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	<title>MOMENTS &#187; ToHeart2</title>
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	<description>ラノベ読みの読書感想とえろげファンの創作小説のサイト。あと、ゲームとかコンピュータとか。</description>
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		<title>微睡みに君を想う</title>
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		<comments>http://www.u-1.net/2005/02/28/8/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Feb 2005 00:00:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart2]]></category>

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		<description><![CDATA[微睡みに君を想う 　他人のベッドで寝ることになど、とうに慣れていた。 正確には違う。 柚原このみにとって、河野貴明は他人などではなかった。 隣に住む、一つ上の男の子。それは、最も近い家族でない誰かであり、そして最も遠い兄... [<a href="http://www.u-1.net/2005/02/28/8/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">微睡みに君を想う<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 　他人のベッドで寝ることになど、とうに慣れていた。<br />
正確には違う。<br />
柚原このみにとって、河野貴明は他人などではなかった。<br />
隣に住む、一つ上の男の子。それは、最も近い家族でない誰かであり、そして最も遠い兄妹のようでもあった。<br />
一緒に食事を取り、一緒に遊び、一緒にお風呂に入り、一緒に寝る。<br />
当たり前と思っていた貴明との生活が、当たり前でないと気付かされたのはいつだっただろうか？<br />
プライベートという言葉で分かたれた時間が増えるにつれて、少しずつ、二人の距離は開いていったように思えた。<br />
貴明は言った。<br />
「恥ずかしい」<br />
と。<br />
何が？　と訊いても、かつて中学生だった貴明は、このみが納得できるような答えを返すことができなかった。<br />
だからこそ、このような機会が減ったことを、このみは残念に思い、寂しくも思った。　貴明がいやがることは、このみのしたくはなかったし、それが理由で貴明に嫌われてしまうのはとても怖いと思った。<br />
だから、少しだけ開いた二人の距離を寂しいと思いつつも我慢したし、わがままを言って困らせようなどとも考えたことはなかった。<br />
結果として、貴明に迷惑をかけてしまうことは、何度もあったが、少しだけ真面目に怒ったあとに、きまって自分の頭を撫でてくれる貴明の手は、くすぐったくもあり、何よりも嬉しさと幸せの象徴でもあった。<br />
得がたい温もりと、安心感を与えてくれる貴明は、兄のようでもあり、膨らみきっていない淡い恋心を向けられる、このみの想い人であったから。<br />
未だ形を成していなかった想いを抱えつつ、貴明は上の学園へ進学し、このみも後を追うように入学が決定し──。</p>
<p>期せずして機会は訪れた。</p>
<p>長期の海外出張による貴明の両親の不在。<br />
当然のように貴明の面倒をみるのは、長い付き合いを持つ柚原家の役目となった。<br />
このみの母の春夏も快諾し、このみに至っては共に過ごす時間が単純に増えるであろうことを諸手を挙げて喜んだりして貴明を呆れさせた。<br />
そんな生活が一週、二週と過ぎたある日。<br />
春夏が家を空けると宣言したことは、このみにとっては毎月のように繰り返されるイベントのようなものだった。<br />
そう、貴明の家で一夜を過ごすということは、このみにとっては一大イベントであり、また、日常の一つであった。<br />
単身赴任でめったに自宅に帰ってこない夫に逢いに行くということも、春夏にとっては同様のことだったのかもしれない。<br />
ただ一つ異なることといえば、やっかいになる隣の家には貴明しかいない。<br />
二人っきり。<br />
その言葉は、このみにとっては特別な、甘美な響きを持っていた。</p>
<p>念入りに準備を整えた。<br />
数えるほどしかない料理のレパートリーの中から、その日の夕食を何にしようか迷っていたところ、春夏のアドバイスに従って、特製カレーのレシピを必死に頭に叩き込んだ。春夏曰く「必殺」の意味はこのみには理解できなかったけれど。<br />
お泊まりセットの準備にも念を入れる。<br />
寝間着に、替えの下着に、洗面用具エトセトラエトセトラ。たかが一日のお泊まりに気合いを入れすぎではないかと疑問に思っても、勢いで突き進んだ。<br />
今さら何を意識するのかと笑われそうだけど、やっぱり初めてのことだから。<br />
もうそれなりに着古している寝間着に着替えて、貴明はどう思うだろうかなどと要らぬ心配をしたり、もっと可愛い下着を買っておくんだったとか考 えて、赤面して慌ててバッグに詰め込んでみたり、一人でどたばたやってるこのみの様子を、春夏が階下から苦笑混じりに伺っていたことを彼女は知らない。<br />
無事中学校を卒業し、貴明の春休みまで手持ちぶさたに過ごすしかないと思っていたこのみは、この日のお泊まりを、それこそ指折り数えて待ったりもした。<br />
カレンダーに付けられた丸は、三月一九日を囲んでいた。</p>
<p>帰宅前の貴明を待ち飽きて、先に上がることにした。<br />
玄関の鍵の隠し場所は承知済み。不用心だなぁと思うこともあるけれど、隠し場所を変えないのは、自分を信用してくれている証のような気がして、嬉しいことも事実だった。<br />
何をしようと迷うことはなかった。<br />
だいたい、貴明が一人暮らしを満足にできるなど、思ってもいないこのみである。食事はインスタントだし、朝はたまに寝坊する──自分の方がもっ と寝坊するということはこの際問題ではない──し、ほら、予想通り洗濯物もため込んでるし、よく見れば細かい場所には埃もうっすらと積もって見えた。<br />
いつ戻ってくるか分からない貴明を待つのは退屈である。<br />
何もせずに時間を潰すくらいなら目の前の怠惰の証を片付けようと、このみが思うのは自然の流れだった。<br />
しばらくして帰宅した貴明は、そんなこのみの意外な手際の良さに内心感心しつつ、そのまま買い出しへ付き合わされることになる。<br />
夕食は自分が作ると張り切るこのみと、その自信に多少の不安を抱く貴明。<br />
自信満々のこのみに押し切られるままに、貴明はこのみに手を引かれ近所のスーパーを目指す。<br />
材料のメモは万端、時間的にももしかしたら安く買えるものもあるかも知れないと、このみは思う。<br />
そして何よりも。<br />
貴明に料理を食べさせることができるという期待に、自然、歩みも軽くなる。<br />
そんな自分と貴明のことを「新婚さんみたいだね」と内心思ったけれど、さすがに恥ずかしくて口にはできなかった。</p>
<p>カレーといっても立派な料理である。<br />
四苦八苦しながら完成した柚原このみ版必殺カレーは、概ね好評だったようである。<br />
貴明にしてみれば、あのこのみが良くも、という半ば感慨に近いものもあったのだが、調理中の危なっかしさに反して、意外にまともな料理が出てきたことは素直に褒めてやりたい気分だった。<br />
貴明にしてみれば、緩みきったこのみの笑顔を見るのは嫌いではないし、そもそも水を差すのは野暮だと、それくらいに気は利かせることができた。<br />
自分の作り上げた料理の味に満足せず、さらなる精進を決意したこのみの意外な向上心に感心すると共に、次の機会を期待したりもした。<br />
──もっとも、おだててつけあがられても困るので、このみには言わなかったが。</p>
<p>貴明と過ごす夜の時間は、ゆっくりに感じても、確実に過ぎていく。<br />
テレビを見ながらも、ちらりちらりと貴明の様子を伺うこのみに、鈍感な貴明は気付かない。<br />
先に風呂に入れと言われてから、その順番で揉めてみたり、およそこれまでの経験とは違った反応をしていると自分では思う。<br />
遠慮してる？　緊張してる？　それとも、期待してる？<br />
何にとも何がとも分からない。<br />
答えがあるのかも知れないし、ないのかも知れなかった。<br />
結局、風呂の順番は、このみ、貴明の順になる。別に順番なんてどうでもよかった。こうやって、生活を共にするという実感が、ことあるごとに得られる、それが嬉しかっただけ。</p>
<p>気持ち念入りに身体を洗って、シャンプーを済ます。お気に入りのシャンプーの香りをかぐと、自然と笑顔になる。貴明は気に入ってくれるだろうか？<br />
このみは湯船に浸かりながら、これからのことを考える。<br />
といっても、入浴後は就寝するだけ。そもそも、それほど夜に強くないこのみが、睡魔に負けずに起きていられたのは、例外的といってもいい。<br />
ぱしゃりとお湯をひとすくいして顔を洗う。お風呂を上がって寝るだけなんてもったいない。<br />
タカくんともっとお話ししたい、タカくんをもっと見ていたい、タカくんにもっと触れたい。<br />
ぐるぐると思考が回り、一つの解へ辿り着く。<br />
かつてなら当たり前のようにしていたこと、けれど、最近はしてくれなくなったこと。多分、気付いている。自分は本当はいつでもこうしたかった。誰彼の目も気にすることがないのなら、自分も我慢する必要もないのではないか？<br />
相好をだらしなく崩しながら、さっそく作戦を立てる。<br />
勝負は貴明が入浴してる時間。多分三十分もないだろう。<br />
素敵な作戦は、この上なく完璧で、失敗などあり得ないと、このみは確信していた。</p>
<p>風呂が空いたことを告げると、貴明は寝具の準備をすると言い出す。<br />
ここまでは予想通り。良かった、まだ何も準備してないのならかえってやりやすい。<br />
自分で干した布団くらい自分で敷ける。理由付けもばっちりである。<br />
このことを見越していたわけではないけれど、昼間の善行がさっそく返ってきた。まさに情けは人のためならず。<br />
さっきまでのこのみの活躍のせいか、深く考えることもなく、就寝の準備をこのみに一任する。元々、このみが泊まりに来たときに、寝具の準備をするのは貴明ではなかったので、不審に思うということすらない。<br />
「了解でありますよ」<br />
と少しだけふざけて敬礼をしたこのみの笑顔に、イタズラを企む子どものような表情が混じっていたことに、貴明は気付いたが、深く考えずにリビングを出る。<br />
この時点で、このみの作戦は、ほとんど成就したといって良かった。<br />
浴室のドアが閉められるのを音で確認し、極力足音を忍ばせて二階へ上がる。<br />
向かうは貴明の自室。<br />
干された布団は自分のものと貴明のものの二つ。取り込んだときに面倒くさがって、この部屋に置きっぱなしにしたことが今はありがたい。<br />
貴明のベッドメイクを済ませてから、自分の布団を床に敷く。<br />
あっさりと最終段階は完了し、その達成感から布団にダイブしたい気持ちを何とか抑えつけ、再びリビングへ戻る。<br />
せめて、貴明が戻ってくるまでは起きていなければ。<br />
先に眠ってしまって、この貴重な時間を無駄にすることは、一分一秒でも避けたいと思った。</p>
<p>疑いの余地もなく、このみの作戦は成功した。</p>
<p>貴明と同じ部屋で一緒に寝るのは、本当に久しぶりだった。<br />
同じ家にいるということも、このみの気持ちを高揚させはしたが、今、すぐ近くで貴明が横になっているという事実は、それ以上だった。<br />
本当はもっと話をしてからとも思っていたけれど、健康きわまりないこのみの身体は、すでに睡眠を欲している。夜に弱い自分が今日ばかりは恨めしい。<br />
だから、迷うことなく最後の行動に移る。<br />
「寒い？」<br />
と貴明に問う。<br />
「寒いのか？」<br />
と逆に訊き返される。<br />
布団を持ってこようかと、要らぬ気を遣う貴明の言葉を遮って、このみは貴明のベッドへと潜り込む。<br />
驚きがほとんどの表情に、わずかばかりの非難の色を混ぜながらも、貴明はこのみの同衾をしぶしぶ了承する。<br />
もとよりこのみの進行目標である貴明自身が、彼女を本気で拒絶することなど、端からできないわけであるから、このみの進入を許した時点で勝敗は決していた。<br />
確信を持ちながらも、貴明に追い出されるという万一の事態を恐れもしたけれど、そんな心配など杞憂に過ぎないことを思い知る。<br />
貴明は、変わらない。<br />
このみが抱いた憧憬のまま、彼女を思い、大切にしてくれる。<br />
それが、今はまだ家族に対する愛情だとしても、十分だった。<br />
この温もりだけは嘘ではないと、間近に貴明の息遣いを感じながら思う。<br />
これからどうしよう？<br />
あとはもう眠るだけ。他の選択肢などないはずである。<br />
それでも、このみはこの時間を少しでも感じていたいと願う。<br />
抗いようのない眠気を感じながらも、貴明を呼び、言葉を交わそうと努める。<br />
たわいもない会話をしばらく交わして、いよいよ睡魔に飲まれる直前、貴明は言い訳めいた約束をしてしまう。<br />
「また今度」<br />
その言葉の真偽はこのみにとってさほど重要でもない。<br />
今の貴明が、今のこのみを受け入れてくれる、そう信じさせてくれる魔法の言葉。<br />
今日のこの一日は、本当に夢のような一日だった。<br />
日付が変わると同時に魔法も切れる。眠ってしまえば一日が終わるから。<br />
けれど、貴明の言葉はこのみに魔法をかける。<br />
こんな一日は今日だけではない、もしかしたら明日も、その先も、ずっと続くかも知れないと。<br />
だから、今日はこれで満足しよう。すぐにお腹いっぱいになるようじゃ、これから待っている無数の幸せたちに申し訳ないから。<br />
でも、せめて。<br />
せめて、今日見る夢の中では、この幸せの残滓を味わわせて欲しい。<br />
微睡みの中そう願い、貴明の顔を見つめ続ける。<br />
「おやすみなさい……タカくん……」<br />
その言葉が貴明に届いたか、確かめる術はない。<br />
意識が眠りに飲まれるその直前まで、このみの心に満たされていたのは、間違いなく幸せだった。<br />
<center>──了──</center></p>
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</ol></p>]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>お姫さまにはかなわない</title>
		<link>http://www.u-1.net/2005/02/19/7/</link>
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		<pubDate>Sat, 19 Feb 2005 00:00:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[SS]]></category>
		<category><![CDATA[ToHeart2]]></category>

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		<description><![CDATA[お姫さまにはかなわない 　気が付けば日付が変わっていた。 「う～……眠れないよう」 つぶやいても、その声は冷たい空気をわずかに震わせ、夜闇に吸い込まれるだけだった。 ふと修学旅行の前日も、こんな風に期待と、興奮と、それか... [<a href="http://www.u-1.net/2005/02/19/7/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">お姫さまにはかなわない<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 　気が付けば日付が変わっていた。<br />
「う～……眠れないよう」<br />
つぶやいても、その声は冷たい空気をわずかに震わせ、夜闇に吸い込まれるだけだった。<br />
ふと修学旅行の前日も、こんな風に期待と、興奮と、それからほんの少しの緊張と不安に、いつまでも寝付けなかったことを思い出す。<br />
こんなんじゃ、目前に迫った受験も不安になろうというもの。<br />
この高揚感は嫌いじゃないけれど、失敗してはいけないのは同じこと。むしろ、寝不足顔を彼に見られるのは、名も知らないような受験のライバル達に見られるのよりも、ちょっと、ううん、かなり嫌だ。<br />
明日──正確には、すでに日付が変わっているので今日──の、日が昇るのを、遅々と進まぬ時間を感じながら待つよりは、心地好い眠りに落ちていく方が楽だと分かっているのに、未だに眠気は襲ってこない。<br />
身を預けたベッドの中で、小さく身じろぎする。<br />
普段なら、早寝遅起きと両親や彼に言われ続けても、暖簾に腕押しな彼女だが、さすがにこういう日くらいは、醜態を見せたくない。<br />
安請け合いをしちゃったかな、と内心小さく後悔する。<br />
あの場では、勢いに任せて二つ返事に近かったけれど、本当は彼より早く起床して、迎えに行くなんていうことは、簡単にできることではないのに。目覚ましをいくつもセットしたあげくに、母親にまでお願いして、子どもでも寝ないような時間にベッドに入ってようやくなのに。<br />
とりえあず、目を閉じよう。<br />
暗闇に慣れて、部屋の中をぐるぐる見渡してると、このまま一睡もできそうにない。<br />
羊を数えても、一向に眠れないのはすでに経験済み。<br />
なら、何も考えずに、目を閉じる以外に打つ手はない。<br />
逸る気持ちを抑えつけ、毛布を顔まで深く被り直して視界を闇で覆う。<br />
──えっと、朝ご飯をタカくんちで食べて、街へお出かけ。どこへ行こうかな。あ、タカくんに任せちゃって大丈夫だよね？　せっかくタカくんが 誘ってくれたんだから。お昼はヤックかなぁ？　嫌いじゃないけど、たまには違うところへ入ってみたいかも。う～、こんなことなら、もっと雑誌とか読んでお くんだったよう。おしゃれなお店を教えてあげて、驚かせちゃえば良かったかな。でも、あんまりお金使わせちゃダメだから、やっぱり無理かな。それから、そ れから……──<br />
余計に頭が冴えてくる。<br />
自分の努力が無駄と悟りつつも、もう、目は開かずに眠りを待つ。<br />
「タカくん……」<br />
彼の名をつぶやきながら、思考がだんだんうろんになっていく。<br />
結局、このみが安らかな寝息を立て始めたのは、時計の長針が一回転あまりしてからのことだった。</p>
<p>──そして、目を覚ますと。</p>
<p>§</p>
<p>目が覚めた。<br />
「げ」<br />
日曜の朝というのに、この寝起きの良さは快挙といっても良いだろう。これが平日なら、余裕綽々で登校できるのに、休みの日ばかり早起きでも仕方 ない。実際は、前日に引き続き記録更新中ということになるが、おそらく、言葉通りの三日坊主になることは間違いないだろうと、ダメな方向への確信も生まれ る。<br />
それはそうだろう。嫌々ながらに学園へ向かうことなどより、惰眠を貪る快楽が負けることなどあろうはずがないのだから。<br />
休日というのは学生にとって、ちょっとした贅沢が許される一日である。<br />
昼まで寝たりとか、昼まで寝たりとか、昼まで寝たりとか……。<br />
思考の大部分が睡眠欲で占められている、起床直後の河野貴明は、せっかく生まれた自堕落な選択肢を、なんとか放棄してのそのそと起きあがる。<br />
早朝の空気は冷たい。エアコンの暖房をタイマーで稼働するようにしておくべきだったか。<br />
もっとも、暖かかったりしたら、二度寝の誘惑に勝てたとは思えないから、今朝の状況は、結果としては間違いではなかったようだ。<br />
「あ～……」<br />
床離れの良さの理由に、苦笑する。<br />
なんだかんだで、遊ぶ理由がないと、自分の休日は寝て過ごすだけになってしまうだから。例え名目がどうであれ、たまには外に出ないと、「ヒキコモリの可哀想な少年」とどこかの誰かに思われてしまうかもしれない。<br />
カーテンを開ける。<br />
体感的には、まだ春とは思えない2月の空は、快晴。絶好の外出日和。文句なし。<br />
御機嫌になる自分に、もう一度苦笑して、寝間着のまま階下へ降りていく。<br />
──とりあえず、腹減った。</p>
<p>食器を片付けて、普段は滅多に見ない土曜の朝のテレビを眺める。<br />
父親はご苦労なことに土曜も休み返上で仕事らしい。<br />
こんな時間に顔を合わせたのがよほど意外だったのか、貴明の母親は慌てて朝食を用意しながら「大変よねぇ」と嘆息。母も知れず気苦労があるのだろうか。<br />
「あ、お袋、俺、今日出かけるから」<br />
「あら、珍しい。どおりで」<br />
得心、といった表情。<br />
「で、誰とデート？」<br />
「ぐっ！？」<br />
待て、と言葉を継ぐ前に、追い打ち攻撃。<br />
「あぁ、そうね、昨日はバレンタインデーだったものね。母さんも、年甲斐もなくあの人にチョコレートあげちゃったら、とっても喜んでくれたのよ？」<br />
「いや、いい加減息子にのろけるのは止めてくれ」<br />
いい年なんだから、という言葉は禁句である。<br />
「良いじゃない、別に。両親が仲睦まじいのは一家安泰の必要条件よ？」<br />
「そうかも知れないけど、さ」<br />
「私のことなんて、どうでも良いじゃない。貴明こそ、誰に誘われたの？　もしかして、昨日は大漁？」<br />
「違う違う違う！　だいたい俺がそんなにもてるわけないだろ」<br />
異性への苦手意識の克服さえできてないのだから、母の言うように大漁だったとしても途方に暮れるだけだったろう。<br />
「このみだよこのみ。あ、言っておくけど別にデートってわけじゃないからな。義理でもチョコくれたんだから、礼代わりに遊んでやろうかと思って」<br />
「う～ん、一般的にそれをデートと言うんだと思うわよ、母さんは。そっかぁ、このみちゃんか。あの子なら母さんも安心よ。頑張ってきなさいね」<br />
「何をだよっ」<br />
母親とは思えない言動に、だんだん調子が狂い始める。<br />
「お袋も、変な勘違いしないでくれ。義理だって言っただろ？　それに、このみと遊びに行くことなんて、別に珍しくもないだろう？」<br />
そもそも、単なるご近所さん以上の付き合いをしてきたのは、貴明とこのみの両親である。小さい頃よく行った家族旅行も、両家合同だったり。ちょっとした大家族さん状態である。<br />
さすがに、近年は両家の父親の仕事が多忙になるなどの理由などもあって、そういったイベントとは疎遠になっているが、家族同然の付き合いがなくなるわけもなく、気の置けない関係が変わろうはずもなかった。<br />
「そういうことにしておきましょうか」<br />
言って意味ありげな微笑みをよこす。<br />
「？」<br />
微笑みの意味を図りかねる貴明に、母が言う。<br />
「じゃ、お昼は要らないわね」<br />
「ん」<br />
「そういうことなら、このみちゃん待たせないように、さっさと準備なさい」<br />
「まだ、そんな時間じゃないだろ」<br />
「あら？　貴明が迎えに行くんじゃないの」<br />
「いや、別にそういうわけ……じゃ」<br />
「あらあら。このみちゃんて、朝弱いのに、迎えに来てもらおうなんて思ってたの？　だいたい、女の子を呼びつけるなんて、貴明にはちょっと早いんじゃないかしら？」<br />
「だから、いちいちそういうことと結びつけないでくれよ」<br />
「そういうことって？」<br />
「う……、その、付き合ったりとかどうとか……」<br />
尻すぼまりになる貴明の言葉に、笑顔を困ったような微苦笑に変え母は言う。<br />
「もう、そんな奥手でどうするのかしら。男の子がリードしないと女の子は不安になっちゃうんだからね。相手がこのみちゃんだからって、あんまりぞんざいにしてると、春夏さんに怒られちゃうわよ」<br />
ね？　と諫めるような落ち着いた口調。<br />
「ま、いいわよ。とりあえず、あんまり遅くまで出歩かないようにね。あと、春夏さんにもちゃんと挨拶してから出かけること。ま、貴明なら信用されてるから二つ返事でOKよね」<br />
貴明は母と春夏の会話を想像し、内心頭を抱える。<br />
いちいちこんなこと話す必要なかったのに、迂闊。きっと、二人が勉学に励んでいる間に、お茶でも飲みながらあることないこと話すのだ。<br />
決めた。これからのことは、何があっても母には伝えない。これ以上詮索されるような情報を与えてたまるか。<br />
しかし、このみの方はどうだろう。春夏に訊かれたら誤魔化せるような器用な真似などできるだろうか。<br />
とりあえず、余計なことは言うなと、釘は刺しておこう。<br />
それが、多分、まったく功を奏さないと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。<br />
「とりあえず、もう行くから」<br />
「はいはい。身だしなみくらいはしっかりしていくのよ」<br />
「分かってるよ」<br />
寝起き姿の貴明に、もう一度念を押し、母は手元の湯飲みに口を付けた。</p>
<p>§</p>
<p>背後から聞こえた、行ってらっしゃいの言葉に、適当に答えて、貴明は家を出る。<br />
このみの家はすぐ隣に建っているのだから、急ぐ必要もないのだが、これ以上不毛な会話を続けると、平静でいられる自信がなくなりそうだった。<br />
午前９時をわずかに回った今の時刻、街へ出るにしても、少しばかり早い時間であるが、人混みに巻き込まれる前に、適当な場所へ入り込むには不都合があるわけでもない。<br />
「ま、問題は、このみが起きてるかどうかなんだけどな」<br />
昨日の会話を思い出す。<br />
だいたいにして、アイツが早起きするなんて約束を守ったことがある回数など、両手の指で数えられるくらいに思う。<br />
イベント前日にテンションが高くなって、睡眠不足になるタイプであるのは間違いない。だいたい、朝が弱いくせに、貴明を起こしに来るなんて安請け合いするこのみもどうかしてる。別に、時間の約束もしてないし、そんな大げさに受け取られても困るのだし。<br />
貴明とこのみが一緒に出かけることなど、二人の長い付き合いの中で幾度もあったことである。このみが寝坊することも、逆に貴明の方が寝坊してしまうことも、そんなものはとうの昔に折り込み済みのよしみである。<br />
多分、まだ夢の中なんだろうなと、結論づけながら、柚原家の呼び鈴を鳴らす。<br />
耳慣れた声が、扉向こうからくぐもって聞こえる。春夏である。<br />
「はいはい、と。あ、タカくん、おはよう」<br />
「おはようございます。春夏さん。あの、このみは……？」<br />
「あはは、お察しの通り、かしらね」<br />
ごめんなさいね、と手を合わせ、小さく謝る。貴明の母と、それほど年が離れているわけでもないのに、どうしてこの人はこんな可愛らしい仕草が似合うのか。<br />
「私も起こしてって頼まれたんだけど、ちょっとドタバタしちゃってて」<br />
「あ～、別にいいですよ。特に時間の約束してたわけじゃなかったですし」<br />
「あら、そうなの？　あの子ったら『絶対絶対絶対起こしてね』ってしつこいくらい言うものだから、てっきり……」<br />
「はは……」<br />
返答に困る。適当なこと言わずに、時間を決めて駅前で合流とかにしても良かっただろうか。隣の家に住んでいるのに、そんなことしたらこのみは不満そうに頬を膨らますだろうけれど。<br />
「う～ん、タカくん、悪いんだけど」<br />
「はい？」<br />
「あの子起こしてやってくれない？　私がいくら言っても今日は起きないのよう」<br />
「いつもはあんな大声張り上げてるのに……」<br />
ぼそりと疑問の言葉を口内で転がす。<br />
「ん？」<br />
「あっ、いや別に。春夏さんが起こしてもダメなら、俺が行っても一緒だと思いますけど？」<br />
「あ～、いいのいいの、だいたいあの子が頼んでおいて目を覚まさないのがいけないんだから。やたらと鳴りまくってた目覚ましも、器用に全部止めちゃってたみたいだし」<br />
それにね、と春夏は言葉を続ける。<br />
「たまにはタカくんに起こされるようなびっくりがあった方が、少しは薬でしょ？」<br />
「そういうもんですか？」<br />
「ま、あの子もずいぶんと昨日から浮かれてたみたいだから、多分寝付けなかっただけだと思うんだけどね」<br />
「あ～、相変わらずですね」<br />
「ホント、もうちょっと大人になってくれてもいいのにね。あ、でも、手がかからなくなったら、それはそれでちょっと寂しいのかしら？」<br />
春夏の手を煩わせないこのみの姿が、貴明には想像できない。<br />
「ま、いいわ、タカくん、上がってちょうだい」<br />
「えと、それじゃ、おじゃまします」<br />
「どうぞどうぞ～」<br />
靴を揃えて柚原家に上がる。なんだかんだで貴明も春夏に頭が上がらない。二人の母親がいるようなものだから、この辺の最低限の礼儀はわきまえているつもりである。<br />
それにしては、春夏の娘であるこのみの奔放さは、一体誰の影響なんだろう？<br />
「じゃ、俺、このみ起こしてきますんで」<br />
「お願いね。私は朝ご飯あっため直しておくから。タカくんは？」<br />
「あ、ちゃんと自分ちで食ってきたんで」<br />
「そっか、それじゃ一人分ね」<br />
言って春夏はキッチンに引っ込む。料理に妥協を許さない春夏のことである。昨夜の残り物も無駄にせず、朝食には似つかわしくないメニューが出そろっても貴明は驚かないだろう。<br />
逆に、平日は慌ただしいことが多いので、気合いを入れて作っても報われない反動だろうか。<br />
鼻歌でも聞こえてきそうなキッチン内の春夏の姿をしばらく眺めてから、貴明は階段を上りこのみの部屋へ向かう。<br />
「さて、と」<br />
まずは初手。ドアのノック。一回、二回、三回。軽快なノックの音にも、目標は沈黙を守る。<br />
次手。室内のこのみをよんでみる。<br />
「このみ。起きろ、もう朝だぞ。ってかお前が起きるっていうから俺もこんな時間に起きたんだぞ。こら、いい加減起きろ。春夏さん、怒らせるとあとが怖いぞ」<br />
とりあえず一息つく。<br />
……。<br />
やはり、効果なし。<br />
「あ～、やっぱりこうするしかないのか」<br />
あまり気乗りしないが、直接交渉を行うしかないようだ。年頃の娘の部屋に、幼なじみとはいえ男である自分を入れて、春夏は何も思わないのだろうか。<br />
膠着状態の戦線を脱するには、それしか手段がないとしても、一応最後通告はしておこう。<br />
「このみ、起きないんだったら、直接叩き起こすからな。部屋に入られたくないんだったら、速攻で起きろ。十秒だけ待ってやる」<br />
律儀に十を数え出す貴明。<br />
結果は見えてるとはいえ、いきなり乗り込むよりは自分の精神も落ち着くだろう。<br />
ゆっくりと数えたとしてもせいぜい十五秒程度。あっさりと決断の時は訪れる。<br />
「入るぞー」<br />
貴明は、意を決してドアノブを回転させる。<br />
ドアを引き開き、一瞬躊躇ってから足を踏み入れる。<br />
小さな寝息を立てるこのみがそこにいた。<br />
驚かさないようにおそるおそるベッドに近づき脇に立つ。<br />
こいつを起こそうとしてるのに？　何やってるんだ、俺。<br />
まったく、こちらの気苦労も知らないんだろう。幸せそうに寝ちゃって。逆に今の季節で良かったかもな。寝乱れてたりしたら、さすがに目のやり場に困るし、そんなんだったら逃げ出すしかない。<br />
ぺちぺちと頬を軽く叩く。<br />
春夏のようにいきなり耳元で大声を上げるといった、荒っぽい起こし方は貴明にはできそうにない。<br />
「起きろー、朝だぞー」<br />
罪のない寝顔を見ながらだと、ほとんど気合いも入らない。まぁ、少しくらい出発が遅くなったところで、削れるのは遊ぶ時間か勉強の時間か。<br />
待て、マズイぞ。後者になったら俺の責任問題では？<br />
しかし、前者だとしても、このみの御機嫌を損ねるという由々しき事態に発展することが、容易に想像できてしまう。<br />
どう転んでも、貴明に有利な展開になりそうにはない。<br />
……ならば。<br />
目の前の妹のような幼なじみを、叩き起こすのみっ。<br />
「行くぞ、ベッドから落ちても知らないからな」<br />
覚悟の声は、このみに向けてか、それとも自身に向けてのものか。<br />
貴明は、このみの身体をすっぽりと覆い隠している暖かそうな毛布に手をかけ。<br />
「そりゃっ！」<br />
一気呵成にはぎ取った。<br />
……。<br />
……。<br />
「うわああぁぁ……っ」<br />
貴明は大声を上げそうになる口を、慌てて両手で塞ぎ、叫びを飲み込む。<br />
この場面を春夏にでも見られたらあらぬ誤解を受けてしまう。それすなわち死刑。<br />
布団を引きはがした勢いか、そもそも寝相が悪かったのか、寝間着がめくり上がって……。ほっそりとした折れそうな腰、白い肌とお腹に見える小さなおへそ。視線を上半身にずらしていくと、その、慎ましげに膨らんだ、胸が……見えそうに、なってるんですが？<br />
待て待て！　俺は何を考えてる。落ち着け、河野貴明。ってかこのみの姿に動揺するなんてどうかしてるぞ。<br />
最優先目標は、このみを叩き起こすこと。それ以外の障害は排除しなければ、このみか春夏のどちらかに、あるいはもしかしたら両方に殺される。<br />
明日の朝日が拝みたかったら、この状況を迅速に打開すべし。<br />
「ほら、起きろ起きろって！　じゃねーと、俺がやばい、やばいから」<br />
「ん……」<br />
「うあああ、全然起きそうにねーじゃねーか！！」<br />
神はいないのか？<br />
とりあえず、寝間着を下ろし、このみの肌を隠さなければ目に毒だ。いろんな意味で、心臓にも悪いから。<br />
「起きるなよー、頼むからこのタイミングで起きるなよ……」<br />
たいていの場合、このような願いは絶妙のタイミングで裏切られる。<br />
そう、この時この場所の貴明も例外ではなく。<br />
「っ！！」<br />
呆とした瞳が、焦点を結ばぬまま貴明を見つめる。<br />
「タカ……くん？」<br />
静かに、噛みしめるように、このみは貴明の名を呼ぶ。夢見心地の表情と声色で。<br />
「タカくん、寒いよう。もう十分だけ眠らせてよう」<br />
「こら、寝ぼけるな。頼むから、しゃきっと起きてくれ！　このみ！」<br />
「えへへ～。タカくんの手、あったかいね」<br />
目を閉じ、笑顔のまま、このみが貴明の手を握る。<br />
やばい、離してくれない。というか、なんでこんなに力が入ってるんだよ。<br />
「タカくんも、寝よ？」<br />
「え、ちょ……待っ」<br />
うわあ、と情けない声を上げながら、貴明は倒れ込む。<br />
自重でこのみを潰さないように、直前で身体を支えられたのは、とっさの判断にしてはよくやったと思う。<br />
間近に迫ったこのみの表情に、貴明は息も止め、そして心臓が止まりそうな錯覚に襲われる。<br />
少しだけ上気した頬に差す赤み、互いの吐息さえ届き合う超至近距離。唇さえ、届きそうな。心臓の鼓動さえ、感じ合えるような。<br />
ばくばくと早鐘を鳴らし続ける心臓を、押さえ込むのに精一杯の貴明は、このみの行動になすがまま。<br />
首に回されたこのみの両腕に気付くに至り、ようやく貴明は我に返ることができた。<br />
「うわああああ、待て、このみっ！　早まるなっ！！」<br />
「えへ～」<br />
蕩けそうな笑顔のまま、このみは、貴明を抱き寄せ……。</p>
<p>「あらあら、何やってるのかしら～？」<br />
びくり、と貴明は硬直する。<br />
ぎぎぎ、と貴明は首を回し背後を見ると。<br />
「は、春夏さん」<br />
「はい、タカくんは、何してるのかしら？」<br />
「こ、このみを起こそうとして、それで」<br />
混乱で言葉が支離滅裂になるのは分かっていても、この状況を切り抜ける魔法の言葉なんて、百年経っても浮かんでこないだろう。<br />
「えっと、別にやましい気持ちなんてこれっぽちも。このみが強引に、手ぇ離さないから。すすすす、すいません！」<br />
硬直から回復し、文字通り飛び退いてこのみから離れる。<br />
「はいはい、ま、別に良いわよ、タカくんなら。でも、寝込みを襲うのは反則。ちゃんとこのみに告白してから続きをしてね？」<br />
こつん、と軽くゲンコツを頭頂に落とされる。<br />
覚悟していた痛みが襲ってこなかった疑問顔の貴明に、春夏は笑顔で答えた。<br />
「さて、それじゃ、このだらしないお姫さまを起こさないとね。定番は、王子さまのキスだけど……」<br />
ぶんぶんぶんっ！　と全力で首を振り逃げ出しそうな体勢になる貴明を慌てて止める春夏。<br />
「ウソウソ。そんなのは私のいない場所でしてちょうだいね」<br />
「いや、しませんって。っていうか、誤解ですってば！」<br />
必死に弁解に努める貴明の言葉を、春夏はどう受け取ったのか。<br />
深呼吸をするように、大きく息を吸い込んで。<br />
同時だった。<br />
春夏の怒声が響くのと、貴明が耳を両手で塞ぐのは。<br />
「こらっ！！　いつまで寝てるの。いい加減起きなさいっ！！」<br />
ごごうっ、と空気さえ震わせそうな春夏の声に、さすがのこのみもベッドから飛び起き、転げ落ちた。<br />
「え？　え？」<br />
「よ、よう、このみ。目ぇ覚めたか？」<br />
「タ、タカくんっ！？」<br />
「頼むからさ、もう少し朝早くなろうぜ。心臓に悪い」<br />
「え？　何が？」<br />
きょとんと、俺の顔を見つめた後、このみは隣に立つ春夏の笑顔を見て凍り付く。<br />
「お、お母さん、お、おはよ……」<br />
「はい、おはよう」<br />
追いつめられたネズミのように、貴明に助けを求めるアイコンタクトをよこすこのみ。　無理だすまん。<br />
すかさず返す視線に、このみは本気でおびえた表情を浮かべる。<br />
「もう、タカくんまで巻き込んじゃダメでしょ。いつまでもそうしてると、タカくん迎えに来てくれなくなっちゃうかも知れないわよ？」<br />
「ええっ！？　そうなの、タカくん？」<br />
「そうよ」<br />
「うー、お母さんに訊いてるんじゃないもん」<br />
「そ、そうだぞ、このみ。俺だから良いものの、他の誰かとの約束すっぽかしたらお前が怒られるんだからな」<br />
「う、うん。ごめんなさい」<br />
「分かればよろしい。もうっちょっと手がかからなくなってくれると、静かな朝が迎えられるんだけど。ね？　タカくん」<br />
しょんぼりとするこのみを、さすがに可哀想に思い、貴明が助け船を出す。<br />
「ほら、俺は春夏さんと下行ってるから、さっさと着替えて、飯食って出かけるぞ」<br />
「あ、うん。ゴメンね、タカくん」<br />
「別に、いつものことだからな」<br />
「ほらほら、このみは早く着替えて下にいらっしゃい。一日なんてあっという間なんだから、せっかくのデート、時間がなくなっちゃうわよ」<br />
「わー、それはダメ。着替える着替えるから、早く下行ってよ、タカくん」<br />
なぜ、俺が怒られる？　理不尽なものを感じながらも、貴明は春夏に続いてこのみの部屋を出ようとする。<br />
「あっ、そうだ。タカくん」<br />
「ん？」<br />
呼び止めるこのみ。振り返る貴明。<br />
「おはよう。良い天気で良かったね、タカくん」<br />
日だまりのような、満面の笑み。さし込む陽光に溶けそうな暖かな。<br />
「ああ、せっかくだから、遊び倒すぞ」<br />
「うんっ！」<br />
幸せそうな笑顔を見届けて、部屋を出る。<br />
ああ、やっぱりダメだ。やっぱりあの笑顔にはかなわない。<br />
さっきまでの焦りも何処へやら。<br />
頭をかきながら階段を下りる。<br />
「ふふ」<br />
「どうかしましたか？」<br />
「やっぱりタカくん、このみには甘いわね」<br />
「そういう春夏さんだって」<br />
振り返り、貴明を見つめるこのみの母。<br />
「そうかもね」<br />
「そうですよ」<br />
微かに聞こえる、このみの部屋を駆け回る音に互いに苦笑しつつ。<br />
「早く来いよ～」<br />
「わ、わかってるよ～！」<br />
今日のお出かけプランを、もう一度確認する貴明だった。<br />
<center>──了──</center></p>
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</ol></p>]]></content:encoded>
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		<title>春を待つ桜のように</title>
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		<pubDate>Mon, 14 Feb 2005 00:00:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ゆーいち</dc:creator>
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		<description><![CDATA[春を待つ桜のように 　少しだけ早起きして、少しだけ早く家を出る。 河野貴明の今朝は、その一点を除いてはまったく代わり映えのしない一日の始まりのはずだった。 「おはよう、タカくん」 お隣りの柚原さんちの長女・このみが、自宅... [<a href="http://www.u-1.net/2005/02/14/6/"><span class="read-the-rest">Read more</span></a>]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4 align="center">春を待つ桜のように<!--/CHAPTER_TITLE--></h4>
<p><!--DOCUMENT--> 　少しだけ早起きして、少しだけ早く家を出る。<br />
河野貴明の今朝は、その一点を除いてはまったく代わり映えのしない一日の始まりのはずだった。<br />
「おはよう、タカくん」<br />
お隣りの柚原さんちの長女・このみが、自宅前で貴明を待っているのに気付くまでは。<br />
「おはよう、タカくん」<br />
「おはようさん……って、お前が起きてることに俺は驚いても良いものだろうか」<br />
寝坊の常習犯である自らの前科を、とりあえず棚に上げて問うてみる。<br />
「も、もう。わたしだってその気になればちゃんと起きれるんだから」<br />
「なら、俺と春夏さんの平穏な朝を乱さないためにも、明日以降もその調子で頼む」<br />
思わずおばさん、と言いかけたその言葉を飲み込んで、言い直したのは玄関ドアに隠れてこちらを伺う、このみの母親である春夏の姿を視界に捉えたから。<br />
さすがに会話まで聞かれはしないかと思うが、自ら禁句を口にすることもないという賢明な判断を下し、会話を続ける。貴明の言葉に、春夏がこくこくと頷いているという事実を目撃し、内心胸をなで下ろしたりもしたのだが。<br />
「う……ん、頑張るよ～」<br />
「期待はしてないけど、頑張ってくれ」<br />
「そういう投げやりな応援は、嬉しくないよ、タカくん」<br />
「いや、いくらなんでも、そう簡単に信用もできないしな」<br />
貴明がこのみを叩き起こすという習慣が、どれだけ続いてるかなど考えるまでもないし、それが毎日の始まりを告げる最初の会話であるということは、互いに暗黙のうちに了解しているのだから。<br />
ただ、起こす側と起こされる側、二人の立場が入れ替わることなど、これからもないだろうと貴明はそう思っていた。<br />
「さて、たまには早く行くのも良いだろう。文句は途中で聞くから」<br />
「別に文句なんてないよ。ただ、わたしだって少しは頑張ってるんだからね？」<br />
「はいはい」<br />
「タカくん、返事が適当……」<br />
貴明は不満げにつぶやくこのみの額を軽く小突いて、これ以上の反論を打ち切る。<br />
「それじゃ、行ってきます、春夏さん」<br />
いまだに様子を伺い続けていた春夏に挨拶をして。<br />
「え？　お母さん？　わ、わわっ！　い、行ってきます」<br />
慌てて振り返るこのみに応えるように閉まる玄関扉。<br />
そして二人は代わり映えのないであろう今日という一日に足を踏み出す。<br />
§<br />
２月も半ばにさしかかり、少しだけ朝の寒さも和らぎ始めた通学路を歩く。<br />
公園の脇を通り過ぎ、堤防の階段を上る。桜並木は閑散としたまま、芽吹きの時を待ち続けている。<br />
川沿いの道を抜け、町並みの風景が変わる。住宅街を抜け、うんざりするような坂道を上れば、貴明の通う学園がある。<br />
このみの通う中学校へと分岐する比較的大きめの交差点まではあと少し。<br />
聞き慣れた声が背後から届く。貴明の鬱陶しそうな表情に、このみは苦笑で応え、二人は立ち止まり振り返る。<br />
全力疾走で駆けつけ合流した、これも長い付き合いになる向坂雄二は、白い息を盛大に吐き出しながら両膝に手をついて息も絶え絶えな体。これもまた、貴明にとっては見慣れた朝の風景でもあった。<br />
雄二の呼吸が整うのを見計らって、貴明は声を掛ける。<br />
「そんな急がなくても今日は余裕だろ？」<br />
あり得ないものを見るような目つきの貴明に、少しだけ不満げに雄二が答える。<br />
「なんだよ、俺が遅刻ばかりする男だと思ったら大間違いだぜ。今日の俺はひと味違うからな！」<br />
どこが違うんだとツッコミを入れるくらいには、テンションが上がっていない貴明は、そんな雄二の言葉を右から左へ受け流す。<br />
「ま、いいや、今日はあの坂を駆け上らなくて良いだけラッキーだと思わないとな」<br />
「ああ、まったくだ」<br />
「おはよう、ユウくん」<br />
「よ、このみ。今日はまたどういう風の吹き回しだ？」<br />
「えへへー」<br />
意味ありげな視線を交わす雄二とこのみを、貴明はつまらなそうに見つめる。内心の疑問は表情に出さないように努めつつ。<br />
しかし、敏くその様子にこのみは気付く。<br />
「どうしたの？　タカくん」<br />
「雄二となんかあったのか？」<br />
不自然にならないように、語調を整えるが、その努力が奏功したかは貴明には分からない。<br />
「えへへー、別になんでもないよ」<br />
「ふーん」<br />
雄二を一瞥すると、にやにやと意地悪い笑みを浮かべ貴明とこのみを眺めている。<br />
「ま、いいけどな」<br />
貴明は会話をそこで打ち切り歩き出そうとする。必死に長距離走を行う毎日と、今日は違うのだから。<br />
背を向けた貴明を見るこのみの表情が、小さな焦りに変わったことに貴明は気付かない。<br />
数瞬の逡巡。貴明にどういう風に切り出そうか、何度も考え練習もしたはずなのに、いざとなると足が前に進まない。<br />
そんなこのみの背を、文字通り押したのは雄二の手。<br />
「わ、わわ……」<br />
思わず振り返ると、変わらぬ笑みを浮かべたまま、器用に片目をつぶってみせる雄二。　かなわない。このみは心の中でつぶやく。ありがとう。<br />
たたらを踏むこのみの様子を背後に感じ、振り返る貴明。<br />
「あ？」<br />
「あ、あのね、タカくん」<br />
がんばれ、がんばれ、がんばれ。<br />
去年までも毎年のように行っている行事。特に他意もないと貴明は思っているはず。ここで緊張するほうが、かえって変なんだから。<br />
内心の緊張を、必死に押さえ込むが、震えそうになる言葉がどのように貴明に届くかまでは分からない。<br />
「ん？」<br />
「は、はい、これ……」<br />
鞄からおずおずと差し出される、赤の包装紙に包まれ、ピンク色のリボンが結ばれた何か。<br />
当然のように受け取る貴明の返事を待たずに、くるりと振り返り雄二に言う。<br />
「あ、ちゃんとユウくんにもあるからね」<br />
「お、さすが、このみは気が利いてるな。お兄さんは嬉しいぞ」<br />
「じゃ、じゃあ、わたし、先行くねっ」<br />
駆け出す。<br />
ほんの少しだけ紅潮する頬に冷えた空気が少しだけ心地よく感じられた。<br />
そして、結局、このみは貴明からの言葉を聞くことができなかった。<br />
§<br />
このみの様子がおかしかった。<br />
それは貴明にも分かるし、余計なお世話なことに雄二にも要らぬ言葉をもらってしまった。<br />
「いいのかよ？」<br />
「何が？」<br />
「何がって……。かぁ、この朴念仁は、礼の一つも言うことできないのかよ」<br />
やれやれと肩をすくめ、小馬鹿にした仕草で雄二が言った。<br />
「いや、言おうと思っても、とっとと走って行かれちゃ」<br />
「ぼけっとしてるからだろーが」<br />
「俺が悪いのかよ？」<br />
「あぁ、悪いね」<br />
何でだよと訊いても、明確な答えは返ってこなかった。<br />
肝心なときに肝心なことも言わずに誤魔化すのは、雄二の悪い癖だと思う。いつもなら歯に衣着せぬ物言いで、呆れるのは自分の方だというのに。<br />
「だいたい女に縁のないお前に、チョコくれるのなんてこのみくらいしかいないだろーが」<br />
「いや、春夏さんも去年はくれた気がするが」<br />
多分。<br />
「……言ってて空しくならねーか？」<br />
「すまん、俺が悪かった」<br />
こんな時に誤魔化してもしょうがないのは分かっているのに、真面目に相手をする気にならないのはなぜなのか、貴明は気が付かない。<br />
「そういう雄二だって偉そうなこと言ってる割には俺と似たようなもんだろう」<br />
ふと遠い目をした雄二が、何かを思い出したように身を震わせる。これは訊いてもいいものなのだろうか？　しばし迷ってから声を掛けてみる。<br />
「いや、姉貴のことはいいんだ。頼むから何も訊くな」<br />
しかし、雄二に機先を制され、貴明は二の句が継げなくなる。<br />
「あぁ……、すまん。嫌なことを思い出させちまったか？」<br />
「こちらこそ、取り乱しちまったな」<br />
同時に溜息をつく。どうにも雄二の姉の環の話題になると口数が少なくなるのは、幼年期の恐怖体験に近い思い出が根底にあるのだが。<br />
「まぁ、ともかくだ。毎年のこととはいっても、礼の一つも言えないようだとこのみに捨てられちまうぞ？」<br />
「何が捨てられるだ。そもそも俺とこのみはそんなんじゃねーって知ってるだろうか」<br />
「はん」<br />
「うるさい」<br />
「ま、俺はどっちでもいいけどな」<br />
「口先だけで万年独り身のお前に言われても、別に悔しくないしな」<br />
「やかましい！　俺だってなぁ、俺だってなぁ……。学園に入って初めてのバレンタインだぞ。そりゃもう、四方手を尽くして頑張ったんだよ」<br />
それがこの結果か。<br />
今日が土曜日であり、午前で終了した授業のおかげか、浮ついた雰囲気漂う教室で、貴明と雄二は相も変わらずの軽口の応酬を交わす。<br />
ただ、この浮ついた空気は、今日が土曜日であるだけでなく、いわゆるバレンタインデーであることも理由となっているのは間違いなかった。<br />
貴明と雄二は互いの戦果を確認し、肩を落としたばかりだった。<br />
「まぁ、俺は別に期待もしてなかったし」<br />
「嘘だ！　男なら、今日という一日にどれだけ沽券が関わるか、分からないわけないだろう！？」<br />
「そんな沽券は捨ててしまえ」<br />
「信じらんねぇ！？　毎年同じ会話してるような気もするけど、信じらんねぇよ、俺は。だいたい今日という一日で、この学園内の野郎どもがどれだけ 勝ち組と負け組に別れたかなんて見れば分かるだろう。いわば一つとはいえ貰えた俺たちは勝ち組なんだぞ。欲をいえば本命がここにあれば文句はないんだが」<br />
「欲張りすぎだ」<br />
「いいんだよ。あー、結局一年も終わろうっていうのに彼女の一人もできなかった。俺、一体何やってたんだろう……」<br />
地に手を着きそうな勢いでうなだれる雄二を、可哀想なものを見るような目で眺める貴明。こうなったら何を言っても無駄なのは分かってる。好きなだけ喋らせるか、放置するか二つに一つだ。<br />
「じゃな、俺は帰るぞ」<br />
「貴明、俺は悲しいぞ。お前はそれでも男なのか！」<br />
「言ってろ」<br />
じゃな、と鞄をぶら下げて教室を出ようとする。<br />
「あー、貴明。何度も言うのもイヤだが、このみに会ったら俺の分も礼を言っておいてくれ」<br />
「分かったよ」<br />
そうやってこのみに礼を言う口実を作ってくれる雄二は、なんだかんだで気が利くヤツだと思う。<br />
もっとも、そのことで感謝の言葉を口にするのは癪に障るので、言ってやろうとは思わない。<br />
しかし、せめて心の中で小さく「悪いな」くらいは言ってやっても罰は当たらないだろう。<br />
貴明は教室を出ながらそんなことを考えていた。<br />
§<br />
「さて、どうしたものか……」<br />
何やらいたたまれない気持ちになりながら、柚原家の前に立つ。<br />
やることは決まっている。チャイムを鳴らす、このみを呼ぶ、チョコの礼を言う、明日あたり遊んでやる約束をしてやればパーフェクト。<br />
そう、たったそれだけだ。別に気後れすることも、躊躇することも何もないはずだ。<br />
それでも躊躇している自分に困惑しながら、チャイムを鳴らそうと指を伸ばす。それを何度か繰り返す。<br />
「タカくん？」<br />
「うわわわ！？」<br />
思わず情けない声を上げ振り返れば、果たして、このみがそこに立っていた。<br />
「どうしたの？　タカくん」<br />
きょとんとした表情で、小首をかしげてのぞき込むこのみに、貴明は慌てて後ずさる……こともできない。背には柚原家の玄関扉。<br />
「こ、このみ？」<br />
「うん、このみだよ」<br />
貴明の言葉に、嬉しそうににっこりと笑みを浮かべるこのみ。<br />
「わたしの家に何か用かな？　お母さんならお買い物に出てるけど。あ、わたしはゲンジ丸とお散歩行ってきたんだ」<br />
「よう、相変わらず散歩が嫌そうだなゲンジ丸」<br />
「そうなんだよ、この間までなんて引っ張っても動こうともしなかったんだから」<br />
泣きそうな目でゲンジ丸を散歩に誘うこのみの姿が自然と浮かぶ。<br />
どっちが偉いのか分からない飼い主とペットだが、それでも主人に付き合ってやろうというくらいの思いやりはゲンジ丸にもあったらしい。<br />
のそのそと我が家へと身を隠す、柚原家の役に立ちそうもない番犬を見ながら貴明は思った。<br />
「お前も大変だな」<br />
「そうだよ、タカくんもなんと言ってやってよ」<br />
「いや、ゲンジ丸に言ったんだが」<br />
「むー！　タカくんはわたしよりゲンジ丸の味方をするの？　運動しないと大変なことになるんだよ？」<br />
身振り手振りを交えて必死に説明するこのみ。<br />
「ゲンジ丸ー。明日もちゃんとお散歩行くんだからね」<br />
聞こえたか聞こえてないのか。ゲンジ丸は一声上げるだけでぐったりとする。<br />
「まぁ、ほどほどにな」<br />
「う～ん、わたしはもっと走りたいんだけど」<br />
「それは止めろ」<br />
走ってるのかよ、と思わず突っ込みたくなるのを我慢して、大人の対応でこのみを諭す。死ぬぞそれは。<br />
「え？　どうして？」<br />
「どうしてもだ。そんなん、俺が毎日のように付き合ってるだろ？」<br />
「う～ん……。えへへ～」<br />
にへら、と破顔して貴明を見上げるこのみは、年相応には見えない。小学生だと説明すると、信じる人が出そうな幼さの残る顔立ちと体型。<br />
ちょっと前にそんなことをこのみに言ったら、本気で泣きそうになって、しばらく拗ねられたという苦い記憶があるので、貴明はそんな思いをおくびにも出さないが。<br />
まぁ、それでもこうやって満面の笑みを見ることができるのは、悪い気はしないし、可愛くないと言えば嘘になるだろう。<br />
「あー、それはそれとして」<br />
自然に切り出せただろうか？　急な話題転換にこのみが付いてこれなくても、二度は言いたくない。こんな恥ずかしい台詞。<br />
「チョコ、ありがとな」<br />
「え？」<br />
やっぱり。内心嘆息の貴明。<br />
「雄二からも、礼を言っておいてくれってさ。今年も俺と雄二はこのみからしかチョコ貰えなかったから。それでも負け組にはならなかったのは、このみのおかげだって」<br />
少し色を付けてこのみに伝えてやる。<br />
「負け組って？」<br />
「いや、それはいい。とりあえず、俺が言いたいのは、このチョコのお礼ってことだ」<br />
「ユウくんから？」<br />
「ああ、そう言ってくれって」<br />
「そうなんだ……」<br />
「ん？」<br />
「あ、ううん、なんでもないよ。えへへー」<br />
「そうか、ま、いいけど」<br />
「う、うん。あ、うち、寄っていく？　タカくん」<br />
「いや、とりあえず家帰って飯食うさ。母さんもいるだろうし」<br />
「うん、分かったよ」<br />
「それじゃな」<br />
「ばいばい、タカくん」<br />
貴明が自宅へ向かうのを見送ってから、このみは玄関扉を開け、家に入る。<br />
ぱたん、と閉まる音を聞いてから、玄関扉に背を預ける。<br />
「……タカくんからのありがとうが聞きたかったんだけどな」<br />
つぶやきは、貴明に届かない。それは分かっているのに、それでも、このみはこの言葉が届くことを祈る。<br />
自分の臆病さも嫌になるけれど、今日ばかりは貴明の勘の鈍さを恨まずにはいられなかった。<br />
§<br />
隣に住む少年は、物心付いた頃からずっと一緒にいた。<br />
家族ぐるみの付き合いは、現在までも絶えることなく、このみと貴明はそれこそ家族同然、兄妹同然に過ごしてきた。<br />
このみの両親が家を空けるときなどは、河野家で一夜を過ごすことすら当たり前のこととして、疑問を挟むことすら今までなかった。<br />
誰よりも近くにいる異性なのに。<br />
だからこそ、このみの想いは届かない。<br />
視線も、言葉も、笑顔も、全て貴明へ向けているのに、このみの想いは届かない。<br />
なぜと問うても答えなんて出ない。<br />
分かっているのは、その想いを伝えてしまえば、間違いなく二人の関係は変わってしまうということだけ。<br />
自分から貴明が離れていくとは思えない。この十余年の生活は、確かな確信を生むと共に、今の二人の関係が、越えがたい壁であるということを、実感せざるを得なかった。<br />
「どうしたらいいんだろうね、わたし」<br />
この一年は長かったと思う。<br />
学校が異なるだけで、これだけ淋しさが募るものなのか。<br />
朝は一緒。けれど、学校が違うだけで、昼食を一緒に取ることもできないし、帰り時間が一緒になることは、稀といってもいいくらいだった。ついつ い貴明の学園まで迎えに行くこのみを、貴明は、そして周囲の人間はどう思っていたのか。貴明は迷惑と思っていなかったのか。怖くて訊けない言葉が、このみ にはあった。<br />
少しだけ勇気を出してみた。こんなことで気付いてもらえるとは思えないけど、それでも何かしなければいられなかったから。<br />
チョコレートを渡すことなんて、毎年のことなのに。<br />
緊張したのも初めて。貴明の顔が見れなかった。きっと変な子って思われてる。それさえも訊けない自分を、親友のあの二人は笑うだろうか。<br />
応援するよって言われて、その意味が分からないほど、自分は子どもじゃないと思う。その言葉は嬉しいけれど、困った顔をする貴明にはこれ以上迷惑をかけたくないとも思う。わがままを通して、貴明を困らせるのは、一番したくないと思ったから。<br />
「はぁ……」<br />
小さく溜息を落とし、靴を脱ぎ家に上がる。<br />
嫌な考えを引きずらないように階段を駆け上がる。<br />
まずは、着替えよう。それから遊びに出よう。ちゃるとよっちは付き合ってくれるだろうか。今日は浮き足立っていたあの二人だから、勉強なんてしないだろう。たくさん話して、たくさん笑えば、きっと元気になれるから。<br />
「あ、電話？」<br />
遠く電子音。聞き慣れたコールが廊下に響く。<br />
「あ、はーい」<br />
ぱたぱたと廊下を駆け下りて、受話器を上げる。<br />
耳元から聞こえる声は、間違うはずもない、聞き慣れた貴明の声。<br />
「タカくん？」<br />
知らず声が弾む。<br />
「あぁ、このみか」<br />
「うん。もうお昼食べちゃったの？　早いね」<br />
あはは、とさっきの話題を引きずらないようにわざとらしく明るく振る舞う。嫌だなと少し思う。<br />
「いや、言い忘れてたことがあってさ。その、なんだ。今日の礼ってワケじゃないけど、明日、ヒマか？」<br />
「え？」<br />
彼は何を言ったのだろうか。思わず間抜けな声を上げ、聞き返すしかない。<br />
「いや、試験前だろうからこんなこと言うのはどうかしてるか？」<br />
「そんなことないよっ。ヒマ、ヒマでヒマでヒマしてるよっ」<br />
「嘘付くな」<br />
「う、ごめんなさい」<br />
「まぁ、でもな。少しくらい付き合ってもらえるか？　適当にどっか遊び連れてってやるよ」<br />
「え、ホント……？」<br />
嘘じゃないかと思う。<br />
だって、こんなわがままが通るなんて、思っていない。心のどこかで望んでいたけれど、そんなこと迷惑だって思ってた。<br />
「その代わり、その後は勉強してもらうけどな」<br />
でないと、春夏さんに殺される、と苦笑混じりの声がすぐ近くで聞こえる。そうだねと、このみも苦笑で返す。<br />
「タカくんが教えてくれるの？」<br />
「俺に教わろうなんて無謀もいいとこだぞ？」<br />
「いいよ、タカくんに教えてほしいっ。お願い、いいでしょ？」<br />
「善処はする。でも期待はするなよ」<br />
「うん」<br />
「じゃ、適当な時間に来てくれるか？　寝坊しないならな」<br />
「ひどいよ、タカくん。今日だってちゃんと起きたじゃない？　明日も大丈夫だよ」<br />
その後の言葉は続けない。貴明にはまだ伝えられない。<br />
「はいはい、と。じゃ、切るぞ？」<br />
「うん、それじゃ」<br />
貴明が受話器を置くがちゃりという音を聞いてから、このみも受話器を下ろす。<br />
「どうしよう、どうしよう……」<br />
嬉しい。嬉しい。嬉しい。喜色で心が染め上げられる。<br />
自然にこぼれる笑み。<br />
「えと、準備しなきゃ。服、何着てこう。それからそれから……」<br />
慌ただしく自室に戻り、クローゼットを開き思案に耽る。<br />
先刻の不安さえ、気付けば不思議な高揚感に取って代わられている。<br />
「あはは」<br />
別に何が変わったわけでもない。<br />
けれど、これから変わっていければいいと思う。<br />
自分の気持ちを伝えるということに、怖さは未だ大きく残っているけれど、貴明の言葉を聞いて、感じた幸せは嘘じゃないから。<br />
「ただいまー」<br />
階下で春夏の声が帰宅を告げる。<br />
「あ、お母さんにちゃんと起こしてくれるようにお願いしなきゃ」<br />
クローゼットも開けっ放しのまま、部屋を飛び出し再び階下へ。<br />
「お母さん、お母さん、あのねっ！」<br />
嬉しそうに話すこのみを、春夏も優しく見つめる。こんな笑顔で話す内容は、きっと隣のあの子絡みのことだから。<br />
「はいはい、何かしら？」<br />
少しずつ近づく春という季節に、期待を乗せて。<br />
このみは明日を待つ。</p>
<p><center>──了──</center></p>
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