レイヤード・サマー

stars たぶん、後悔しない生き方なんて無理なんだろうなー、って思う。でも、『これをやらなきゃ絶対に後悔する』って肌で感じていることをやらずにいたら……一生引きずりそうな気がするんだよ。

レイヤード・サマー 書影大

高校二年の夏休み。
俺は、一夏の想い出ってやつを体験した。
柑橘系の匂いが香る、ちょっと不思議な少女。彼女は、常識はずれな行動と共に、俺の許へとやってきた。
時間さえも飛び越えて、俺の未来――これから死に行く人生を止めるために。
これは、世界の何処かで起こった。ありふれた者同士のストーリーだ。ありふれているかもしれないけど、俺と彼女にとっては、忘れられない大切な想い出でもある。
世界の何処かで、俺と彼女が体験した『重なり合った夏レイヤード・サマー』の物語なんだ。

[tegaki font=”crbouquet.ttf” color=”blue” size=”36″]この夏の日を、きっと忘れない[/tegaki]

夏の物語を冬真っ盛りに読むのはどうなんだという気がしないでもないですが、絶賛積ん読消化中なので、新刊を買うよりも買ったまま手元に置いておいた本を読んだ方が懐にも優しいよね、ってことで、刊行当時に評判が良かったのは記憶していた本書を手に取ってみました。

いやぁ、これは良いお話ですね。話の筋としてはボーイ・ミーツ・ガールの定番な、ひと夏の出会いと、別れのお話ですが、この別れという部分が非常に重要。お話によっては、いったん別れを経験し、その後、しれっと再開したりしてあのときの感動と涙は一体……? なんてコメディもあったりしますが本作は、事実上、避け得ぬ永遠の別れで物語が閉じるんですね。そういう切ない彩りのお話というのは、個人的には非常に好みなわけで、さらに、それが未来から来た少女との物語とあっちゃあ、琴線揺さぶられまくりなわけですよ。

主人公の涼平の割と等身大な高校生の、リビドー溢れる妄想とか、所々挿入されるのはサービスシーンなのかと思いながらも、ストーリー展開は結構、重いものでしたね。未来から来た少女と自称する、庵璃が語った涼平の死と、その原因となる殺人鬼の話。この出会いを起点にして涼平の運命はきっと大きく変わっていきます。タイムトラベルもののキモとも言える、タイムパラドックスの問題についての解説も、上手いこと回避してくれてるし、この設定が根幹にあるからこそ、変えられない未来、やり直せない過去という縛りが、彼らの物語の結末をほろ苦いものにしてくれます。

加えて、物語の中心になる涼平と庵璃の関係だけでなく、ずっとそばに居た涼平の幼なじみ、ののさんこと野々子さんとの関係の変化も注目です。こういうつかず離れずな典型的な幼なじみな関係というのも大好物ですが、過去にあった出来事のおかげで、お互いを少なからず想っているのに最後の一歩を踏み込むのを躊躇しているっていうのはもうね、たまらん(笑) 庵璃の登場によって、涼平自身の本質がゆえに、彼が自分の身を顧みないような行動を、文字通り身を挺してでも止めようとするののさん、マジ幼なじみの鑑。でも、十分以上にヤンデレ要素も満載。怒らせると怖い幼なじみには、多分永遠に頭が上がらないですね、尻に敷かれる未来が見えるようです。そんな、幼なじみと運命的に惹かれあっている庵璃のどちらを選ぶかという恋愛的な要素も絡んで、殺人鬼との対決云々よりも、この三角関係がどうなるかの方が気になって仕方がなかったですね。

実際、殺人鬼の方の問題自体は、その本質が救いようがないというものでもなく、大きな罪とそれに等しい罰を受け、それでも生きていこうという、非常に前向きなもの。いや、でも、戻るべき未来でそんな生き方ができるかどうか激しく心配になってしまいますが、そういうのは想像と希望で補完しておきます。

そうして事件が解決したかと思いきや、最後の最後で突き付けられる非情な事実。未来人が未来へ帰るのは必定とは言え、再会することすら敵わない永遠の別れというのは、同じ時間を過ごし距離を縮めつつあった二人にとっては死別といっても過言ではないほど。積み重ねた時間が違うから、抱えた想いの重みも違う。庵璃の想いを受け止めきれない涼平をヘタれというなかれ。立て続けに突き付けられた事実と、それが意味することの重さは、一介の高校生が処理するには過ぎたものですよ。そんな、消えないような傷を、涼平の心に残そうとした庵璃の行動は、過去の自分への嫉妬という矛盾した感情に基づいたもので、けれど、それは確かに彼女が涼平を想っていたことの証でもあるのですよね。分かたれる涼平と庵璃の時間。けれど、涼平はこれから庵璃との「最初」の出会いを経験するという規定事項。

もし、このとき、この場所で、ふたりが別の選択をしていたとしたらどうなるのか。あとがきで作者が語っていた矛盾点はもしかしたらここにあるのかも知れません。彼女がやって来る時代の幅が限定的である以上、近すぎる過去も、遠すぎる過去も選択できなければ計画は変更になる。それは、未来における惨劇の回避に繋がり、結果未来が変わるという、設定を越えた結果に繋がるのではないか。そんな妄想をしてしまいます。けれど、その選択をすることは、涼平が出逢った「庵璃」との別れを別の形で経験することになるのに等しいのですよね。

ああ、確かに、これは苦悩します。野々子さんと庵璃の二人の気持ちに対し答えを出すこともそうだけれど、その先にある庵璃のとの別れを彼はどんな形で受け入れることになるんだろう。なんか、そうなると、結果的に幼なじみ大勝利な未来が確定的なんだけれど、そこへ至るまでの物語は非情に心に痛いことになりそうですね……。

続編も十分に可能な結末ながらも、続きが出る気配がないことを見ると、そこはもう、読者の想像にお任せってことなんでしょうね。ならば、せめて未来の彼女の安らかな人生を。そして、これから始まる涼平たちの新しい出会いに祝福を。良い物語でした。

hReview by ゆーいち , 2013/02/02

レイヤード・サマー

レイヤード・サマー (電撃文庫)
上月 司 さくらねこ
アスキー・メディアワークス 2011-01-06

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