ウィザーズ・ブレイン〈8〉落日の都〈上〉

stars どうして自分はこんなに弱くなったのだろう。いつから自分は、自分の行動の是非をあの青年に委ねるようになったのだろう。 

北極衛星の事件から半年。世界中から魔法士の亡命を受け入れることでシティに匹敵する戦力を有するに至った賢人会議は、ついにシティ・シンガポールと正式な同盟を締結することになった。
真昼とフェイを中心にして調印式の準備が進み、魔法士たちの暮らす島は活気に包まれる。
だが、その動きに不信感を募らせるシンガポールの反対派議員たちは、秘かに謀略を巡らせていた。
同盟締結を阻止せんと彼らが用意した、意外な『駒』。それが、世界の運命を変えることになる、大事件の引き金だった――。

新章開幕、そして複数巻構成の第1巻なだけあって、今回は役者がシティ・シンガポールにて一堂に会するまでの序盤が描かれたエピソードでしたね。それでも、ラストの展開は、これまでとはまた別の意味で危機感を覚えるような流れでしたが、果たしてどうなることやら。

魔法士の解放をうたい、シティと対立、あるいは協調するという政治的な立場を取り始めた賢人会議。これまでのテロリスト然とした活動とはうってかわって、軍事力による対立ではなく、あくまで政治力によってその理想を成していこうという姿勢が見て取れますね。おかげで、リーダーたるサクラは半ばお飾りと化したりしていますが、彼女があくまで象徴たる立場を受け入れているのは、作中でも彼女が自覚しているように自らの未熟さを悟ったがゆえなのでしょう。これまでは、なまじ実力があり、行動力があったからやってこれた魔法士の解放活動も、もはや一大勢力となった今はそんな個人の感情で動くわけにはいかず、自分以外の多くの命を背負っていかなければならないという、その重みを自覚している彼女は、やはり真昼との出逢いによって、少しずつ変わってきているのでしょう。

人間と魔法士の間にある線引きというのは、これまでもたびたび人間の側、あるいは魔法士の側から投げかけられてきた問いでした。今回も、その問いかけがなされ、また、それに対する答えを得た人物が出たりしてきています。魔法士の中でもとりわけ特殊な立場にある、サクラと、もうひとりの悪魔使いである錬は、まだその答えを出せないでいるような状態ですが、おぼろげながら形取られ始めた何かに、サクラは手が届きそうな状況ですね。単純に人間と自分たちを相容れない存在として区別するのではなく、もしかしたら共存していく道もあるのではないかと思わせる言動が見られるようになったのもまた、彼女の成長の証であるように思います。あるいはそれを彼女は弱さと言うのかもしれませんが。

弱さを知って、そしてそれを強さに変えることができた彼女の見せ場は終盤。真昼なしで立ち回るなんていつ以来だろうと思うような窮地ではありますが、凛々しくリーダーとして行動する彼女の姿こそ、真昼が彼女に託そうとした役割なんでしょうか。期せずしてそんな場面が訪れてしまいましたが、何もかもを手のひらの上で転がすように策を巡らせていた真昼でも、この展開は予想外だったろうなあ。いや、読者の側からすると、彼の役所って、こういう感じなんじゃないかと納得させられる所ではあります。ことあるごとにぶつかっていたサクラと真昼の間の絆も感じられたりして、決して楽観できる状況ではないものの、ふたりの様子を見ているとどこかほっとする自分がいたりしました。

けれど、人間と魔法士の対立を煽る構造はまだまだ健在。舞台の裏側で暗躍する存在は、この物語の始まりからの因縁を思わせるものがありますね。久々に物語の中心に来そうな祐一の活躍などもこれから描かれそうだし、錬やフィアもそこに絡んできたりするのかな。次の巻が待ち遠しいですよ。

hReview by ゆーいち , 2010/06/21

ウィザーズ・ブレイン〈8〉落日の都〈上〉

ウィザーズ・ブレイン〈8〉落日の都〈上〉 (電撃文庫)
三枝 零一
アスキーメディアワークス 2010-05-10