断章のグリム〈13〉 しあわせな王子・下

stars ……じゃあ、逃げられないよ。俺が彼女のためにやったことを――その思いを――一時の気の迷いになんかに、できない。できるわけない。

きっと、浅井は自殺したんだとおもう。
私は呪い殺されるなんてやだ。
ぜったい耐えられない。
だから死ぬことにする。さよなら。
 
病院で首を吊って死んでいた少女が残した手紙。そこには、自分たちがいじめていた浅井安奈からの復讐が匂わされていた。いまだ解明できていない謎の死を遂げた安奈と、生き返りの彼女を連れて逃亡を続ける多代亮介。被害はさらにクラスメイトたちへと広がっていく――。
一方、満身創痍の蒼衣とさらに可南子に対しての不信感が募る雪乃は、安奈たちを追うべくクラスメイトに接触を図るのだが、彼らよりも早く可南子が動き始めていて――。

あああ……やるせない。もう、この物語でまともに救われるラストを期待することは無理なんだと理解していても、毎度毎度、報われない、救われない、救えないといった結末は堪えるものがありますね。

当初の予想通り、今回の物語「しあわせな王子」の見立てに対して犠牲となったのは、すでに支社と化してしまった安奈と、彼女をそれでも助けようと一緒に無謀な逃避行を繰り広げる亮介。そして、こちらはそうなるとは思っていなかった、葬儀屋と可南子のふたり。どちらも相手への深すぎる愛が業となって、それが悪夢を、泡禍を呼び起こしたという意味では過去と現在で似通った二人同士だったのかもしれません。壊れてしまった安奈と可南子が相手のためにその身を捧げる、その方法が対極の形であり、そんな彼女たちを思う亮介と葬儀屋が成したことも対になっているように感じられたのもあながち間違いではなかったように感じます。

そして、平時は常人ぽく振る舞っている騎士たちとて、彼らの人格の根本が、泡禍に関わってしまった段階で完膚無きまでに破壊されてしまっていることを思い知らされる話でもありました。雪乃さんをはじめとして、これまで登場した騎士たちは多かれ少なかれそんな危うさを漂わせていましたが、このエピソードに入って一気に不安定感が増した蒼衣は、これまでの日常への執着がそのまま反転したかのように、ついに、あるいはようやく、激烈なまでの異常を見せつけてくれました。断章を抱える誰もが起こしうる暴発の危険性、理解した対象を消し去ってしまう彼の持つ〈目覚めのアリス〉の脅威が、無差別に発動したことによって起こされた悲劇。いや、もしかしたら、蒼衣があのとき自分の内に芽生えさせてしまった感情は、表だっては描かれていないけれど文字通り何もかも消し去ってしまいたいと願うくらいに、これまでの彼からは考えられないほどのどす黒い色をしていたのかもしれませんね。これまで、他者を傷つけるくらいなら、自分が傷つくことを選択するくらいの優しさを持っていた蒼衣が、意図しなかったとはいえ、ついに騎士としての最後の一線を越え、手を汚してしまったこと。このことが、彼が自らの居場所と定めていた日常からの決定的な別離を意味しているように思えてなりませんね。

エピローグ、淡々と語られていく、蒼衣の夏休みの日々。静かに、変わらないように思えていても、どうしようもなく変わってしまっていることを、彼自身、認めたくないかのような描写。蒼衣の中に深く根を下ろしてしまった過去と悪夢は、これから彼をどう変えていくのでしょう。物語の終局がいよいよ近づいてくる様子。もはやこの物語に一片の救いさえ与えられるとは思えないくらい、破滅の音が聞こえつつありますが、どんな形で彼らの話に結末を与えようというのでしょうか?

……しかし、今回はグロ描写が絶好調過ぎて思いっきり引きましたね。こんなとんでもないシーンを文章で書かれても、しっかりと脳内で映像化しようとしてしまう自分が恨めしい。いや、もう、ラストの病院での阿鼻叫喚の図は、スプラッタだとかパニックだとかそんなレベルをすっ飛ばして、ほんと、頭がおかしくなるんじゃないかってくらいの狂気の沙汰ですよ。ああ、いやだいやだ。そして、何がもっといやかって、そんな地獄に落とされてしまった人たちが、深く追求もされぬまま、よくある事故として処理されてしまう社会の構図だったりと。ほんと、救われない世の中だなあ……。

hReview by ゆーいち , 2010/11/15

断章のグリム 13

断章のグリム 13 (電撃文庫 こ 6-27)
甲田 学人 , 三日月 かける
アスキー・メディアワークス 2010-10