あたしはガユスが好き。愚かで弱くて嘘つきでも、ううん。だからこそあなたが好き。愚かさも弱さも嘘も、あなたの優しさで長所だから。あなたが他の女の人を好きでも、あたしはガユスを愛している。
記憶を失くしたアナピヤの故郷へと向かうガユスたち。最後にたどり着いたのは死の都と化したメトレーヤだった。激化するアナピヤを巡る攻防。彼らを追跡し、アナピヤを狙う咒式士たちに、武装査問官、強大な長命竜・ムブロフスカも加わり、事態は混迷と絶望の色を濃くしてゆく。悲劇は繰り返されるのか、再び訪れるその瞬間を目の前に、ガユスの、アナピヤの選択は……?
[tegaki font=”mincho.ttf”]それは愛という名の呪い[/tegaki]
シリーズ中、最悪のエピソードであるアナピヤ編後編。やっぱりそこに救いは一片たりともありませんでしたとさ。
大賢者・ヨーカーンの言葉は正しくて、この悲劇の物語の舞台に立たされた演者たちは、抗いながらも定められた結末へ向かって、転げ落ちるように突き進んでいくわけで。繰り返される悲劇、それにいつか救いがもたらされるなんて甘っちょろい幻想は、この世界には入り込む隙間などないようですね……。
ということで、スニーカー文庫版でも読者の多くを絶望のどん底にたたき落とした物語、ガガガ文庫版では嫌な意味でパワーアップしておりました。もともと、再読する気がなかなか起きないエピソードではありましたが、これは油断して読んだら再起不能級のトラウマを植え付けられるような危険な作品……っ。帯に書かれた注意書き、甘く見てると痛い目を見ますぜ?
なんというか、優しい物語に夢見たり、愛というものが幸せをもたらしてくれると夢想したり、そんな逃避も許さない嫌な意味での世界のリアルさを突きつけてくるんですよね。壊れた絆は戻らないし、愛が転じた憎しみは時間が忘れさせることなどないと言っているようだし、皆が幸せになるなんて結末はあり得ないと切り捨ててくるし。そんな中でも、生き残ったものはこれからも生きていかなければいけないし、死んだものは誰かの心の中で棘となって刺さり続け、血を流させ続けていくという。
今回、ガユスが失ったもの、命と引き替えにしたもの、それは大切に思っていた誰かの命だったりたくさんの時間を積み重ねてきた結果の愛だったり。築き上げてきた過去という時間の長さとは反対に一瞬にして永遠に失われてしまうもので、かつてはそこで断絶してしまった彼の物語が、ここから果たして、あるいはようやく進み始めることができるのか、ここから先はまったく道の領域へと踏み込むことになるのですね。
変えられなかった結末、けれど、もしかしたらこれから進むことになるかもしれない物語は、以前に用意されていた結末とは変わるのかもしれないという淡い希望。それは、ヨーカーンが告げた言葉通り、愛を捨てることで回避できる悲劇なのかもしれません。けれど、ガユスにとって、それができるかどうかはまだ未知数。愛し合っていて憎しみ合っているガユスとクエロのふたりの物語が果たしてどのような未来の果てにあるのか、今回のエピソードのような悲劇を繰り返さない何かが選択されることを願って止みません。
hReview by ゆーいち , 2009/11/07
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