俺の妹がこんなに可愛いわけがない〈12〉

stars そうだな、人生相談だ。今までとは違って――もう、妹の人生相談じゃない。俺たち二人の、人生相談だ。

俺の妹がこんなに可愛いわけがない〈12〉 書影大

『――人生相談があるの』
あれから色々なことがあった。隠していたエロゲーが見つかって、バカにされるかもって怯えたこと。昔の兄貴の面影に、思わず人生相談を切り出したこと。アイツは親身になって、大嫌いなあたしのために、オタク友達を作ろうとしてくれたっけ。オフ会で孤立したときも、親友と絶交しちゃったときも、お父さんにエロゲーを捨てられそうになったときもそう。あいつはいつだって一生懸命、あたしを護ってくれていた。だから、今さら『なんで』なんて聞かないでよね。人生相談から始まった、どこにでもいる兄妹の、ほんのちょっぴり特別な、物語。ずっと隠し続けてきたあたしの秘密を、いま、明かそうと思う。

あー、やっちまったー!!

でも、このもやもや心に残るわだかまりのような感傷はなんだろう。

たぶん、この結末は、この物語の方向性として正しいものだっていうのは納得はできるんですよ。京介と桐乃の関係の落とし所としては、これ以上であってもこれ以下であっても、多分、兄妹としてのバランスは破綻してしまうという絶妙の場所。よくもまあ、これだけこじれにこじれた人間関係を清算して、二人だけの物語へと収束させたものです。

けれど、そんなフィクションの中に感じられる現実感が邪魔をするんですよねえ。別にいいじゃないですか、フィクションの中で夢が見られたって。登場人物たちは、それをリアルとして生きていますが、桐乃がハマり、そして京介が染められたエロゲーみたいな展開が、もしあり得たとしても、読者は半分くらいは納得したんじゃないのかなあと。ほら、近親の恋愛を扱ったラノベがないわけじゃないし、ヤンデレな妹が大活躍だとかよくある設定だし。まぁ、だからこそ、そういう「フィクションだから」という逃げ道を選ばずに、たった二人だけの兄妹という距離感のぎりぎり社会通念的に許される場所への軟着陸だったようにも感じます。

倫理的な問題をいえば、そもそも物語の冒頭から妹が18禁ゲーム遊んでる段階ですでに、一歩踏み外しているわけですが、ガチな近親の恋愛というのはいろいろ問題もあるんでしょうかね、大人の事情的に。個人的には、二人が互いの想いを確信し、社会に認められずとも隠し通し生きていく覚悟を決めるとかでもよかったんですが、その道は、本当に敵と中立的な立場を遠い場所から取るだけの、味方の一切いない茨の道であることが明らかであるが故に、彼らの未来がハッピーエンドであるという確信が持てない不安だらけの結末になったに違いはないですね。ああ、それは確かにマズい。目先のお涙ちょうだいな二人だけの幸せ空間は、決して長く続かないのは分かっているから。彼らを応援するといった人も、気持ち悪いと常識的な意見をいった人も、彼らを好きであった人もみんなを巻き込んで幸せから遠ざかることになる。それはおそらくは、優しすぎるこの兄妹が禁忌を犯し、その道を歩むことを諦めさせるに十分な背負ってしまったものだったんじゃないでしょうかね。

そういう意味では、京介も、桐乃も、こと恋愛に関してはただただ誠実であったのだと感じます。京介の今巻に入ってからの、怒濤の身辺整理。自分に好意を寄せていた人たちへ、その思いに応えることができないことを突き付け、傷つける、ある意味自傷行為に似た行動。自分だけが幸せになることをよしとしない、あるいは、自分たちとの関わりを絶ってもらえば、これ以上傷つけることはないからという、彼なりの誠意を思わせる行動ですが、一方的に振られた彼女たちはたまったもんじゃないですね。あやせも、黒猫も、加奈子も櫻井さんも。結局誰かを選べば誰かが傷付くことは分かっていたけれど、それでも上手くやりようはあったんじゃないかと考えて、ハーレムルートへの選択肢を探してみます。が、そんなものはどこにも存在しないんですよねえ。結局はなるべくしてこうならざるを得なかったと思うしかないのでしょうか。

そして、それを痛烈に感じているのは、前巻でラスボスかした麻奈実ですかね。でも、言うことはきっついですが、極めて現実的な選択を、強要じみているとはいえ、ずっと提示してくれてた人物。桐乃が、かつて兄を兄以上として想い始めたときに諫め、そして、また今、最後の関門として京介の前に立ちはだかる幼なじみのできた娘。京介のことを多分、本人よりも分かっているという自負と、世間一般の良識という武器を手に、二人に挑んだ彼女の姿は確かに、兄妹から見たら恐るべき敵に見えたかもしれませんね。逆に、麻奈実の側からしてみれば、ことここに至ってようやく対峙するはめになるというのは、遅すぎたと悔恨しているのかもしれません。それは、二人がこうなるのを止められなかったというよりも、幼なじみという関係に甘んじていて、そこから一歩踏み込む勇気を出せなかったから。兄と妹が結ばれるなんてあり得ないという常識に安心を得て、いつか、この兄妹が当たり前のようにお互いを一番近い他人として見るようになってから、ゆっくり関係を変えていけばいいと、そう油断していたということがないとは言い切れないでしょうね。遠回しに妹に釘を刺し、ヒーローになろうとする兄を身の丈に合った凡人へと成り果てさせ、身近にいる自分に気付いてもらえれば、幸せになれるという打算で動いていたため2年前から始まった人生相談を期にしたこの兄妹の急激な関係の変化について行けなかったという。あれこれ策を巡らせながらも、結局は自分の気持ちを最初に伝えていれば、もしかしたらエンディングは変わっていたのではないかと。仮に選択肢があったとしたら、それは、この物語が始まった時点ではなく、そのさらに過去のどこかのシーンまでセーブデータを読み直さないとできないくらいに遠い昔に生まれ、見落とされた分岐点なんでしょう。

まぁ、それでも、未来はまだ決まっていないというのに希望を持ってもいいはずです。作者が描き下ろすBlu-ray特典の10年後の物語ではなく、ゲームでも物語は幾重にも分岐しているのですから。原作、小説はその性質上、このエンディングを描くのが限界だったかもしれませんが、これを正史としなくたっていいはずです。ヒロインたちがいて、主人公がいて、未確定の未来がある。そこに思いをはせるのはきっと自由。兄妹に戻ったふたりが、これからどんな道を歩んでいくのかそれを想像するのも自由だし、他の誰かとのラブコメがあったっていい。新しい仲間を迎えて、オタク活動に精を出したり、自分の夢を掴むために懸命になる場面だってきっとある。そんな描かれない未来を想像し、そして、現段階で切り捨てた可能性が再び芽吹くのを思い描くのだって自由でしょう。

表紙の二人を見ていろいろ想像してみます。目線を合わせ笑顔の京介と桐乃。同じ方向へと歩いていきながら、二人の距離は決してゼロにならない、限りなく近いけれど、平行線上にある二人。多分、この距離感が、二人の出した答えなんでしょうね。一番近い他人という距離感。それは一歩踏み込めば夢のように過ごし、そして消えていった恋人のようでもあるし、少し離れれば世間一般の兄妹という言葉でひとくくりにされる当たり前の関係にもなる。けれど、人生相談という言葉で繋がっている二人が、これから数年、10年先にどんな選択をしているのか、それはまだ見えていません。エピローグでも言っていた桐乃の「人生相談」は本当に彼女にとって必要なものなのでしょうか? 兄と妹という関係から少しだけ踏み込んだブラコン、シスコンな関係を、どこまで続けていくのか、大人になりきれない彼らは、また少し間違い、そして悩みながら前へと進んでいくのだと思います。

願わくば彼らが進む道の先に、この二年という時間で出逢った素晴らしい友人たちがありますように。紡がれた物語を思い返したときに、幸せであったと感じられるように。主人公たちがどこまでも共に歩いて行けることを願います。

この結末自体は諸手を挙げて賛同できるものではなかったですが、それでも、ここまで付き合ってきて悔いはなしといったところです。お疲れ様でした。また別の形ででも、この作品の登場人物たちに出逢うことができればいいな……とこれは映像作品か選ってことなんですかねえ……。ともあれ、面白かったです、ありがとうございました!

hReview by ゆーいち , 2013/06/09

俺の妹がこんなに可愛いわけがない〈12〉

俺の妹がこんなに可愛いわけがない (12) (電撃文庫)
伏見つかさ かんざきひろ
アスキー・メディアワークス 2013-06-07