遥かに仰ぎ、麗しの SS ~あしながおじさんのゆめ~

2007年1月9日

勢いで書いたけれど、それなりに長くなりそうだったので分割して上げます。時系列、設定面の考証が完璧じゃないので、あとで修正入るかもしれません(^^;

[tegaki]みやびちゃんぷりちー![/tegaki]

を目指していますが、その道は遥か険しい……。

ストーリーのネタバレはありませんが、みやびへのラブ分が足りないとクサイだけかもしれません(^^;

遥かに仰ぎ、麗しの ~あしながおじさんのゆめ~ (1)

 弥生三月、春遠からじ。それは、そんなうららかな、とある日の出来事。
「なー、つかさー。そろそろ休憩にしないのか?」
「しません。それと、いい加減自分の立場を考えた方が良いですよ、理事長」
 僕はあえて余所行きの言葉で彼女をたしなめる。もちろん、そんな言葉で彼女が反省するとは微塵も思っていないけれど、公私混同の行きすぎは、百害あって一利なしなわけで。ことあるごとにこうして手綱を握り直さないと、僕自身もずるずると堕落していってしまう自信があるんだから仕方ない。
「むー。またそんな口を利く。立場というならちゃんと理解しているぞ? あたしは雇用者、お前は被雇用者。純然たる契約に則るなら、お前はあたしの言うことに逆らうことなどできないはずではないのか?」
「もう、何度言ったか数えるのもバカらしいですけどね、そういう偉そうな口を利くのは、雇用者らしい威厳と人格を身につけてから仰ったらどうですか? 風祭みやび理事長代理どの」
 あ、彼女の表情が不機嫌を通り越してムカムカのレッドゾーン手前に達してしまった。さすがに一年近く付き合ってくると、ちょっとした表情の機微だけで、お互いの心の裡まで分かってしまうようになってしまったけれど、なんだかなぁ……。
「あー! うるさいうるさいうるさい。給料減らすぞ、このバカ!!」
 キレた。
 今日はなんだか沸点低めだな、このお姫さまは。
「う~ん、別に減らされても喰うや寝るには困らないんですけどね。みやびやリーダさんにその分かかる生活費とか、もろもろの負担は、とりあえずなけなしの貯金から出しますけど」
 多分、こんな物言いはずるいんだと思う。彼女たちの信頼を理解しているから。みやびの口から飛び出す悪口雑言の数々の多くは、不器用な彼女の精一杯の自己表現なのだと。
「……まったく、司はずるい。あたしがそんなことできないって分かってて、試すようなことを言う」
「それはお互い様。みやびは自分の立場がまだ微妙だってことを忘れないこと。それと、僕との過度のスキンシップは自重すること。プライベートな時間ならともかく、今は公務の最中だし、以前みたいに気楽にこんな風に僕の上に座らない」
「いいじゃないか。だいたいこんな休暇の最中に、わざわざ理事長室を訪れる物好きがどれだけいるんだ」
「壁に耳あり障子に目あり」
「一番の危険人物と目されるヤツは、もうこの学院にはいないだろうに」
「ま、それはそうだけど。ただ、『凰華ジャーナル』は健在。あいつらの後輩たちもあまり甘く見ない方がいいんじゃないかな」
「その時はその時でいいじゃないか。あたしの幸せの時間を邪魔するヤツはなんぴとたりとも生きては帰さないぞ」
「みやびが言うとシャレに聞こえないから、それも自重しなさい」
「むー、つかさー、お前、厳しすぎるぞ。あたしだってもう卒院して、お前の生徒じゃなくなったんだから、先生と生徒の立場からものを言うのは止めてくれ」
「今のは年長者としての蘊蓄のあるお説教。そんなことも分からないなんてまだまだ子どもだなー」
 ぐりぐりと目の前にある小さな頭を撫でてやる。
「子ども扱いするなーーー!!」
 怒鳴り声を上げたいのだろうけれど、その言葉に含まれるくすぐったさや喜色は消しきれていない。そんな風に演技ができないところが子どもだし、だから可愛いんだけど、そんなことを言うと調子に乗るから僕の方からは言ってあげない。みやびを適度に甘やかす役は、僕よりリーダさんの方がずっと向いている。
「はいはい、みやびは大人になりたくてもなれない微妙なお年頃だからね」
「ムキー、なんかむかつく! だいたいお前だって、あたしをちゃんと大人扱いするじゃないか」
「ん? そうだっけ? そりゃ対外交渉とかでみやびが出張る機会があれば、僕の立場は秘書だしね。そりゃさすがに今みたいに馴れ馴れしくはできないよ」
「……いや、そういう意味じゃなくてだな。その……」
 ぷらぷらと地面に着かない足を揺らしながらみやびの声がトーンダウン。
 それと、何気にみやびのかかとが僕のスネに当たっていたいんだが、指摘して良いものかどうか。
「……なんで男ってのは……鈍感なんだ」
「んん? みやび、言いたいことははっきりと言う。君らしくもない」
「うぅ……。なんだこの状況は。新手のいじめか? いじめなのか?」
「イヤ、別に。そりゃ、みやびをからかうのは楽しいし、怒った顔も面白いから好きだけど、今は素で分からないから訊いてるぞ?」
 うりうりと頭を撫でる手を加速させる。あ、つむじ、ぐりぐりしちゃえ。
「あたしの頭で遊ぶな!!」
 腿をつねられた。
「痛たた」
「だったら訊くけどな、あたしを子どもだと思ってような男が、あたしを毎晩毎晩くたくたになるまで責めるような鬼畜な真似をするのか!? なんだ、お前はそういう性癖なのか!? あたしが泣いてお願いしても簡単には休ませてくれないくせに、何が子どもだ何が年長者だそこら辺の分別を付けられないお前はじゃあ盛ったサルなのか!?」
 あー。
 そういうことを仰ってたのね。
「うー、いや、それは……」
「なんだ、何か言いたいことがあるのか? 聞いてやっても良いぞ?」
「真っ昼間から話す話題じゃなぐっ!?」
 へっ、良い頭突きだぜ、みやび!
「バカーーーーーーーーー!!」
 みやび一八〇度転身。小柄な彼女だから、下から睨め付けるように、真っ赤な顔で絶叫。
 いや、勘違いしそうになるからこの体勢とその表情は危険だと思います。
 落ち着け、僕。
「そういう話じゃないだろうもう!? なんであたしばっかりこんな恥ずかしい思いをしてるんだそうだお前が悪いんだ大人扱いするならいつでもどこでもそうしやがれこんちくしょー!!」
 一息で言いたいことを言ったのか、はーはーと肩で息をするみやび。うん、やっぱり勘違いしそうだ。主に僕が。
「まぁ、それはそれだし。いいじゃない、みやびも言うほど嫌いじゃないでしょ」
 そりゃ、僕だって、まだ若いんだし、みやびは魅力的な女の子だから、そのそういうことにハマってしまうのを誰が責めよう責められよう。だいたい、合意の上での行為なんだから。まぁ、その、確かに泣いちゃうまで責めるのは後になってみると自分でもやり過ぎかなーとか思ったりもするんだけど、最中にそんな冷静に判断できるほど余裕なんてあるわけないじゃない?
「う、まぁ、お前が望んでるし、あたしも望んでるんだから、別に嫌ってワケじゃないんだ。ただ、その、やっぱりお前は鬼畜だと思うぞ。たまには優しくして欲しいし、あたしだってお前を良くしてあげたいって思ってるのに」
「……それはちょっと背徳感が強すぎる。別の道に目覚めそうな……」
「やかましい!」
「ぐぁ!?」
 今度は肘か。遠心力たっぷりで振り抜くような良い肘だぞ、みやび!
「いいか、覚悟しておけよ、あたしのちょーぜつてくにっくで、その、司を、あたしなしではいられない身体にしてやる!!」
「いやー、もう結構ハマッてるんだけどな」
 いや、マジでマジで。
「どやかましい! してやるったらしてやる。拒否権はないからな、逃げるなよ」
 逃げるも何も、帰る場所も寝る場所も一緒じゃない、僕ら。
「あのー……」
「はいはい、期待しないで待ってるよ」
「うあー!? 台詞棒読み!? せめてもうちょっとくらい感情込めてよ!」
「御嬢様……?」
「みやびがそこまで言うならその気になっちゃおうかなー? 幸いにして、みやびもこんな近くにいるし、この格好って結構、危なくない?」
「ふぇ!?」
「夜になるとみやびが良くしてくれるだろう? なら前払いしてあげようかなーとか、僕も思っちゃうんだけど」
「あ、や、その、ほら、今は仕事中……」
「あのー、司様……」
「『休憩しよう』って言い出したのはみやびだったと思うんだけど」
「い、いいい意味が違う!!」
「ふふふ、さぁ、覚悟しろよ……」
 まるっきり悪役然な芝居がかった台詞でわきわきと両手を、みやびの、その、つつましやかな胸部に……。
「こほん、お二人とも。そろそろよろしいですか?」
「あああああああああ!? リ、リリリリリ、リーダ!?」
「うえ!? リーダさん!?」
 なんか空耳が聞こえるかと思ったら、空耳じゃなかった。
 こんな場面この子に見せたらいろいろとマズイだろう。少し冷や汗。
「御嬢様。司様」
 全くよどみのない所作で、その手に持ったティーセットをみやびのデスクに置いて、にこり、と大多数の男性なら勘違いしてしまいそうな微笑みを浮かべる。
「私が少し席を外したとたんこれですか」
 ほぅ、とその微笑みを崩して、頬を手に当て眉尻を下げて困った表情。
 ああ、そんなダメな子を見るような哀れみの目は止めてください。ちょっとしたコミュニケーションなんですから。
 当初の会話の方向性からすると、全く別の着地点に落ちてしまった会話をしていた手前、面と向かって否定の言葉を出せないけれど。
「お二人とも、仲睦まじいのは大変よろしゅう御座いますが、時と場合、公私の分別も付けていただきませんと、私が困ってしまいます」
「あー、その、ゴメン、リーダさん。ちょっとみやびをからかってただけなんだよ、ホントホント」
「聞いてくれリーダ、司はあたしが休憩しようって言ったら、その意味を自分の都合の良いように曲解して、こんな日の高い時間からあたしを……」
「待て待て待て! みやび、それは……!」
「はぁ……」
「……」
「……」
 さすがに沈黙する僕とみやび。
 リーダさんのことだから、本気で怒っているワケじゃないだろうから、素直に謝ればきっと許してくれると思うけど。
「いつになったら私もまぜていただけるでしょうか」
 ……。
 ……。
 ……聞かなかったことにしよう。
 なんかみやびがスゴい形相で僕のこと睨んでるし。視線で殺されそうです。助けてー。
「あー、その。リーダさんの用は済んだの?」
「え、あ、はい。大した用事ではなかったのですが、何かご用が御座いましたか?」
「ううん、とりあえず、リーダさんも戻ってきたし、一休みしようかなって」
「そ、そうそう! リーダが淹れてくれないと司のヤツはカップに口も付けないんだから」
「そりゃ、みやびとリーダさんの腕前を比べたら当然だろうに。悔しかったら僕を唸らせるコーヒーを入れてみなさい」
「ふふふ、そこまで言っていただけるのは光栄ですね。では用意をして参りますのでもうしばらくお待ちいただけますか? 今日は四人ですから、いつもより少しお時間いただくかもしれませんが」
「四人?」
「はい。……あ、いけません。お待たせしていました」
 どうやら、僕たちの様子を見るために、お客さんを廊下に待たせているようだ。慌てたように小走りにドアへ向かい、
「あの、お待たせしました、どうぞ、お入りください」
 と、それでもその優雅さと丁重さを些かも損なうことなく扉向こうの人物に告げる。
「ええ、お邪魔いたしますわ」
「どうぞ、鏡花様」
「三嶋?」
 僕とみやびの口から漏れた彼女の名が、きれいに重なって室内に響いた。

(つづく)


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