ナルキッソス

2013年4月18日

stars もしも……今、わたしが海に入っていったなら……あなた止める?

冬のある日、阿東優が入院することになった「7F」は、ただ生命が尽きるのを待つ場所。そう、彼に説明してくれたのは、同じ階に入院している黒髪の少女・セツミだった。自宅か7Fか、自らの死を迎える場所をこの二つのいずれかからも選ぶことを拒んだふたりは、優の父の車に乗って走り出す。ただ西へ西へ。

同人として発表された同名のタイトルは未プレイですが、なんか話の筋はちらっと聞いていたような『ナルキッソス』が小説として発売されたので読みました。片岡ともといえば、私の中では『銀色』だったり『みずいろ』だったりのひとなのですが、読んでみてなるほど、ずいぶんと昔にそれらの作品に感じた何かを思い出したような気がします。

病院の7F、そこで死を待ち続けていたセツミと出会い、そこでルールを聞かされる優。それは、未来に希望を持つな、身内に必要以上に迷惑をかけるな、そんな冷徹さを感じるようなルールで。けれど、緩慢に死へと向かうことも受け入れられず、最後の最後にふたりで行き先も決めずに飛び出した先での出来事の数々。

淡々と、その日その日の出来事が綴られ、優とセツミの距離間とか死生観だとか、そんなものが交わったりしながら、ひたすらに西を目指しての道中。冒険といえるほどの派手さもなく、逃避行といえるほどの切実さもなく、ただ時間を重ねて、終わるために旅をして。最後にたどり着いた海でようやく笑い、その笑顔でもって別れを告げたセツミの姿は、『銀色』の第1章「逢津の峠」内の名無しの少女の姿がダブりましたね。自らの死を受け入れるための過程、結論は違えど、残されたものに何かを残して逝く。セツミの願いを優はこれから誰かに向けて伝えていくことができるんでしょうかね。あるいは、セツミと同じ結論に至り、同じような別れを残して逝くのかもしれませんけど、その姿は、きっと何かを残されたものに与えられると信じたいかな。

で、片岡とも – Wikipedia によると、

『銀色』の1章と『narcissu』は、対のような存在だと語っている。その為、プレイヤーが比較してどう感じるのかを気にしている。

らしいですね。だから、どこかで聞いたような懐かしいフレーズが散りばめられているわけだ。決して救いのある話ではなかったですが、だからこそ感じるものがある、そんなお話でしたね。

hReview by ゆーいち , 2008/08/03

ナルキッソス

〔MF文庫J〕ナルキッソス (MF文庫 J か 5-1)
片岡とも
メディアファクトリー 2008-07-23