ドラゴンチーズ・グラタン 竜のレシピと風環の王

stars それでもボクは、前に行きたい。どうにもならないことばかりだけど、それでも手を伸ばすことはできる。それだけは、いま許されているから。

ドラゴンチーズ・グラタン 書影大

「なにか食べると気持ち悪くなっちゃうの……」病気の少女クレアを助けるため、マンドラゴラを求めて旅立つシェフ見習いの少年レミオ。彼は、食で病気を治療する医学――食療学を極める夢を抱いていた。しかし、旅先でアイソティアの美少女アトラと、聖獣殺しバレロンの争いに巻き込まれ、封印していた過去を解き放たざるを得なくなり……「風環、形成――【ヴァルキア器官、起動!】」
『このラノ』編集長の隠し玉第2弾! 骨太ファンタジー、ここに始動!!

こういうお話は大好きですよ。

料理を題材にした作品というのはけっこう珍しい気がするし、さらに、ファンタジー世界を舞台に医食同源をベースにした理論を展開するとか、どこかで破綻しそうな勢いですが、なんだかんだで最後まで読み切らせてくれます。料理や食事のシーンて、間をつなぐのに重宝がられたりするけれど、それを中心に物語を組み立てようと思うと、地味にまとまっちゃうという点で、難しい題材だと思うんですよね。特に、ラノベのような分野だと萌えとか燃えとかに特化していないと埋もれてしまう印象です。

そういう意味で、本作も割と言ってしまっては失礼ですが地味な部分もあったり。主人公のレミオの料理屋でのバイトシーンから始まり、なんだかよく分からないままトラブルが発生したりと冒頭は世界観の説明不足で先が気になるというより疑問がふくれていたんですが、物語の転換点となるクレアとの出会いから、一気に転がりはじめた印象です。まぁ、そこから先が料理ものというよりもバトルものになってしまったのが個人的には残念というかなんというか。

正直、バトルメインの展開になってから登場するヒロイン(?)アトラや、対立関係になるバレロンとの絡みというのはレミオのぽややんとした性格のせいか、緊張感があまりなくて、命のやりとりをしてるような緊迫感に欠けてるんじゃないかかあとか思えました。そもそも、因縁深い関係ぽかったアトラとバレロンの戦いからして、本気でやりあってる感があまりなくて、それは物語が進行していくと本当の目的は相手を倒すこととはまた違っていたからだと気付くんですが、よく分からない戦いが延々と続くといった印象を受けてしまいました。

そもそも、レミオ少年が善良すぎてつらい! この素直さとまっすぐさは眩しくて目を背けてしまいたくなります。外見年齢以上に幼く見える彼は、料理で人を救い、幸せにしたいと思うようになったきっかけがあり、それが彼を生まれ変わらせたといっても過言ではないくらいの契機だったんですが、その過去を語る部分をもうちょっと掘り下げてほしかったですね。彼が背負っているものというのは、今の彼が笑顔でいるのとは裏腹に、かなりとんでもないことなのですが、その重さが作中の人物たちだけで共有されて、読者にまで伝え切れていないように感じるのが残念。彼を救ってくれた料理の温かさ、おいしさが、今の夢につながってくるなんていい話なのに、もったいないなあなんて思ってしまいます。

でも、こういう暖かはお話は大好きですね。夢に向かってひたむきに生きる主人公は好感が持てるし、美味しそうな料理を食べるシーンはほっこりします。何よりも、生き死にを賭けた戦いで直接誰かを救うなんて結末ではなく、料理の温かさで希望を繋ぐなんて優しい展開がもろ好み。この物語が続くなら、そういう路線で行ってほしけれど、結局因縁は残されたままだから難しいのかなあ。

ともあれ、こういうテーマの作品は珍しいし、料理と食事を美味しく描くことができる作者はなかなか貴重だと思うので、この先も路線変更せず頑張って行ってほしいなと思うのです。

hReview by ゆーいち , 2013/03/02