大腸がん・肺がんによる入院・手術を経て2年が経過したのでいろいろ思い出して書いてみる

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去年の年末に公開するつもりで書きかけになっていた記事を2024年分をちょこっと追加して公開します。
ブログとしてあんまり書くネタもないのですが、とりあえず吐き出しのため思ってることとかを書いた内容になっています。
自分の不摂生が原因ではありますが、ある意味、反面教師としての注意喚起と、適切な治療を行えばステージIVの段階でも、比較的QOLを保った生活が送れる証左でもあります。
手術をしてから2年なんとか経過し、多少落ち着いてはいますが、いつまで現状維持ができるか分からないところもあるので、2年の振り返り的なことをやってみようと思います。

読んでて楽しいものではないかとは思います。基本ネガティブな内容にはならないとは思いますが、病気などに関する記述がメインなのでご了承ください。
またお約束ですが、治療については基本的に医師の提案をそのまま採用しています。特殊な治療等は行っておりません。いろいろ調べて統計的に結果の出ている標準治療から入るのがもっとも良いだろうという判断です。

がん情報サービス 標準治療の解説より
https://ganjoho.jp/public/qa_links/dictionary/dic01/modal/hyojunchiryo.html
目次

2023年は人生史上最悪の病気に見舞われた年でした

SNSで適当に発信していたのでXやらインスタやらのフォローをしているごく少数の方は知ってる情報ですが、2023年の6月以降、思いっきり体調を崩し、いろいろ調べた結果、大腸がんステージ4、肺転移という診断を受け手術、退院、その後は3週1クールの投薬治療を続けています。

個人的には診断された内容に比べて、退院後は比較的以前と変わらないような生活ができているかと思います。

ただ、大腸がんステージ4の5年後生存率は統計上は17%程度という現実があります(大腸がん(結腸がん・直腸がん) 患者数(がん統計):[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ] — )。

短いかもしれないし、長いかもしれないという現状ですが、2023年の振り返りをこのポストではしてみたいと思います。

2023年6月 体調に異常が見え始める

思い返すとこの辺から体調が少しずつおかしくなっていました。

なんとなく変だなと思ったのは6/4の開催された新潟シティライド2023で、前年は何とか登れた序盤の坂にまったく歯が立たなかったり(34Tのスプロケを導入したにもかかわらず!)、その後のエイドステーションでの食事を完食できなかったりと、想像していたコンディションとかけ離れた結果になってしまったあたりからですかね。

それ以降は、食事をしても食べる量が減ったような気がしたり、外食をした後に腹の調子を崩してしまったりと、当時は食あたり的なものかと思って深く考えてはいなかったのですが、いろいろ影響は出ていたように思います。

2023年7月 原因不明の吐き気が止まらなくなり仕事に影響が出始める

7月になるといよいよ本格的に体調が悪化の一途を辿ります。

まず、熱などがないのに咳が止まらず仕事にも差し支えてくるようになったこと。
これについては呼吸器系の町医者にかかりレントゲンを撮ってもらったり薬を出してもらったりの対応。最初のレントゲンの段階で、診察に使ってるAIが怪しい影を指摘していたのですが、これについてはしばらく様子を見ることにしてしまったのが失敗ですね。このせいで、精密検査を行うのが1ヶ月以上遅れてしまった気がします。にしても、全然そんな風に見えないのに、指摘してくれる医療系AIすげーなと思いました。

また、この頃から以上吐き気と嘔吐が始まり、動けないくらいにきつい時間帯が不定期に訪れるようになります。
食欲がなくなるわ、食べても嘔吐してしまうわ、さらには下痢が続いて体重がみるみる落ちていきます。

この頃から毎週体重が2~5Kg落ちるようになり、6月から9月にかけて20Kg程度体重が減少したように思います。
もともと太っていたので、それでようやく、軽度肥満のBMIになったわけですが、明らかにおかしい痩せ方だったので、さすがに不審に思っていた頃です。

2023年8月 呼吸器科の診察の結果 肺の精密検査を勧められ生検を行う

上旬、呼吸器系の町医者にかかって1ヶ月くらいして、咳はやや落ち着いてきたものの、再度レントゲン撮影を行った結果、怪しい影は残ったままだったので、精密検査を勧められ大きい病院への紹介状を出してもらいました。

中旬、西新潟中央病院にて血液検査等を行い、その結果を受けて、肺の内視鏡検査を行うことになりました。

下旬、肺の内視鏡検査を実施。いやもう、これが本当にしんどかったです。というか内視鏡と言われる系統の検査がこれが初めてだったのですが、おすすめできませんね、マジで。感覚的に窒息しそうなのに、空気がちゃんと送り込まれているから窒息しないので、安全に窒息体験ができます(したくない)。あと、肺の組織をごりごり削られるのが体内に響くので、まったく安心できないです。ついでに、そのときは、研修医なのか新人さんなのか、経験が浅くない人が最初処置をしてくれたのでしんどかったですね。その後、ベテランぽい方に変わったんですが、苦しさ変わりません。押さえつけられて涙は出るわ咳を我慢するのがキツイやらで、今後経験する一連の検査の中でも、二度と体験したくない検査と言ったらこれになりますね。

内視鏡検査後、麻酔が抜けるまで安静にさせられるの図

まぁ、これやらないと組織の検査もできないのでどうしようもないのですが。ぐったりしてたっぷり休まされてから帰りました。

2023年9月 診察の結果、肺がんの疑いが高く、手術による切除を勧められる

はい、ということで、結果を聞きに行ったら手術を勧められました。

具体的には右肺の中葉部分に悪性と思しき腫瘍があるので、切除を推奨。実際にがんかどうかは現時点では判断できないが可能性が高いので取った方が良いと。

その後、実際に手術をいつにするかを悩んでいたら、スケジュールが1週間後ろ倒しになったりと上旬に話していたスケジュールからは少しずれて行きますが、10月に手術決定とあいなります。

並行して体調は絶不調で、止まらない吐き気と体重減少でかなりボロボロになっていました。検査結果が出るあたりから、会社にも入院の話をして休みの調整と仕事の引き継ぎを少しずつ進めていきました。

実際、車を運転して出社するのもしんどいタイミングがあったり、仕事中に嘔吐が止まらなくなって帰宅したりと、この時期は正直完全に戦力外でお荷物だったなあという感じです。在宅で仕事していても起き上がれない時間帯が多くて横になってメール処理したりと効率悪すぎでしたね。

9月後半はそんな感じで仕事を一時的に預ける準備と、入院の準備を並行して進めて、色々買い足したりしていました。

2023年10月上旬~中旬 入院1回目 右肺の一部を切除する

入院日は10/12に決まり、いろいろ手続きやら持っていくものの準備やらで上旬は費やされました。

おおよそ2週間の予定で、それだけ長期の入院自体、人生初ではあったので下調べを結構行いました。また、当時、病院ではコロナの影響で面会自体も基本的にはNGだったりしたので、親にLINEのビデオ通話の使い方を教えたりと、連絡を取る方法を確立したりと、この辺は昔と違ってるなあと思いました。

入院初日の記録 結構バタバタしてます

Xのポスト辿ると10月12日が入院初日だったようですね。この日は受け付けで手続きして、個室の病室に移る前に、なぜか集中治療室で1時間くらい待たされた気が。部屋の準備ができていないとそんな理由だった気がします。

今回個室を選択したのは、仕事の絡みもありました。1日あたりそれなりのコストがかかりますが、幸いにして医療保険の補助が受けられるので、大きな負担にはならないと判断。また長期間ではないため、個室の料金も10万までは行かないだろうと高をくくっていました。いや実際そうなんですが。退院時の精算額を見ると諸々含めてやっぱり高えってなりますね。

ここは高額医療制度のおかげで全体的に抑えられてはいますし、制度利用の申請も病院側がやってくれるというので、患者側が手続きをしないで済むというシームレスさは進歩を感じますね。てっきり自分で書類やらを持って行ったり来たりと想定していたのでやや肩透かし、とはいえ、便利さに感謝です。

検査検査検査

入院翌日からは検査やらで比較的忙しかった記憶があります。

手術の説明などもあわせて行い、その際は親も呼ばれて一緒に説明されました。この時は、肺がんのステージ3と書かれていたような気がします。実際の手術では右肺の中葉を前切除するということになりました。この部分は肺全体の機能ではそこまで大きな比率を占めているわけではないようで、術後もあまり影響がないかもということでした。実際、手術後の肺機能のテストではそこまで機能が落ちているわけではなく、平均的な状態だったようでした。

で、おそらくこの時に、事前のレントゲン等で、大腸部分にも怪しい影があるぞという話に。はい、ここに来て原発巣が大腸の可能性が出てきて、肺の腫瘍は転移してきたものである恐れがあると説明されました(゚Д゚)

oh……。

肺の手術と並行して、次は大腸の検査を行うために次の病院への紹介状を書いてもらうというハメになりました。

手術終了

手術は10/16でした。

この辺、あんまり書くことがないです。手術は麻酔が入ったら一瞬で意識が飛んで、目が覚めたら終わっていましたから。

1日は集中治療室で過ごすということでいろいろ器機に繋がれるわ、自由に動けないわ、スマホの電池は切れそうになるわ(私の場合はスマホ持込が許されてました)、ほぼ寝ることしかできない感じでしたね。幸い、術後の痛みは我慢できないほどではなかったので、単純に退屈が最大の敵だったよう記憶があります。

術後の経過

こんな感じで1日ずつ調子が戻っていく感じですね。持ち込んだMacで仕事やらPythonの勉強やら、時間が余ってしょうがないのを潰すためにいろいろやってました。

2023年11月上旬 退院後消化器内科の検査の結果即入院・手術が決定

11月1日 大腸部分の検査をしたら即入院

退院後、予約を入れていた別の病院で、レントゲンを撮ったところ、大腸が詰まり破裂の危険アリという診断が下り、即入院をするように言われました。そこまでひどい状況とは思っていなかったので、割と慌てて家族と会社に連絡して、速効帰宅のうえ、入院準備。といっても先月の荷物をそのまま詰め込んで行くだけなので手間はかかりません。

病院を出る前に言われたのは、食事厳禁、水だけ飲むようにと、もはや修行僧のような食生活が続くのだと予感させられました。

2023年11月2日 入院:点滴と検査生活開始

手術のスケジュールは速効で決まって診断が下った翌週の水曜となりました。

腸閉塞を起こしていたため、これ以上消化器に負担をかけるわけにも行かないため、その日から点滴での栄養補給で命を繋ぐ生活が始まりました。それでもカロリー不足なので、体重はみるみる落ちていくのですが。

手術までの間は検査検査。初めての大腸内視鏡、MRI、再び心肺機能の検査、歯科検査など種実に備えての各種検査が続きました。大腸に至っては完全に詰まっていましたね。こりゃやべえやと素人目にも分かる状態ですが、これがどの程度のレベルなのかはわからず診断待ち。位置的には横行結腸~上行結腸のあたりに腫瘍ができているというところまでは分かりました。

調べてみると比較的、発生の割合の低い場所が患部になっていたようですね。直腸とかだったら人工肛門とかの可能性も頭の隅にあったので、その点では多少はホッとしたような記憶があります。

2023年11月3日 手術日確定 そしてすることがなくテンション落ちていく

検査翌日には手術日が決定。このスピード感、結構切迫していることを意識させられます。土日は医師も休みで説明ができないので、この日に親を呼び寄せて説明がされた気がします。

この時点で、ステージIV診断。まぁ、そうですよねって状態ではありましたが、治療の方針としては、取れる部分は取る、取れない部分もあるかも知れないが、そこは残す。化学療法は延々と続けるという、割と末期な方針。この時点がテンションとしては最底辺だった気がしますねオワタ……オワタ……みたいな。

大腸がんが肺へ転移することはよくあるようで、まだ肝臓でなかっただけ良かったのかなとかいろいろ思うところはありますが、こうなってはジタバタしてもどうしようもないという気持ちもありました。

2023年11月3日~11月7日 点滴に繋がれつつ、仕事をしたり漫画を読んだり

満足に動けないわ、熱は出るわでかなり体調面では厳しかった時期。点滴の補給も1日の最低カロリーを余裕で下回るから元気が出るわけないですね。点滴がよく詰まるし、血管が弱っていることも実感。

そんな状態で最低限持ち込んだPCで仕事をしたり、それ以外の状態では電子書籍を買いあさったりと。時間を潰すことばかり考えていたような。

あ、「腸よ鼻よ」はこのタイミングで全巻読破。めっちゃ笑える闘病ギャグエッセイでした。病状は違うけど、その後の自分の境遇を予感させられる内容もあって、ちょっとした予習になりました。

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2023年11月8日~9日 2度目の手術 無事成功

手術中の記憶なんて麻酔でキングクリムゾンしているので、目が覚めてから苦しんだ記憶しか残っていません。6~7時間かかったのかな。目が覚めた時点ではまだ明るくて、一般病室に移る前に一晩は集中治療室で過ごすというもの、先回の肺手術のときと同じ。今回は痛みがヤバいわ、吐き気もヤバいわで目が覚めていることがこの上なく恨めしかったです。この時間は気を失いたかった。

一応手術的には、見えている病巣は摘出。大腸部分だけでなく、近くの大きいリンパも切除したということでした。他の臓器への転移はこの時点では(10月に手術した肺を除けば)確認できていないということでした。

翌日、個室に移ってようやくスマホなどに触れました。ひとまず生存報告などしつつ、痛みに耐える生活が始まります。

手術翌日からなんか仕事ているですやん、私……。

2023年11月10日~11日 少しずつ動くように意識。食事が出てくる。

2023年11月13日~14日 腸炎発生で回復が遅れる

食事再開してから腹痛がひどいなと思っていたら、血液検査で腸炎が発覚。またしても点滴生活に逆戻り……。

この辺、めっちゃ愚痴ってますね。LINEとかでも知り合いにしんどいと弱音吐いてた気がします。その節はまことに申し訳なく……。

不健康ダイエット。体重落ち始めてからこの時期がマックス。30Kg程度落ちましたね。

2023年11月21日 退院 帰宅

ぐちぐち言ってた日から1週間で退院。もうちょっと早くなる予定だったんですが、腸炎のせいで遅れ。

2023年11月28日 退院後、最初の通院

入院後、最初の診察。もろもろの説明と、患部の写真を見せてもらいました。大腸は1/3くらい切除した模様。詰まっていた部分が他の場所の倍くらいに膨らんでいて、これが破れたらマジやばくね? な状態でしたね。

生検の結果はまだ出ていないので、化学療法については12月の開始予定として、風邪など引かないようにと注意されて終了。

2023年12月~2024年12月 抗がん剤治療開始

選択された療法はゼロックス療法

副作用としては特に手足症候群がきつくて、12月~3月の冬期間はしんどい日が続きました。

痺れだけでなく、時間が経つにつれて、指の爪の変形や、皮膚の角質化、ひび割れが進行して、2024年の8月~9月頃は結構歩くのも痛みを感じるくらいになります。

8月頃に減薬をしたおかげで手足症候群の症状は多少マシになりましたが、足の皮膚のひび割れは、休薬までずっと苦しめられましたね。

そんなこんなでちょうど1年経過した2024年の12月にいったん休薬の判断が下り、3ヶ月後の検査まではひとまずお休みということになりました。

ここまでが2023年~2024年の出来事

治療部分はバッサリカットしていますが、私の場合は手足症候群以外はあまり生活に影響が出る副作用はなかったですね。まぁ、それが辛いんですが。

そして、食べられることが楽しくて、いろいろ食べに行ったら見事リバウンドして15Kg位戻りました。運動がなかなかできない状態で食べ続けりゃそうなるわなって感じですが、食べられる絶対量は明らかに減ってましたね。食事の好みも少し変化したかも? 味覚異常は出なかったので、美味しいものは美味しいまま生活できたのは幸いでした。

そして2025年再発して治療再開

2025年1月くらいから、腹壁瘢痕ヘルニアらしき症状が明らかに目立つようになり、定期検査のCTと組み合わせた診断では、腹膜播種での再発。あー……ってなりましたね。今のところ上手く抑えられていたのですが、3ヶ月の休薬で、CEAの数値も200近くまで跳ね上がり、明らかに見えない部分で再発してるって状態なわけですね。

腹壁瘢痕ヘルニアの原因も、筋肉の隙間から腸が飛び出している原因は、腹水がかなり増えているからだということ。

ということで、新しい方針で、化学療法再開となりました。3ヶ月しか休めなかったよ……。

余談 医療保険が下りたので助かりました

がん保険に入っていたので、2回の入院にかかる費用は回収、当面の治療費にも充てられるくらいの額が支給されました。まぁ、入院はもうしたくないですし、永遠に続くような通院は、確実に財布にダメージを与えてくるので、わずかな猶予が許された位なんですけど。それでも2年分くらいの治療はまかなえたので、仕事しながらの治療の心理的ハードルはかなり下がりましたね。

保険は使わなければ無駄になる制度ではありますが、こと、がん保険については50%以上の人が罹患する病気とすると、入っておいた方が安心な保険の一つではあるなと思いました。

余談2 2025年春は医療費控除を実施

マイナンバーカードを使ったオンライン申請ができたので、2025年3月は医療費控除の申請を行いました。

控除対象期間の医療費はおよそ53万円で、5万円程度が返ってくる計算でした。Webでの試算は10万くらいとあったんですが、半減して残念。それでも多少なりとも還付されるのはありがたいことですね。

余談3 参考文献(?)

入院や治療の最中にいろいろなエッセイ漫画を読みました。特に、以下の「末期ガンでも元気です」については自身の症状とかなりかぶる部分があるため、治療の流れやその後の生活についての想像を働かせる上で大変参考になりました。

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