すきなひと

Kenkunさんより寄稿いただいた、まじかる☆アンティーク SSです。

すきなひと

「ねぇ、今、何してる?」
「骨董品の整理~。スフィーが居なくなってから、大変だから」
「今までスフィーちゃんに頼りっきりだったもんね」
「まぁな」
「……ね」
「ん?」
 一呼吸の間の後、
「私のこと、好き?」
「お、おぃ。急に何を……」
「じゃあ、嫌い?」
「いや」
「じゃあ好きって言って」
「結花……」
「?」
「頭、打ったのか?」
 
 どうでも良くない事なのに、健太郎はいつもそうやってはぐらかす。
 まだ付き合い始めて数ヶ月。照れくさいのかもしれないと最初は思っていた。
 何年も一緒にいたんだもん、そういう感情があるっていうのもわかる。
 でも……。
 二人の関係は、結局はそこにはじまって、そこにたどり着くわけなのに、どうしてすぐにはぐらかすのだろうか。
 結花がそう言おうとする前に、呆れ顔だろう健太郎が電話を切ってしまった。
 結花も思わず受話器を投げてしまう。
 またやっちゃった。かっとなると考えるよりも体の方が先に動いてしまう。
 だけど、健太郎のせいだ。
 そう考えると、悔しくなって心が晴れなくて、鬱々と電話のコードをいじった。
 電話でのやりとり、それは良い面ばかりじゃない。
 伝えたいことをすぐに伝えられる。そのはずなのに、結花の伝えたいことは一つも伝わらない。
 ぽふっ
 顔を枕にこすりつけながら、結花は短い溜息をつく。
 電話機のツーツーという音だけが、耳についた。
 
 カチャッ
 電話を切る音が短く部屋に響く。
 今、この家に居るのは俺だけだ。だから、その音もやけに寂しく感じられる。
「結花のやつ……」
 ふと天井を見上げる。塗装の一部はげた姿がそこにはあった。
 骨董屋らしいといえばそうなのだが、この店も老朽化が進んできている気がする。
 そろそろ改築した方がいいのかも知れない。
 そんなことを考えていると、不意にさっきの結花の言葉が思い出される。
“じゃあ好きって言って”
「まったく、何言ってるんだ、あいつは」
 一人で顔を赤らめながら、健太郎はそうつぶやいた。
 最近、ますます綺麗になっていく結花の笑顔が浮かぶと、それは一層になる。
 普通の人なら、付き合って数ヶ月、こんな初恋の少年のような感情がおこるべきも無いのだろう。
 結花とは男女の関係だってあるし、ほとんど毎日のように顔も合わせている。
 なのに、だ。
 会う度に新しい魅力が見えてくる結花。
 今まで何年も一番近くに居たはずなのに、どうやらここ数年は結花のことをまるで見ていなかったことに気がいた。
 そして、どうやらどうしょうもなく惚れているらしい。
「まいったなぁ……」
 椅子に座ったまま、健太郎はもう一度天井を仰いだ。
 
「結花さん、何か話したそうな顔してる」
「そ、そうですか」
 綺麗な瞳に見つめられて、思わず言葉が詰まってしまう。
 高倉みどりさん、五月雨堂のお得意さま。
 スフィーが居なくなった後、何度か五月雨堂の手伝いをしている結花だが、お得様のみどりさんと度々会ううちに、個人的に仲良くなっていった。
 特にみどりさんの話す骨董の知識は興味深い。
 健太郎に骨董のことを教えて貰うのもしゃくなので、結花はみどりさんとこうやってたまに会っては、骨董の話をしている。
「話したいって言うか、安心したかったんです。みどりさんと話してると、安心するから」
「健太郎さんと、揉めたの?」
 かなり的確な言葉に、また言葉に詰まってしまう。さすがみどりさんだ。
「揉めたっていうか……」
「うん」
「何だか、相手にされていない感じがするんです。私だけが空回りしてるっていうか……。どうしたらいいか、わからなくて」
 少しの間の後、みどりさんは口を開く。
「それはね……ズバリ、健太郎さんが結花さんと距離を置いてみたいって思ったんじゃないかな?」
「え……」
 さすがに絶句。
 健太郎が、私と距離を置きたいって。
「あ、そういう意味じゃなくて……。ほら~泣きそうな顔しないで」
 そう言われてからはっと気がつき目尻を拭う。
 袖には涙のしみが付いてきた。
「結花さんのわがままが、ほんの少しだけ疲れたのかもしれないってこと」
「わがまま……」
 自分の胸元に目線を落としながら、情けない声をあげてしまう。
 あいも変わらず小さな胸が、なんだか今の気分を一層暗くしてくれる。
「結花さんって、普段はちゃんと落ち着いてて、しっかりしてるけど、健太郎さんの前ではすごくわがままじゃないのかな」
「……うん」
「健太郎さんなら、何でも許してくれるっていう安心感もあると思うし」
「そっかぁ……」
 ちょっと考えた後、結花は身を乗り出して反論する。
「でも、私、こうやって気兼ねなくずっと健太郎と付き合ってきたんだから、これからももっとずっとそばに居たいって思って」
 しかし、それ以上は続かない。
 確かに、わがままと言わないまでも、健太郎に甘えて好き勝手やったところがあるかもしれない。
「もし、私が健太郎さんだったら……」
 みどりさんはゆっくりと結花に顔を近づけて続ける。
「少し、距離を置いてみたいと思う。ずっと近くにいて、もっともっと近くにいるようになった二人だから」
「……」
「健太郎さんのこと、好き?」
「好き。健太郎だから、好き」
 即答。
「信じてる?」
「うん」
 これも即答。迷ったりはしない。
「そういう気持ちがあれば、大丈夫だと思うけど」
「じゃあ、私、どうすれば」
「我慢、かな。健太郎さんに対して。今までしたこと、ないでしょ?」
「無い訳じゃ……」
 思い返してみてまた言葉に詰まる。
 そういえば、したことが無いかもしれない。
「でも、具体的にどうしたらいいか」
「だから、いつも一緒にべったりいるのを我慢するとか」
「……うん」
「すぐにハイキックするのを止めるとか」
「……そ、そんなにはしてないけど」
 どもる結花に、みどりさんは微笑みを見せる。
「とにかく、一度離れてみて、相手を見直す事って大切だと思うかな。ずっと一緒にいたから、そういうこと考えたこと無かったと思うけど」
 ずっと一緒だった訳じゃないんだけど、スフィーちゃんが居た頃は。
 その言葉を飲み込みながら、結花は手元にあるコップを見つめ続けた。
 
「はぁ……」
 溜息一つ。
 今日は水曜日、大学の方の授業も無く結花の手伝い日になっている日だ。
 それなのに来ない。
 もう夕方といえる時間も回ってしまい、辺りは夕闇に包まれ始めた。
 健太郎はぼうっとしながらカウンターに一人座っている。
「はぁ……」
 さっきから溜息がたえない。
 いつもある事がそこに無いこの空虚感は押さえようもない。
 昨日の電話が、まずかったのだろうか。
“じゃあ好きって言って”
 また思い出される結花の声。
 その髪、顔、体の造作一つ一つが愛しさをかき立てる。
 そんな彼女が可愛くて、可愛くて仕方ないから、いつまでも慣れることが出来ないのに。
 結花はそんな状況にすぐ慣れてしまったように見える。
“女性の方が状況への順応が早い”
 そんな言葉をどこかのラジオ番組で聞いたことを思い出した。
 多分、今結花の言うとおり好きと言ってしまえば、すべては上手くいくのだろう。
 それなのに、どうしてもそうする気にはなれなかった。
 変な意地と言ってしまえばそれまでなのだけど、それでもこの意地はまだ張っていたいと思う。
 じゃないと、まるで一方的にこっちが好きみたいじゃないか。
 
 眠れない……。
 そっと起き出してカーテンを開ける。
 白い月明かりが一瞬まぶしいくらいに目に飛び込んでくる。
 見事に雲一つない夜空に丸く白い月が架かっている。
 見つめていると不思議な気持ちになる。
 こんなに綺麗な月は、生まれてはじめてかもしれない。
 連絡もなしに五月雨堂の手伝いを休んでしまったこと、健太郎と距離を置くことを決めたこと。
 そんな日に月が綺麗なのも、何かの巡り合わせなのだろうか。
 ふと、健太郎から借りた天球儀が目に付く。
 様々な星が描かれたその天球儀と、空に広がる星空を照らし合わせてみる。
「綺麗……」
 胸のもやもやから出てきそうになる溜息を飲み込みながら、天球儀を見つめる。
 月明かりに照らされた天球儀は不思議な色を放ってそれに答えた。
 その時だった。
 キラン……
 天球儀の一部が強い光を反射して光る。
「え……」
 思わず空を見上げるが、そんな光は何処にもない。
「気のせいかな……」
 次の瞬間、
 キラン……
 今度ははっきりと結花の目に映る。確かに、空に何かが光った。じっと目を凝らしてみていると、すぐに、
 スッ……
 光の尾を引いたかと思うと、その光った“何か”は、街の方へと落ちていった。
「あの方向は……」
 ただの流れ星と言えばそれまでだ。
 だけど、光の走った方向から結花は目を離せなかった。
 
 シャッ
 カーテンを開ける。
 満天の星空がそこにはあった。
「結花……」
 健太郎は口から一番自然に出る名前をつぶやいた。
 つきあってから初めて、結花と言葉を交わさない日。
 それなのに月は今まで見た中で一番美しく輝いている。
 そっけなくした自分に責任があることはわかっているのに、変な意地が電話をかけるのもためらわせた。
 その時、
 キラン……
 空の一部が、明るく輝く。
 見覚えのあるあの輝き。
 静かな夜空の中で、何故か目に付くあの輝き。
「あれは……」
 あの日、運命の出会いの日の時と同じ光だ。
 そう直感で感じる。
 やがてその光は街の方へと降りていった。
 次の瞬間、思うより先に、健太郎は家を飛び出す。
 彼女と初めて会った時の、あの公園へ行くために。
 
 息が苦しい。
 だけど足は止めない。
 あの日、
 結花と一緒に食べたホットケーキが思い出させてくれた、彼女との思い出。
 いつか必ず逢える。
 そう信じていたから、足を止めない。
 小さい頃には、かけっこでも一等賞しか取ったことのない足を全速力でまわす。
 膝が震えても、胸が痛くても走ることが出来る。
 
 そして……
 月明かりに照らされた公園に入る。
 辺りを見回す。
 その時、不意に後ろから声をかけられた。
 ゆっくりと振り向く。
「健太郎……」
 そこには、結花が居た。
「結花」
「健太郎も、あの光る星を見て?」
「……ああ」
「どうしてだろ、呼ばれた気がしたんだ」
 不思議顔の結花を見て、健太郎はあることに気がついた。
 スフィーのやつ……。
 とことんお節介なのは、相変わらずみたいだ。
 そんな言葉を胸の奥に押しやりながら、健太郎は口を開く。
「なぁ、結花」
「あ、今日行けなくて……」
「結花」
 結花の言葉を遮るように健太郎は名前を呼ぶ。さっき決心したはずの変な意地なんて、もうどこかへ行ってしまっていた。
 それに折角のスフィーの後押しを、無駄にするわけにはいかない。
 心を決めた健太郎は、結花を見つめながら、短くつぶやいた。
「好きだ」
「……え」
 それは短い言葉なのに、100の言葉よりも優しく結花に響く。
 響いた途端、結花の決心もたやすく流される。
「好きだから、一緒にいたい」
「……うん、私も」
 自然と二人の体は近づき、気がついたら軽く抱き合っていた。
 一呼吸置いた後、健太郎は結花の耳元でゆっくりと続ける。
「だから」
「……うん」
「俺に、ついてきてくれないか?」
「えっと……」
 しばらくの間、そして、
「どこ行くの?」
 思わず健太郎の頭ががくんと下がる。
 まったく、一大決心で言ったのに、そうくるとは。
「けんたろ?」
 いきなりがっくりした様子の健太郎に、結花は不思議そうに声をかける。
「いや、今の、プロポーズのつもりなんだけど」
「……あちゃ~」
 頭に手を当てて、結花は苦笑いをする。
 そんな結花を見て、さすがの健太郎もそっぽを向いてしまう。
「笑い事じゃないぜ、まったく」
「ふふっ」
 ふてくされた顔をした健太郎に、結花は不意に近づく。
「あ……」
 健太郎が振り向いた瞬間、結花はそのまま唇を重ねた。
 短いキス、だけどその意味は一番大切な物を表している。
「これで帳消しね」
 そう言って見せた結花の笑顔も、今までで一番の笑顔だった。
 
 その時、またきらりと空に光が輝く。
 暖かい光
 まるで、二人を見守るかのように、光はいつまでも輝いていた。
 
-了-

<<あとがき>>

 結花と健太郎のその後のお話です。
 スフィー達と別れて半年のうちに結婚した二人のプロポーズシーンを書きたくて筆をあげたのですが、いかがだったでしょうか。
 近すぎた二人が、一度離れてみようと思うことは、一度はあることだと思うのですが、この二人の場合はどうも上手くいかないみたいですね。
 離れている時間が二人の絆を深める、それは確かにあると思いますが、一緒にいる時間は離れているときよりも何倍も二人の絆を深めてくれると思います。
 一緒にいる時間、大切にしたいですね。
 
 久々のSSです。休筆を公言して半年以上経ちましたが、こうやってここまで読んでくだった皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
 読者の方々の応援があったからこそ、またこうしてSSを書くことが出来ました。
 これからも遅筆&駄文ではありますが、懲りずに応援等よろしくお願いします。
 最後に、SSの元になったゲーム「まじかる☆アンティーク」を開発したLeafにも感謝を込めつつ。