不完全神性機関イリス〈3〉 三大世界の反逆者

stars 判断を誤ったな聖女。世界を救うなど、お前には過ぎた大役だった。

不完全神性機関イリス〈3〉 三大世界の反逆者 書影大

人類による幽幻種への生存闘争。その旗頭を決める覇権戦争の帝国代表に選ばれたのは、宝条軍学校に通う貧乏学生の俺・凪だった。もちろん、俺個人の力が評価されたわけではなく、うちのダ家政婦にして帝国の切り札イリスとコンビでの選出だ。
覇権戦争の舞台・凱旋都市エンジュで、俺はイリスの製作者であるヨミ先輩と再会する。ヨミ先輩とチビ聖女・紗砂、そして武宮唐那国のツァリが、覇権戦争そっちのけで進めていた企み“エデン・プロジェクト”。計画に誘われる俺とイリスだが、
「幽幻種の反応を観測。敵個体数一五〇〇から二〇〇〇」
答えを決める間もなく、幽幻種の襲撃が始まり――。

ついに始まる覇権戦争。世界が危機に瀕していても、人間通しが権力を求める本質は変わらないと思わせるような仕組みですね。いや、オリンピックとかそんな雰囲気のある意味ではお祭り的なイベントなんでしょうけれど、世界の3/4が汚染されている滅亡寸前の世界で、それでもこういう戦いで、どこがイニシアチブを握るのかを決めなければならないというのは、それどころじゃないだろ? というツッコミを、凪たちではなくともしたくなるのは仕方がないですね。

前半、聖女のお忍び(?)なスクールライフ体験とか、部活に汗を流してラブでコメるとか、サービスシーンを忘れない展開がすてき。周りにはバレバレだけれど、本人はまったく鈍感なラブコメ主人公してる凪には、いい加減、誰かがそっと伝えてあげるくらいの親切心を出しても良いのでは。チビ聖女の方は、状況おもしろがってるのか、さり気なく意趣返ししてるのか、アドバイスらしいアドバイスしてませんしね。もっとも、彼女の場合は、そう言うのもひっくるめての、初体験尽くしなわけで。友人との気安い触れあいみたいなのも、あこがれのまま終わるしかなかったかも知れないことを考えると、作中の描写以上に、彼女にとっては貴重な体験だったんじゃないかと深読みしたくなりますね。

名前だけは出ていたヨミ先輩やら、作中最も人外な位置にいそうなツァリの登場とかもあって、ようやくこの世界の重要人物が一堂に会した感じ。“エデン・プロジェクト”の全容が明かされる前のファーストコンタクトでイリスとツァリのじゃれ合い見たいな激突があったりしましたが、当人たちにとっては本気じゃないにしてもはた迷惑なことこの上ない。凪への気持ちを隠しきれないレベルになってきてる(いや、別に隠しているような素振りもないですが)イリスの、機械の範疇を超えた感情の発露もまた、必然であったかのような流れは、さらに裏で誰かが糸を引いているような感じがしてしまいますね。

機神となるべき存在に求められる強固なる自我。イリスがその全身でもって凪への好意を表しているとしたら、これまでに登場した機神たちは、一体何を思っているのか。ミカエルと微妙に訳ありっぽい機神・紫苑が凪に投げかけた疑問とか考えると、彼女は機械知性らしからぬ迷いを持っているような印象。それが味方のはずなのに、そこはかとない不安に繋がるのは、敵対してしまっている機神の存在があるからなのかどうか……。

眠らざるものゴースト化したもの、そして、このエピソードで最悪の形で人類と敵対することになったかつての守護者・剣帝も、魔笛を宿したのはそもそも、根底に人間への負の感情を抱いてしまったからではないのか、とか考えてしまいます。剣帝が語る言葉は、対話できない幽玄種の代弁なのか、彼自身の望みなのか。彼が奪われたものの正体も気になりますが、圧倒的な戦力差を見せておきながらキーマンたちにとどめを刺さずに撤退した訳も気になるところ。

凪が持つ絶対的な結界“傷だらけの世界”が剣帝の攻撃を無効化できなかったことと、それ以前のツァリの実験の結果を見ると、彼の攻撃が通った理由は、敵対心以外の感情がそこにあったから? “エデン・プロジェクト”が『氷結鏡界のエデン』を読む限りでは完全な形で成功しなかったことを考えると、結果が見えているからこそ、その計画を発動させるわけにはいかなかった? なんて勘ぐりもできちゃいますね。でも、やり方が乱暴すぎるから別の理由なんだろうけどなあ。

剣帝が見せた、沁力と魔笛を同時に有するという在り方。それは『エデン』でシェルティスが人間の身で魔笛を宿したということに通じていますよね。マグナという名も被ってるし、偶然というわけでもなさそうですが、それがどういう必然で繋がっているのか謎。機神という技術・存在がほとんど消失して千年後へと繋がっていることを考えると、本作でこういう形で人類への敵対者が生まれてしまった結果を受けて、廃されてしまったとも考えられる? そういう疑問点もそのうち語られるんでしょうけれど、『イリス』のストーリーはあと2巻で終わる予定だとか。

うーん、ここからハッピーエンドへ繋がるのは難しそうな感じですが、それぞれの思いに決着を付け、はるか未来へ希望を繋ぐ流れになるんでしょうか。いや、思いっきりバッドエンドで終わったらそれはそれでスゴいですが、やはり、前向きな結末を見てみたいですね。

ボロボロに、完膚なきまでに敗北しても、折れなかった凪の心を見る限り、希望はしっかりあると思えますから。

hReview by ゆーいち , 2013/01/20

不完全神性機関イリス〈3〉 三大世界の反逆者

不完全神性機関イリス3 三大世界の反逆者 (富士見ファンタジア文庫)
細音 啓 カスカベ アキラ
富士見書房 2012-12-20