これまでの高揚は久しぶりだった。そう。自分はようやく、浮上するのだ――遂に、竟に、終に。
瑩国公式第一王女マーガレットの婚約者である悳国王子ディードが、外交のため来訪することとなった。
悳国が製造した『グラフの数珠』とそれによって起きた事件の数々により、二国間は緊張状態にある。その関係改善を目論んでの来訪とはいえ、この機に乗じて何かを企てる輩が出てくることは必然だった。王子の暗殺計画すらもが囁かれる中、瑩国王家は『レキュリィの宴』に協力を仰いだ厳戒態勢で挑む。
フォグとアルトは、王子を歓迎するため開催される夜会の警護役として任命されることになったが……。
策謀と毒気が渦巻く都市・匍都で繰り広げられる薄闇の幻想物語、第三幕!
[tegaki]敗北の味は涙の味[/tegaki]
目的のために本格的に動き出すユヴィオール。彼の真の目的は、悳国王子暗殺を隠れ蓑にして実は、という展開。
長い雌伏の末に万全の態勢を整え動き出すことを決意したユヴィオールの心情が危険きわまりなく描かれていますね。思想の信条も好意も悪意も関係なく、向かう方向が同じならば手を取れという思考。それは、他人に依存する戦い方ではなく、自分さえも道具としてその生き死ににも頓着しないような自爆上等なものに見えますが、彼の場合はそこにさらに生き汚さが加わっているように思えます。そもそも、彼が他の要素よりもフォグとアルトを優先すること自体に彼の感情が反映してるように見えますね。それが、いまだに正体不明か彼の本質と繋がりがあるのかどうか――キリエが問うたように四人目なのかどうかも含めて――語られていませんが、その執着はキリエのそれとはまた種類が異なるように感じられますね。予想外の逆転を見せられて恐怖に支配されるという、単に狂気に突き動かされているだけでない、明確な目的と意志をもち、かつ微妙に人間くさいところも残している悪役。びびりが入ったりしてどこか二流な感じがしますけれど、そんな彼がどうしてここまで破滅的な行動を取ってるのかの理由とかも知りたいところです。
一方のフォグとアルトはだんだんと劣勢に追い込まれて行ってる雰囲気。やはり手の内を明かしていると対策は立てられてしまいますね。どれだけ強くてもつけいる隙はあるわけで。前巻でも戦う執事・カルブルックにいいようにあしらわれたフォグですが、今回は彼にとって唯一ともいえる大切な存在・アルトを致命的な危機にさらすという失態を演じてしまいます。その屈辱をバネに、成長するというのが筋ではありますが、その余地がどれくらいあるのかというのがなかなか見えてこないのが不安なところですね。フォグ自身の強さよりも、彼にはアルトというパートナーがいるのだから、守るだけでなく、ともに強くなるという選択が果たしてあるのかどうか。過保護すぎるフォグの態度は自分にばかり責任を押しつけてるようで、アルトの方もフォグの声に従うだけでなく、自分で考え戦うことを選ぶという心の強さが求められてくるのかも。その点では、彼女が妹であるマーガレットを、自分の意志で守ろうと動いたシーンは、彼女が変わり始めている象徴として感じられますね。今まで自分とフォグ、イオさん以外は名も知らない敵と敵じゃない人間としか認識してなかったような彼女が、友人や肉親という概念を知識ではなく実感として理解し始めているのかもしれませんね。まぁ、それが幸福に簡単に繋がるとは思えない不安も、この作品世界にはあるのですが……。
終盤の「彼女」の出現で、いまだ解明されきっていない煉禁術と煉獄の恐ろしさの一端が解放されたような気がします。術で編み出された存在でなく、喚び出されるもの。それが意味するところは何なんでしょうね。フォグとアルトの奥の手というには、危険すぎるしろもの。その秘密もまた、いずれ語れる時がくるのでしょうか。
新たな『魔剣』の誕生を予感させながらの引き。どうにも敵にばかり有利な要素が揃っていて守る側は不利になる一方ですね。次巻もまた、容赦ない展開が続きそうです。
hReview by ゆーいち , 2012/01/20
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