葵惑星さんから寄稿いただいた、Kanon SSです。
気持ちのいい日差し。
吹きぬける暖かい風。
そんな日はなにかが起こるんだ。
<うそなんて言わないで>
複雑な表情の少年が一人、春の日差しを浴びて歩を進める。
北川潤だ。
(わざわざ電話してくるなんて……)
そう、ついさっき北川は電話を受けたのだ。
それも――。
(美坂が休みの日に呼び出すなんてなぁ……)
北川に香里が電話をしてくるなんてことは、めったにないことであった。
それが逆に、北川の心中を複雑にさせていた。
そんな、緊張と不安が入り混じる中、北川は約束の場所へと到着する。
「まだきてないみたいだな」
北川は待ち合わせ場所である駅前を一通り見回してから、近くにあったベンチに腰をおろした。
――その頃、そんな北川を影で監視する人物。
「おい!北川のやつきたぞ!」
「ねー、可哀想だよ、北川君」
相沢祐一と水瀬名雪の両名である。
「いいんだよ。どうせあいつも暇してたんだろうから」
「わたしはやめた方がいいと思うけどな」
祐一の言葉に、名雪は軽く反論する。
が、今の祐一にはそんな名雪の声は入っていない。
「ところで香里はどうした?」
「遅いね」
二人は時計に目をやる。
待ち合わせ時間はとうに過ぎていた。
と、その時だ。
「あっ、祐一、香里がきたよ」
名雪が指差したその方向には、確かに香里の姿があった。
心なしか少し落ちつきがないように見える。
「あいつ緊張してやがんな」
「無理もないよ」
「確かにな」
祐一はそう言うと、いたずらっぽく笑った。
舞台は再び北川と香里へ戻る。
「ごめんね。呼び出したのに遅刻しちゃって」
少し息の切れた声で、香里はベンチに座る北川に言った。
「ん?いや、いいんだ。どうせオレも暇だったからさ」
北川は笑いながらそう言うと、ベンチから腰を上げた。
そして香里の横に立つ。
「でっ、話って?」
「うっ、うん。ちょっと歩かない?」
「ああ、別にいいけど」
そして二人は歩きだした。
北川の表情も、香里の表情もなぜだか固まったままだった。
そして、その事実を知る者は――。
「おい!名雪行くぞ!」
「うっ、うん」
妙に血色のいい顔で、少し俯きかげんの名雪に祐一は言う。
今回の計画を仕組んだのは、すべてこの男だ。
「この後、噴水の公園に行って、そこで――」
くくっ、と一人で祐一は笑う。
それを困った顔で名雪が見つめていた。
(香里もどうして断らなかったんだろ)
名雪はそんなことを考えつつも、前を行く祐一の後を追った。
――桜並木――。
とはいい難い、七分咲きの桜の下を二人は横に並んで歩く。
会話といえば、一言二言。
どう考えても、いつもと同じ雰囲気ではなかった。
(なんなんだ、この雰囲気は……。もしかして――)
(どうしよう。簡単に引き受けちゃったけど……。失敗したな――)
考えていることは違ってはいたが、この特別な雰囲気を作り出すには十分だった。
「そろそろ桜も咲くな」
空気の重さに耐えられなくなった北川が口を開いた。
それに香里もはっ、となって答える。
「そっ、そうね」
少しばかり声が上ずってしまった。
しまった、と香里は思ったが、別段北川もわからなかったようだ。
「今日から四月だもんな」
「早いものね……」
軽く目を細めながら北川が言った。
その表情に、香里は少しばかり戸惑ってしまった。
「おっ、公園があるぜ。どうする?」
「うん。ここでいいわ」
そして二人は公園の中へと入っていった。
どことなく優しい景色が広がる、そんな公園の中へと――。
――草むらの中。
二人が公園へ入るのを確認した、祐一と名雪が身を潜めている。
「祐一、やっぱりやめない?」
「なにを今更。ここまできたんだ。もう止められないぜ」
祐一は噴水の回りに腰掛けている、北川と香里に目を向けながら言った。
「でも、香里も北川君も可哀想だよ……」
「いや、大丈夫だ」
どこからその自信がくるのか……。
はぁ、と大きくため息をついて、名雪も二人に目を向けた。
――噴水の回りに腰をおろした二人。
なんとなくだが緊張した表情が読み取れる。
そんな中、先に口を開いたのは北川だった。
「美坂と二人っきりでしゃべるのって、初めてじゃないか?」
無理に笑顔を作って言うが、声は笑っていない。
「なんだか馬鹿みたいに緊張しちまうな」
ははっ、と笑ってみせる。
はっきりいって今の北川に余裕はない。
心臓の音は、今までにないくらい高鳴っていた。
「あのね……」
と、ここでとうとう香里が口を開いた。
北川の顔を見るのではなく、じっと地面を見つめながら。
「今日、北川君を呼んだのは……」
息を呑む北川。
彼もまた地面を一点に見つめている。
そして膝上で握られたこぶしには、べっとりと汗を掻いていた。
「あたしね、ずっと――」
と、香里が少し言いかけたところで北川が声をかぶせた。
「ちょっと待ってくれ」
香里は少し驚いて、北川へと視線を向ける。
北川はなおも地面を見つめたままだ。
「いい機会だから、言わしてくれ」
それに香里が答える前に、北川は話を始めた。
「オレはさ、ずっと美坂のことが好きだったんだ。うん。ずっとな……」
たんたんとした調子で北川は話す。
「だけど、オレは勇気がないから……」
北川はそこで、顔を上げる。
そして香里の視線と、自分の視線を交差させた。
「美坂、もしよかったら、オレと付き合ってくれないか?」
「「「えっ……?」」」
香里は思わず声を出してしまっていた。
いや、香里だけじゃない。
祐一と名雪も反射的に声を出していた。
「駄目かな?」
北川は言う。
その姿はどこか大きくも見えた。
ついさっきまで緊張していた姿は、もうそこにはなかった。
「美坂……」
「…………」
「えっ?」
「……しも………」
聞き取れないくらい小さな声。
「あたしも………好きだった……」
香里は静かにそう言った。
北川はしばらく固まったままだ。
そんな北川に香里が笑いかける。
「あたしが今日言いたかったことっていうのは、それよ」
口元に笑みを浮かべながら、香里はそう言った。
「今日から高校三年。よろしくね、北川君」
そう言うと、固まったままの北川の頬に軽くキスをした。
固まった北川の顔が、みるみる赤くなっていく。
それを香里は優しい笑顔で見つめていた――。
――七分咲きの桜並木。
複雑な表情で歩く祐一と、笑顔いっぱいで歩く名雪。
「なんだか知らないけど、いい結末だったんじゃない?」
名雪は笑顔のまま祐一に言う。
「まぁ……な。あいつら見てたら、エイプリルフールだぞ、なんて言えなくなっちまったよ」
苦笑しながら祐一は言う。
「それにしても、香里のやつ。本当に北川のこと好きだったとはな」
「ねー、ちょっとびっくりしたよ」
「俺の計画だと、嘘で告白するって予定だったんだが……」
「あれはどう考えても本音だよね」
「ああ」
さっきの二人を思い出しながら、祐一と名雪は言った。
「案外、今日がエイプリルフールだからこそ言えたのかもな」
「えっ?どういうこと?」
名雪が祐一の顔を覗きこむ。
それに祐一は笑顔で言った。
「嘘の中に本音がまぎれてるってことだよ」
そう言って、名雪のおでこに軽くキスをする。
「あっ、それ嘘のキスだから」
「祐一~~~!」
桜はまだ七分咲き。
これからだね。
これからだよね。
後書き
どうも、葵惑星です♪
どうでしょうか?
エイプリルフールのお話です。
最終的にハッピーエンドにもっていきたかったので、こうしましたが……。
俺的には、悪い設定じゃあないと思っています。
少しばかり七分咲きの桜も引っ掛けたりして(^^;
三人称もいいですね。
キャラを動かしやすいっていうのがあります。
それでわ~♪
4月1日 葵惑星
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