断章のグリム〈9〉なでしこ〈下〉

2008年12月17日

stars さあ、始めろ。誰が殺すか、誰を助けて、誰を殺すのかを決めろ。別れを済ませて、納得せい。それができんのなら――最後の最後まで足掻いて、せいぜい悔いがなくなるまで、足掻くといい。

金森琴里の自殺を発端に生まれた怪異は続いていく。「なでしこ」をモチーフにした事件の、解決の糸口さえも掴めぬまま、日常を大切に思う蒼衣は雪乃を残し地元へと戻っていく。残された雪乃は事件に関わってしまった臣と一真を守るため、ひとり悪夢へと立ち向かう。

あー、今回も後味悪いラストだなあ。

悲劇は悲劇だけれど、これまでのような、泡禍による問答無用な悲劇ではなく、巻き込まれた者たち、そこから生き残った者たちに背負わされたものの重さがのしかかってくるような結末でしたね。

物語の構造が複雑になってるせいか、逆にお約束のようなグロテスクな表現は冒頭のアレを頂点にやや抑えめだったような気がします。が、まぁ、あれだけで十分です。痛いよ、痛い!! 首の辺りが特に!!

今回は、探偵役の蒼衣が彼自身の事情で戦線から離脱してしまってるせいか、種明かしが最後の最後まで引っ張られてしまいましたね。おかげで、あるいは、彼がいたらこんな結末にはならなかったのかもしれないなんて、そんな思いも抱いてしまうのですね。

あくまで日常を維持することを何よりも大切に考え、そのために泡禍に相対している仲間たちを置いてそこへ帰還する。その考え方がすでに蒼衣が望む「普通」とかけ離れているような空恐ろしさ。彼にとっての日常と非日常の境界が明確に線引きされ、そこを行き来することをスイッチのオンオフするように割り切っているのですよね。日常側に身を置く状態で告げられた、神狩屋からの緊急の報せに的外れな躊躇いを覚えてしまう彼の感覚は、普通じゃないですよねえ。気付かぬままにどこかが狂ってしまうというのが断章の保持者であるというのなら、蒼衣自身、彼の大切にしている何かが、すでに致命的に歪んでしまっているのではないか、そう思えてしまいますね。

雪乃の方は、そんな蒼衣の事情なぞ知ることもなく、ただ自身の使命を全うしようとして自分から追い詰められていってるような。危機的な状況になるほど覆い隠した本当の彼女が見えてくる、そんな状態に陥ったことを知らない蒼衣。ふたりがコンビを組んでいるときには、なかなか見られなかった雪乃の姿ですね。それは、すなわち蒼衣とともにいるときに、ふたりにどうしようもない危機が迫ったとき、彼女が採る選択肢が大きく制限されてくる、そんな予感がします。

ああ、それにしても、このラストは切ないですね。泡禍と戦う騎士が騎士であるために、最後に選ばなければならない選択は、死よりもさらに過酷なものであることが。それを目の当たりにして、生きていかなければならない、それは犯した罪に対する罰にしてもあまりに重いなあ。群草さんの突き放したような物言いと、そこに隠された不器用な優しさに気付いたときには手遅れ、毎度毎度、こういう毒のある展開は堪えますねえ。事件の核心にいた一真や、群草の言葉を守れなかった千恵、ふたりが彼から受け取った言葉が、ふたりを苦しめる呪いにならなければ良いと願いたいですね。

結末は非常に意外な方向へ進んでいきましたね。結末から受け取る衝撃の種類はこれまでの救いのなさとはまた違いますが、このやるせなさもまた十分以上に悲劇的でしたね。

hReview by ゆーいち , 2008/12/13

断章のグリム〈9〉なでしこ〈下〉

断章のグリム〈9〉なでしこ〈下〉 (電撃文庫)
甲田 学人
アスキーメディアワークス 2008-12-05