世界平和は一家団欒のあとに〈10〉リトルワールド

2010年6月16日

stars よう、そんなの寂しすぎるじゃねえか。いくら他人様より少々強かろうが、何も残らないんじゃ虚しすぎるじゃねえか。本当に欲しいものなんて、大切なものなんて、ほんのささやかなものなんだ。大切なもの一つだけ。それを残してくれるなら、今まで通り、多少の雑用はこなしてやるからさ。それぐらいはいいじゃねえか。

妹の危機。悪の大首領との交流。異世界からきたあの人。幼児化した姉。母の家出。神様との対決。祖父の右腕との戦い。宇宙人の少女。
世界の危機も、家族の危機も、いろいろあった一年。そして巡ってきた冬―、柚島が失踪した。一通のメールだけを残して行方がしれなくなった。それと時を同じくして、星弓家の面々は謎の男の襲撃を受ける。そして美智乃は勘づく。柚島の家族の秘密に。
自らにも危機が迫るなか、軋人は本当に大切なものを守れるのか!? 世界と家族の平和をめぐる物語、堂々の完結編。

[tegaki font="crbouquet.ttf" color="BurlyWood" ]守りたいもの、譲れないもの、失いたくないもの[/tegaki]

作中時間で1年、現実時間で3年、星弓家という家族の物語がここで見事な完結を見ました。当初はその設定の奇抜さというか、ある意味ストレートと言えばストレートすぎる、中二病くさい物語のあらすじにどうなんだと思った記憶もありますが、そんな浅慮を良い意味で裏切りまくってくれたすばらしい物語でした。

ことあるごとに世界の危機に巻き込まれる主人公たち。そして、その都度、天秤にかけられる、身近な誰かの心と世界の行く末。本来なら秤に載せることもできないくらいに、スケールの違いすぎる両者を、本作の主人公である軋人をはじめとした星弓家のひとびとは、悩み苦しみ、そして傷ついた果てに選択し続けてきました。その選択で得られた結果が、文字通り結果オーライな結末に結びつくことが多かったものの、けれど、彼らが選択したのは家族と身近なひとたちの幸福であり、そういった「小さな世界」を捨てて、自分たちが生きている「大きな世界」を救うということを想像できないくらいに、みんな自分に正直すぎて、家族が大好きすぎる正義の味方だったんですよね。

そして物語が始まって1年。軋人と柚島さんが出逢い、積み重ねてきた時間も1年。不思議な力が縁で出会ったふたりが、その絆を育んでいくのに、その時間が十分だったのか否か、その答えがようやく出される完結編となりました。いや、ここまでふたりの関係がうやむやになっていたのは、軋人の変なプライドだとか照れだとかが根底にあっただけで、周囲から見れば事実上の恋人同士にしか見えないというのは、何度も何度も外野から囃し立てられていましたけれどね!

そして、今回の事件は、そんなある意味逃げの一手を打っていた軋人にとって、まさに進退窮まった状況に追い込まれるエピソードでしたね。いつも当たり前にいた彼女が隣にいないという状況、同時に起きる星弓家の家族を狙った襲撃事件。そして、これまで秘密にされていた柚島さん家の秘密。1巻から延々と張り巡らされてきた伏線が、ここに来て生きてきたという展開はお見事でしたね。軋人と柚島さんのふたりにとって、1年という時間を家族同然に過ごしたという意味が、お互いにとってどういう意味を持っているのか、それが問われる展開でもありました。

真に悪役になりきれない敵方が出てくる展開は今回も健在。今回のお相手の望みが、かつての軋人と美智乃のエピソードとかぶって、出逢いの季節を再び迎えたことで1巻で語られたテーマを配役を変えてもう1度語ってみたという印象もありますね。

そして、軋人がこの期間、様々な出逢いを経て、変わってきたという、成長の結果が示されたお話だったとも思います。ヘタれヘタれと思われながらも、ようやく自分の言葉で、自分の大切なひとにむけて、想いを伝えることができたあのシーンは不覚にも涙腺が潤みましたね。ようやく報われたというか……。お返しの彼女の言葉じゃない返事もずるいくらいにきれいなもので、普段は言いたい放題の彼女と、言われっぱなしの彼という構図が見事に反転、男を見せた感じの一世一代の告白シーンでしたね。形にしていなかったお互いの想いが本当の意味で通じ合った瞬間、拍手喝采です。

ああ、ほんとうに、一貫して家族の絆の暖かさを描いてきた物語です。軋人たちの普通とはちょっと違う家族の形も、彼らと関わることになったひとびとの心の中に残り続けていた彼らの大切なひとへの想いも、それを無視する形で世界なんて救えない、自分の周りの世界を守らずして何を守るのかという、この作品ならではのヒーロー観、家族観に溢れたお話でしたね。だからこそ、エピローグの短いページ数で、彼らのその後が少しだけ語られているのが本当にもったいない感じ。願わくは短編などでそれぞれのエピソードを見せてほしいです。

10巻にわたって繰り広げられてきた、ちょっと普通じゃない家族の、当たり前にある家族愛のお話。見事な幕引きに感無量です。作者氏の次シリーズも超期待ですね。良いお話をありがとうございました。

hReview by ゆーいち , 2010/06/13

世界平和は一家団欒のあとに〈10〉

世界平和は一家団欒のあとに〈10〉リトルワールド (電撃文庫)
橋本 和也
アスキーメディアワークス 2010-06-10