願い事だったら短冊にでも書けばいいだろ？　今日は七夕なんだし」<br />
「うん、それはもう家で書いてきたから……」<br />
「おいおい……」<br />
あかりのその言葉にさすがに苦笑するオレ。<br />
あかりはまだ夜空を見上げている。<br />
そんなあかりを置いて、オレは歩き出す。<br />
「あ、待ってよぉ、浩之ちゃん」<br />
オレが歩き出したこのに気付いて、慌てて駆け出すあかり。<br />
オレは歩みを止め、あかりが追い付くのを待つ。<br />
「もう、置いて行くなんてひどいよ、浩之ちゃん」<br />
息を弾ませ言うあかり。<br />
「ははは、悪い悪い」<br />
笑いながら謝るオレ。<br />
「あかり」<br />
オレはあかりの大きな瞳を見詰めながら言う。<br />
「何？」<br />
「お前の願い事、必ず叶えてやるよ」<br />
輝く星空を見上げながら言う。<br />
「……うん。きっとだよ」<br />
オレの言葉に頷き、そっとオレに寄り添うあかり。<br />
そんなあかりを、オレはそっと抱き締めた。</p>
<p>――あかりには言えないな……。<br />
あかりの温もりを全身で感じながら思う。<br />
さっき見た流れ星にしたオレの願い事。<br />
星降る夜に誓った想い。<br />
あの星空のように、これからも変わることのないオレたちふたりの想い。</p>
<p>『いつまでもふたりが一緒にいられますように』</p>
<p><center>――了――</center></p>
<p>関連記事 : <ol>
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<li><a href='http://www.u-1.net/1998/09/06/9/' rel='bookmark' title='雨の日に……'>雨の日に……</a></li>
</ol></p>]]></content:encoded>
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		<title>夢から覚めても</title>
		<link>http://www.u-1.net/1998/05/28/4/</link>
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		<pubDate>Thu, 28 May 1998 00:00:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[夢から覚めても 　カーテン越しに届く柔らかな陽射しが……。 かすかに耳に届く、小鳥達のさえずりが……。 新しい一日の訪れを告げていた。 暖かな陽射しと、部屋に満ちる朝の香りを感じ、私はゆっくりと目を開いた。 そして、私の... [<a href="http://www.u-1.net/1998/05/28/4/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">夢から覚めても<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 　カーテン越しに届く柔らかな陽射しが……。<br />
かすかに耳に届く、小鳥達のさえずりが……。<br />
新しい一日の訪れを告げていた。<br />
暖かな陽射しと、部屋に満ちる朝の香りを感じ、私はゆっくりと目を開いた。<br />
そして、私の瞳に映る、私を包み込むようにして静かに眠っているのは、<br />
「――浩之ちゃん……」<br />
初めて浩之ちゃんと一緒に迎えた朝。<br />
私は、私の一番大切な人の名を、誰にともなくそっと呟いた。<br />
「――……ん」<br />
浩之ちゃんはまだぐっすりと眠ったまま。<br />
ふふふ。まるで子供みたいだね。<br />
安らかな寝顔の浩之ちゃんを見て私はそんな風に思った。<br />
――浩之ちゃんにこんなこと言ったら何て言われるかな？<br />
『そんなオレに抱かれて眠るのが安心するなんて、お前の方がよっぽど子供じゃねーか』<br />
浩之ちゃんだったらきっとこう言うよね。<br />
ぶっきらぼうな表情を浮かべて言う浩之ちゃんの姿が浮かんだ。<br />
そう言われたらきっと、私は何も言えなくなっちゃうな。<br />
――ホントはいっぱい言いたいことあるんだけどね。<br />
ちらりと時計を見てみる。時計の針は、七時を一〇分ほど回った所だった。<br />
いつもの毎日ならもう起きる時間。朝ご飯を食べて学校へ行く準備をしなければいけない時間。<br />
でも、今日は違うんだよね。<br />
今日はお休みだから……、ずっと一緒に居られるんだよね、浩之ちゃん？<br />
「――浩之ちゃん」<br />
もう一度、今度はさっきよりも少しはっきりと、呼び掛けるようにして浩之ちゃんの名を口にする。<br />
でも、やっぱり浩之ちゃんはぐっすりと眠ったまま。<br />
やっぱり疲れちゃってるのかな……？<br />
私は昨夜のことを思い出し……。<br />
や、やだ。私ったら何考えてるんだろ？<br />
頬が熱くなるのをはっきりと感じ、慌てて別のことを考える。<br />
――朝ご飯、どうしようかな？<br />
ふと、そんなことを思う。いくらお休みだからと言っても、朝ご飯食べないわけにはいかないしね。やっぱりそろそろ起きた方がいいのかなぁ？<br />
カーテン越しに射し込む白い陽光が、薄暗かった室内を少しだけ明るく彩る。<br />
――でも……。<br />
でも、もう少しこのままでいたいな……。<br />
静かに寝息をたてる浩之ちゃんの腕に抱かれながら私は思う。<br />
浩之ちゃんの腕の中はすごく安心できるから。<br />
浩之ちゃんの優しさを全身で感じられるから。<br />
私は浩之ちゃんの温もりと胸いっぱいの幸せに抱かれながら、再び浩之ちゃんの腕の中でゆっくりと目を閉じた。<br />
――夢の中でも浩之ちゃんに逢えるといいな……。<br />
＊＊＊<br />
「あかり……」<br />
私の名前を呼ぶ声が聞こえる。<br />
「――ん……」<br />
私は少し間を置いてから、目を開いた。<br />
「あ……？　ひろゆきちゃん？」<br />
まぶたをこすりながら言う。<br />
私をじっと見詰める浩之ちゃん。<br />
や、やだ。何か恥ずかしいな……。　やっぱり、いつもより浩之ちゃんのこと意識しちゃうな。<br />
私はつい浩之ちゃんから目を逸らせてしまう。<br />
浩之ちゃんはそんな私の気持ちに気付いていないのか、呆れたように言葉を続けた。<br />
「な～～にが『あ、ひろゆきちゃん』だよ？　今、何時だと思ってんだよ？　いい加減、起きようぜ」<br />
「え、私そんなに寝てたの？」<br />
少しびっくりしながら、訊き返す。<br />
慌てて時計を見ると……。<br />
「ええっ！　もうこんな時間？」<br />
一気に眠気が吹き飛ぶ。<br />
時計の針は既にお昼を回っていた。<br />
「ご、ごめん。お腹空いてるよね？　朝ご飯の用意しようと思ったんだけど、また寝ちゃったみたい。今、急いで作るから！」<br />
言って、浩之ちゃんのベッドから跳ね起きる。<br />
「ああ。さすがに腹ペコだぜ。悪ぃけど急いでくれねーか？」<br />
少し済まなそうに言う浩之ちゃん。<br />
ごめんね。ホントはすぐ起きるつもりだったんだけど。<br />
「あ、あとな……」<br />
浩之ちゃんの顔に浮かぶ笑顔。<br />
いつもの優しい笑顔じゃない。<br />
私をからかおうとする時のちょっと意地悪な笑顔。<br />
「な、何？」<br />
恐る恐る尋ねる。<br />
「ちゃんと服着てから作れよ……。飯」<br />
ぽそりと呟く。<br />
――？<br />
一瞬、浩之ちゃんの言った事がよく分からなかった。<br />
「え……？　――きゃあっ！」<br />
その時になって初めて、私は何も身に着けていない事に気付いた。<br />
「ど、どうして？」<br />
――恥ずかしい！<br />
顔が真っ赤になっているのが自分でもはっきりと分かる。<br />
浩之ちゃんは、慌てて毛布にくるまる私を面白そうに見ながら、<br />
「どうして、って。お前、昨夜はその格好で寝たんじゃねーか。忘れたのか？」<br />
――そう言えば……。<br />
慌てていて、すっかり忘れてたみたい。<br />
「い、今すぐに着替えるから……。ちょっと向こう向いててね？」<br />
「しょーがねーな」<br />
意地悪な笑顔のまま、浩之ちゃんは入り口のドアの方を向いた。<br />
――もう、やっぱり意地悪なんだから……。<br />
私は急いで衣服を身に纏う。<br />
「もういいか？」<br />
「う、うん」<br />
私の言葉に振り返ってこっちを見る浩之ちゃん。<br />
まだ熱さの残る私の頬。<br />
恥ずかしさから浩之ちゃんの顔がまともに見れない。<br />
「そ、それじゃあ、すぐに用意するから。もうちょっと待ってね」<br />
私は短くそう言うと、急いで浩之ちゃんの横をすり抜け廊下に出た。<br />
階段を急いで駆け下りてキッチンへ向かう。<br />
――さてと、急いで準備しないとね。浩之ちゃん、だいぶお腹空かせていたみたいだし。<br />
うーん、やっぱり時間もないし、簡単なもので済ませちゃお。<br />
とりあえず、お湯を沸かし、トーストをトースターにセット。<br />
焼き上がる間にハムエッグと、ありあわせの材料でサラダを作って、と。<br />
トーストが焼き上がるのを待って、サラダにドレッシングをかける。<br />
あと、コーヒーは……。<br />
浩之ちゃんを呼んできてから入れようかな？　冷めると美味しくないし。<br />
テーブルにふたり分の食事を並べて、準備完了。これでいいかな？<br />
――ホントに簡単に済ませちゃった……。<br />
ごめんね、浩之ちゃん。今度はもっと美味しいの一生懸命作るから。<br />
テーブルに並べた食事を一通り眺めると、私はさっそく浩之ちゃんを呼びに二階へ上って行った。<br />
「お待たせぇ、ご飯できたよ」<br />
浩之ちゃんの部屋に行くと、浩之ちゃんはぼんやりと外を眺めていた。<br />
――どうしたのかな？<br />
浩之ちゃんは私の声を聞いてこちらを振り向く。<br />
「お、早かったな？　もうできたのか？」<br />
いつもの口調で私に訊く。<br />
――良かった私の気のせいみたい。<br />
「う、うん。ゴメンね。浩之ちゃん、お腹空かせてると思って急いで作ったから、すごく簡単なのになっちゃったけど……」<br />
「いーって、いーって。お前の作った飯は、オレが自分で作るよりずっと美味いからな。さすが自称『藤田浩之研究家』だな？」<br />
「えへへ……」<br />
浩之ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな。<br />
私がお料理をお母さんに一生懸命習ってるのだって、浩之ちゃんに喜んでもらいたいから……。<br />
――あ、浩之ちゃんの喜ぶ顔を見るのが好きだから、私のためでもあるのかな？<br />
でも、浩之ちゃんには言えないよね、こんなこと。<br />
「ありがとう。でも、見てがっかりしないでよ？」<br />
「分かってるって」<br />
もう、ホントにちゃんと聞いてるのかしら？<br />
「じゃ早く行こ？」<br />
「ああ」<br />
私の言葉に頷く浩之ちゃん。<br />
私は浩之ちゃんの後について階段を下りて行った。<br />
「あ、浩之ちゃんは先に座ってて。今、コーヒー入れるね」<br />
「ああ」<br />
言って浩之ちゃんが椅子に腰を下ろした。<br />
「はい、どうぞ」<br />
私はふたり分のコーヒーをテーブルに置く。<br />
浩之ちゃんのコーヒーはブラックで。<br />
私のはクリープとお砂糖を入れて。<br />
「お、さんきゅ。――お前、相変わらずそんな甘ったるい飲み方してんのか？　男はやっぱりブラックで飲まなきゃな」<br />
「――私、男の子じゃないもん。いいじゃない、私、ブラックなんて苦くて飲めないよ」<br />
「そーか？　オレはこっちの方が美味いと思うけど……」<br />
釈然としない顔をして浩之ちゃんが言った。<br />
「それより、早くご飯食べよ？　お腹減ってたんでしょ？」<br />
「お、そうだった。当初の目的をすっかり忘れる所だったぜ」<br />
笑いながら浩之ちゃんはトーストに手を伸ばす。<br />
「それじゃ、いただくとしますか」<br />
「うん」<br />
おいしそうにお料理を口に運ぶ浩之ちゃん。<br />
そんな様子を見ていると自然と微笑みがこぼれる。<br />
「な、なんだよ、あかり？　オレの顔に何か付いてんのか？」<br />
「ううん、別に何も付いてないよ。ただ見てるだけだから……」<br />
「何いってるんだか……。オレの顔なんかもう見飽きてるだろ？」<br />
「ふふふ……。まだ全然見飽きてなんかいないんだから」<br />
浩之ちゃんは私の言葉に苦笑しながら、<br />
「――ったく……。相変わらず恥ずかしいヤツだなぁ」<br />
そう言って、ふっと視線を逸らす。<br />
「えへへ……」<br />
たわいない会話と微笑みで彩られる、私たちふたりだけの穏やかな時間。<br />
南の空に高く昇った太陽から、さんさんと降り注ぐ初夏の陽射しが、窓の外を白く輝かせていた。<br />
＊＊＊<br />
遅めの食事を済ませ、後片付けをする私。<br />
浩之ちゃんはリビングでソファに腰を下ろして、ぼんやりとテレビを眺めている。<br />
なんだか退屈そう。<br />
私は浩之ちゃんと一緒にいられるだけで十分なんだけど……。<br />
――浩之ちゃん。<br />
私たち小さな頃からずっと一緒にいたよね。<br />
小学校の時も、中学校の時も、そして今も……。<br />
浩之ちゃんには迷惑がられたこともあったけど、私は浩之ちゃんの近くにいつでもいたかったの。<br />
近くにいられる、ただそれだけで私はすごく幸せだった。<br />
――浩之ちゃんはどうなのかな？<br />
私は今、本当に幸せ。<br />
一緒にご飯を食べたり、色んなお話ししたり、どこかへ遊びに行ったり……。<br />
浩之ちゃんと同じ場所で、同じ時間を過ごせる……。<br />
私にはこれが一番の幸せなんだと思う。<br />
だって、こんなにも心が落ち着く。<br />
こんなにも心が満たされる。<br />
――ずっとこうしてていいんだよね、浩之ちゃん……。<br />
「……あかり？」<br />
「え？」<br />
突然、名前を呼ばれ、はっとする私。<br />
「どうした？　何かぼーっとしてたぜ？」<br />
浩之ちゃんが少し心配そうにしてこちらを見ていた。<br />
いけない、浩之ちゃんに心配掛けちゃった。<br />
「あ、ううん。何でもないの」<br />
言う私を見て、<br />
「そうか？　――後片付け終わったんなら、こっちに来いよ。一人でテレビ見てても退屈なだけだからな」<br />
浩之ちゃんは自分のすぐ隣りのクッションを、ぽんぽんと叩いた。<br />
「え、いいの？」<br />
「何、遠慮してんだよ？　それともオレの側にいるのは嫌か？」<br />
意地悪な質問をする浩之ちゃん。<br />
――もう、そんなわけないじゃない……。<br />
「ううん、そんなこと……」<br />
私は食器を棚にきちんと並べ、もう一度手を洗ってから浩之ちゃんの所へ行った。<br />
うーん、気持ちのいい日だな。<br />
「浩之ちゃん、窓、開けてもいい？」<br />
「ん？　ああ」<br />
浩之ちゃんの返事を聞いてから、私は窓を開けた。<br />
室内に流れ込んで来るさわやかな初夏の風が、私の頬を撫で、髪を揺らす。<br />
部屋に満ちる暖かな空気。<br />
私は深呼吸を一つしてから浩之ちゃんの隣りに腰を下ろした。<br />
「今日は少し暑いね」<br />
体が少し火照ったような気がしてそう言った。<br />
そう感じるのは陽気のせい？<br />
それとも浩之ちゃんがこんなに近くいるからかな？<br />
「そうだな。もう五月だし、これからどんどん暑くなってくな」<br />
「うん」<br />
「でも、今度の修学旅行が北海道ってのは嬉しいよな。避暑に行くみたいで。できれば、もっと暑くなってからの方が楽しそうだけどな」<br />
――そっか。ゴールデンウィークが終わったら、もう修学旅行なんだよね。<br />
「楽しみだね、修学旅行。北海道なんて私、行くの初めて」<br />
「オレだって初めてだぜ。でも、こんな街とは別の世界って感じがするよな。<br />
広いし、自然が多そうだし、空気も美味そうだ」<br />
「うん」<br />
私は浩之ちゃんの言葉に頷いた。<br />
――でも、浩之ちゃん、修学旅行の自由行動。誰と一緒に行くんだろ？<br />
やっぱり雅史ちゃんたちと、男の子の友達同士で行くのかな？<br />
できれば私と一緒に行ってほしいけど。<br />
「あ、浩之ちゃん……」<br />
やっぱり、思い切って訊いてみよう。<br />
「ん、何だ？」<br />
「あ、あのね……」<br />
もう誰かと約束してたらどうしよう……。<br />
心に広がる不安。<br />
「修学旅行って、自由行動の時間あるよね？」<br />
「ああ、確か、まる一日自由行動できる日があるんじゃなかったっけ？」<br />
「浩之ちゃん、誰と行くかとか、もう決めたの？　やっぱり雅史ちゃんとかと一緒に行動するの？」<br />
浩之ちゃんは、私が何を言いたいのか分かったようで、こっちを見て笑った。<br />
「何だ、そんなこと心配してたのか？」<br />
いつも私に見せてくれる、すごく優しい笑顔。<br />
「う、うん」<br />
少しどきっとして、どもってしまう。<br />
見慣れたはずの浩之ちゃんの笑顔――でも、今の私には眩しすぎる笑顔――。<br />
それだけで、私の心臓が早鐘を打つ。<br />
浩之ちゃんはそんな私に気付かない。<br />
「オレはもう決めてるぜ」<br />
――やっぱり。<br />
「だ、誰と……？」<br />
恐る恐る浩之ちゃんの言葉を待つ。<br />
「決まってんじゃねーか。――あかり、お前とだよ」<br />
――え？<br />
今、何て言ったの？　浩之ちゃん？<br />
「あ、もう志保とかと約束しちまったのか？」<br />
「え、あ？」<br />
「だからぁ、お前の方はどうなんだよ？　もう誰と行くか決めてんのか？　まだ決めてないからオレに訊いたんだろ？」<br />
浩之ちゃんは私に次々と矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。<br />
「う、うん。私はまだ決めてないけど……。でも、いいの？　あとで雅史ちゃんとかから誘われるんじゃないの？」<br />
私がそう言い終わる前に、<br />
――突然。<br />
浩之ちゃんが私の肩に手を回し、私を抱き寄せた。<br />
「あ……。ひ、浩之ちゃん？」<br />
私は浩之ちゃんの顔を見上げ、消え入りそうな声で、そう言った。<br />
「やっぱり今日、変だぜ？　あかり。オレがそんなことすると思うか？　せっかくの修学旅行じゃねーか。高校生活で最大のイベントだろ？　ふたりでいろんな思い出作ろうぜ？」<br />
私の肩を抱く浩之ちゃんの右手に、私は自分の右手を重ねながら、<br />
「……浩之ちゃん」<br />
そう言って私は、浩之ちゃんの大きな手を、きゅっ、と握りしめた。<br />
「今まで――さんざんお前を待たせちまったからな。オレには、その時間を取り戻すことはできないけど、その分までお前の側にいてやることはできる」<br />
浩之ちゃんは私と顔を合わせないように、目を逸らしながら言葉を続ける。<br />
きっと私と同じ顔してるんだね。<br />
私は熱く火照った自分の頬と、私の肩を抱く腕から伝わる浩之ちゃんの温もりを感じながらそう思った。<br />
「――あかり」<br />
「うん」<br />
「悪かったな。お前の気持ちに応えるのに、ずいぶん遠回りしちまって……。今度はオレがお前の気持ちに応える番だよな？　――ずっと一緒にいようぜ、修学旅行の時だけじゃなくてこれからもずっと、な？」<br />
――ひ、浩之ちゃん……。<br />
胸が一杯で、そう言いたいのに言葉にならない。<br />
――こぼれ落ちる涙。<br />
目の前が滲んで良く見えなくなる。<br />
私はそっとまぶたを閉じ、浩之ちゃんの胸に顔を埋めた。<br />
浩之ちゃんは、そんな私を優しく抱き締めてくれる。<br />
そして、私は浩之ちゃんの言葉に、<br />
「……うん」<br />
とだけ、小さく、でもはっきりとそう答えた。<br />
――リビングに流れ込む涼やかな風が、火照った頬にとても心地好かった。<br />
＊＊＊<br />
「あかり……」<br />
あれからどの位時間が経ったのかな？<br />
ふいに、浩之ちゃんが私の名を呼んだ。<br />
「――ホント言うとな、オレ、まだ実感わかないんだ」<br />
「何？」<br />
「オレたちがこうしていること」<br />
「――うん」<br />
浩之ちゃん、私と同じこと思ってたのかな？<br />
「ほんの少し前までは、ただの幼なじみだと思っていたお前と、恋人同士になるなんてな……。何か、夢でも見てるみたいだぜ」<br />
「うん。――でも、夢じゃなくて良かったね」<br />
「あかり？」<br />
浩之ちゃんが顔をこちらに向けて訊き返す。<br />
「だって、夢だったらいつかは覚めるでしょ？　そんなの、私は嫌だもん」<br />
私は浩之ちゃんの目を見詰め返しながら言う。<br />
「私、今とっても幸せだから……。こうして浩之ちゃんに想ってもらえるんだもん。ずっと浩之ちゃんのこと想い続けてきて良かった……。ホントに……、夢じゃなくて良かった……」<br />
かすかに揺れる声。<br />
気持ちの昂ぶりが抑えられない。<br />
――やだ、また浩之ちゃんに心配掛けちゃう。<br />
私は少し無理をして、浩之ちゃんに笑顔を返す。<br />
「あかり……」<br />
浩之ちゃんの心配そうな声。やっぱり無理してるって分かっちゃうのかな？<br />
「えへへ、ごめんね。変なこと言っちゃって。私ったらやっぱり今日、少し変かな？」<br />
「……いや、オレの方こそ変なこと言っちまって悪かったな」<br />
浩之ちゃんが左手で頭を掻きながら言う。<br />
「夢だろうが何だろうが、あかりはあかりだもんな。どんな時もオレが一緒にいてやるから、そんな辛そうな顔すんなよな？」<br />
言って、にっこりと私に微笑みかける。<br />
やっぱり、優しいね……。浩之ちゃん。<br />
「――うん。ありがとう、浩之ちゃん……」<br />
私は浩之ちゃんに体を預ける。<br />
――浩之ちゃんが私をいつも支えていてくれる――そう思うと、さっきまでの不安が嘘のように、とても落ち着いた気持ちになれた。<br />
「なぁ、あかり……」<br />
私の髪を優しく撫でながら浩之ちゃんが呼び掛ける。<br />
「――何？」<br />
少し間を置いてから浩之ちゃんが口を開いた。<br />
「これから、どうする？」<br />
「これから、って？」<br />
おうむ返しに訊く私。<br />
「オレたちのこと、まだ誰にも話してないだろ？」<br />
「うん」<br />
「ちゃんと話しておいた方がいいと思うか？」<br />
そっか。私たちのこと、誰も知らないんだもんね。<br />
「浩之ちゃんはどうしたらいいと思う？」<br />
こういうときは浩之ちゃんの言う通りにした方がいいよね。<br />
――浩之ちゃんの決めたことなら、きっとそれが正しいと思うから。<br />
昔からの経験で、こういう決め事は浩之ちゃんに任せた方がいいことを、私は良く分かっていた。<br />
「――そうだな……」<br />
浩之ちゃんは、視線をしばらく宙に泳がせ、<br />
「やっぱ、このままでいいか？」<br />
そう言った。<br />
「オレたちが付き合ったからって、周りの連中がどうなるわけでもないしな。雅史と志保のヤツなら大丈夫だろ？　いつも通りのオレたちでいられるさ。――もっとも、一番恐いのは、志保にばれて学校中にあらぬ噂を流されることだがな」<br />
苦笑しながら言う浩之ちゃん。<br />
「いくら志保でもそんなことしないと思うよ？」<br />
言った私の言葉に、<br />
「いーや、あいつはオレが苦しむ所を見るのを楽しみにしてやがるからな。何されるか分かったもんじゃないぜ。それに、お前の方が志保の性格は良く知ってるだろ？」<br />
「そうかなぁ？」<br />
いくら志保でもそんなことするとは……。<br />
――志保ならするかも……。<br />
ふと、脳裏をよぎったちょっと恐い考えを私は慌てて否定する。<br />
「そ、そんなことしないと思うよ？」<br />
「どうだか。お前だって少しは不安になったんじゃねーのか？」<br />
私の表情を見て、私が何を考えたのか分かったのか、浩之ちゃんはにやりと笑みを浮かべた。<br />
良かった、いつもの浩之ちゃんに戻ったみたい。<br />
「ま、バレたらバレたでしょうーがねーけどな。そん時は、あかり、お前に志保の口止めをしてもらうからな？　頑張れよ」<br />
浩之ちゃん……、他人事みたいに言って。<br />
「う、うん。じゃあ、志保や雅史ちゃんには、内緒にしておくんだね？」<br />
私は浩之ちゃんに確認する。<br />
「隠すわけじゃねーよ。ただ別に説明するのが面倒だから話さないだけ。それとも、あかり。お前は話したほうがいいと思うのか？」<br />
浩之ちゃんが意地悪な質問をする。<br />
「そ、そんなんじゃないけど。――私だってみんなに知られるの、少し恥ずかしいし……」<br />
消え入りそうな声で、浩之ちゃんの質問に答える。<br />
「――と、言うわけだ。これからも、オレたちはオレたちのまま。志保や雅史は気付くかもしれないけど、だからってオレたち四人の関係が壊れるほど、あいつらも心は狭くないだろ？」<br />
――そうだよね、私たちは私たちなんだから……。きっとこれからも、ずっと一緒にいられるよね？　志保や雅史ちゃんなら、『おめでとう』、『良かったね』、そう言ってくれるよね？<br />
「うん、そうだね」<br />
私はにっこりと浩之ちゃんに微笑みを返した。<br />
「しかし、こんなこと悩むなんてオレたちらしくなかったかな？」<br />
「ふふふ……。そうかもね」<br />
室内を明るく染め上げる暖かな陽射し。そして、ゆるやかに吹き抜けるそよ風と、その風に乗って届く木々の緑の香りに包まれながら、私たちはお互いの顔を見詰め合い苦笑がちな笑顔を交わした。<br />
＊＊＊<br />
久し振りに一緒に過ごした、浩之ちゃんとの一日。<br />
初めはちょっとだけお互いを意識しちゃったけど、やっぱり浩之ちゃんは浩之ちゃんだね。すぐにいつも通りの調子で私に色んな話をしてくれた。<br />
そんな浩之ちゃんに乗せられて、私もいつの間にか普段の私でいられたみたい。<br />
そしてゆっくりと、でも確実に時は流れていく。気が付けば、もう太陽は西に傾き始めていた。<br />
――もっと浩之ちゃんと一緒にいたいのにな……。<br />
私は思い切って浩之ちゃんに訊いてみた。<br />
『良かったら、晩ご飯も作っていこうか？』<br />
窓から差し込む夕陽の光に赤く染め上げられたリビング。<br />
「――ホントにいいのか？　あかり……」<br />
少し遠慮がちに浩之ちゃんが訊き返した。<br />
「うん。だって、今日のお昼、時間なくて大したもの作れなかったでしょ？　だからお願い。――ダメかな？」<br />
浩之ちゃんは少し考え込んだみたいだけど、<br />
「分かった、じゃ頼むぜ」<br />
と言ってくれた。<br />
――良かったぁ。<br />
私はほっと胸を撫で下ろす。これでまだ、浩之ちゃんと一緒にいられる。<br />
それじゃ、夕食の材料を確認してみないとね。<br />
――何か残ってたかな？<br />
キッチンに行って辺りを見回す。<br />
調味料とかは、私が以前に買い足していたから、切らしているものはないみたい。<br />
後は材料だけど……。<br />
冷蔵庫の扉を開いて中を確認してみる。<br />
うーん、やっぱり何にもないなぁ。昨夜の晩ご飯と今日のお昼で残ってた材料みんな使っちゃったんだ。<br />
これは、買い出しに行かないとダメかな？<br />
浩之ちゃんにお願いしてみようかな……。<br />
「どうした、あかり？」<br />
後ろから突然声を掛けられ、びっくりする私。<br />
「え？　――あ、浩之ちゃん……」<br />
「何か足りないのでもあったのか？　――と言うよりも、何にも入ってなかっただろ？」<br />
さすがに自分の家の冷蔵庫の中身は浩之ちゃんもよく分かっていたみたい。<br />
「う、うん」<br />
そう言って私は俯いてしまう。<br />
「しょーがねーな。あかり、出かけるぞ」<br />
「え？」<br />
その言葉に顔を上げる私。<br />
「材料が無いんじゃ、いくらお前でも飯は作れないだろ？　こんなことで晩飯食い逃すのもバカらしいし、さっさと買いに行こうぜ。」<br />
「え？　浩之ちゃん、一緒に行ってくれるの？」<br />
思わず訊いてしまう。<br />
「ばーか。いくらオレでも女の子一人に買い出しになんて行かせるかよ。荷物運びはオレがやるから、材料選びと予算管理はお前がやってくれ。安くて美味いやつを頼むぜ」<br />
そう言って浩之ちゃんはさっさと玄関の方へ歩いて行ってしまった。<br />
「あ、待ってよぉ、浩之ちゃん」<br />
私も慌てて浩之ちゃんの後を追う。<br />
「ホラ、早く来いよ」<br />
玄関から聞こえる急かすような浩之ちゃんの声。<br />
「う、うん」<br />
私も急いで玄関で靴を履き、浩之ちゃんに続いて外へ出た。<br />
浩之ちゃんは玄関の鍵を確認すると、<br />
「よし、じゃあ行くか」<br />
と言った。<br />
私も浩之ちゃんの言葉に頷いて、浩之ちゃんの隣を歩く。<br />
西の空に低く大きく滲む夕日。<br />
そして、赤く焦げるような空と、それに溶け込む茜色の雲。<br />
明日も天気、いいかな？<br />
静かに夜の訪れを待つ空を眺めながら、そんなことを考え道を歩いて行く。<br />
いつも歩いた見慣れたはずの街並。<br />
――でも、いつもと少し違う気がする。<br />
私は隣を歩く浩之ちゃんの横顔をちらりと見る。<br />
夕日に紅く照らされた横顔に、私は少しどきっとする。<br />
「……あかり」<br />
突然、私の手に暖かい感触。私の手を握る浩之ちゃんの大きな手。<br />
「あ？　ひ、浩之ちゃん？」<br />
驚いて、浩之ちゃんの顔を見上げる私。<br />
そんな私を見て浩之ちゃんは、<br />
「急がなくてもいいさ。オレたちはオレたちらしく、ゆっくりと歩いて行こうぜ？　これからはずっと一緒にいられるんだからな……」<br />
そう言って少しだけ照れ臭そうに優しく笑ってくれた。<br />
「うん……」<br />
目を細め、静かに微笑む浩之ちゃんを見詰めながら、私も精一杯の笑顔を浮かべて浩之ちゃんに答え、その大きな手を、きゅっと握り返した。<br />
紅く染まった私の頬を照らす、オレンジ色の夕陽。<br />
――浩之ちゃん。<br />
いつも一番近くにいてくれた私の大好きな人。<br />
笑ったり、怒ったり、泣いたり、時には私をイジメたりしたけど、誰よりも優しく、誰よりも私を愛してくれた浩之ちゃん。<br />
ずっと、ずっと、大好きだよ。<br />
「これからも、ずっと側にいてね……」<br />
そっと囁いた私の言葉は、吹き抜ける風に流れ、消えた。<br />
――浩之ちゃん。<br />
いつも一番近くにいてくれる私の大好きな人。<br />
これからもずっと一緒にいようね……。<br />
夢の中でも。<br />
――夢から覚めても……。<br />
誰もいない通り道。<br />
夕日に照らされ、ゆっくりと歩く私たちふたりの影が長く尾を引き、そっと寄り添っていつまでも揺れていた。<br />
<center>――了――</center></p>
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		<title>桜の咲く頃に</title>
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		<pubDate>Mon, 11 May 1998 00:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart]]></category>
		<category><![CDATA[神岸あかり]]></category>

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		<description><![CDATA[桜の咲く頃に 「……ん」 誰だ……？ 「……き……ちゃん」 ――んだよ。うるさいなぁ。せっかくの春休みくらいゆっくり寝かせてくれよ。 「ひろゆきちゃん」 だんだんと近くなるその呼び声は、オレの良く知った声だった。 「浩之... [<a href="http://www.u-1.net/1998/05/11/3/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">桜の咲く頃に<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 「……ん」<br />
誰だ……？<br />
「……き……ちゃん」<br />
――んだよ。うるさいなぁ。せっかくの春休みくらいゆっくり寝かせてくれよ。<br />
「ひろゆきちゃん」<br />
だんだんと近くなるその呼び声は、オレの良く知った声だった。<br />
「浩之ちゃん！」<br />
だああああああぁぁぁぁ！<br />
「あかりっ！　休みの日くらいは静かに寝かせてくれって言っただろーが！」<br />
オレは目を覚まし、大声を上げ怒鳴りつけた。<br />
オレの大声に、あかりは少し驚きながら、<br />
「ご、ごめん。でも……」<br />
と、言葉に詰まりながらも謝った。</p>
<p><center>§</center>高校２年の学年末テストも終わり、終業式を残すだけとなった。<br />
昨日はテスト終了記念ということで、学校の帰りに、オレとあかり、そして雅史と志保の四人でバカ騒ぎをしたんだっけ。<br />
志保のヤツはテストの結果が散々だったらしく半ばヤケ気味だったが、オレたちは何とか無事に乗り切ることができた。<br />
まったく、あいつは去年も同じよう目に遭っていながらそれを繰り返すとは……反省ってコトバを知らんのか？　よりによってこのオレに向かって、<br />
「ヒロぉ～～、あたしの悲しみがわかるのはあんただけよ。いっしょに苦しみましょ」<br />
などと。まるでオレのことを仲間のように言いやがって。いつの話をしてるんだ？<br />
ま、あいつと同類にならないで済んだのは、このオレの日頃の行ないが良いからだな、きっと。<br />
それから、昨日の夕食はあかりが作りに来てくれて、久し振りに家に泊まってたんだよな。<br />
＊ ＊＊<br />
昨日のことを思い出し、頭が冴えて来るのを感じながら、オレは言った。<br />
「だいたい、おめーも昨日はあんなに大騒ぎしてたじゃねーか。家に帰ってからも夕食を作ったり……」<br />
オレはにやりとして言葉を続ける。<br />
「夜だってあんなに激しく……」<br />
「ひ、浩之ちゃん！」<br />
みなまで言うよりも早く、オレの親父ギャグに頬を紅く染めたあかりが慌てて言葉をさえぎった。<br />
「何だよ。嘘じゃないだろ？　お前だって昨夜はあんなに燃えてたじゃねーか」<br />
「だって、あれは浩之ちゃんが……。<br />
――もう、浩之ちゃんの意地悪……」<br />
あかりは耳まで真っ赤に染めて、俯いて黙ってしまった。<br />
相変わらずからかい甲斐のあるヤツ。<br />
しかし、本来の目的を思い出したのか、まだ少し顔を紅くしながらも、<br />
「そ、それよりも朝ご飯できたよ。冷めちゃうとやだから起こしに来たんだけど、まだ眠い？」<br />
と少し遠慮がちに問うあかりの表情は、なぜか嬉しそうだ。<br />
時計を見ると……げ、１０時過ぎてるじゃねーか。これじゃ朝飯か昼飯かよくわかんねーな.。<br />
「いや、まだ少し眠いけどしょーがねー。食べるぜ」<br />
「うん、じゃぁお味噌汁温めなおしてるから、着替えて降りて来てね」<br />
にっこりと笑うと、あかりは階段をとんとんと軽やかに駆け降りて行った。<br />
さてと、それじゃオレも着替えて朝飯でもご馳走になるとするか。<br />
寝間着代わりのＴシャツを脱ぎラフな服装に着替えると、あかりの待つ１階へ降りて行った。<br />
＊＊＊<br />
あかりは既にオレの分の盛り付けも終了し、準備万全の状態で席について待っていた。<br />
オレはあかりと向かい合うように椅子に腰を下ろした。<br />
「さ、どうぞ召し上がれ」<br />
相変わらず、まるでガキのままごとのような台詞を言う。心の中で苦笑しながらオレは箸を取った。<br />
「昨日の夕食の残り物で作ったありあわせだけど。どうかな？」<br />
あかりが訊ねる。<br />
「ん、イけてると思うぜ」<br />
手短に答えながらも、料理を口に運ぶ手は休めない。あかりの作る料理は美味い。オレの好みを良くわかってるせいか、オレもついその好意に甘えてしまい、こうしてちょくちょく料理を作りに来てもらっているのだ。<br />
まぁ、今日みたいに朝食まで作ってくれるようになったのは、そんなに昔のことではないんだが。<br />
「そう言えば、今ごろじゃなかったか？」<br />
オレはふとあることを思い出した。<br />
「何？　｣<br />
あかりが訊き返す。<br />
「ほら、お前がその髪形に変えたのが、だよ」<br />
「うん」<br />
あかりは去年の今ごろ――３月の終り頃、突然髪形を変えた。中学時代からずっとあかりのトレードマークだったおさげを止め、今の髪形にしたのだ。<br />
「あの時はホントびっくりしたぜ。つい『ほんとにあかりか？　』なんて訊きそうになっちまったもんな」<br />
１年前を思い出しながらオレは言った。<br />
「またまた、そんなこと言って。最初に私を見た時、浩之ちゃん何だか難しい顔してたから、てっきり『似合わねー』とか言われると思って少し心配しちゃった。<br />
でもその後、『似合ってる』、『可愛い』て言ってもらえて本当に嬉しかったよ。<br />
思い切って髪形変えて良かったって思ったもん」<br />
あかりも思い出しているのか、懐かしそうにそう言った。<br />
「そんなこと言ったか？　｣<br />
ちょっと恥ずかしくなり目を逸らせながら言うと、<br />
「うん、言ったよ。忘れちゃったの？　私はしっかり覚えてるけど」<br />
オレの心を読むのが得意なあかりのことだ。オレがテレてるとわかってからかってるな。気恥ずかしくなったオレはこの話題を打ち切ることにした。<br />
「もう止め止め。昔の話なんて」<br />
「どうしたの？　浩之ちゃん。顔、赤いよ」<br />
くすくすと笑いながらあかりが言った。<br />
まじぃ、顔に出てたか。<br />
「なんでもねーよ。ほら、冷めないうちにさっさとメシ食おうぜ」<br />
強引にこの話題を切り上げ、あかりに言った。<br />
「ふふふ、変な浩之ちゃん」<br />
そんなオレを見ながらあかりはずっと微笑んでいた。<br />
＊＊＊<br />
あの日が初めてだったような気がする。<br />
それまで『幼なじみ』だったあかりを一人の『女の子』として意識したのは……<br />
オレとあかり。<br />
『幼なじみ』――友達以上に親しく、兄弟のようであるが、結局は他人にしか過ぎい奇妙な関係。<br />
一緒に幾つもの季節を過ごし、誰よりも親しかったはずのあかりを、オレは単なる『妹』としか考えていなかった。<br />
そして、オレはあの時初めて、妹のように思っていたあかりを『女の子』として意識した。それまでの『幼なじみ』ではない『女の子』としてのあかりを強く意識した。<br />
オレとあかり。<br />
『幼なじみ』という奇妙な関係を十数年間続けてきた。お互い超えてはいけない一線を意識しながら、その微妙で曖昧な関係を続けてきた。あるいは、お互い無意識に一線を超えないよう心を殺してしまっていたのかもしれない。<br />
――いや。オレはあかりの気持ちに気づいていた。しかし、今のふたりの関係が壊れてしまうのを恐れ、あかりの想いに応えることから逃げていただけなのかもしれない。<br />
オレがその境界を越える決心をしたのは、それからしばらくしてからのことだった……。オレンジ色の暖かな夕日に包まれたあかりの部屋でした初めてのキス。気持ちだけが空回りして、お互いの心を傷付けることしかできなかったあの夜。そして……</p>
<p>あかりはオレの隣に居る。<br />
『あかりはあかり』、そんな単純なことに気づかず、傷付けることしかできなかったオレをあかりは受け入れてくれた。<br />
許してくれた。<br />
『好き』だと言ってくれた。<br />
オレは本当に嬉しかった。<br />
そしてその時になって、やっとあかりを、『妹』ではなく『女の子』として好きだという自分の気持ちに気がついたんだ。</p>
<p>あかりがオレの隣に居る。<br />
お互いの本当の気持ちを確かめ合って、オレたちは結ばれた。<br />
『幼なじみ』という曖昧な境界線を超え、恋人同士になったふたり。<br />
ふたりで共に過ごした季節。今までは何気なかったことでも、全てが色づいて見えた。<br />
春、夏、秋、冬――少しずつ、しかし確実に移り変わる季節の中、それでも変わることのないふたりの笑顔。<br />
ふたりで撮った写真にはいつも、オレと、そして、幸せな微笑みを浮かべたあかりが写っている。</p>
<p>そして、再び春が訪れようとしていた……</p>
<p>「ふ～、ごっそさん」<br />
「おそまつさまでした」<br />
何度交わしたかわからないほどの何気ない会話。それでもあかりはオレのそんな一言にも嬉しそうに答えてくれる。<br />
「じゃ私、後片付けするからちょっと待ってて」<br />
「あぁ。それじゃ少し横になるかな？」<br />
「うん、そうしてて」<br />
キッチンで後片付けをするあかり。よほど機嫌が良いのか鼻歌まで歌っている。<br />
「ら～ら～ららら～ん、らららん、らら、ら～……<br />
ねぇ、浩之ちゃん」<br />
皿を洗いながらあかりが訊ねる。<br />
「何だ？」<br />
「もうすぐ春休みだね」<br />
「あぁ。やっと退屈な授業におサラバできるかと思うと嬉しくなるぜ。まぁ約１名補習の憂き目に遭いそうなヤツもいるがな」<br />
「志保のこと？　そんな風に言っちゃ可哀想だよ」<br />
昨日の彼女の様子を思い出したのか、苦笑しながらあかりが言う。<br />
「可哀想？　いいんだよアイツは、それぐらい言ったって。<br />
いっつも『志保ちゃん情報～～』とか何とか言いやがって、オレの平和な一日を台無しにしやがる。あんだけ色んな情報網を持ってるなら、試験の情報でも集めて少しはオレたちの役に立ってもバチは当たらんと思うんだがなぁ」<br />
「う、そうかも……。でも大丈夫だよ。きっと志保も今回は補習なしで春休みに入れるよ」<br />
「どーかな？　もう１回２年生をやり直す、なんてことにならなきゃいいがな」<br />
「……ちょっと笑えないかも」<br />
ぎこちない笑みを返すあかり。<br />
――っと、少し言いすぎたかな。あれでも志保はあかりの親友だからな、あんまり悪く言うのは止そう。<br />
「――って言っても、アイツのしぶとさは一級品だし、何とかなるか？」<br />
「そうそう、きっと大丈夫だよ」<br />
言って、にっこりと笑うあかり。<br />
相変わらず根拠のない信頼の仕方をする。<br />
どっから出てくるんだその自信は？<br />
洗い物を終えたあかりがキッチンから戻って来た。<br />
あかりはソファで寝転ぶオレの横にちょこんと腰を下ろす。ちょうどオレの顔を見下ろすような状態だ。<br />
暖かい春の陽気に再び眠気を誘われるオレ。食後にこの暖かさは、昼寝をしてくれと言っているようなものだ。<br />
そんなオレの心を知ってか知らずか、あかりが声を掛けてくる。<br />
「ねぇ浩之ちゃん。今日、これからどうしようか？」<br />
「ん？　あぁ、メシ食ったら、また眠くなっちまった。一眠りさせてくれ。<br />
お前のほうは今日は用事とか無いのか？<br />
あんまり帰りが遅くなると、お袋さん心配するんじゃねーか？」<br />
あかりはいつもオレの家に泊まりに来る時は母親に嘘をついてくる。「志保の家に泊まる」と言ってくることが専らだが。<br />
こんな嘘がいつまでも通用するとは思ないのだが、有難いことに、あかりのお袋さんは余計な詮索などしないでいてくれるようだ。<br />
「うん。特に用事は無いし、それにお母さんには『夕方までには帰る。』って言って来たから今日は１日一緒に居られるよ」<br />
「そっか。それにしてもあかり、ずいぶんと嘘が上手になったじゃねーか。<br />
お袋さんにばれたら大変だぜ？」<br />
あかりは少し困ったような顔をしたが、<br />
「でも、お母さん、多分私が浩之ちゃんのところに泊まってるってわかってると思うよ。<br />
相手が浩之ちゃんだから何にも言わないでいてくれるんだと思う」<br />
「てことは、オレの母さんも知ってるってことか？<br />
そんな素振り少しも見せてないのに……。<br />
ちゃんと言っておいたほうが良かったかもな」<br />
実はオレたちはまだ、お互いの両親にオレたちが付き合っているということをはっきりとは言っていない。<br />
そう決めたのはオレなのだが、あかりの話からすると、薄々気づいているようだ。<br />
「ま、今まで特に問題があったわけじゃねーし、別に隠してるわけでもねーしな」<br />
「浩之ちゃんがそう言うなら、私からは何も言わないけど」<br />
こういうことは後になればなるほど言いにくくなるのはわかっているのだが、今さらな気がして、なかなか言い出す機会がないのだ。<br />
話し込んでいたが、いよいよ眠気に耐えられなくなってきた。やっぱり少し眠るか……<br />
「さて、と。悪ぃな、あかり。少し昼寝させてくれ」<br />
「うん。……浩之ちゃん？」<br />
あかりがおずおずと訊いてくる。<br />
「何だ？」<br />
「ここで寝るの？」<br />
「ああ。結構今日は暖かいから、別に毛布とかはいらないぜ？」<br />
「――ひざまくら……してあげようか？<br />
――あ、嫌なら別にいいんだよ。<br />
でも、私一人で起きててもすること無いし、かといって別に眠いわけでもないし。<br />
――それに、少しでも浩之ちゃんの側に居たいから……」<br />
少し恥ずかしそうに、はにかみながらあかりが言った。<br />
どうしたんだ？　いきなりそんなことを訊いてくるなんて……。<br />
ま、せっかくだし、あかりのご好意に甘えさせてもらうとしますか。<br />
「んじゃ、お願いしようかな」<br />
「うん」<br />
頷くあかり。<br />
「ホントに良いのか？」<br />
やっぱり少し照れくさいので、つい確認してしまった。<br />
「どうぞ」<br />
あかりが苦笑する。<br />
オレは身体を少しずらして、横に座っていたあかりの太股に頭を乗せた。<br />
あかりがオレを見つめる。<br />
枕とはまた違った柔らかい感触。これはこれで心地良いものがあるな……。<br />
ふっ、と鼻腔に届く優しい匂い。――あかりの匂いだ。昔から少しも変わらないんだな……。<br />
「おやすみ、浩之ちゃん」<br />
「ああ」<br />
微笑みながらオレを見つめるあかりの顔を少し眺めた後、ゆっくりとまぶたを閉じる。<br />
まぶたの裏に浮かぶあかりの笑顔、ふわりとした優しい匂い。そしてあかりの体温を感じ、オレは奇妙な安心感に包まれた。<br />
――そして、オレは眠りへと落ちて行った。</p>
<p><center>§</center>オレが再び目を覚ましたのは、それから数時間後<br />
――夕闇の押し迫った黄昏時だった。<br />
太陽は紅く染まった西の地平に大きく滲み、東の空から蒼く深い闇が訪れ一日の終わりを告げる――そんな時間。<br />
どうやら、ずいぶんと長い間眠ってしまっていたようだ。もしかして今日は飯を食って寝ていただけなんじゃ……？<br />
これじゃ、せっかくの休日がこれじゃ台無しだぜ。<br />
――そう言えばあかりは？<br />
あかりが掛けてくれたのだろうか？　オレの体に掛けられた毛布をめくり、あかりの姿を探して辺りを見回した。<br />
既に薄暗いリビングには暖かい夕日の光が差し込んで来ていた。<br />
あかりのひざまくらがあんまり気持ち良くて、つい熟睡しちまったが、当のあかりがいつの間にか居なくなっていた。<br />
「……あかり？」<br />
あかりの名を呟いてみる。<br />
返事が無い……黙って帰ってしまったのだろうか？<br />
――その時階段から足音が聞こえてきた。<br />
「――あ、目が覚めたんだ。良く眠れた？」<br />
リビングに姿を現したあかりがいつもと変わらぬ優しい口調で訊いてきた。<br />
「ああ。何か今日は一日寝てたみたいだな。おかげで気分爽快だぜ」<br />
苦笑して言うオレ。<br />
「ふふ、ホント、気持ち良さそうに眠ってたもん」<br />
そんなオレの言葉に、あかりも苦笑で答えた。<br />
「それより今までどこ行ってたんだ？<br />
やっぱりオレが寝てる間、すること無くてヒマだったのか？」<br />
「違うよぉ。さっきまではずっと浩之ちゃんにひざまくらしてたんだから。<br />
それに私、浩之ちゃんの寝顔をじっくり見たのなんてすごく久しぶりだったから、見てるだけも全然飽きなかったよ？」<br />
「な、何言ってんだよ。オレの寝顔なんて見たって面白いワケ無いだろ？<br />
だいたい今朝だってお前のほうが早く起きてたじゃねーか」<br />
一気にまくし立てるオレ。<br />
恥ずかしさのためか、少しどもってしまう。<br />
「そうだけど……」<br />
あかりはまだ何か言いたそうな表情をしていたが、オレが照れているのを悟ると、顔をほころばせた。<br />
「ところで、あかり、さっきまでどこに行ってたんだ？　てっきり帰っちまったかと思ったぜ」<br />
「ごめんね。夕日がきれいだったから……。<br />
少し眺めてたの」<br />
言ったあかりの顔が少し淋しげに見えるのは、茜色の夕日のせいだろうか？<br />
「あかり、何か隠してないか？」<br />
「え？」<br />
きょとんとした顔で訊き返すあかり。<br />
「一人で何考えてたんだ？　オレに言えないようなことか？」<br />
真面目な顔で訊くオレを見て、あかりは少し困ったような顔をしたが、やがて口を開いた。<br />
「そんなに大したことじゃないんだけど……。<br />
夕日を見てたら昔のことを思い出しちゃって……」<br />
「昔？」<br />
「一人でいると思い出しちゃうの。誰も居ない夕方の公園で浩之ちゃんを待っていたこと……。<br />
来るかどうかなんてわからなかったけど。――ううん、きっと来てくれるって信じてた。<br />
ずっと昔だって、浩之ちゃんだけが私のことを心配してくれていたから」<br />
「あかり……」<br />
淡々と言葉を紡ぐあかり。<br />
「肩で息をしながら公園にやって来た浩之ちゃんを一目見て、私のことずっと探してくれてたんだってすぐにわかったよ。<br />
私思ったんだ。やっぱり浩之ちゃんは優しいなって。そして、そんな浩之ちゃんが、私は大好なんだって……」<br />
オレは何も言わずにあかりを抱き締めた。<br />
――あの日と同じように。<br />
あかりはびっくりしたような顔でオレの顔を覗き込む。<br />
「ど、どうしたの？」<br />
じっとオレを見つめるあかり。<br />
「あかり……」<br />
「な、何？」<br />
「ホント、ゴメンな……。あの時、オレはお前に謝らなきゃいけなかったのに、お前のこと避けちまって……。<br />
お前がどんなに傷ついたのかも考えないで、オレって自分勝手なヤツだよな」<br />
自嘲気味に言うオレに、しかし、あかりは、<br />
「そんなことないよ。浩之ちゃん、いっぱい悩んでたもん。自分のことも、私のことも……<br />
私のこと気に掛けてくれてたんでしょ？<br />
それだけで十分だよ――私が好きなのは、そんな優しい浩之ちゃんなんだから」<br />
いつになく強い口調で言うと、あかりはオレの背中に両腕を回した。<br />
「オレ、もうお前を傷付けるようなことは絶対しない。――約束するぜ」<br />
オレの背に回した両腕に力が入る。<br />
「ありがとう……。浩之ちゃん……」<br />
あかりの肩が小刻みに震えている……。泣いてるのか？<br />
「……」<br />
オレは何も言わず、右手であかりの髪にそっと触れ、ゆっくりと、オレはその髪を撫で続けた。<br />
――どのくらいの時間、そうしていただろうか？<br />
「あかり……？」<br />
そっとあかりに声を掛けてみる。<br />
「……」<br />
見るとあかりはオレの腕の中で、安らかな寝息を立てていた。<br />
「なんだ、眠っちまったのか……」<br />
あれだけオレにに心配掛けておきながら幸せそうに眠りやがって……。マイペースなヤツだな。<br />
ま、あかりらしいと言えばあかりらしいが……。<br />
――そう言えば、あかりのヤツ、オレが寝ている間ずっと起きてたって言ってたな。きっと疲れていたのに、無理して起きてたんだな。<br />
オレはソファにあかりを寝かせると、オレが被っていた毛布をあかりに掛けてやった。<br />
「……おやすみ」<br />
オレは聞こえるはずもないその言葉を、あかりに向かってそっと呟いた。あかりが眠りについてから数時間。<br />
辺りはすっかり暗くなり、静かな寝息を立てるあかりとオレの二人だけが、静寂に包まれたリビングに佇んでいた。<br />
「……ん」<br />
小さな声を上げたあかりが、ゆっくりと目を開いた。<br />
「よ、お目覚めか？」<br />
「あ、ひろゆきちゃん……？」<br />
まだ意識がはっきりしていないのか、あかりはぼーっとした口調でオレの名を呟いた。<br />
「私、眠っちゃったんだ？」<br />
「あんまり気持ち良さそうに寝てたんで、起こさなかったら真っ暗になっちまった。<br />
時間、大丈夫か？」<br />
「ホントだ。もうこんな時間？　私、結構寝ちゃったんだ」<br />
「ああ。お前の寝顔もばっちり見せてもらったぜ」<br />
昼間のお返しとばかりに、いたずらっぽく言うオレ。<br />
「も、もう。浩之ちゃんたら」<br />
あかりは少し頬を紅く染め、恥ずかしそうな口調で言う。<br />
「――しっかし、今日オレたち何してたんだろな？」<br />
呆れたように言うオレ。<br />
「ふふ、そうだね。眠ってただけで、何にもしなかったね」<br />
「また、明日から学校か……。<br />
くぅ～～、終業式が待ち遠しいぜ！」<br />
そんなオレをあかりはくすくすと笑いながら見ていた。 <center>§</center>「それじゃ、そろそろ帰るね」<br />
あかりがそう言ったのは、二人で夕食を食べ、しばらくくつろいだ後のことだった。<br />
もうかなり夜も更けてきている。<br />
「気をつけて――って、すぐ近くだから関係ないか」<br />
「うん、ありがと。<br />
それじゃ、また明日迎えに来るね。寝坊しちゃダメだよ」<br />
「わかってるって」<br />
――夕方に帰ると言っておいて、こんな時間に帰宅か……。やっぱり暗くなる前に起こしたほうが良かったか？<br />
そんなことを考えながら、オレはあかりを玄関で見送った。<br />
どうやらあかりは一眠りしてすっかり元気を取り戻したようだ。<br />
あかりはオレの家の前で振り返り、軽く手を振ってから自分の家に向かって歩いて行った。<br />
オレはどうするかな？　寝てばかりいたから全然眠くないし……。テレビでも見て適当に時間潰すか……。<br />
――そんなことを考えながら、結局この日も深夜番組に夢中になってしまい、気が付くと既に午前３時を回っていた。<br />
――あかりとの約束、守れるかな？<br />
そんなことを考えながら、オレは眠りについた。<br />
――そして、変らぬ日常が始まる――<br />
「おはよう、浩之ちゃん。今日はちゃんと起きれたみたいだね」<br />
玄関でオレの支度が終わるのを待っていたあかりは、そう言っていつもと変らぬ笑顔を見せる。<br />
「まーな、そう毎日寝坊ばかりしてられないからな」<br />
今日は待ちに待った終業式、短かった３学期もついに今日で最終日だ。こういう気分の良い日は、早起きしても全然辛くないぜ。<br />
「ふふふ、ホント嬉しそうだね」<br />
「おうよ、後数時間の辛抱で春休みだからな。しばらく学校に行かず、のんびりできると思うと嬉しくもなるさ！」<br />
そんな会話を交わしながらオレたちは家を出た。近所の公園を通り、学校へと続く坂道を登る。その途中でオレたちは不意に声を掛けられた。<br />
「やっほー。あかり」<br />
聞き慣れた声。誰かなど振り返って顔を見なくてもわかる。<br />
――志保だ。<br />
「おはよう。志保」<br />
あかりが志保に挨拶を返す。<br />
「よう」<br />
オレは短く、そう答えた。<br />
「なによぉ、ヒロ。ずいぶん不機嫌じゃない？<br />
また寝坊でもしてあかりに起こされたんじゃないの？<br />
――まったく、甲斐性無しの亭主を持つと大変だわ。ねぇ、あかり？」<br />
志保は、やれやれといった様子であかりに言う。<br />
こ、こいつは……。<br />
オレの内心を察してか、慌ててあかりがフォローに入る。<br />
「違うよ、志保。浩之ちゃん、今日は早起きしたんだから。<br />
私が浩之ちゃんの家に言った時には、もう支度が終わるところだったんだよ」<br />
「へぇ、珍しいこともあるもんね」<br />
感心したように志保が言う。<br />
「やっぱり終業式の日は早起きしちゃうんだって」<br />
――フォローになってないぞ、あかり。<br />
「あははは！　やっぱりそんなことだと思ったのよ。<br />
ヒロ、やっぱりあかりがいないとダメだわねぇ？」<br />
してやったとばかりに、うんうん頷く志保。<br />
この野郎……。オレが反撃しようとした矢先、<br />
キーンコーンカーンコーン……<br />
学校でチャイムの鳴る音が聞こえた。<br />
「やばいっ、終業式に遅刻じゃシャレにならんぜ！」<br />
オレは慌ててダッシュした。<br />
「あっ！　待ってよぉ～、浩之ちゃ～ん」<br />
「こら！　ヒロ、一人だけずるいわよ！<br />
待ちなさぁぁぁい！」<br />
オレを呼ぶ二人の声が背後から聞こえるが、かまわずにオレは学校へと駆けて行った。「おはよう、浩之」<br />
教室に着くと、先に来ていた雅史が声を掛けてきた。<br />
「おっす、雅史」<br />
「今日はあかりちゃんと一緒じゃないの？」<br />
不思議そうな顔で訊く雅史。<br />
「いや、あかりもすぐに来ると思うぜ」<br />
オレがそう言った時、ちょうどあかりがオレたちの教室にやって来た。<br />
「――な？」<br />
自分の荷物を席に置くと、オレの所にやって来た。<br />
「も、もう……。ひどいよ、浩之ちゃん」<br />
肩で息をするあかり、頬もまだ紅潮したままだ。<br />
「運動不足だな、あかり」<br />
「そんなこと、言ったって、浩之ちゃんに追いつけるはずないじゃない」<br />
乱れた呼吸を整えながら、苦しそうに言うあかり。<br />
「おはよう、あかりちゃん」<br />
「あ、おはよう、雅史ちゃん」<br />
とりあえず、雅史に挨拶するあかり。<br />
「どうしたの？　すいぶん急いで来たみたいだけど」<br />
「うん、浩之ちゃんが……」<br />
雅史に事情を説明するあかり。<br />
「浩之らしいと言うか何と言うか……」<br />
あかりの話しを聞き終えると雅史は苦笑交じりでそう言った。<br />
「ダメだよ浩之。あかりちゃんは女の子なんだから」<br />
「ううん、いいの雅史ちゃん。浩之ちゃんを怒らせたの私なんだし」<br />
うなだれて言うあかりを見ると、さすがに悪い事をしたという気持ちになった。<br />
「あかり、悪かったな」<br />
バツが悪そうにオレはあかりに謝った。<br />
「ちょっとした冗談のつもりだったんだが、そんなに苦しかったか？」<br />
「私は大丈夫。それより志保にも謝ったほうが良いと思うよ……」<br />
おそるおそる言うあかり。<br />
「志保のヤツ、そんなに怒ってたのか……？」<br />
「うん、『ヒロぉ～、覚えてなさいよぉ！　』とかって言って、すごく悔しがってたよ……」<br />
志保のマネをしてあかりが言うが、全然似てない……。<br />
――それは良いとして。<br />
志保が怒ろうが知ったこっちゃないが、あいつの『仕返し』ってのが気になる。<br />
――自他共に認める『歩く校内ワイドショー』のあいつに根も葉もない噂を流されたら――そんなことを考えるとぞっとした。<br />
何とか手を打たなくては。<br />
「そ、そうか。志保にも後で一言謝っておくか」<br />
力なくオレはそう言った。それから終業式は万事滞りなく終了した。<br />
お決まりの校長の長話、生活指導の教師の諸注意など、誰も聞いちゃいないような話を延々と聞かされる、こっちの身にもなってみろ。<br />
オレはと言えば、そんな話を子守唄代わりにして当然のように熟睡していたが……。<br />
終業式も終了し、各教室で最後のホームルーム。<br />
担任の教師からありがたいお言葉を戴く。<br />
「……いいか、お前たちも４月からは３年生。高校生活最後の年だ。<br />
大学進学を希望する者も大勢居る。春休みだからと言って気を抜かず、受験生らしい充実した休暇にして欲しい。<br />
以上だ」<br />
話が終わると、待ちかねたように席を立つクラスメートたち。<br />
充実した休暇、ね。――遠回しに『怠けず勉強しろ』と言っているようなものだが……。<br />
大学受験か……。<br />
入学した頃は関係ないことだと思っていたが、オレもとうとう受験生か。まだ実感の沸かないオレは、ぼんやりとそんなことを考えていた。<br />
「どうしたの？　浩之」<br />
唐突に雅史が声を掛けてきた。<br />
「いや、オレたちもついに受験生になっちまったなって」<br />
「そうだね。何だかあっという間に２年も過ぎちゃったね」<br />
相槌を打つ雅史。<br />
「さて、と。そろそろオレも帰るかな。<br />
雅史はどうするんだ？　久しぶりに一緒に帰るか？」<br />
訊くオレに対し、雅史は済まなそうに、<br />
「ごめん、浩之。今日はこれから部活のミーティングがあるんだ。春休み中のスケジュールを決めないとね」<br />
「そっか」<br />
「ごめん」<br />
「いいって、いいって。<br />
じゃ、オレ帰るわ。部活頑張れよ」<br />
「ありがとう」<br />
軽く手を振って雅史と別れた。</p>
<p>教室を出たところであかりに会った。<br />
「浩之ちゃん、今帰り？」<br />
「ん？　ああ」<br />
「良かった、一緒に帰ろう？」<br />
いつも決まってあかりはオレにそう訊いてくる。毎日一緒に帰っているんだから、いちいち訊かなくても良いんだが、あかりなりに気を遣っているらしい。<br />
もちろん、それに対するオレの答えも決まっているのだが。<br />
「いいぜ」<br />
オレの言葉を聞いて、あかりはぱっと顔をほころばせる。<br />
オレたちは二人で玄関へとやって来た。靴を履き替え外へ出る。<br />
校庭へ出たところであかりが訊いてきた。<br />
「ねぇ、浩之ちゃん。志保に会った？」<br />
「いや、朝から会ってないけど」<br />
「じゃあ、まだ今朝の事、謝ってないんだね？」<br />
心配そうにオレを見るあかり。<br />
「そんなに心配するなよ。志保のヤツだっていつまでも怒ってないだろ？」<br />
さっきまでの不安もどこへやら、気楽に言うオレ。<br />
「いいえっ！」<br />
後ろから聞こえたその声に驚いて振り向くと……。<br />
案の定、志保が居た。<br />
「ヒロっ！　今朝はよくもやってくれたわね。<br />
あんたのおかげで遅刻しそうになるわ、先生に怒られるわ、やっぱり今年も補習は付くわで、もぉ散々よ！<br />
いったいこの責任どう取ってくれるのかしら！　？」<br />
びしいっとオレを指差しながら志保は一気にまくし立てた。<br />
「ちょっと待て！　後の二つはオレのせいじゃないだろうが！」<br />
やっぱり補習か……などど、内心ツッコミを入れつつ反論するオレ。<br />
「いいえっ！<br />
空が青いのも、郵便ポストが赤いのも、みぃぃんなあんたのせいっ！<br />
この志保ちゃんを怒らせてただで済むとは思ってないでしょうね？」<br />
どこかで聞いたような気のする訳のわからん理屈を口にする志保。オレは不覚にもその迫力に気圧され、一歩後ずさる。<br />
「し、志保……」<br />
あかりはただおろおろと、オレと志保の顔を交互に見ることしかできない。<br />
「あかりだってそうでしょ？」<br />
「え？　え？」<br />
突然話を振られ慌てるあかり。<br />
「か弱い女の子二人を残して一人でさっさと学校にダッシュで行っちゃうような薄情者を、あんたは許せる？」<br />
「志保、私は別に……」<br />
あかりの答えも待たずに、<br />
「ほら、あかりだって許せないって言ってるわよ」<br />
勝手に決めつける。<br />
「言ってねーよ！」<br />
売り言葉に買い言葉、ついにオレはそう叫んだ。<br />
「だいたいなぁ、先生に怒られるのも、補習を受けるのも、全部お前の日頃の行いが悪いからだ！　オレのせいじゃねぇ」<br />
「キーッ！　言うに事欠いて『日頃の行いが悪いから』？　それはお互い様でしょ？」<br />
「一緒にすんな！　オレは先生に怒られもしなければ補習も受けねぇ」<br />
「ますます悔しい！　ヒロならきっと補習だと思ってたのに」<br />
激しく言い争うオレたちを呆然と見ていたあかりだが、ようやく口を開いた。<br />
「浩之ちゃん、志保に謝るんじゃなかったの？」<br />
――う、余計な事を……。<br />
その一言を聞いた途端、にやりと笑う志保。<br />
「なんだ、そうだったの？　だったら最初から謝れば良いのよ。<br />
ホラ、謝りなさいよ。<br />
た・だ・し、心がこもってないと私が思ったら覚悟なさい。『藤田浩之の恥ずかしい秘密ベスト１０』が全校に知れ渡るわよ！」<br />
な、なんだ、その『恥ずかしい秘密』って……。<br />
自分でも心当たりがないのがかえって恐ろしい。<br />
「わ、わかったよ……」<br />
意を決しオレは口を開いた。<br />
「悪かったな」<br />
ぶっきらぼうに言い放つ。<br />
「ダ～メ。心がこもってない。もう一度」<br />
楽しそうにオレのことを見ながら志保が言う。<br />
こ、こいつは……。<br />
オレは内心の怒りを抑え、極力平静を装いつつ、<br />
「済まない、オレが悪かった」<br />
何とかそう言った。<br />
「まぁ、それで許してあげましょう」<br />
勝ち誇ったような表情で志保が言った。<br />
「それじゃ、これからヤックにでも行きましょうか。もちろんヒロのおごりね？」<br />
「どうしてオレのおごりなんだ？　自分で出せよ、それくらい」<br />
「ふっふ～ん？　いいのかなぁ、そんなこと言っちゃって？　あたし、口が軽いから思わず喋っちゃうかもよぉ、あんたのヒ・ミ・ツ」<br />
くっそぉ。相変わらず人の弱みに付け込んできやがって、なんてヤツだ。<br />
しかし、言う通りにしなければどんな噂を流されるか分かったもんじゃない。ここは我慢だ、オレ。<br />
オレはしぶしぶ志保の言う通りにすることにした。<br />
「わぁったよ。しょーがねー。今回だけだからな！」<br />
「物分かりがよろしい。<br />
あ、そうそう。もちろんあかりの分もあんた持ちね」<br />
「何ぃ！　？」<br />
「え？」<br />
その一言に、オレと当のあかりまでもが驚きの声を上げた。<br />
「どうしてあかりの分までオレ持ちなんだ？<br />
この取り引きは、オレとお前じゃなかったのか？」<br />
しかし志保は慌てず、ちっちっちっ、と人差し指を振りながら、<br />
「甘いわね。あんたに迷惑掛けられたのはあたしだけじゃないわよ。あかりだってそうじゃない。<br />
ね、あかり？」<br />
「え……？　私は別に……」<br />
困った顔で言い淀むあかり。<br />
「ダメよ、あかり。ここはビシっと言ってやんなきゃ。また同じことの繰り返しになるわよ」<br />
「う、うん」<br />
あかりは済まなそうにオレの方を見た後、小さく頷いた。<br />
「と、言うわけよ。ヒロ、観念 しなさい」<br />
「わ、分かったよ。おごればいいんだろ、おごれば」<br />
オレは半ばヤケになってそう言った。<br />
「ごめんね、浩之ちゃん……」<br />
俯いたままぽつりと呟くあかりを見て、<br />
「気にすんな、たまにはオレの太っ腹なとこを見せてやるさ」<br />
オレは思いっきり心にもないことを言ってしまった。<br />
「うん、ありがとう」<br />
オレの気持ちを知ってか知らずか、あかりはそう言って微笑みを浮かべた。</p>
<p>――結局その日は志保のペースに乗せられ、ヤックの後もゲーセン、カラオケと、遊び疲れるまで付き合わされてしまった。<br />
しばらくは節約しないとな……。<br />
オレは軽くなった財布の中身を見てため息をつきながら思った。</p>
<p><center>§</center>待ちに待った春休み。<br />
しかし、休みが始まって喜んでいたのも束の間、今度はすることも無く暇な毎日が続いている。<br />
思うに休みが待ち遠しいっていうのは、退屈な学校生活から抜け出したいという願望の現われなんだろう。<br />
実際、休み中の予定を特に決めていなかったオレの毎日は、昼過ぎに起き、適当に時間を潰し、深夜になってから寝る、という何とも自堕落な生活になってしまっている。<br />
春休みが始まってから１週間余りが過ぎた。<br />
カレンダーも３月から４月に変わりしばらく経った頃、その日も暇を持て余していたオレは気分転換に近所の公園に散歩に出かけた。<br />
最近はめっきり春らしい暖かい陽気が続き、降り注ぐ日差しと頬を撫でる風がとても心地好い。<br />
公園のベンチに腰を下ろしぼんやりと辺りを見回してみる。<br />
――いつもの見慣れた公園。しかし、芝生に芽吹く若草たちが、確実に春の到来をオレに感じさせる。<br />
植え込みに植えられた桜の木々も徐々につぼみを広げ始め、少し早めの花見を楽しんでいる人も居る。<br />
この分なら週末には桜の花が満開になるだろうな……。<br />
ふと、そんなことを考える。<br />
そう言えば去年はあかりと二人で花見に行ったんだよな。<br />
雅史や志保を加えた４人で花見をしたことはあったけれど、二人きりで行ったのはあの日が初めてだったような気がする。<br />
舞い散る桜の花びらの中、静かに佇むあかりの姿が思い出される。<br />
――よしっ、あかりを誘ってまた花見に行こう！<br />
突然そんなことを思い付いたオレは、早速あかりの家へ向かって歩き始めた。あかりの家はオレの家からほんの数分の所にある。<br />
子供の頃はよく遊びにも行っていたのだが、最近はやはりそんな機会はめっきり減ってしまった。<br />
うーん、いざとなると何か緊張するな……。<br />
久し振りにあかりの家の前に立つオレ。もう何ヵ月もあかりの家になんて遊びに来てないしな。<br />
意を決し、チャイムに指を伸ばす。<br />
ピンポーン。<br />
「……はーい」<br />
家の奥から返事が聞こえてくる。<br />
ほどなくオレの目の前のドアが開けられた。<br />
「あら、浩之くん。いらっしゃい」<br />
オレを出迎えたのは、あかりのお袋さんだった。<br />
彼女はオレの姿を見ると、あかりによく似た微笑みを浮かべた。<br />
「こんちわ。あかり、居ますか？」<br />
軽く会釈をし、オレは尋ねた。<br />
「ええ、ちょっと待ってね」<br />
そう言うと、彼女は振り返り、あかりの名を呼んだ。<br />
「あかりー、浩之くんよー」<br />
かちゃり……。<br />
２階の方で小さくドアの開く音が聞こると、あかりが階段を降りてきた。<br />
「あ、浩之ちゃん。どうしたの？」<br />
少し驚いたような顔をしてあかりが訊く。<br />
「さ、浩之くん。上がってちょうだい」<br />
あかりのお袋さんがオレを促す。<br />
オレは靴を揃えると、<br />
「お邪魔します」<br />
そう言ってあかりの家に上がった。<br />
「あ、じゃあ、私の部屋に来る？」<br />
「ああ」<br />
オレはあかりの後ろについて階段を上って行った。<br />
「どうぞ、少し散らかってると思うけど」<br />
言いながらドアを開ける。<br />
「今、お茶淹れて来るね」<br />
あかりはそう言い残して、また下へ降りて行った。<br />
オレは適当な場所に腰を下ろし、あかりが戻るのを待つ。<br />
久し振りに見るあかりの部屋。<br />
以前と余り変わっていないように思える。<br />
あかりのベッドの枕もとには、オレが昔あかりにあげた全然可愛くないクマのぬいぐるみが、相変わらず鎮座ましましていた。<br />
こんな無愛想なクマのぬいぐるみをもらってクマ好きになるなんて、変なヤツだよな……。<br />
――クマ好きにさせた張本人が言うのも何だが。<br />
とん、とん、とん。<br />
あかりが再び階段を上って戻って来た。<br />
「お待たせぇ」<br />
にっこりと笑って淹れたてのコーヒーをテーブルの上に置いた。<br />
「はい。浩之ちゃん、ブラックで良かったよね？」<br />
「ああ」<br />
オレは答え、一口コーヒーをすすった。<br />
ブラックのコーヒー独特の苦みが口の中いっぱいに広がる。<br />
あかりは砂糖とクリープをたっぷりと入れ、ゆっくりと口をつけた。<br />
――子供っぽいヤツだな――そう思いながらあかりを見ていると、オレの視線に気付いたのか、<br />
「な、何？」<br />
照れ臭そうにオレから視線を逸らす。<br />
「いや、別に」<br />
オレはそう言ってごまかした。<br />
「ところで、今日はどうしたの？」<br />
あかりが当然といえば当然の質問をしてきた。<br />
「あ、悪ぃ。迷惑だったか？」<br />
「ううん、そう言うわけじゃなくて……。<br />
浩之ちゃんが私の家に遊びに来るなんてすごく久し振りだったから……。<br />
何か大事な話？」<br />
「あ、いや。大した用じゃないんだけど。<br />
ほら、お前、去年の春休みの終わりに一緒に花見行ったの覚えてるか？」<br />
「え、うん。覚えてるよ」<br />
頷くあかり。<br />
「今日、散歩してたら公園で見た桜の花があんまり奇麗で、オレもそのこと思い出したんだ」<br />
あかりは黙ってオレの話を聞いている。<br />
「それで、もし暇があったらまた行かないか？　花見」<br />
「え？」<br />
「だから、花見」<br />
きょとんとした顔で聞き返すあかりにオレはもう一度そう言った。<br />
オレの言った事を理解したあかりは、嬉しそうに笑うと、<br />
「うん！」<br />
と言って頷いた。<br />
「じゃ、いつにしようか？」<br />
「オレは別にこれといった予定は無いから、お前の都合のいい日でいいぜ」<br />
「そっか……」<br />
あかりは少し考えた後、<br />
「今度の日曜日がいいな」<br />
「日曜日って、５日か」<br />
「うん。――ダメかな？」<br />
「いや、それじゃ、その日にするか？」<br />
「うん！」<br />
言ってあかりはもう一度にっこりと微笑んだ。あれからオレはあかりといろいろな話題に花を咲かせた。――学校のこと、友達のこと、些細な日常の出来事のこと……。<br />
――気が付けば、外はもう薄暗くなってきていた。<br />
そろそろ帰ろうということになり、１階の玄関で靴を履いていると、あかりのお袋さんがオレに声を掛けてきた。<br />
「あら、浩之くん。もう帰り？」<br />
「あ、どうも。お邪魔しました」<br />
彼女は少し残念そうな顔をすると、<br />
「せっかくだから、お夕飯も食べっていってもらおうと思ったのに」<br />
「すいません」<br />
「あ、別にいいのよ。気にしないでね。<br />
また今度、遊びに来てちょうだい。その時はごちそうしてあげるから」<br />
「ありがとうございます。<br />
――それじゃ、お邪魔しました」<br />
言ってオレはあかりの家を出た。<br />
「ご飯、食べて行けば良かったのに……」<br />
家を出た所であかりが一人ごちた。<br />
オレに向かって言ったつもりじゃなかったのだろうが、その一言をオレは聞き逃さなかった。<br />
「バーカ。いくらオレだって、遠慮ってものがあるだろ」<br />
はっとしてオレを見るあかり。オレに聞こえるとは思ってもいなかったようだ。<br />
「あ、ご、ごめん。そういうつもりで言ったわけじゃ……」<br />
「また来るさ。お袋さんもああ言ってくれたしな」<br />
「うん、待ってる」<br />
「じゃ、そろそろ帰るか」<br />
「気を付けてね」<br />
寂しげな表情を浮かべ、あかりは俯いてしまった。<br />
――うーん。なんか帰りづらいな。こんなあかりの顔、見たくないしな。<br />
ふと、オレはあることを思いた。<br />
「あかりっ！」<br />
突然、オレは少し強い口調であかりの名を呼ぶ。<br />
「え？」<br />
びっくりして顔を上げるあかり。<br />
オレは素早くあかりの顎に手をあて、唇を重ねた。<br />
――ほんの一瞬。<br />
お互いの唇が軽く触れる程度のキス。<br />
一瞬何が起きたかわからなかったようだが、途端に真っ赤になってまた俯くあかり。<br />
「ひ、ひ、浩之ちゃん……！？」<br />
伏し目がちにオレの顔を覗き見るあかり。<br />
「スキあり、だぜ？　あかり」<br />
オレは言ってにやりと笑った。<br />
「そんな暗い顔すんなよ、な？」<br />
「う、うん」<br />
あかりは恥ずかしそうに俯いたままだ。しかし、さっきまでのような寂しさは感じられない。<br />
「じゃな」<br />
「うん……。ばいばい」<br />
ほんのりと頬を染めたままのあかりは、そう言って目を細め微笑んだ。<br />
オレはそんなあかりに見送られ、あかりの家を後にした。 <center>§</center>そして、約束の５日が来た。<br />
花見は夕方からという約束をしていたので、それまでは適当に時間を潰していた。<br />
持って行く荷物のチェック、アルコール、つまみ類の買い出しなど、準備は全て終わっている。<br />
時間的にもそろそろあかりが来る頃だと思うのだが……。<br />
夕日の射し込み始めた家の中を見回しながら、オレはあかりが来るのを待っていた。<br />
それからしばらくして、<br />
ピンポーン<br />
チャイムの鳴る音が聞こえてきた。<br />
あかりに違いない。<br />
オレは玄関まで行き、ドアを開けた。<br />
「よう、遅かった……」<br />
あかりの姿を確認し、そう言おうとした矢先、オレはあかりの後ろの人影に気が付いた。<br />
「やっほー」<br />
「やあ、浩之」<br />
し、志保……。おまけに雅史も。<br />
「あ、あかり……？　これは一体……」<br />
オレの問いかけに対し、あかりの代わりに志保が口を挟む。<br />
「ヒロぉ、あかりに聞いたわよ。<br />
全く、あたし達に声を掛けないっていうのはどういうつもり？<br />
お花見なんて大勢で行った方が楽しいに決まってるじゃない」<br />
「おめーにゃ聞いてねー」<br />
オレの言葉に少しむっとする志保。当然オレは無視。<br />
「ごめんね、浩之ちゃん。偶然志保に会っちゃって。<br />
志保にこの事話したら、こうなっちゃたの……」<br />
申し訳なさそうに言うあかり。<br />
「あらぁ？　お邪魔だったかしらぁ？」<br />
わざととぼけたような口調で志保が言う。<br />
「おめーは邪魔だ」<br />
「何ですってぇ！　？<br />
聞いた、雅史？　。ヒロの奴はあたし達との友情なんてどうでもいいって言ってるわよ！　」<br />
「そうは言ってねーよ！　」<br />
「ま、まあまあ」<br />
苦笑しながら志保をたしなめる雅史。<br />
「ごめんね、浩之。志保がどうしてもって言うから僕も来ちゃったけど。<br />
もしホントに迷惑だったら言ってよ、僕たちは帰るからさ」<br />
う、雅史にそこまで言われると……。<br />
「あかり、どうする？」<br />
オレはあかりの顔を見る。<br />
「え？」<br />
「こいつらも一緒に行っていいか？」<br />
「え、いいの？」<br />
「オレが訊いてるんだよ」<br />
「浩之ちゃんがいいんだったら、それでいいよ」<br />
ちっ、しょーがねー。<br />
オレはあかりと二人きりの静かな花見を諦めた。<br />
「わぁったよ。一緒に行ってもいいぜ。<br />
ただし、お前らの分の食い物とかは用意してないからな」<br />
「そう言うと思って……」<br />
志保は後ろ手に下げていた買い物袋をオレに見せた。<br />
「ほら、あたし達の分は、ちゃぁんと用意してあるのよ」<br />
言って雅史と顔を見合わせる。<br />
――こいつら、確信犯だな。<br />
「ごめんね、浩之ちゃん」<br />
「いいって、気にすんな。これはこれで楽しいだろ？」<br />
「うん、ありがとう」<br />
まだ気にしているあかりにオレはそう言った。<br />
「そうと決まったらさっさと行きましょ」<br />
「おめーが仕切るな！　」<br />
オレは志保に悪態をつきながらも、公園に向かって歩き出した。公園は既に大勢の花見客で賑わっていた。<br />
「うわ、オレ達の座る場所なんて残ってるのか、これ……？」<br />
余りの賑わいに、オレは思わずそう言った。<br />
「ホント、すごい人だね」<br />
あかりも素直な感想を漏らした。<br />
「あんた達、こうなる事の予想ぐらいできなかったの？　ほんと無計画ねぇ」<br />
呆れたように志保が言った。<br />
「う、うるせー。しょうがねーだろ。<br />
こんなに混むとは思わなかったんだよ！　」<br />
「仕方ないわねぇ。ほらこっち、ついて来て」<br />
オレ達は志保に言われた通り、志保の後について行った。<br />
公園の通りを外れ、しばらく歩くとさすがに人気が無くなってきた。<br />
「この辺でどう？」<br />
「この辺、って。なんでお前がこんな場所知ってるんだ？」<br />
「ヒロ、このあたしの情報網を甘く見てもらっちゃ困るわねぇ。<br />
この辺りは電灯とか無いから、結構な穴場になってるのよね」<br />
確かに、向こうの方に比べてかなり薄暗い感じはするが、雲一つ無いせいで、月明かりだけでも十分な明るさが得られている。<br />
「どぉ、感謝なさいよ。とっておきの場所なんだから」<br />
得意げに言う志保に、<br />
「今度ばかりは助かったぜ」<br />
オレは素直に礼を言った。<br />
「じゃ、準備するからちょっと待ってね」<br />
言ってあかりは持って来たシートを地面の平らな辺りに敷いた。<br />
オレ達の用意したシートはそれほど広いものではなかったが、志保は御丁寧にも自分達用のシートまで持参して来ていた。<br />
全く、用意のいいヤツだ。<br />
結局、２つのシートをくっつけて敷いて、オレ達４人が座るには十分な広さが確保できた。<br />
適当に腰を下ろし、持ち寄った食い物を広げる。<br />
「あ、浩之ちゃん、またお酒なんて持って来て」<br />
「おう。お前も飲むか？」<br />
適当な缶を手に取ってあかりに差し出す。<br />
「う、ううん。遠慮しとく」<br />
あかりはそう言って、ジュースを手に取った。<br />
「それよりもあんまり飲み過ぎないでね」<br />
心配そうに言う。<br />
「そうそう、あんた思ったよりアルコールに強くないんだから。<br />
アル中でぶっ倒れるなんて、みっともないからやめなさいよ」<br />
志保がからかう。<br />
「おめーらだって、そんなに大量に持って来て、全部飲めるのかよ？」<br />
そんな下らない会話を交わしながら、オレ達は思い思いに食い物に手を付け、飲む。<br />
――結局オレ達って、花より団子だよな……。<br />
オレはそんな事をふと思った。<br />
オレ達の馬鹿騒ぎは止まることを知らず、夜は更けて行った。それから何時間経っただろうか？<br />
持ち寄った食い物もあらかた底を尽き、オレ達はやっと本来の目的である花見をすることができた。<br />
あかりはオレ達に強引に酒を勧められ、『１本だけね』と言って仕方なく飲んだのだが、その１本で見事に酔ぱらい、ぽーっとしている。<br />
志保は勢いに任せてがぶ飲みし、結局は自分が酔い潰れてしまった。今は、仰向けに寝転がり、苦しそうに呻き声を上げている。<br />
雅史は……。全っ然、酔っているように見えない。普段から何を考えているのかわからない節があったが、ここまで変化がないとかえって無気味に思える。<br />
オレは昔の苦い経験から一気に酒をあおるような事はせず、自分のペースで飲んでいた。<br />
そのせいか、酔い潰れたりはしないでほろ酔い気分で花見をする事ができた。<br />
「……ヒロぉ」<br />
苦しそうにオレの名を呼ぶ志保。<br />
「何だよ？」<br />
「気持ち悪い……」<br />
「当たり前だろ、あんなに一気に飲んだら気持ち悪くなって当然だ」<br />
「……トイレ、行きたい。連れてって」<br />
「それぐらい自分で行け」<br />
「動けないよぉ。ここで戻しちゃってもいいの？」<br />
――それは困る。<br />
「しょーがねーな。ホレ、立てるか？」<br />
「立てない……」<br />
全く世話の焼ける……。<br />
オレは駄々をこねる志保を背負うと、公園の方へ引き返して行った。<br />
薄暗い夜道。月明かりだけがオレたちの足元を照らし出している。<br />
「ったく、加減てもんを知らねーのか、おめーは。人に『ぶっ倒れるな』なんて言っておいて、自分が潰れちゃしょーがねーぞ。<br />
ぶちぶちと毒づくオレ。<br />
「――少しは楽になったのか？」<br />
訊くオレに、<br />
「ヒロ」<br />
背中の志保が答える。<br />
「何だ？　吐きそうなんだったら言えよ。<br />
間違ってもオレの背中には吐くな」<br />
「違うわよ。――あかりの事よ」<br />
いつになく真剣な口調。<br />
酔っ払ってたんじゃないのか？<br />
「あかりが、どうしたって？」<br />
オレは視線を宙にさ迷わせながら、何気なく訊き返す。<br />
「あんた達、付き合ってるんでしょ？」<br />
「……気付いてたのか？」<br />
自分でも驚くほど、オレは志保の言葉に冷静に答えることが出来た。<br />
――ま、予想しなかったわけじゃないからな。<br />
「去年の修学旅行のあたりから、薄々ね……。<br />
多分雅史だって気付いてるわよ。<br />
あのころからあんた達、それまで以上に一緒にいるようになったじゃない。学校の行き帰りはもちろん、お昼まで一緒に食べるようになれば、誰だって気付くわよ」<br />
「そっか……」<br />
志保は言葉を続ける。<br />
「それに、あかり。あんたの隣にいる時のあのコの顔見た事ある？　ホントに幸せそうな顔してるわよ。<br />
こっちが恥ずかしくなるくらい、いい顔してるんだから。<br />
――あんたは気付いてないんでしょうけど」<br />
公園の通りに出る。電灯に照らされた桜の花々が輝いて見える。<br />
「降ろして……。もう、大丈夫」<br />
オレは何も言わず志保を降ろした。<br />
志保はオレを見詰めて言う。<br />
「いい？　絶対にあかりを悲しませたりしちゃダメよ。<br />
あんた、意外とお節介なヤツだから、他人が困ってたりするとすぐに首突っ込んじゃうけど、程々にしときなさいよ。<br />
ま、そこがあんたのいい所だっていうのは、あかりもあたしも分かってるんだけどね。<br />
――これはあかりの親友としてだけじゃなく、あんたの友人としての忠告よ。<br />
分かった？」<br />
「ああ、分かってる。<br />
オレもあかりに約束したからな……」<br />
オレは真剣な眼差しで志保を見ながらはっきりと言った。<br />
「――そう。あたしが言いたかったのはこれだけ。<br />
ここまで連れて来てくれてありがと。<br />
しばらくここで休んでいくわ。先に戻ってて」<br />
志保は少しほっとしたような口調で言って、近くのベンチに腰を下ろした。<br />
「分かった。先に行ってるからな」<br />
「ん」<br />
そう言い残してオレはあかり達の待つあの場所へ戻って行った。オレが戻ると雅史が声を掛けて来た。<br />
「遅かったね、浩之。<br />
あかりちゃん、酔っ払って今寝ちゃってるけど」<br />
見ると、確かにあかりは静かな寝息を立てていた。気を利かせた雅史が自分の上着を掛けてくれたようだ。<br />
「――ところで志保は？」<br />
いつも通りの口調で訊いて来る。<br />
「志保なら公園のベンチで少し休むって。<br />
オレだけ先に戻って来たってわけ」<br />
「そう。それじゃ、僕も向こうに行ってるよ。<br />
ホントはあかりちゃんと二人で来るはずだったのに僕達が邪魔しちゃったし」<br />
済まなそうに言う雅史。<br />
「そんなことないぜ。こうやって４人で飲むのも結構楽しかったし」<br />
「ありがとう。<br />
――浩之」<br />
「ん？」<br />
「あかりちゃん大切にしてあげなよ？<br />
あかりちゃん、小さい頃から浩之のことずっと好きだったんだから。泣かせたりしたら、いくら浩之でも許さないからね」<br />
「お前に言われなくても分かってるよ」<br />
ったく、こいつら示し合わせたように言いやがって。<br />
お前らに言われなくても、オレは自分で『あかりを大切にする』って決めてたんだからな。<br />
「生意気なこと言ってゴメンね。<br />
――そろそろ向こうに行くよ。じゃ、あかりちゃんによろしく」<br />
そう言って雅史はあかりに掛けた自分の上着を取ると、オレが来た道を戻って行った。<br />
オレは眠っているあかりに自分の上着を掛けようとあかりに近付いた。<br />
「――浩之ちゃん」<br />
突然オレの名を呼ぶあかり。<br />
「あ、悪ぃ。起こしちまったか？」<br />
「ううん、さっきから起きてたから……」<br />
――って事は……？<br />
「……今の話、聞いてたのか？」<br />
「ごめん。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、なんか起きづらくて」<br />
「別に謝らなくてもいいけど」<br />
「――やっぱり、雅史ちゃん気が付いてたんだね？」<br />
「志保も気付いてたらしいぞ」<br />
「そっか。……志保、怒ってた？」<br />
「何で？」<br />
「私、志保に何にも話してなかったから……」<br />
「いや、全然。雅史と似たような事は言ってたけどな」<br />
「そう、良かった……」<br />
ほっと胸を撫で下ろすあかり。<br />
辺りに再び沈黙が降りた。<br />
オレ達は何も言わず、舞い散る桜の花を眺めていた。<br />
「――桜、奇麗だね」<br />
うっとりとしながらあかりが呟いた。<br />
「ああ」<br />
「今年も浩之ちゃんと来れて良かった……」<br />
風に揺れる自分の髪を手で押さえながら、潤んだ瞳で桜を見詰める。<br />
「――約束したからな」<br />
「え？」<br />
「去年来た時。<br />
『また一緒に来よう』って約束しただろ？　あの時」<br />
「覚えてて、くれたんだ……」<br />
言うあかりの声が揺れる。<br />
大きなあかりの瞳に浮かぶ、珠の涙。<br />
オレはそれをそっと指ですくった。<br />
「――ほら、またすぐに泣く。<br />
志保や雅史に見られてみろ、オレが半殺しにされちまうぜ」<br />
苦笑して言うオレを見て、あかりは服の袖で自分の涙をごしごしと拭った。<br />
「ご、ごめん。でも嬉しくて泣いたんなら、きっと許してくれるよね？」<br />
そう言ってぎこちない微笑みを浮かべるあかり。<br />
「だといいけど……」<br />
そんなあかりの仕草が、オレにはたまらなく可愛く思えた。<br />
静かに、ゆっくりと星が瞬く夜空に舞う花びら。<br />
吹き抜ける春の風に揺れる木々のざわめき。<br />
オレに寄り添って座っていたあかりが囁く。<br />
「また、一緒に来ようね……」<br />
あかりの言葉に、オレは視線をあかりに移し、<br />
「ああ。来年も、その次も、そのまた次もいくらでも行ってやるよ。<br />
――お前と一緒ならな」<br />
最後の一言は恥ずかしくて目を逸らしてしまった。<br />
顔が熱くなるのを感じる。<br />
「うん。約束だよ……」<br />
あかりは潤んだ瞳でオレを見詰めながら、そっとそう言った。<br />
桜の花びらはそんなオレ達を包み込むように、風に舞い続けていた……。</p>
<p><center>§</center>――４月８日――<br />
長いようで短かった春休みも昨日で終わり、とうとう始業式の朝を迎えてしまった。<br />
オレは久し振りの学生服に袖を通し、クイック洗顔、クイック歯磨き、焼きたてのトーストをくわえ、玄関の鍵を開ける。<br />
「おはよう。浩之ちゃん」<br />
いつも通り、あかりがオレを家の前で待っていた。<br />
「よし、行くぞ」<br />
オレはくわえていたトーストを右手に持ちそう言うと、鞄を小脇に抱え家を出た。<br />
「行って来まーす」<br />
鍵を掛けた事を確認すると、オレはあかりと一緒に高校へと向かった。<br />
公園を抜け、いつもの坂道を登る。<br />
いくら２年間通い続けたとはいえ、久し振りに登るこの坂は少しキツイ。<br />
オレはあかりのペースに合わせ、ゆっくりと歩いた。<br />
「ねぇ、浩之ちゃん」<br />
オレの隣りを歩くあかりが話し掛ける。<br />
「何だ？」<br />
「新しいクラス、どうなるかな？」<br />
「そうだな……。去年はお前と雅史が一緒だったから楽しかったな」<br />
「うん、今年も一緒のクラスになれるといいね」<br />
「まーな。でも志保と同じクラスだけは勘弁して欲しいぜ」<br />
苦笑しながら言うオレ。<br />
「またまたぁ、志保が聞いたら怒るよ？」<br />
「ま、どうなるかは行ってみてのお楽しみだな」<br />
「うん」<br />
話しながら歩いているうちに、高台にあるオレ達の高校が見えて来た。<br />
校庭に入ると生徒会役員が新しいクラスの名簿を配っていた。<br />
その周りにあふれる生徒達。名簿を見て喜ぶ者、がっかりする者、悲喜こもごもで見ていて面白い。<br />
オレ達はどっちの方になるんだろう。<br />
オレは役員から名簿を２部受け取りあかりに１つ手渡した。<br />
「ほら」<br />
「ありがと」<br />
ぱらぱらとページをめくる。３年、３年、と。<br />
お、あった。<br />
早速オレは自分の名前を探す。<br />
うー、毎度のこととはいえ、結構緊張するな……。<br />
３―Ａ、無い。<br />
３―Ｂ、ここにも無い。<br />
３―Ｃ……。<br />
――あった！　今年はＣ組か……。<br />
あかりは……。<br />
続いてオレはあかりの名を探す。Ｃ組の女子の名簿欄を見る。<br />
神岸、神岸……。<br />
「あった！」<br />
突然あかりが大声を上げる。<br />
「見た！　？　浩之ちゃん。また一緒のクラスだよ！」<br />
「何！　ホントか？」<br />
慌てて名簿に目を通す。<br />
――ホントだ！<br />
オレはＣ組の名簿の中に見間違うはずの無いあかりの名を見付けた。<br />
「嬉しい！　また一緒のクラスになれるなんて、夢みたいだね」<br />
瞳に涙さえ浮かべながら、言って破顔するあかり。<br />
「浩之ちゃん。今年１年もよろしくね！」<br />
「ああ、こちらこそ、よろしくな」<br />
――今年もいい１年になりそうだ。<br />
オレは心の中でそう呟いた。――また、春が来た。<br />
これから始まるあかりとの新しい１年に思いを馳せながら、オレは降り注ぐ眩しい春の日差しに目を細めた。<br />
オレの側で微笑みを浮かべるあかり。<br />
オレを見詰めるそんなあかりの笑顔が、いつもよりも眩しく見えた。 <center>――了――</center></p>
<p>関連記事 : <ol>
<li><a href='http://www.u-1.net/1999/10/11/601/' rel='bookmark' title='あかりちゃん、浩之ちゃんとしっぽりする'>あかりちゃん、浩之ちゃんとしっぽりする</a></li>
<li><a href='http://www.u-1.net/1999/10/11/16/' rel='bookmark' title='空を見上げて'>空を見上げて</a></li>
<li><a href='http://www.u-1.net/1999/05/09/600/' rel='bookmark' title='あかりちゃんの就職活動☆'>あかりちゃんの就職活動☆</a></li>
<li><a href='http://www.u-1.net/1999/05/09/15/' rel='bookmark' title='春風にのせて'>春風にのせて</a></li>
<li><a href='http://www.u-1.net/1999/02/14/14/' rel='bookmark' title='Promise Ring with&#8230;'>Promise Ring with&#8230;</a></li>
<li><a href='http://www.u-1.net/1998/12/19/13/' rel='bookmark' title='Silent Powder Snow'>Silent Powder Snow</a></li>
<li><a href='http://www.u-1.net/1998/09/06/9/' rel='bookmark' title='雨の日に……'>雨の日に……</a></li>
</ol></p>]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.u-1.net/1998/05/11/3/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
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