煉獄姫 六幕

2013年1月18日

stars ねえ。信じられる? それでも私たちは、愛されてた。私は、愛されて生まれてきたんですって。

煉獄姫 六幕 書影大

完全なる存在となったユヴィオールは城の玉座にあって、瑩国をその手に掴むべく動き始めた。
幽閉されたアルトが恐怖に耐えながら助けを待つ中、すべてを喪ったフォグはキリエの介抱によって目覚める。
反抗の術はない。それでもアルトだけは取り戻さなければならない。絶望的な状況にあって決死の覚悟で城へ突入しようとしたふたりに、ひと筋のか細い糸が垂らされる。
カルブルックに誘われ、向かうのはレキュリィの屋敷。『ローレンの雛』たちはそこで己の運命を見、そして――。
毒気に彩られた薄闇の幻想物語、ここに終幕!

[tegaki font="crbouquet.ttf"]そして雛たちは巣立ちの時を迎え[/tegaki]

完全なる存在と化したユヴィオールに敗走したフォグたち。アルトとイオは捕らえられ、『ローレンの雛』たちはその力を失い、もはや打つ手もない絶体絶命の状況からの逆転劇が始まる!

最終巻らしい盛り上がりに次ぐ盛り上がり。ラスボス・ユヴィオールとの決着を付けるため、ひたすらバトルが続きますが、フォグたちの存在意義がついに明かされたりと、彼らにとっての救いがもたらされたのが何よりも幸福だったんじゃないかと思える中盤の流れが素敵。

忌むべき狂った煉術師とばかり思われていた父・ローレンの真実。フォグたちに託された、およそ常人には理解できなくとも、確かな愛情。こういう形で唐突に語られても当の本人たちは混乱するしかないだろうに、それでも、確かにあの瞬間に示された、親としての愛情を受け取ったフォグやキリエは、この瞬間にようやく人ではない存在だとしても、人と同じように生きることを幸せになることを真剣に受け止めることができたのかもしれませんね。

特に、キリエについては、登場時からも彼女の特異すぎる在り方ゆえに、自らを省みないような生き方をし、そして自分を含めあらゆる人間を呪わずにはいられない、そんな妄執からもようやく解き放たれたんだなと、この場面が彼女の見せ場の中でも特に印象に残りました。もちろん、憎んで、そして少しずつ案じるようになっていったアルトとの関係の暖かさも素敵だし、能力を奪われ、ただの小娘と成り下がっても己の生き方を貫き、戦い果てる、その一途さも彼女らしく思いました。物語を通して、一番、損をしていたような彼女ですが、最後の最後で、自分の望みをかなえることができたんじゃないかと、ラストシーンを見て思ったりします。あれ、ヒロインよりも、こっちのほうが良い感じじゃ……?

いや、そんなことはなくて、フォグとアルトの物語も綺麗な形で決着してますね。フォグは父親、アルトは母親。お互いをお互いで支え合い、二人で生きてきたつもりではいても、彼らを彼らとして世に送り出して親の存在がここにきて最後の力となる展開は熱い。作者の以前の作品である『レジンキャストミルク』などは、親がラスボスとして立ちふさがり、倒すべき敵と描かれてきたのに対して、本作では主人公たちを護り導く役目を果たす対照的な展開。けれど、全ての意志を、力を受け継いで最後の戦いを勝ち抜くという流れは、本当に気持ちの良い終幕へと一気に導いてくれますね。戦いの中に身を置き、その中で、自分たちのささやかな幸せな未来を思い、そこへとたどり着いたフォグとアルト。青空の下で二人手を取り合う二人の姿を描いた口絵が、何よりもその未来を祝福しているように思えます。

それと対照的に、完全=孤独と成り果てたユヴィオールの結末は、ラスボスの貫禄さよりも、ただその末路の寂しさの方が印象に残るかも。自身の存在意義を根底から否定され、誰からも祝福されず、彼岸にもう少しで手が届く寸前で退場せざるを得なかった彼。彼を生み出した親が、愛情も何も与えず、嫉妬と対抗心だけを注いだが故に歪んでしまった存在。結局、愛情というものを理解できず、ただひとつの目的のために何もかもを利用し、人としての生き方をためらいなく捨て去ってしまったことで、人として生きることさえできなくなった彼。完全となったのなら、人が人を愛おしむ感情を、理解できてさえいれば……などと哀れみを感じてしまいますね。そういう意味では、人並みに恐怖を感じたり動揺したりするかつてのユヴィオールが、真実を知っていたのなら、ブレーキをかけることができたのかも、などと益体もないことを考えてしまいます。

そして、カルブルックは己の信念に生き、若い世代に全てを託し逝き、レキュリィは魂をなくしたまま、子供の心のまま生き続ける。古い世代の人々の扱いがこうなのは、もうやるべきことはやったという意味なんでしょうかね。レキュリィのその後がはっきりと描かれていないのは、他の雛たちのその後と比べると扱い悪いような気がしますが、フォグが研究を重ね近いうちに救えると示唆されていますから、それはそう遠くない未来、現実のものとなるのでしょうね。

こうしてみると、本当、どうするんだって絶望的な展開から、よくぞここまで大団円に至ることができたなと感心してしまいますね。途中の道が険しく、厳しい展開だったからこそ、その果ての結末の暖かさが胸にしみます。ささやかな幸福を手に入れ、友だちを手に入れ、大切なひとと明るい世界を生きる。暗い牢から抜けだし、広がった暖かな世界を、これから彼らは幸せに生きていくのでしょうね。

良い物語でした。

hReview by ゆーいち , 2013/01/17

煉獄姫 六幕

煉獄姫 六幕 (電撃文庫)
藤原祐 kaya8
アスキー・メディアワークス 2013-01-10