C3‐シーキューブ〈10〉

stars 言ってやろう……貴様のやり方は間違っておる。それだけはわかる。貴様は卑怯で卑劣だ。恋というのはきっと、想いを、ただ純粋で尊い想いを真摯にぶつけて、敗北の傷も覚悟して、それでも真正面からぶつかっていく――自分の全存在を賭けた戦いのようなものだろう。貴様は卑怯にも、その戦いを放棄して醜悪な呪いの道具の力に縋った。お前は戦おうとすらしていなかったのだ。最初から戦うことを諦めている恋心ほど――見苦しいものはないな!

ン・イゾイーが転校してきたのも束の間、世間はバレンタインの季節に。渦奈にあれこれ扇られたフィアをはじめ、おのおの願望まる出しなチョコお渡しシチュエーションの妄想をふくらませるが!?
そんな折、研究室長国の日村素直が教師として学校に復帰してくる。しかも、彼は思わぬ人物を伴っていて──。
さらには一同の前に蒐集戦線騎士領の騎士が立ちはだかる。「実にグッデスト!」とか変な言い回しを操る彼女は、しかし《最強》の呼び声もある強敵だった!
バレンタインも大変な第10巻!

恋もバトルも激化の第10巻。ついに二桁巻に突入ですよぱちぱち!

すっかりその存在を忘れていたキャラが再登場したり、内容的にはこれまでの割とほのぼのとしていた空気を一気に吹き飛ばすくらいに黒さが満ちていて、久々にこのテイストを多能できたような気がしますね。いやー、なんか不意打ち気味に重い話がきたので、こちらのガードがやや緩まっていたのかな。ゾクゾクさせられましたぞ。

バレンタインを目前に控え、高揚した雰囲気の漂う校内。フィアたち、春亮の周囲の女の子も、その日に向けて全身全霊を込めたチョコレートを作るべくあれこれ動き始めているけれど……。っと、その妄想はいろいろな意味で危険ですよー!? フィアにしろ錐霞にしろ、春亮にしろ、脳内ピンク色に染まりすぎです。カラー口絵も大変すばらしい眼福絵。しかし、これは人前では開けないページッ! むやみやたらにファンサービス過剰なシーンだなあと思っていた、いろいろな意味でだまされましたよ!?

そして、錐霞にとっても因縁深い研究室長国におけるパートナー的立場だった日村素直の復帰から物語は一気に不穏な空気へ。頑なに日村の言動に拒絶反応を示す錐霞の中で思い出されるのは、彼女が日村と出会った頃の記憶。あの頃を思い出させるかのような、まっとうな人格を見せている彼と、錐霞に向けた狂おしいくらいの異常な執着のギャップは読んでいるこちらまで違和感を覚えるほど。けれど、回想シーンでの幼かった錐霞と、日村の出会いは本当に何気ないことで、そこから少しずつ積み上げていったお互いの信頼がどうして一気に崩れてしまったのか、そこへ至る過程が、まさに日村という人物の本質からきたものだということが分かる、確信ともいえるシーンでは、逆に錐霞の気持ちが痛いくらいに分かってしまうというこの構成はお見事だなあ。

危機的状況に置かれている現在の不安が、その忌まわしい記憶を呼び起こしてくるかのような展開。それは錐霞だけでなく、自らの呪わしい身体を嫌っているフィアも、このはも同じで、だからこそ、その痛々しい回想が繰り返し繰り返し描かれることも不自然でないと思っていたんですけれどねえ。見事にしてやられました。

《最強》と呼ばれる蒐集戦線騎士領の騎士・エルシーとの戦いもまた、厳しいものではあったけれども、そんな強さを誇る彼女ですら、ただただ道具として使い捨てられてしまったという悲惨な展開。たったひとりの心を自分のものとするために、数多の心を、命を犠牲にしてそれを顧みることもしない、しようとも思わない、その壊れた心性こそが、今回のエピソードにおいて、もっとも恐ろしかったですね。それは、その狂気から離れていこうとするフィアたちと、そこへと踏み込んでいこうとする者との対比でもあり、恋というものへの価値観の違いの提示でもありました。

フィアが傲然ともいえる態度でたたきつけた言葉は、彼女がこれまで人間として積み上げてきた想いから得た答えであり、戦うことから逃げないという宣言は、傷つくことを恐れないという決意でもあります。血を流す戦いだけでなく、恋という戦い――選ばれるのが一人だけなのだとすれば確実に勝者と敗者が生まれてしまう――においても、彼女は自分は逃げないと宣言します。彼女が憧れ続ける人間というものの美しさと尊さを、そういうところに見いだすあたりは、殺すための道具として醜いものを見続けてきた彼女だからこその視点なのかもしれませんね。

結局、その言葉が届くことはなかったけれど、別の人物の心には、深く深く届いたようで……。

春亮を想いながらも、一歩引いて、自分の恋を成就させることを望もうとしなかった錐霞。けれど、彼女は、今回の事件を通して、自分から逃げることを、ようやく止めます。そう、始めてみればなんてことはない、今までの自分を「馬鹿げてる」と一笑に付してしまうくらいにあっさりと、彼女も戦いの舞台へと上がっていくのです。《最強》よりもずっと手強い少女たちと同じ戦場で、相手を倒すのではなく、自分の想いを届けるために。これまでの臆病だった彼女とは一味違った告白を、春亮はどう受け取ったのか。鈍感すぎる彼を落とすのは誰であろうと困難な道のりでしょうけれど、前向きに笑う彼女たちの未来に不幸なんてないと、そう思いたいですね。

hReview by ゆーいち , 2010/09/11

C3‐シーキューブ〈10〉

C3‐シーキューブ〈10〉 (電撃文庫)
水瀬 葉月 , さそりがため
アスキーメディアワークス 2010-09-10