円環少女〈13〉 荒れ野の楽園

stars わたし、魔法使いになってから、ずっと思ってたんですよ。神サマってひとを、ぶん殴ってやりたいって。

魔法使いが公然となった日常、世界の混乱は収まらない。天盟大系の戦闘旅団ウォーバンドと電車に乗り合わせてしまった寒川紀子は誘拐され、奪還のために旅団を追う仁とメイゼルを、未来の再演大系からの刺客が狙う!! そして舞花と聖騎士将軍アンゼロッタの宿願《世界法則の固定》のため、聖騎士が、超高位魔導師たちが動き出す!! 世界の結末に《最後の魔法使い》きずなが出した答えとは!? 灼熱のウィザーズバトル、永遠の円環を結ぶ最終章。

読了からずいぶんと時間がかかってしまいましたが、その間にも何度となく再読した一冊です。もはや、言うこともないくらいに素晴らしい内容ではありましたが、まぁ、自分の中でも感想は書いておかないと区切りが付かないわけで、今さらながらに書いてみます。

とはいえ、円環少女のシリーズ中でも最大のページ数を費やした最終刊、これでも長谷せんせの言うところでは語り尽くせてない部分がまだまだあるということで、改めて、このシリーズの設定の奥深さに驚愕させられるところではありますが、それはまた別の話。最終刊らしい盛り上がりで徹頭徹尾、どのページたりとも見逃せない熱い展開がひたすら続きます。

個人的には、これまで何となく理解し切れていなかった「再演世界のしあわせのかたち」というものが、物語の舞台からはるか未来で実現している描写を経ることで、ようやく合点がいったというところ。なるほど、個人の幸不幸なんていう、定量化できないものではなくて、単純に人口をひたすら増やすというただその一点のみで幸福度を測るという世界。人類という総体から見た場合には、種の繁栄という点においてこれ以上ない模範解答ではありますが、しかし、逆にそこで生きる個々人の心が果たして救われるかどうかという部分に疑念が残ります。それは、例えば主人公である仁たちが、前巻から感じてきた疑問であり、そのために誰かを使い捨てて良いという再演世界に対する怒りであり、そして、しあわせになりたいという、単純だけれど一途なきずなたちの祈りからも痛いほどに感じることができます。

ああ、本当に、世界は簡単ではありません。再演世界が目指す未来は、個人の視点からは納得できない部分はあれども、それが間違っているとは思えないし、けれど「今、生きている」仁たちからすれば、はるか未来から責任を押しつけられて、生き方を決められるということに我慢ならないということも理解できます。作中で語られているように、再演魔法が、心を操る魔法であったならこんな葛藤さえ飲み込んでしまうのでしょうけれど、それならこんな物語は生まれませんよね……。人の願いの形が、矛盾したかのような4つのカオティックファクターとして現れた《地獄》において、救いがないと見限った舞花と、それでもここは地獄じゃないと信じ続けた仁。ふたりの家族の、決定的に別たれてしまった道は、結局一回目の死別から、再び交わることはありませんでした。その根底にあるのが、二人の両親に関わる確執だったりなんだりがあるのは確実なんですが、それが語られなかったのは残念でしたね。作外でいろいろと解説されて想像で補完できる部分はありますが、誰よりも近かった肉親のはずの二人が、こんな形で戦う未来しか用意できなかった世界というのは、やはりままならないものなのでしょうか。最後の舞台での決戦は、言葉さえ満足に交わすこともなく、望まぬまま殺し合うことしかできないという残酷な展開で、この場面ばかりは戦いの苛烈さより、切なさが勝った感じでしたね。ラストバトルのはずなのに……。

まぁ、熱い展開の絶頂は、その前段階として、きずなが繰り出した《運命の化身》のシーンに集約されていると思えますが。あらゆる可能性を生んで殺して、生き抜く覚悟を決めたきずなだからこそ使える、唯一無二の大魔術。魔法使いをして奇蹟といわしめんばかりの途方もない展開に、読んでいる方はテンションが上がるやら胸が熱くなるやら……。これまで積み重ねてきた物語の厚みが、すべて意味を持ってここに結集するという必然性に裏打ちされたぐうの音も出ない展開。単なる奇蹟ではなく、これが悲壮な覚悟の見返りとして、きずなたちに与えられたほんの一時の夢。あらゆる世界から、奇妙な縁で結ばれた人たちが結集する展開に燃えないわけがありませんね。イリーズの規格外の戦闘力も、グレンの再登場とケイツへの思いも、その他サブキャラ的な位置づけにしか過ぎなかった、セラやユリアにも救いが用意されていたりと、これだけの大量な登場人物がひしめく中で、まとまりを見せてくれる流れもお見事です。まさかの天盟大系とインマラホテプの再登場には驚愕でしたが。やはり魔法使いの9割以上は変態なんだと、このシリアス一直線な物語の中で再確認させてくれる変態たちの存在感もまたこの作品の魅力ですよね。

と、サブキャラたちの荒ぶる活躍に感動しつつも、円環少女という物語が、仁とメイゼル、きずなの選択によって生まれた物語であることを思うと、最終巻でなされるそれぞれの選択の重みがこの上なくのしかかってきますね。生還の見込みのまったくない《増幅器》との決戦へと挑む仁、仁と離ればなれになることを受け入れつつも決して諦めないメイゼル、そして何よりも《最後の魔法使い》として果てしない生と戦いを選択したきずな。未来との戦いのために取り得るたったひとつの方法を、この上ない苦悩の先に選択した三者。皆が変わらず、しあわせを得ることができないというこの作品からの答えのような、それぞれのラストシーンは、まさにその生き様の集大成でもあるのでしょうね。

結局、きずなは自身が甘く望んでいたような卑近な幸福を得ることはできなかったけれど、気の遠くなるような、正気ではいられないような終わりない戦いを戦い抜いてなお、仁に対してああ言えたというのなら、結果として彼女も、報われた部分はあったのでしょうかね。それが目に見える形で、例えば本巻のカラー口絵のような形で実現しなかったのはとても残念ではありますが、そのあり得たかも知れない未来を犠牲にしてまでもたどり着きたかった物語のラストページが、ああだというのは、当人たちが折り合いを付けた結果だということなんでしょうか。

荒れ野の楽園。サブタイトルにもなっているこの言葉が印象深いですね。荒れ野と楽園という両立しない語句によって形容される世界の在り様というのは、やはりどこまでも荒涼とした寂しいものですね。誰も幸も不幸も感じない世界が楽園というのか、あるいは、変わらない永遠がそこにあるから楽園なのか、あるいは戦い生きていかなければならない変わってしまった世界を荒れ野と取るのか楽園と感じるのか、まさにそこに息づく命こそが答えをえるとだと、そんな風に思えてきます。長谷せんせの書く他の物語でもそうですが、楽園という言葉に込められた意味は、文字通りでなく、いろいろな形で受け止めることができる言葉なんだろうなと感じますね。

そして、円環少女という物語の果てで、終わるはずだった仁の物語が再び回転を始めるラストシーン。仁とメイゼルの間に横たわる時間を思い、けれども変わらなかった二人の想いを思い。落とし所としてはこれ以外には考えられなくなる位のすてきなシーン。全13巻のボリュームを踏破してたどり着いた最後のページが、こうであったということに万感の思いです。

足かけ5年以上に渡って楽しませてもらった物語の完結は、本当に残念。けれど、それ以上に素晴らしい物語をありがとう。この物語に出会えて、私はしあわせでした。

hReview by ゆーいち , 2011/08/28

円環少女 (13) 荒れ野の楽園

円環少女 (13) 荒れ野の楽園(角川スニーカー文庫)
長谷 敏司 , 深遊
角川書店(角川グループパブリッシング) 2011-03-01