日毎に深まる冬を実感させるかのように、木枯らしが吹き抜けて行きます。時間はその歩みを止める事なく、川の水面のようにただ静かに、ゆっくりと、想い出と共に流れて行きます。
この街に生まれ、様々な出逢いと別れを繰り返して来ました。
そんな過ぎ去った季節に想いを馳せる、落ち着いた時間がとてもたいせつに思えます。
雪に染め上げられたこの街の冬は厳しくて。
でもわたしの想い出と共にある冬の記憶は優しくて。
そんな優しい想い出と共に歩いて来れたわたし自身を嬉しく思います。
――想い出は美しいもの――
そう言うひともいるんでしょうね。
それでもわたしのこの季節に対する想いは。
あの子へのわたしの想いのように。
温かなものなんだと。
そう、自信を持って言えます。
師走も終わりに近付いたこの頃。
街を行く若い恋人たち。
幸せそうな笑顔と会話が、自然とわたしの心まで暖かくしてくれます。
本当に幸せそうに。
羨ましくて。
――少しだけ淋しさを感じてしまいます。
昔あのひとと見たこのイルミネーションの光が、目に染みるように思えるのは気のせいでしょうか?
想い出の中のこの街は、少しだけセピア色。
それでも石畳を緩やかに歩いていたわたしたちは笑顔で。
決して色あせる事のない、たいせつな光景は確かにわたしの心の中に残っていると。
そう、思えるようになれたのはいつからだったのでしょう?
心が壊れてしまうような別れがありました。
想いを凍らせてしまうような悲しみがありました。
ずっと一緒に歩いて行けると思っていたあのひととの別れは、本当に唐突に私を襲いました。
夢なら。
そう何度思っても、あのひとのいない部屋の中、ひとりでいるのは辛くて。
家の広さが無性に恐くて、寂しくて。
あのひとがいなくなってしまったと思い知らされる度に悲しくて。
何度零れる涙の作る染みをひとりで眺めていたのでしょうか。
そして。
強くなりたいと思う出逢いがありました。
たったひとつ残されたあのひとの想いがありました。
そう、ちょうどこんな日。
真っ白な雪景色の中で、わたしはあなたの想いを授かることができました。
あなたと、わたしの想いの結晶を。
今でもはっきりと覚えています。
抱き上げたあの子の温もりを。
元気な泣き声をあげるあの子をこの胸に抱きながら流した涙の暖かさを。
笑顔でいよう。
そう思いました。
涙を流すのは最後にしよう。
そう思いました。
たいせつに、たいせつに育てて行こう。
たったふたりだけの家族だけれど。
わたしの想いあるだけを注いで、優しい、強い子に育てよう。
――そう、思いました。
家に。
少しだけ明るさが戻ったような気がしました。
あのひとのいなくなった寂しさも。
あの子の笑顔が癒してくれるようでした。
あの悲しみを。
忘れることは多分、ずっと出来ないでしょうけれど。
今はあの子の笑顔を見て。
前だけを見て。
歩いて行こう
あの子とふたりで。
ふと。
頬に冷たさを感じました。
一瞬の感覚。
そして見上げた灰色の空から……。
――雪が。
真っ白な雪が舞い。
空を塗り潰すように。
白く、白く。
緩やかに。
降り始めていました。
口元から漏れる白い吐息は冬の風に乗って流れ消え、ゆっくりと積もり始めた新雪に真新しい足跡を残しながらわたしは歩きます。
積もりそうですね。
誰にともなく小さく呟いて、立ち止まりもう一度空を見上げます。
見慣れた雪の白さが、今日はいつになく目に染みました。
次第に勢いを増し始め、残した足跡も埋められて。
肩に、髪に白く積もった雪を軽く払って歩き出します。
少し急がないといけませんね。
ちょっとだけ時間が気になります。
あの子たち、お腹を空かせているでしょうし。
あの子たちの笑顔が見れるから、わたしも頑張れるのですし。
――あ……。
声が聞こえます。
あの子たちの声。
楽しそうに話しながら、肩を寄せ合って、傘の花を咲かせて。
「あっ、お母さんっ」
あの子が嬉しそうに駆け寄ります。
あの子の隣の、たいせつなひとと一緒に。
見ていますか?
わたしは幸せです。
だから、心配はしないで下さい。
あの子も元気に笑っていますから。
わたしのように、たいせつなひとに想いを伝えることが出来ましたから。
あなたのように、彼もあの子のことをたいせつに想っていてくれますから。
「遅かったですね、心配しましたよ」
本当に、優しいひとです。
あの子が惹かれたのも分かる気がします。
優しくて、強くて、心安らげる時間を与えてくれるひと。
ずっと、ずっとあの子を支えてあげていてください。
わたしからのたったひとつのお願いです。
幸せにしてあげてください。
柔らかに微笑むあの子の笑顔を守ってあげてください。
お願いします、祐一さん。
「御免なさいね、心配掛けちゃったみたいで」
「ううん、わたしたちも雪が降ってきたからちょっと見に出てきただけだからね」
「名雪のやつが秋子さんのこと心配して大変だったんですよ」
「わっ、祐一、言わないでよ~」
「ほら、秋子さんにも会えたし、そろそろ帰ろうぜ。やっぱりこっちの冬は寒すぎるから」
「ふふふ、それじゃあ帰ったら早速あったかい食事を作らないとですね」
「わたしも手伝うよ~」
「ありがとう、名雪」
「俺も何か……」
「祐一は待ってていいよ」
「――う……。分かった……」
「はいはい。それじゃ行きましょうね」
「うんっ」
聞こえていますか?
幸せそうなあの子たちの言葉。
届いていますか?
あなたの元まで。
きっともう大丈夫。
わたしは大丈夫です。
あの子が笑っていてくれるから。
あの子が幸せでいてくれるから。
だから、安心して下さい。
そして。
これからも。
見守っていてくださいね。
この、雪のように。
静かに。
穏やかに。
この、優しい雪のように。
―了―
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