だから──この世界が私を認めないというのなら、私は喜んで世界の敵になろう
シティ・モスクワ軍による、賢人会議確保への向けた動きが本格化していく。多数の子どもを保護したままのサクラは、シティ・メルボルン跡地を捨て、子どもたちのための居場所を作るため、外の世界への脱出を決める。サクラとイル、ふたりの相容れない信念の何度目かのぶつかり合い。そして、セラを護るためのディーの決断。それぞれの選択が今、なされる。
失敗してしまった錬という位置づけで描かれてきたサクラ。彼女が自らに科す、使命にも似た、使い捨てられる魔法士たちを救うという思いは、幻影No.17・イルの思いと正面から対立するもので。1を生かすために99を切り捨てることを選択するサクラ、99を生かすために1を切り捨てるイル。どちらも正しいとも間違っているとも言えない、突き詰めていけばふたりの生き方の違いに過ぎない、けれど、それはふたりが背負っている命の重さを思えば、例え自らが犠牲になったとしても成し遂げなければならない使命でもあって。
錬はシティ・神戸でフィアを救ったときに一千万の命を犠牲にしてでも、彼女を選びともに生きることを選択しました。そして、サクラは世界の全てを敵に回しても、ほんの一握りの子ども達を生かすために、自分たちだけの世界を創るためだけに戦うことを選択します。それは、魔法士を自分たちの生存のための道具とみなす人間達への宣戦布告でもあり、シティの――人間の側で戦うイルとの度重なる激突は、命の取り合い以上に、お互いの生き方を許容できないがゆえの激烈さをもって描かれています。譲ることのできない信念と、捨てることのできない大切な命のために、ぼろぼろになっても折れない心をぶつけ合うふたりの戦いは、その激しさ以上の切なさと、傷つきながら生きてきた過去まで思い出させてきます。
一方のディーとセラの関係も、ようやく前に進めた感じですね。祐一の託した騎士剣『森羅』とそれを使うことの代償。人を傷つけることを恐れていたディーが手にした力は、大切なセラを護るために、夥しい命を不条理に刈る力。けれど、それを選択したのはディー自身で、ディーがセラとこれからの生を歩んでいくためには、いつかはなさなければならなかった決断。セラのため、自分が血にまみれ、消えない罪を背負って、生きていくのがディーの戦いならば、ディーの行いを見つめ、決して彼の罪を許さず、けれど寄り添って生きていくのがセラの戦い。セラにとっては、母を失い、優しかったディーを血にまみれさせ、立て続けに厳しい現実が襲ってきていますが、サクラの言葉の実現に向けて、歩むことを選択したのは彼女にとっての大きな一歩だったのかなあ。
エピソードも5にして、ようやく舞台に登場人物が勢揃いといったことで。何とも長いプロローグですね。リアルタイムで読んでいたひとは、焦れに焦れていたんでしょうねえ。世界に対して宣戦布告した賢人会議。明らかにされたシティの秘密。新しい世界を創るための戦いがいよいよ始まります。敵味方に分かれ、その生き様をぶつけ合う激しくも悲しい戦いは、いったいどこまで続くというのでしょうか。
hReview by ゆーいち , 2008/04/23
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