C3‐シーキューブ‐〈15〉

stars この私には、腕がない。指もない。一人では何もできない私は、さらに何もできなくなるために――お前の力を、お前の意志を、必要とする。……だから。お前の誕生日プレゼントを、私にくれ。お前の意志で、私を、埋めてくれ。

このはを辛くも奪還した春亮たち。安堵に浸るのも束の間、春亮の父・崩夏が帰還する。……なぜか若い美女の姿となって。多くを語ろうとしない崩夏に春亮は不信感を露わにするが?
一方、春亮の誕生日が間近に迫りフィアたち女子陣は浮足立つ。そしてテスト期間明けも重なった誕生日当日、一行は崩夏の提案で海へ行くことに。海水浴を楽しんだり、プレゼントを渡すタイミングを図ったりしているフィアたちだったが、そんな彼らの前に船に乗って現れたのは――竜島/竜頭師団ドラコニアンズの師団長だった!
クライマックス直前の第15弾!

         ,. -‐""'""¨¨¨ヽ
         (.___,,,… -ァァフ|          あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|       『親父が帰ってきたかと思ったら
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ           母親になっていた』
        |リ u’ }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ’eラ , タ人     な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
     /’   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ     おれも断じて理解したくなんてねえ…     ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉      |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ        頭がどうにかなりそうだった…     // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ    /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \    女装だとか性転換だとか    / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ    そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ   ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  } _/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ  もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…            春亮

最初から最後まで、クライマックス直前というだけあってたたみかけるような怒濤の展開。恋もバトルも最高潮。いやぁ、盛り上がってまいりました。まぁ、冒頭はまさにポルナレフな展開ではあるのですが。

ついに登場した春亮の父親・崩夏。なぜか女の姿ということでわけがわからないよ、な流れも彼女? のはぐらかしのまま物語は進行。ああ、こういう性格の父親なら春亮が苦手に思い敬遠するのもしょうがないなあという感じ。年相応の渋さとか縁遠いどうにも面倒くさそうな性格ですもんねえ。父親の威厳とかそういうのとは無縁そうな性格ですが、そこはそれ、彼の行動すべてにはいちおうの理屈もあるというフォローはされてるんですよね。崩夏の方からしてみれば、まさに親の心子知らずで、また逆に春亮からしてみればこの心親知らずというちょっとしたすれ違いも潜んでいて。夜知家という奇妙な家の本当の意味での家族の絆は、たぶんまだ語られ尽くしてないんだろうなあと。春亮の側にしてみても、崩夏の行動の理由を知っても、彼がこれまで息子である自分と過ごす時間を満足いくだけ与えることができなかった過去は変わらないわけで。すでに様々な経験をして大人になりつつある春亮が、父の行動をどう思いどう自分の血肉とするのか、答えが出るのもまた未来のことなんでしょう。けれども、こんがらがっていた父子の関係もここまでくれば悪化することはなさそうなのかなあ。すでに父親ですと紹介できないような身体になってしまった崩夏との関係は、また別の意味でややこしいことになりそうですが、シリアスさよりもホームコメディの色が出てくる少しは明るい関係へと変わっていくのではないかと楽観したくなりますね。

まぁ、それはそれとして、前巻までの事件を経て決定的に変わってしまった春亮と、彼を想うヒロインたちの恋模様の方がよほど熾烈でしょうね。いろいろ吹っ切って自分を抑える必要のなくなったこのはの猛プッシュにはじまり、いんちょーさん――錐霞の乙女そのものの切ない言葉。フィアも触発されて自分の気持ちをようやく彼に伝えることが……と15巻かけてゴールの形が示されたといって良いんでしょうね。そこに至るまでの事なかれな春亮の言動は「空気読め!」とか「いくじなし!」とか罵りたくなるくらいの鈍感さで真摯な少女の心を打ちのめしたりもするんですが、彼は前巻でもそうだったけど最前線に立たされてさらにどうしようもないところまで追い込まれないと火の付かない煮え切らない朴念仁なんだなあと、ヒロインたちに同情したくなってしまいます。

それでも今回の事件で、錐霞がさらわれ、危機的な状況になるにつけ、彼が見せた機転、選択、決意は物語の決定的な転機といっても良いのでしょう。様々な勢力の脅威にさらされる春亮と愉快な仲間たちではなく、自分たちの在り方を規定し、ひとつにまとまり、敵対をすることがあったとしても、可能な限り和を求める。禍具を巡る様々な思惑のどれとも交わらない、けれどいずれとも手を取り合う可能性を諦めない、そんな勢力となることを決める。都合が良いとも思えるような理念ですが、それこそが夜知家が夜知家であるという意味そのものなんでしょうね。だからこそ、己の呪いを解くための駆け込み寺となり、あまたの禍具が集まりけれど殺伐とすることなく穏やかな時間を過ごす、その在り様とは正反対の幸せを得ることのできる場たり得たんでしょう。

けれど、それに対して致命的な策謀が巡らされる本編。夜知家が夜知家であることを否定するための《騎士領》の本気。もしかしたら《研究室長国》も同じような思惑をもって動き出すのか? 《竜島/竜頭師団》のトップが登場し、彼とのバトルがメインとなると思いきや、そんな単純な展開にとどまらず夜知家の何もかもを奪いにかかるのかと思えるほどの各勢力の揃い踏みですよ。ただでさえ苛烈な争いが予感されるというのに、戦うための力を手放すことをのぞむフィアは……。

いや、フィアの願いは叶わないことはないんでしょう。というより、ほぼ今巻の終盤で想いを遂げたといっても良いんでしょう。春亮とともに生きることがどれだけ尊いことか幸いなことかを理解し、弱くなることで他者の強さを頼ることを覚えた。それは、呪わしい身を持つ彼女にとって望みに望んでようやく手が届いた幸福なんですよね。でも、それは儚い夢のように吹き散らされてしまう。愛しい彼を救うための力は失われ、忌避し続けた呪いの力を解放し我を失い、その果てに得たものは、傷付き損なわれた春亮の姿。その場面で何があったのか、詳細は果てしなく気になりますが、その呪いが彼女そのものの根幹に在るのだとすればどうやって折り合いを付けていくのか、フィアにとっての最後の試練は、敵との戦いだけでなく内なる自分との戦いでもあるのですね。

失われようとしている安息の地。そこを守るための戦いはきっと四つどもえで済むかどうかもわからないほどの死闘になる予感さえしますね。本当にあと1冊で片が付くのか不安でもありますが、それこそ倍のページでも上下巻分冊でも私は一向に構いませんので、この物語に綺麗なラストシーンをプレゼントしてほしいなと思います。

あ、今回は割と挿絵がやばげな感じ(性的な意味で)なので電車とかで読む人注意ですね。いろいろ失いますよ?

hReview by ゆーいち , 2012/10/15

C3-シーキューブ-XV

C3-シーキューブ-XV (電撃文庫)
水瀬葉月 さそりがため
アスキー・メディアワークス 2012-10-10