桐乃、この世にはな、仕方ないで済ませていいことなんか、本当は一個だってねえんだよ。
「あの頃のあたし――お、お兄ちゃんっ子だったの」
引っ越し祝いパーティの場で交わされた“約束”を果たすため、田村家を訪れた俺と桐乃。話し合いは、やがてそれぞれの過去話になっていって……。
「仕方ないことなんかなぁ、この世に一個だってねーんだよ!」「学校に行ったら負けだと思っている」「その謎のペットボトルは…まさか…おまえ禁断の行為を……!」「『凄いお兄ちゃん』なんて、最初からいなかったんだよ」「そんなことで、お兄ちゃんを嫌いになるわけないじゃん」
「だから。あたしは、あんたのことが嫌いになったんだよ」
兄妹冷戦の真相が、ついに明かされる。重要エピソード満載の第11弾!!
[tegaki font=”crbouquet.ttf” size=”24″ color=”orangered”]あたしの兄貴がこんなに格好悪いわけがない[/tegaki]
あやせの告白の行方はーーー!? といきなり始まる桐乃・麻奈実対談に戸惑いつつも、その内容はやはり物語の核心。兄妹冷戦の真相と、ふたりの間にわだかまっていたすれ違いの原因が語られる過去の回想のお話でした。
で、予想を通り越して重い。重い、重い。昔の京介がどれだけ熱血だったのか、無理や無茶を押しのけるくらいに勢いのある生き方をしていたのか。そして、そんな物語の主人公だと思い込んでいた京介が、自分がどれだけ普通なのかを思い知らされる物語でした。こうしてみると、大なり小なり男の子なら誰もが通る万能感を得て突き進んでいた先に突然突き付けられる無力感による挫折の物語なんですよね。そういう意味では、これはきっとどこにもで転がっているストーリー。けれど、彼にとって幸運なのか不幸なのかは別として、そんな彼のそばに居たのが「お兄ちゃん大好き!」な妹と、だれよりもずっと近くで見守っていた幼なじみだったということ。
京介のあずかり知らぬところで勃発していた妹と幼なじみの確執。おばあちゃんだなどと揶揄されている麻奈実の性格・性質が、過去の時点でも同じものだったとすれば、当時の京介や桐乃にくらべてずっと大人びていたせいで与えることができたアドバイスが、彼らを打ちのめしてしまっても無理もないことなのかも。けれど、のほほんとした空気を纏いながらも辛辣な物言いを避けようとしない麻奈実の忠告は、あのときから今このときまでずっと京介や桐乃の心にくさびとなって突き刺さっていたのだと容易に想像ができますね。
超人でなくてもいい、ヒーローなんかにあなたはなれない、そんな容赦ない言葉を麻奈実は京介に贈り、京介はその言葉に呪われたかのように無気力な駄目兄貴に成り下がってしまいます。でも、想像できることがあります。「だけど、あなたはわたしだけのヒーローです」 そんなふうに麻奈実が思っていなかったとは思えない。彼のがんばりを誰よりも近くで見て案じて、取り返しの付かなくなったときでさえ自分の前でだけ涙を見せてくれた彼。彼を支えてあげられるのは自分だけだと、彼女が他者に指摘した自分だけが特別だという間違いを、彼女がそのときにしてしまったことを否定することもまたできないように思います。一歩も二歩も大人な考えを持っていて、きっと善意のみから発せられた言葉のはずなのに、それはなんて残酷な言葉だったんでしょうね。
そして、麻奈実の容赦のなさというのは桐乃に対してこそ、存分に発揮されていたのかもしれません。もともと眼中になかった。京介を巡る戦いにおいて、妹であるあなたが勝負の舞台に上がるそのこと自体が間違いだという態度を決して変えない幼なじみ。きょうだいの関係に口を出すな、好きという気持ちを他人が否定するな、そんな反感を妹が抱いてもおかしくないし、そもそも、桐乃が抱いていた兄への憧れを徹底的に破壊してくれた元凶でもある彼女が、自分のことなど歯牙にもかけていなかったことを思い知らされたときの悔しさはどれほどのことか。まともに喧嘩さえできていなかった桐乃と麻奈実がようやく対峙して真正面からぶつかり合うことができるようになるまでの時間が3年。ずいぶん遠回りしたふたりですが、ここからがようやく本当の勝負のはじまりだとでも言わんばかりのアグレッシブな初戦でしたね。
うーん、こうしてみると、京介の周りに集まった女の子たちを雑魚を見るかのような視点で話す幼なじみな麻奈実さんは以前言われていたかのように、まさにラスボスだったわけですね。幼なじみというポジションは強いですよ。誰かとつきあい始めたとしても、一緒に過ごした時間の長さで彼女が勝てるわけでもなく、物理的な近さも相まって、いつでも寝取ろうと思えば寝取ることができるというアドバンテージと自信。決して口にはしていないけれど、彼女の態度からは自分以外の誰かが選ばれることなんてあり得ないという自負さえ感じます。そういうヨユーを見せつける態度と、そのやりくちに、幼なじみスキーな私も割とどん引きというか、恐れを覚えるレベルですが、京介の気持ちがまだ言葉にされていない段階だと、長い時間をかけて麻奈実に籠絡されている可能性を否定できない状況ですね。あれ、これ、よく考えてみたら結構怖いシチュエーションじゃね?
ともあれ、過去が語られる中で今につながる伏線がしっかりと張られていたり、ここにきて登場した新キャラの櫻井さんが単なるフラレ役で退場するには惜しいくらいの良いキャラクターを見せてくれたこと。さらには、黒猫とあやせのSMな友情に爆笑したり、ここにきて加奈子まで京介争奪戦に本格参戦してきたり。もう、一人に絞るより全員まとめて幸せにしちゃうToLOVEるルートでもまったく問題ないくらいの愛され具合に京介爆発しろ! の感を禁じ得ません。そりゃあ、やる気のなさそうなお兄さんが、いきなり格好良く自分のために身を挺してくれたらキュンキュンしちゃうラブコメ展開になっても仕方ないですが節操がないんじゃないですかねえ!? かつて憧れていたヒーローというより、むしろギャルゲ・エロゲの主人公体質を獲得してしまった京介。誰かが指摘したら、きっとぐうの音も出ないレベルで納得してしまうくらいフィクション世界に毒されてしまった京介。けれど、「好きな人がいる」と言い切った彼が、最終的に誰を選ぶのかはもはや、後一冊を待つのみなのですよね。
次巻のプロローグとともに、その結末に記された一文「『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』最終刊に続く」にこんなに重い印象を与えられるとは予想外でした。軽いラブコメ展開になるかとおもったら、桐乃の想いが本物であることから、かなりヘヴィな禁断の恋愛問題に発展していきそうな次巻。桐乃の一線を越える宣言もそうだけれど、もはや自分の気持ちを隠そうともせず親友に宣戦布告した黒猫とあやせの攻勢も気になります。なによりも、麻奈実という最後に待ち構えているラスボスさんが、どんな動きを見せるか未知なこの恋愛模様、大荒れになること間違いなし。予想外に重くて切実な雰囲気で続いていく物語。
物語のゴール。春は出会いと別れ、そして旅立ちの季節。京介と桐乃、そして彼らと繋がりを持った皆がどんな選択をもってこの物語のラストを飾るのか、座して待ちたいと思います。
……蚊帳の外の沙織さんにも出番をあげてくださいね!
hReview by ゆーいち , 2012/10/20
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