深雪、心配するな。俺が本当に大切だと思えるものはお前だけだ。だから俺は、これからもお前のことを護り続けるし、その為に無傷で帰って来る。
中学一年生の司波深雪は、自分の兄が苦手だった。一体何を考えているのか分からないから。家族でありながら使用人同然の扱いを受けているにもかかわらず……全く意に介さない。兄と目が合えば、深雪の口からは、不機嫌な声が出てしまう。
そんな妹に、『ガーディアン』として完璧に付き従う兄。そこには一切の油断もミスも無い。そして、一切の『感情』も。
理不尽だとは分かっていても、深雪は兄に苛立ちをぶつけることしか出来なかった。自分の、ただの我が儘だと分かっていても。
今とは全く異なる、達也と深雪の関係と、その心の中――。三年前、沖縄で起きた『出来事』によって、二人の心と、その運命が、大きく変わっていく。
いかにして妹は兄萌えになったのか。
身も蓋もない言い方すればそんな感じの追憶編。現在においてはおそらく、達也も深雪も語ることはしないであろう、二人だけの大切な記憶。二人がたった二人で共に生きていくことを決意するきっかけとなったエピソードでしょうか。
というか、この頃の深雪さん、中学一年にしていろいろ好奇心旺盛ですね! 男女の関係のあれやこれやとか、今の淑女を絵に描いたようなクールな雰囲気からは想像……ああ、でも、達也と二人っきりのデレッデレの状態ならこの頃の面影を感じられるか。こっちがある意味では素だったってことですね。
独立魔装大隊との縁や、四葉家にまつわる兄妹に絡む因縁とか、二人がどれだけのしがらみに縛られているのかこの頃からずっと続いてるんですね。横浜でのテロの落とし前と同じような結末で過去の事件も片付けたりしてましたが、こういう構成で語られるとなるほど、過去の事件の焼き直しなのは確かですね。3年前の時点ですでに戦略級の攻撃魔法ぶっぱするとか、犯則級にもほどがある。一方の深雪さんはその才能の片鱗を見せてはいるものの、まだまだ離れしていない普通の女の子。ここからひたすら自己研鑽に励んで、あの規格外ともいうべきレベルまで才能を磨き上げるとは彼女の、兄と共にありたいという意志の強さもまた瞠目すべき点でしょうね。
一方で語られる四葉家という一族の特異性も目を見張るものが。時代をさらに遡ること、2062年に起きた事件を描いた短編『アンタッチャブル』。本編がバトル成分少なめだったのに対して、短いながらも、魔法師を取り巻く世界の血なまぐさい陰謀策謀にまみれた様がこれでもかと語られますね。達也たちの母や叔母、深夜と真夜の二人にまつわる苦渋の決断は、ある意味では本編以上に痛々しい部分があるのかも。達也たちからしてみたら、冷徹で子を子と思わないような態度を取る母や叔母だとしても、そこに至るまでにはそれなりの理由があるのだと。けれど、結局は人でなしな選択のせいで、姉妹なんて関係も簡単に崩れてしまう危うさもそこにはあるのですが。命そのものを奪われ死を得ることと、今までの自分を形作ってきた思い出すべてを単なる記号にされ、自分を殺されること、もはやどちらを選んでも詰んでいたというのはやるせないなあ。そして、そこで生まれた歪みが、巡り巡って今の主人公たちに絡みついているということも、逃れられない四葉家の呪縛のように思えますね。
恐るべきなのは、達也たちが四葉家を利用しようとしているはずなのに、それと悟られぬまま彼らの周囲が固められてきていることでしょう。深雪を何よりも大切にする、大切にするしかない達也が、四葉家そのものとなってしまったときに、周りにあるものを壊すことができないであろうと読み、事実そうなるであろう事が示唆されています。死ぬまでこの宿縁から逃れることができないのか、あるいはまったく別の方法でその思惑を飛び越えるのか、答えが出るのはまだまだ先のようですね。
そして、次巻以降はアメリカからの来訪者を巡る物語に。世界指折りの戦略級魔法師の一角がやってくるとか。特殊部隊のトップを相手に相変わらずの無双を見せるのか、激しいバトルを繰り広げるのか、どんなお話になるのやら。雫さんは犠牲になったのだ……なんて展開はゴメンですけどね!
hReview by ゆーいち , 2012/12/10
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