…say Happy Birthday to

…say Happy Birthday to

――雪。

季節の巡りは早くて。

残して来た想いはまだあの瞬間に置き去りにされたまま。

ただ、時間だけが過ぎて。

ただ、想い出だけが色あせて。

歩みを止めたままの私は。

どうして、まだ……。

『あ、天野か?』

『……はい』

『俺』

『電話では名乗るものです』

『相沢だよ』

小さなため息の後、呟いた彼の声に。

『はい』

『で、どうだ? 今日付き合わないか?』

いつも彼の誘いは唐突に。

それが馴れ合いなのか。

それとも……。

私には掴めなくて。

『済みません』

今日は……。

『――そっか、それじゃまたな』

小さな音。

無言の私に重なる、話すひとのいない受話器の音。

いつか。

歩き出せる日が来るのか。

いつまで。

このままでいるのか。

教えて欲しい。

別れがあった。

ある一つの別れ。

それはほんの一時の奇跡の終わり。

小さな出逢いの終わり。

それだけの事。

そして。

同じ想いを共にしたあの人は強くて。

それを見続けるしか出来なかった私は弱くて。

ただ。

強く在り続けるあの人の側に。

約束を頑に守り続けるあの人の側に。

居続ける事しか私には出来なくて。

ふと。

あるごとに思い出すあの子の想い出が。

私たちが共有した小さな奇跡として。

静かに心の底に積もり続けていた。

年を重ねる事が。

辛くなったのはいつからだろう。

悲しみの想い出が。

色あせて行く事が恐くて。

あの時の心から。

変わって行く私が恐くて。

ひとりで過ごし続けた季節。

もう。

数え切れないくらいの季節。

いつになったら進めるのだろう。

凍った想い出を。

心に降り積もった冷たい雪を。

溶かし。

払い。

白く。

積もった。

想い出に、新しい足跡を刻み込める日は……。

いつ……。

――コン

窓を叩く。

小さな小さな音。

窓の外は。

勢いを増し始めた。

冷たい風に舞う粉雪。

この街の冬。

雪に包まれた。

凍てついた季節。

微かに残された足跡。

雪に塗りつぶされようとする。

一組の足跡。

踵を返し。

私は部屋を出た。

誰かなんて分かり切っている。

でも。

それでも……。

ドアを開ける。

冷たさがノブ越しに私の手を凍てつかせる。

――ちりん

小さな音。

小さな鈴。

澄んだ音色。

冷たく、冷たく。

冬の風のような。

心に染みるような悲しい音色。

でも。

少しだけ。

温かな……。

あの子が待ち望んだ季節の風のような。

凍えた心を溶かしてくれるような。

そんな温かな音色。

小さな紙が雪の色に溶けていた。

白いその色をさらに白で染め上げられ。

少しだけ滲んだペンの文字。

多分、あの人の文字。

“Happy Birthday dear Mishio.”

ほんの一行のメッセージ。

たったそれだけの。

あの人らしい言葉。

「――相沢さん……」

もう。

足跡は消えて。

ただ。

ひとり佇む私は。

少しだけ微笑んで。

風に揺れる小さな鈴の音を。

いつまでも聴いていたい。

そう。

思った。

――ちりん

『おめでとう、美汐』

風と鈴の音に混じって私の耳に届いた懐かしい声。

無邪気なあの子の声が。

少しだけ嬉しかった。

「――ありがとう、真琴」

あの子の好きだった季節は。

穏やかな。

温かな。

溢れる想いに満ちた季節は。

遠くないのかも知れない。

なぜかは分からない。

でも。

そう。

思った……。

――ちりん……

-了-